第二章その17
兄ハーミッシュの部屋を出たアリアーネは、しばらく歩いたところで意外な人物に出くわした。
「あら、こんなところで会えるとは思ってもいませんでしたわ。エルフのお嬢さん」
「セラフィナ……様……」
交易の国の女王、セラフィナだった。艶やかな笑みを浮かべて立っている。
苦手に思っている女性を前にして、アリアーネは軽くたじろぐ。
「ちょうどあなたのお兄さんとお話ししようと思っていたところでしたのよ」
「そうですか。兄ならまだ自分の部屋にいると思いますよ」
「いえ……それはもういいですわ」
「……え?」
「だって、あなたに会えましたもの。ハーミッシュ殿よりあなたとお話がしたいですわ。ちょっと付き合っていただけますか?」
「え? ええ、構いませんけど……」
立場上、断わるわけにもいかず、アリアーネは戸惑いながらうなずく。
「決まりですわね。立ち話もなんですから、場所を変えましょう」
セラフィナは先に立って歩き、アリアーネを小さなサロンに連れて行く。テーブルにそれぞれの紅茶が用意される。
「さあ、どうぞ。夜の国から取り寄せた茶葉で煎れた紅茶ですわ」
「ありがとうございます」
出された紅茶を一口すすり、アリアーネは森の国の物にはあり得ない芳醇な香りと味に目が眩みそうになった。
「どう? 森の国にはない味わいでしょう?」
「ええ……でも森の国のみんなはもっと薄味の方が好みだと思いますよ」
「そうかしら? それは薄味の物しかないからそう思い込んでいるのではなくて?」
「………」
「アリアーネさん、あなたは森の国がこのままで良いとお思いですの?
「……どういう意味ですか?」
「あなたは三年前と今回と、他のエルフと違って二度も外の世界の事を知る機会に恵まれましたわ。
エルフたちが外界から隔絶された深い森に守られ、何の進歩も発展も変化もないまま、長い寿命を磨り減らすように悠久の時を生きていく……その間に我々六カ国は交易を通じ、文化と技術を交流させ、目まぐるしい進化を遂げる……あなたはそれを目にしているはずですわ」
「………」
「いつか森の国のエルフたちは六カ国から引き離され、取り残されるのは必定ですわ」
挑発するように唇の両端を釣り上げるセラフィナ。アリアーネも怯まない。
「兄ハーミッシュを始め、多くのエルフはそのような未来を望んでいません」
「私たちはあなた方エルフの未来を思って言っているのですよ?」
「セラフィナ様。失礼ですが、あなたがどんな綺麗な言葉を並べても、私たちエルフは耳を貸さないでしょう」
「あら? どうして?」
「あなたが私たちの事を心配しているような事を言っても、本当は金儲けのために森の国と私たちエルフを食い物にしようとしているのではないか……そんな疑念が拭えないのです」
「……あら? お金儲けのどこがいけなくて?」
セラフィナは平然としている。
「私たちはお金を得て、あなた方は未来を手に入れる。それのどこがいけなくて?」
「セラフィナ様が言うように上手くいくのですか?」
「事の正否は市場が決める事。市場が求める商品を提供できれば我々は莫大な利益を得るし、それができなければ頓挫するだけの事……」
そしてセラフィナはふっと溜息をつく。
「……このまま話し合ってもムダのようですわね」
「ええ、そのようです」
「では決着は明日の勇者大戦で決めましょう……我が国の勇者クライナーが負けるはずはありませんが」
「………」
「ご機嫌よう、エルフのお嬢さん」
セラフィナは悠然と笑って立ち去っていく。
アリアーネは黙ってそれを見送るしかなかった。




