第二章その29
ランスダウンが廊下を歩いていると、向かい側から見知った顔の男が歩いてきた。
「これはこれは。ランスダウン殿ではありませんか」
「ブレウス殿……」
がっしりした体格にいかつい顔の中年の男。厳格な光の神の教義を体現する大神官ブレウスが機嫌よさげに笑っていた。
誰かと話したい気分でも、またそんな気分にさせてくれる相手でもないが、礼を失するわけにはいかない。ブレウスは笑顔を作って応対する。
「こんなところで会うとは奇遇ですな」
「全くです。明日に対戦を控える国の我々が出会うのも、きっと光の神のお導きでしょう……もっとも、明日の対戦での我が娘フォルナの勝利は約束されたような物ですが」
「ほう、大きく出ましたな」
ランスダウンの赤い瞳が危険な光を孕む。もめ事はごめんだが、黙って屈辱を受け入れるような奴隷根性は持ち合わせていない。ランスダウンとて夜の国の王、夜の貴族と呼ばれる吸血鬼の真祖なのだ。
「ああ、いや、フローリア殿を悪く言ったつもりはありません。我が娘フォルナは光の神に愛される聖女。父であり、大神官である私が勝利を疑って、どうして勝利を掴めましょう」
「……まあ勝利への意気込みが強すぎて口を滑らせてしまう事もありましょう」
ランスダウンは緊張を解く。
「ところでランスダウン殿は、どうしてフローリア殿を夜の国の顧問として重用なさっておられるのですか?」
「どうして……とは?」
「人が生まれ、子供を為し、死んで天に召されるのは神が我々に与えし宿命。しかし死ぬ事を許されないままに千年の時を生きるフローリア殿はその宿命から外れた、言わば呪われた存在。だから世界を創造したのは三つ柱の神だという、歴然とした真実を否定するという罪深い所業を犯すのです。
そのような人物を重用する、あなたのお気持ちが理解できないのです」
堂々と胸を張り、力強く言い放つブレウス。光の神の権威を体現する大神官。その教義が正しいと信じて疑わない、巌のような姿。
「……呪われているというのなら、人々から忌み嫌われる我々闇の者も同じ事」
対してランスダウンの声は、低く、冷たく、冴え渡る。冬の夜を渡る風のように。
「あなたにはわかるまい。あの方のお気持ちは」
「……ほう」
「あの方は……フローリア様は、望まずして不死身の肉体と永遠の寿命を手に入れ、人々から恐れられ、何度も殺され、そして同じ数だけ生き返ってこられた。自らの身を守るため、そして人に必要とされるため、様々な知識と魔法の力を手に入れられた。そしてその間にご家族や一族は滅び、それでも一人生きてこられた。
それがフローリア様。“不死の女王”フローリア様のお姿だ」
「………」
「人には共に寄り添って生きる者が必要なのだ。フローリア様に寄り添う事は私やあなたなど、定められた命しか持たない者には到底できない……もはや国にしかできない。
夜の国にあの方が必要なわけではない。あの方のために、夜の国は寄り添っていかなければいけないのだ」
「それが……答えか?」
「あなたにはわかるまい。生まれた時から神に一生を捧げ、大勢の信者に囲まれ、頼る物も頼られる者もしっかりと定めたあなたに、あの方や我々闇の者の思いはわかるまい。確かな物など何もなく、互いに寄り添って生きるしかない者の思いなど」
「なるほど……ですがあなた方の有り様を光の神がお認めになるか、それは明日の対戦にかかっているのだ」
「それが気に食わぬというのだ。事ある毎に神が認める認めぬと。我々は神に許しを請いながら生きていかねばならぬというのか?」
「その通りだ。この世は全て神の思し召しだ」
「ならば戦って勝ち取れという事だな? 光の神の大神官殿?」
「ようやくわかったか。光の神に愛される聖女フォルナの勝利は揺るがぬがな」
「言ってろ。“不死の女王”フローリア様にそう簡単に勝てると思うなよ?」
互いに挑発的な言葉をぶつけ合って、二人は別れる。
「負けるはずがない……! フローリア様なら……!」
そう吐き捨てるようにつぶやきながら、ランスダウンは先ほどのフローリアの様子を思い出し、一抹の不安を抱かざるを得なかった。




