第二章その7
会議に出席していたフローリアが遅れて「紅玉と翡翠の夕べ」亭に着いた時、稼ぎ時を迎えた酒場は仕事の後の一杯を楽しむ人たちで溢れかえっていた。
小柄なフローリアが人の波をかき分けて進んで行くと、いつもの席にいつもの面々が顔を揃えていた。
「おおっ! 今日の主役の登場だな!」
すでにほろ酔い気分らしいボロスが陽気な声を上げる。
「フローリア、初戦の勝利、おめでとう!」
「おめでとうです~!」
アリアーネとリーゼが近寄り、肩を抱いたり手を握ったりしつつ祝福の言葉をかける。
「……千年を生きる“不死の女王”である私に、そんなに気安く接してくれるのは君たちくらいだろうな」
「嫌だった?」
「……いや、そんな事はなひ」
フローリアがほっぺたを引っ張ったので、フローリアの言葉は語尾が上擦って画竜点睛を欠く事に。
その視線が座ったままのフォルナに向いて、すっと伏せられる。
「……ところでヒルケ殿の姿が見えないようだが」
「今日は来てないな。砂の国の国王に呼び出されたらしい」
フローリアの質問にレヴィンが答える。
「……呼び出された……ふむ……」
「初戦を落としたからな。たっぷり絞られてるのかも知れないな」
「そう思うと複雑よね……」
アリアーネも相槌を打つ。フローリアとヒルケ、どちらも同じ勇者としての仲間意識があるので、それぞれ勝者と敗者に分かれると思うと割り切れない思いがある。
「……シーナの姿も見えないようだが?」
「シーナさんはお仕事です。お店が混んできましたから」
クライナーの視線の先でシーナが働いていた。混み合った店内を、人の間をすり抜けながら駆け回っている。
「……砂の国の関係者二人がいない、か。ならちょうどいい。みんなの意見を聞きたいと思っていたところだ」
フローリアの言葉に、それまでのお祝いムードが一転、酒場の喧噪はそのままに勇者ご一行だけが静かになる。
「……まずは私とヒルケ殿の初戦、どう思う?」
「どう思うも何も、フローリアの圧勝だったではないか。砂の国の王はさぞ悔しがっている事だろう」
戦いの事とあって、ボロスが真っ先に答える。
「……どうだろう? 会議で会ったデストゥートにそんな様子はなかったな」
フローリアは淡々と答える。まして勇者全員への挑戦はやめないと明言したのだから、と付け加える。
「……私の見たところ、この先、ヒルケ殿は一勝もできない。できたとしても、せいぜい一勝というのが関の山だ」
フローリアの分析は冷静だ。
「……身体能力を上げる魔法をかけて接近戦……幻術系の魔法が得意なアリアーネ殿、身体能力で人間より勝るボロス殿、鉄壁の防御を誇るクライナー殿……この三人には手も足も出ないだろう。あとはレヴィン殿とフォルナ殿だが……まあやってみるまではわからないが、そう易々とはいかないだろう」
「今回の戦いだけで手の内をみんな晒してしまったわけでもないんじゃないか?」
レヴィンが言う。
「……確かにその通りだ。しかし一勝や二勝したところで、四敗、五敗しては意味がない。勇者大戦で負ければ相手国に大きなペナルティを支払わなければいけないのは知っているだろう? 経済的に苦しい砂の国にとって、致命的な痛手にもなりかねない」
「一勝でもできればいい、砂の国の民を鼓舞し、前向きにできればいい。砂の国の王は戦いの前の会議でそう言っていたのでは? 勇者大戦での一勝は、我が国にとっての光の神への信仰と同じように、砂の国の民にとっての力になるのではありませんか?」
今まで黙っていた神聖王国の勇者フォルナが熱っぽい口調で訴える。
「……人はパンのみにて生きるに非ず、か。信仰も希望も重要だが、パンがなければ人は生きていけない。飢えた人間は希望をなくし、信仰も道徳も正義もかなぐり捨てる」
「そんな事はありません。窮状にあるからこそ人は信仰を守り、隣人を愛さなければならないのです」
「……フォルナ殿。誰もがあなたのような強い心を持っているわけではない。その事を忘れてはいずれ辛い目に遭う事だろう」
「あ、あの! 二人とも本題から離れてない?」
アリアーネが声を上げて割って入る。
「……ああ、そうだな。すまない。本題に戻ろう」
「………」
フローリアは平気な様子で、フォルナはまだ言いたい事がありそうだったが、本題に戻る事にする。
「……このまま勇者大戦が続けば、敗戦を重ねた砂の国はいずれ大変な結末を迎える事になる。そしてそれはデストゥート殿が望んだ事なのだ。しかしそれは何のためなのだ?」
「………」
「……デストゥート殿は混乱の続く砂の国を辛うじてだがまとめ上げている、怜悧で優秀な国王だと聞いている。今の状況が彼の目論見通りだとは到底思えない」
「バカバカしい」
獣人の族長ボロスはフローリアの杞憂を一蹴する。
「それが何だというのだ? 我々勇者の役目は目の前の敵と戦う事。勝敗に関わりなく雄敵であれば互いを認め合い、そうでなければ歯牙にもかけない。戦いとはそうしたものだ」
「……デストゥート殿がボロス殿のような方であれば悩む必要はないのだがな」
フローリアは嘆息する。
「砂の国の王の目的は見当も付かないが、初戦を見てひとつ解った事がある」
レヴィンが口を開く。
「ヒルケの戦い方は暗殺者のそれだ」
「………」
「暗殺者は相手の命を確実に奪う事を信条とし、自らの命も容赦なく使い捨てるように叩き込まれる。ヒルケは砂の国の王の元で育てられたと言っていた。それが本当なら、デストゥートはヒルケの命など何とも思っていない。目的のためにあいつの命を犠牲にする事を厭わないだろう」
「………」
レヴィンの言葉に、一同は静まり返る。リーゼだけがおろおろと一同の表情を伺っていた。




