第二章その38
その日の夕方、レヴィンとリーゼ、アリアーネの三人は「翡翠と紅玉の夕べ」亭に行こうと市場を歩いていた。
「この市場を歩くのもこれで最後かな……? あ、お土産買って帰ろうかな?」
笑顔で露店に並ぶ商品を物色しながら、少し寂しそうにアリアーネは言う。
「あと何日かでアリアーネさんとは会えなくなるんですね。寂しいです……」
リーゼがしょんぼりとつぶやくと、アリアーネは笑ってリーゼの肩を抱く。
「またすぐに、とは言えないけど、いつかきっと会えるわよ。何年後とかになるかも知れないけど……」
「何年、か……俺たちには長くても、アリアーネにはあっという間なんだろうな」
レヴィンがしみじみと言うが、アリアーネはそれにきっぱりと言い返す。
「レヴィン。それはないわ……絶対に」
「………」
「確かに私たちエルフは人間よりずっと寿命が長いけど、大好きな人に会えない時間の寂しさに変わりはないわ。ましてリーゼちゃんや……レヴィンなら尚更よ」
「あ……そうか、すまない。無神経な事を言った」
「ううん、気にしないで。会えないと寂しいって思ってくれるのは、変な言い方だけど悪い気分じゃないわね」
少し寂しそうに笑うアリアーネだった。
そんな風に三人で歩いていると、リーゼが声を上げた。
「あっ、あれ、ヒルケさんじゃないですか?」
リーゼが指さす方向を見ると、確かに砂の国の勇者ヒルケが誰かと話をしている。相手は薄汚れた服装の男の子。ヒルケはその子と親しげに話をして笑顔を見せ、近くの露店で買ったであろう、菓子を与えて別れた。
「ヒルケさーん!」
リーゼが両手を大きく振って呼びかけると、ヒルケも三人に気付いた。
「リーゼさん……それにレヴィンさんとアリアーネさんも!」
ヒルケは三人に駆け寄ってくる。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「今、話してたのは?」
レヴィンが問いかける。
「知らない子です。砂の国から来た子供で、お腹を空かせているようだったから……」
ヒルケは悔しそうにうつむく。
「レヴィンさん、覚えていますか? シーナさんを買い戻したいと言った時、フォルナさんはシーナさん一人だけを助けて満足するのではなく、同じ境遇の人みんなを救う方法を考えるべきだって」
「ああ、言ってたな」
「でも僕は目の前で苦しんでいる人を見過ごせません。たとえさっきの子が明日には死んでしまうとしても、無駄になると解っていても、やっぱり僕はあの子にお菓子を買ってあげたいと思います。辛い人生の最期の最期で、優しくしてくれた人の笑顔を思い出して逝ってくれるなら、それでいいと思うんです……僕の考えは間違っていますか?」
「いや……それでいいんじゃないか? それがお前の正義だって言うなら、最後まで貫き通せばいいさ。それでこそ勇者ってもんだろ」
「は、はい!」
レヴィンの言葉に感激して、ヒルケは背筋を伸ばす。
「ヒルケ君も『紅玉と翡翠の夕べ』亭に行くところだったの? 良かったら一緒に行かない?」
「はい! 喜んでお供します!」
「お供って、相変わらず大げさだなあ」
四人は声を上げて笑い、歩き出した。




