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勇者大戦  作者: 千里万里
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第二章その6

「少年」

 見た目だけなら対戦相手より年下に見えるフローリアが、低く抑えた声で短く告げる。

「私が死なない事くらいは知っているだろう? どうせなら殺す気でかかってこい」

「………」

 フローリアの言葉に何を思うのか、ヒルケは黙している。

 試合開始を告げる鐘が鳴らされた、その瞬間だった。

 闘技場に土煙が舞う。固唾を飲んで戦いを見守る観衆が視認できたのはそれだけだった。気付いた時、それはすでに終わった後だ。

 両手に逆手で短剣を持ったヒルケの姿は、すでにフローリアの背後にあった。

 そしてその身体は微動だにしないまま、熟れた果実が枝から落ちるように、フローリアの首がごろりと地に落ちる。

「………」

 それまで割れんばかりの歓声で満ちていた闘技場は一転して静寂に包まれる。

 試合開始と同時に風の如く駆け抜けたヒルケが、両手に持った短剣でフローリアの首を切り落とした。

 遅まきながら、誰もがその事に気付く。そして勇者大戦の初戦の呆気ない幕切れを確信した、その時だった。

「……開始早々に加速魔法をかけてからの速攻。しかも呪文を唱える口元を隠す念の入れよう。私の首を切り落とす短剣の腕も見事だ。悪くない手だな」

 低く抑えた声が聞こえてくるのは足元の高さから。地面に落ちたフローリアの首。その唇が震えるように動き、言葉を紡ぎ出している。

「……侮っていた事は幾重にも詫びよう。少年……いや、砂の国の勇者ヒルケ殿。しかし」

 フローリアの身体が緩慢な動作で動き、自らの首を拾い上げて身体の上に乗せる。そして少しずれた三角帽子の角度を直す。

「……私を倒すつもりなら、この程度では無理だ。四肢をバラバラにして石臼で挽き潰す……それくらいの覚悟で臨まなくては。もっとも」

「………」

「……もっとも、それでも死にはしなかったのだがね」

 フローリアが言い終えるより早く、ヒルケは動き出す。閃光の速さでフローリアに駆け寄るが、今度はフローリアが早い。足元に光り輝く魔法陣が広がったかと思うと、半球状の結界が展開し、ヒルケの接近を阻む。

「……貴殿の実力に敬意を表し、“不死の女王”の力の一端をお見せしよう。先輩からの手痛い洗礼と受け止めるといい」

 フローリアはさらにふたつの結界を展開する。ひとつはヒルケを閉じ込める小さな結界。そして闘技場全体を包み込む巨大な結界。

「……安心しろ。殺すつもりはない。逃げる必要もない。ただ指をくわえて見ているといい」

 フローリアは開いた手を虚空に伸ばす。そして見えない扉を開くように、手を閉じ、捻る仕草をする。

「……開け、“始原の渦”」

 その声は短く、小さい。しかしそれに伴って起こる変化は激烈だった。たちまち結界内に暴風が吹き荒れるが、それでさえ“始原の渦”を開いた余波に過ぎない。

 フローリアの手の中に、青白い光球が生まれる。荒れ狂う魔力が収まりきらないのか、小さな稲光のような光線が走るそれを……フローリアはそっと宙に放る。

 地面に落ちたそれは爆発的な光を放つ。光は闘技場を覆う巨大な結界の中を満たし、結界を内側から容赦なく打ち据え、びりびりと震わせる。もはや観客からは二人の姿を伺い知る事さえできない。

 客席が騒然とする中、少しずつ光が薄れ、立ち込めていた土煙が引いていく。観客が視界を取り戻した時、後に残ったのは気を失って倒れ伏すヒルケと、何事もなかったように平然と立つフローリアの姿だ。

 わざわざ観客席とヒルケを結界で保護して、必要以上に強力な魔法を使った、圧倒的な実力差を誇示した勝利。

 誰にも文句の付けようのない、フローリアの完全無欠の勝利だった。

 フローリアがすっと視線を上げる。

 その先に、各国の代表が座る特別席があった。


 その後、代表が顔を揃えた会議にフローリアも参加した。

 初戦を落とした砂の国の代表デストゥートに対し、他国の全ての勇者への挑戦を続けるか、フローリアは改めて問うた。

 デストゥートは落胆した様子を見せる事もなく、自信に満ちた薄い笑いを浮かべて、挑戦を続ける事を告げた。

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