第二章その36
「複製とはいえ自分の裸を観衆に晒して、恥ずかしくないんですか?」
フォルナが低い声で言う。
「……別に構わない。減る物じゃないし……いや、増えているのか」
フローリアはニコリともしない。
「減るとか増えるとか、そういう問題ではないでしょう?」
「……男性の観客は喜んでくれるに違いない。こんな貧相な身体で申し訳ないが……アリアーネも胸を晒した事だし、フォルナも仲良く一肌脱いでみてはどうだ?」
「なっ……!」
フォルナは一瞬にして頬を染める。
「だ、断固拒否します!」
「……それはもったいない。胸のふくらみを見るに、きっとフォルナの生まれたままの姿を見たいとみんな思っているだろうに」
「おしゃべりはこの辺にしておきましょうか」
フォルナは静かに告げると、槌鉾を構えて小走りに駆け寄る。
それに対応して五体の複製がフローリアを守ろうと、フォルナを取り囲むように動く。
一対複数での戦いでは、一対一で戦える状況を作り出すのが定石だ。
その定石に従い、フォルナは進路を変えて左端の一体に接近し、たちまち槌鉾で頭を打ち砕く。その隙を狙って接近を図る隣の一体は盾で防いだ後、やはり槌鉾で頭を打ち砕き、残り三体も立て続けに打ち倒す。
しかしフローリアがひとつ指を鳴らすと、複製は再生して起き上がり、その数を十体に増やしていた。
「光の神よ! 生と死の秩序を乱す穢れた魂を地に還したまえ!」
フォルナの祈りが叫びとなって闘技場に響き、神の奇跡を呼び起こす。その手から青白い光が放たれたかと思うと、十体の複製をたちまち薙ぎ払ってしまう。
光が収まった後、砂埃が舞う闘技場に、フォルナは悠然と立つ。
「私には光の神の加護があります。複製をいくら作り出してもムダですよ」
フォルナがうんざりとした表情で言う。
「……それは解っている。接近戦では私はフォルナには遠く及ばない」
「鍛錬が足りないんです。本ばかり読んで強くなろうとしないあなたに、神が応えるはずもありません」
「……筋肉を付けるという事は、負荷をかけて筋肉を傷付け、再生する時には少しだけ強くなっている、という事だ。ところが私は不死身という特異体質のおかげで、いくら鍛えても元通りになってしまう……技術は多少は身に付けたが、筋肉が付かないおかげでちっとも強くなれなかった。この“不死の女王”の唯一の弱点だ」
「………」
「……死の淵から舞い戻って不死身になった時、不老不死の秘密を解き明かそうとする者からこの身を守る術が必要になった。最初は剣術を身に付けようとしたが、この体質のせいで何の役に立たなかった。それからだ、知識を身に付けるようになったのは。神も鍛錬も私を救ってはくれなかったが、知識は私を救い、人々を救う力を私にくれた」
「………」
「……さて、このまま同じパターンを繰り返しても観客が白けるだけだ。そろそろ終わりにしよう」
フローリアは自分の髪を一房とると、短剣で切り取る。それを風に乗せて流すと、髪の毛一本一本から複製が生まれていく。そして複製は波のようにフォルナに押し寄せる。
「……この!」
フォルナが動く。次々と生まれていく複製を、ひとつひとつ槌鉾で叩き潰し、それを踏み越えて次の複製を叩き潰す。フローリアに手が届くまであと一歩の距離に迫るが、そこで残った複製に阻まれて足が鈍る。
「光の神よ! 生と死の秩序を乱す穢れた魂を地に還したまえ!」
フォルナが叫ぶと、光の神の奇跡が残りの複製を一掃する。
踏み込んで振るった槌鉾は、ついにフローリアを捉える。一撃目、袈裟懸けに振り下ろされた槌鉾をフローリアはかわそうとするが及ばず、肩を砕く。
続く二撃目が腹に食い込み、フローリアは身体をくの字に折る。
そして三撃目、下を向いた顔をすくい上げる一撃はフローリアの身体を易々と吹き飛ばし、小柄な少女の身体は地面を二転三転して壁にぶつかって止まる。
「まだまだです!」
さらに追い打ちをかけようと、フォルナが迫る。
「……フォルナ」
身体の随所を砕かれ、まさに満身創痍のフローリアがそれでも小さな声でつぶやく。
「……君の持つ最大の美徳は、誰よりも真っ直ぐに物事を見つめる真摯な心だ。しかしそれ故に、視界の外にある物を見落とす」
フローリアが指を鳴らす。
「なっ!」
何者かの手がフォルナの足を掴む。
その手を外そうと槌鉾を振り下ろすが、その右手も別の手に掴まれる。
左手で右手を掴む手を外そうとするが、それもまた別の手に防がれる。
光の神への祈りの言葉を紡ぐ口も塞がれ、五体のフローリアの複製にのしかかられたフォルナはバランスを崩し、地面に倒れる。
フォルナが一方的にフローリアを攻め立てる……そんな展開が逆転するのはあっという間だった。
「……さっき私が髪を切って複製を作った時、髪の毛を何本かだけ残しておいた。君が光の神の奇跡で複製を一掃しても、まだ複製になっていないただの髪の毛は消されずに残っていた……ただそれだけの話だ」
「………」
フォルナは悔しげにフローリアを睨み付ける。しかし口を押さえられているので、言葉を発する事もできない
「……私と君は友だちだと思っている。だから私が勝っても、どうか恨まないで友だちでいて欲しい」
フローリアの杖がフォルナの額を軽く突く。審判がアリアーネの勝利を告げ、闘技場は歓声に包まれた。
「……フォルナ、立てるか?」
複製を消し、フローリアはなかなか起き上がろうとしないフォルナを立たせようと手を伸ばす。
「……!」
しかしフォルナはフローリアの手を払い除けた。呆然とするフローリアを尻目に、手を借りずに立ち上がると、足早に闘技場を去って行った。
勇者大戦、第七戦目。夜の国の勇者フローリアと神聖王国の勇者フォルナの戦いは、勝者にも敗者にも後味の悪さを残して幕を閉じた。




