第二章その20
「ゆーしゃ様、ゆーしゃ様! 始まりますよ!」
対戦が始まる前から、リーゼの興奮は最高潮だ。
「ちょっと静かにしろよ。それくらいわかってるって」
「アリアーネさ~ん! がんばって下さ~い!」
「……こいつ、聞いてないし」
「フローリアさん、フローリアさん! アリアーネさんは勝てますよね?」
期待に輝くまなざしでフローリアに詰め寄るリーゼ。しかしフローリアの返答は素っ気ない。
「……さあ……どうだろう?」
「え~? どうしてそういう事言うんですか? アリアーネさんだって勇者なんですよね? 強いんですよね?」
「……確かにそうだが……クライナーだって勇者だぞ?」
「あっ、そうでした!」
ぽんと手を打つリーゼ。すっかり忘れていたらしい。
「……確かにアリアーネは強い。剣と弓を使い分け、風と水の精霊の力を借りた多彩な魔法の繊細な制御は私でさえ舌を巻く。しかし如何せん、火力が足りない」
「火力……?」
「……そう、火力だ。クライナーの持っている盾は月の神ルテナが下賜したとされる、私が知る限り最強の盾だ。生半可な攻撃では破る事はできない」
「盾ですよね? 正面以外から攻撃をしかければいいんじゃないですか?」
そう問うのはヒルケだ。
「……あの盾は一見、ただの盾に見えるが、攻撃があればすぐ様、結界を張り、全方向からの攻撃を防ぐ事ができる。魔法だろうと弓だろうと剣だろうとお構いなしだ。どこから攻撃をしても無駄に終わるだろう。
あの盾を破る事ができるとしたら……ドラゴンに乗った竜騎士の持つ竜騎士槍か、私の全力の攻撃魔法か、といったところだろうか」
フローリアはレヴィンに視線を送る。
「そんな……じゃあどうすれば勝てるんですか?」
「……ヒルケはまだクライナーとの対戦が残っているから気になるだろう。そもそも三つ柱の神の性格の話から始めなければならない」
フローリアはちらっとフォルナの方を見て、すぐに視線を戻す。
「……まずはそこのフォルナが信仰している光の神ライリオだ。道徳を重んじ、法律によって人々の自由を制限する事によって、秩序だった社会を形成する事を重視している。
それと対極に立つのが闇の神ダルムだ。人々が自由に個性を発揮し、束縛や制約を受けない社会こそが素晴らしいと考える。
そして両者の中間に立つのが月の神ルテナだ。意見が対立する事の多い光の神と闇の神の仲裁をし、互いの立場や権利を尊重し、話し合いによるトラブルの解決を重視している」
「……それが何の関係があるんですか?」
そう口を挟むのはフォルナだ。
「……まあ光の神の話はもう出てこないから安心しろ……ヒルケ、話し合いによる解決に必要な物とは何だ?」
「え? え、え~と……」
「……わからないか? まあ無理もない。意地の悪い問題だからな」
「暴力が介在する余地がない事、だろ?」
「……おお、さすがはレヴィン殿。その通りだ。暴力を振りかざされれば、自分の意見を貫き通せなくなる」
「だから強力な盾なんですね?」
「……そうだ。まず重要なのは一方的な暴力から身を守らなければならない。そうでなければ相手に屈してしまうからな。そしてもうひとつ必要なのが……」
フローリアは改めて一同を見渡す。
「……相手に対して暴力を振るわない、力ずくで自分の意見を押し付けない事だ」
「………」
「……およそ防御できる最大出力の攻撃と言えば、ほとんど天井知らずと言っていいほどの月の神の盾だが、逆に防御できる下限の方は所有者が持っている武器と同程度だという。
交易の国の勇者であり、月の神の盾を所有するほどの人物であるクライナーが、武器は名のある魔剣ではなく、どこにでも転がっているただの剣でしかないのはそういう理由があるからだ」
「それはまたややこしい話だな」
ボロスが嫌そうに顔をしかめて言う。
「……絶対的な防御力の上に高い攻撃力を所有して、一方的に意見を押し付けないための戒めなのだろう。神というのは全知全能に見えて、七面倒な制約に囚われているのだ」
「じゃあクライナーさんと戦う時には……」
「……そうだ。強力な攻撃魔法は全て防がれてしまうが、通常の武器の攻撃であれば問題ない。安心しろ、ヒルケ。君が普通の武器で戦う分にはあの盾はただの盾に過ぎない。後は実力での勝負になる」
「じゃあじゃあ、アリアーネさんにも勝ち目があるって事ですか?」
リーゼが目を輝かせて言う。
「……どうだろう? クライナーはあれで剣の達人だ。魔法は全て盾に防がれる、弓矢は直線的な攻撃だからまず当たらない。レイピアならあるいは……」
「あいつのレイピア、ミスリル銀製の業物なんだよなあ。三年前に自慢げに言ってたぞ」
「………」
レヴィンの指摘に一同は黙り込む。
「……そもそもこの事をアリアーネさんは知ってるんですか?」
リーゼの質問が沈黙を破る。
「……教えるわけないだろう? 弱点を教えてはフェアじゃない」
「じゃあ、アリアーネさんに勝ち目はないんじゃないですか?」
「……アリアーネが自力でこの事に気付くかどうか……気付いて初めて勝負になるわけだが、気付いたからと言って、すぐに勝てるわけでもない。クライナーに攻撃を当てるのはそれだけで至難の業だ」
「………」
一同は再び黙り込む。そして黙り込んだまま、その眼下で対戦が始まった。




