第二章その12
試合が始まる。
仕掛けたのは全く同時。レヴィンの槍がボロスの攻撃を払い除け、さらに踏み込んで繰り出す突きを、ボロスは素早いステップでかわす。
その時すでに、ボロスは白銀の流れるような毛並みに包んだ人狼へと姿を変えていた。
人狼と化したボロスは、パワー、スピード、共に人間を上回る。左右に華麗にステップを踏んで翻弄しつつ、間合いを詰めようと試みるが、レヴィンも後退しながら槍を繰り出し、決して侵入を許さない。
ボロスの爪とレヴィンの槍が交錯する度、白銀の獣毛が千切れ飛び、血飛沫が舞うが、獣人であるボロスにとっては掠り傷にもならない。
ますます積極的に攻め込み、レヴィンもそれに対応して適確に間合いを保つ。
長身のボロスの間合いは素手の人間より長いが、レヴィンの槍はそれを上回る。その差がレヴィンの優位であり、唯一の防壁になっていた。
傍から見ると堅実に守るレヴィンが優位に見えるが、実際のところその優位は紙一重と言っていい。距離という防壁をレヴィンは必死になって守り、ボロスは槍一本で遮られる空間を力ずくで踏み越えようとして果たせずにいた。
と、その危うい均衡を破ろうと変化が起こる。
ボロスの腕の筋肉がみるみる盛り上がり、白銀の毛並みは灰色に変わり、長さも伸びていく。レヴィンの槍が守る距離の防壁を易々と乗り越え、荒々しい暴風を伴って横殴りにレヴィンの頭を襲う。
不意を狙った一撃はしかし、力強いパワーを得た代わりに人狼だった頃のスピードを失っていた。身体を反らして一撃をかわしたレヴィンの鼻先を、暴風が掠めるにとどまる。
バックステップを何度か重ね、距離を空けるレヴィン。
その視線の先に立つボロスの姿は、すでに不敵な笑みを絶やさない豪快な人間の姿でも、優美な白銀の毛並みに包まれた人狼の姿でもなくなっている。
丸太のような二本の腕を広げる灰色熊の獣人。背丈も腕の長さもそれまでを上回る巨躯が、圧倒的な威圧感を伴ってレヴィンの前に立ち塞がっていた。
「狼から……熊に!」
「……そうだ。ボロスの一族には様々な種類の獣人の血が混ざっている。それで一人で何種類かの獣人に変化できるそうだ」
「はあ~……でも弟さんはずっと狼の獣人さんなんですよね?」
「……そうだ。何が原因なのかは解らないが、不思議な事だ」
ヒルケ、フローリア、リーゼはそんな言葉を交わす。
「……ドラゴンが一緒でなければ、竜騎士はその真の実力の十分の一も発揮できない」
フローリアは淡々と告げる。
「……そう言われている。しかしそれは違う。ドラゴンに認められて契約を交わし、その血を受けたという事は、それだけで勇者として我々と同等の充分な実力がある事を示している。特別な能力は何もなく、ただ槍一本を操る業だけでボロスと渡り合っている事が何よりも確かな証明だ」
「………」
「………」
ヒルケとリーゼは言葉をなくす。ただ呆然と目下の対戦に心を奪われる。
「……ボロスは熊の姿を選んだ、か。さて、それが吉と出るか凶と出るか……?」
フローリアの小さなつぶやきは、いよいよ熱狂を増す歓声にかき消される。




