第二章その39
今日も「紅玉と翡翠の夕べ」亭には各国の勇者たちが集まっていた。久々に欠席がなく、全員が顔を揃えている。
「ヒルケさん、今日は……その、来てくれたんですね」
言いにくい事を聞くのはシーナだ。自分の対戦があった夜、ヒルケは店に顔を出さない。今さら言うまでもないが、ヒルケは未だに一勝も上げていない
「ええ、いつも対戦の後は結果について王様と話をするんですけど、今日は無理を言ってここに来たんです。だって、みなさんとこうしてここで会えるのはこれで最後になるかも知れないんですから」
少し寂しそうに笑うヒルケ。
「……ひとつ聞きたいのだが」
そう切り出すのは夜の国の勇者フローリアだ。
「……勇者である君の目から見て、砂の国の国王デストゥート殿とはどのような人物だろう?」
「いつも僕たち国民の事を思っている、とても素晴らしい方です」
何のためらいも見せず、ヒルケはきっぱりと言い切る。
「三年前の魔王との戦いの時に砂の国は多大な被害を受けました。僕も家族を殺され、一人生き残りました。王様はそんな子供たちを大勢引き取って、育てているんです。いつも国民一人一人の幸せを考えて、苦労されているんです」
「………」
「王様が手を差し伸べてくれなければ、今の僕はありませんでした。僕はこのご恩を返したい。王様の力になって、砂の国のみんなのために戦いたい。その一心で今日まで戦う技を磨き、勇者になったんです」
珍しく長く言葉を続けた後、はっと気付いてヒルケは苦笑する。
「す、すみません。王様の事を話すつもりが、いつのまにか自分の話になっていました」
「……いや、いい。君のデストゥート殿に対する思いは良く伝わってきた」
普段から表情に乏しいフローリアはにこりともしない。
「でもデストゥート殿は内外の評判はあまり良くありませんよね? 有能ですが、政敵を蹴落としたり、意に添わない部下を処刑したり、反対派を弾圧したり……正直、僕の抱いているイメージとヒルケ君の語るイメージとでは大きなギャップがあります」
冷静に指摘するクライナーに、ヒルケは強く反論する。
「それは王様が国民を思うからです。真剣だからこそ誤解を招く事が多い方なんです」
「二人ともやめぬか。人それぞれ見る角度が違えばイメージが違うのも当然だろう。そんな事でケンカしてどうする?」
そう二人を諭すのはボロスだ。
「そんなっ! 筋肉バカがまともな事を!」
「うん……ちょっとびっくり」
リーゼとアリアーネの素直な反応に、ボロスは脱力する。
「お前ら……俺の事を何だと思っているんだ?」
「……まあそれはさておき」
フローリアがずれた話題を元に戻す。
「……ひとつどうしても理解できないのが、デストゥート殿がヒルケに我々全員と対戦をさせた事だ。砂の国の財政は厳しい。負け越しでもしたら……実際に六戦の内、すでに五戦を落としている。すでに財政的な負担はかなり大きな物になっている。どうしてもデストゥート殿の意図が理解できない」
「王様はいつも僕に言っています。ただ一勝……一勝だけでもすればいい。三年前の魔王に完膚無きまでに叩きのめされた砂の国の民の心はその一勝で立ち直る。たとえ五戦を落として負担を強いられても、それを帳消しにする一勝になる、と」
「………」
自然に一同の視線は、唯一ヒルケとの対戦を残しているレヴィンに集まる。
レヴィンは何も言葉を返せず、ただ黙り込んでしまった。




