第二章その13
それまではボロスが槍を持ったレヴィンの懐に飛び込んでいき、レヴィンが迎え撃つという構図だった。
ボロスが銀狼から灰色熊の獣人に変身した事で、それは逆転してしまった。灰色熊の腕の間合いはレヴィンの槍のそれをわずかに上回る。
ボロスの懐にレヴィンが潜り込む、という構図に切り替わっている。
しかし熊の皮膚は狼のそれよりはるかに分厚く、槍であっても簡単には通さない。強靱な筋肉から繰り出される一撃は、兜ごとレヴィンの頭を吹き飛ばしてしまうに違いない。
レヴィンは注意深くボロスの腕の動きを見切り、慎重に懐に踏み込んで槍を繰り出すが、分厚い皮膚に阻まれ、攻撃はほとんど意味を成さない。
重い一撃故に大ぶりになり、見切りやすいのが唯一の救いだったが、当たれば確実に致命傷になる一撃は慎重に避けなければならない。
紙一重でボロスの致命的な攻撃をかいくぐる度に、巻き起こす暴風が頬を乱暴に撫でる。薄氷を踏むような危険な瞬間に何度も息を飲みながら、二人は目まぐるしい攻防を繰り広げる。
レヴィンがボロスに一撃を加え、後退して間合いの外に逃れた時だった。
眼前の灰色熊の巨躯がかき消える。目を見張り、ボロスの姿を探すレヴィン。その視界にボロスの姿を捕らえるより早く、勘に従って槍の石突きを跳ね上げる。
それは何の根拠もない、鍛え抜かれた戦士の本能に突き動かされての行動だ。奇跡か? 偶然か? 幸運はレヴィンの味方をした。
灰色熊の獣人から鼠の獣人に変身し、足許から懐に忍び込もうとしていたボロスを、レヴィンの槍の石突きが押し戻す。
ボロスは空中で銀狼の獣人に戻り、体勢を立て直そうとする。千載一遇のチャンスを逃すレヴィンではない。跳ね上げた槍をそのまま突き込み、ボロスの足許を払う。
たまらず尻餅をつくボロス。反転した槍の穂先が突き進む!
……が、槍はその途上で静止した。鼻先に突き刺さる寸前の槍を、ボロスの手が掴み取っていた。
槍はレヴィンが押し込もうとしても、ボロスが払い除けようとしても、微動だにしない。
「ふむ……これ以上続けると、どちらかが命を落とすか大怪我する事になるな」
拮抗した力の鬩ぎ合いの中、意外に余裕のある様子でボロスが言う。
「そうだな。それは避けたいところだ」
「まあ今日はこの辺にしておくか。俺の負けという事にしておこう」
その言葉でレヴィンは槍を引き、手を貸してボロスを立たせる。
二人が固い握手を交わすと、闘技場を割れんばかりの拍手が包み込んだ。
「楽しかったぞ、竜騎士」
「俺も楽しかったよ、獣人の族長」
惜しみない拍手を続ける観客に、二人は手を挙げて答えた。




