ドラゴン牧場ドラン ~この世界は平和なので、なんとドラゴンも家畜だそうです~
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「おはよう。フー。調子はどうだい?」
『問題ない。なあ、ドラン』
「なんだい?」
『あと、何日だ?』
ーー ーー ーー ーー ーー
ここはとある異世界。魔物と人間の共存するこの世界では、あのドラゴンですらーー家畜である。
「みんなー! おはよう! 今日のご飯だよ!」
そう元気よく広大な牧場の真ん中で叫ぶのは、この農場。『ドラゴン牧場ドラン』の経営者であるドラン。金髪と碧眼が特徴的な爽やかな青年。
そんな容姿とは裏腹に、持っているものは重量500キロを超える食材たちだが。
『やあドラン! 今日の朝ご飯はなんだい?』
「今日は体によろしくフルーツパーティーだ!」
『やったぁ!』
ドランの腰ほどまでしかない子供のドラゴンが、テレパシーでドランに話しかける。そして無邪気な明るさを振りまいてドランと持つ食材を眺める。
そのドラゴンと話している間に、続々とドラゴンたちが集まって来た。
「さ! お食べ!」
そう言うと、ドラゴンたちが行儀よくフルーツを零さずに食べ始める。
それを満足そうに眺めるドランに、一体のドラゴンが近寄ってきた。
「お、フーじゃないか」
『やあ。今日も元勇者様は元気なもんだな』
「今更そんなこと言うなよな。……ま、今は平和だから、勇者なんて肩書きはいらないね」
軽い口調でそんな会話をして、ドランはフーというドラゴンを見つめる。
艶やかで光を鏡のごとく反射させる緑色の鱗に、ちょうどいい塩梅でついたの筋肉。
「……フー」
『なんだよ。そんなに俺を美味しそうに見つめて』
「あー、いや。……うーん。調子狂うなぁ」
滅多に見せない焦りの表情に、フーがハッハッハと豪快に笑う。もちろん、とんでもない声量で。
『なんだ、俺が生まれた時は「君が第一の家畜だ!」なんて言ったくせに』
「うわぁ。俺最低なこと言ってるよ……」
『今更だな。……ま、すげぇショックは受けたけど、今じゃ楽しみだな』
「出荷されることが?」
『ああ』
そう言い切られ、ドランもうーんと唸らざるを得ない。どうしてこうも情が移るものか。
「……ちょっと伝えておこうかな。お前ーー」
『ドラン! ドラン!』
何か言おうとしたドランの服の裾を、無邪気なドラゴンが引っ張った。
言いかけた言葉を押し込めて、ドランがそのドラゴンの方を向く。
「なんだ?」
『もうなくなっちゃったよ!』
「あ、マジか……。すまん! すぐ補充してくるからな!」
そうしてドランは大きな籠を持って食料倉庫へと走る。フーに言いかけた言葉はまた後で言おう、そう思いながら。
ーー ーー ーー ーー ーー
「おらー! 体洗うぞー! 早いもん勝ちな!」
今度はシャワーの時間だ。だが、実はあまりシャワーにはドラゴンたちは興味が無いようで。綺麗好きな水龍やホワイトドラゴン以外は、ドランが呼ぶまで来ない。
「おーし。来たなホワイトドラゴンども。一列に並べぇ!」
そう命令すると、白い鱗を土の茶色や草の緑に染めたドラゴンたちが一列に並ぶ。なかなか見ていて奇妙な光景ではあるが、ここではこれが日常。
ドランは持ち前の水魔法でドラゴンたちの汚れを落としていく。ちなみにドラン。水魔法しか使えない。
「ん、なんだ。おまえが来るとか珍しいな。フー」
『いや、そういう気分だったからな』
白いドラゴンたちに混じって緑色のドラゴンがいるのに驚いて見ると、フーだった。
ドランは他のドラゴンたちと同じように水魔法で洗っていく。
『最近、調子はどうだ』
「んー。ま、ぼちぼちだよ」
そうして今日のシャワーの時間は終わりを告げた。
ーー ーー ーー ーー ーー
お昼の時間。ドランは食事の準備をする。
ここでの食事はすべてドランのお手製……なのは当たり前なのだが、かなりドランはこだわっている。
勇者時代に培った知識、身体能力上昇の木の実たちを惜しみなく混ぜたその飯は、ドラゴンたちからは好評である。
「グオオォォォ!」
ふと、ドランの耳にドラゴンの雄叫びが聞こえてくる。
「……反抗、かぁ」
ドランは調理の手を止め、重い気持ちで護身用の聖剣を持って、牧場に出た。
反抗は別段珍しいことではない。当たり前だろう。死ぬために生きているなんて知ってしまったら。
『嫌だ! 俺はここを出るんだ!』
暴れているのは、もとより気性の激しいレッドドラゴン。しかもまだ生まれて半年ほどの子供。
だが、子供といっても可愛いものでは無い。紛れもない強敵、ドラゴンなのに変わりないのだから。
「……七十七番」
周りで見ているドラゴンたちが、そのレッドドラゴンを数字で呼んだことに驚く。
この牧場のドラゴンたちには、個体を識別するために一応の番号が振られている。が、ドランはその番号で呼ばない。
なぜならーーそれでは飼わせていただいていることへの、ドラゴンたちへの冒涜ではないか。
『や、やめろ! 俺は知ってるぞ! 大人達から聞いたんだ! 俺たちは死ぬために生きているって!』
「そろそろお前にも伝えようと思ってたんだ」
『俺はそんなために生まれてきたんじゃない!』
そう叫んで、レッドドラゴンがとてつもない速度でドランに迫る。
常人の肉眼では到底追えるようなものでは無い。最強とも謳われた魔物にーー
「ごめんな」
そう言って、聖剣を振った。
刹那、沈黙が流れる。そして、レッドドラゴンはまるで眠るかのように地に落ちた。
「……殺したかねえんだけどなぁ」
そう呟いて、ドランは天を見上げる。
この農場では、反乱したのならば殺すのが道理だとドランは思っている。もしも殺さないでこの農場内で生かすのならば、それは飼い殺しであり、また農場の外に放てば周りにどんな被害が出るか。
ふと、隣に大きな気配。
「……なんだ、フー」
『こいつ、俺が貰っていくよ』
「ああ。好きにしてくれ。……俺は墓でも建てとくよ」
緑のドラゴンが赤い小さなドラゴンを加えて去って行く。
そうして、この騒動は幕を閉じた。だが、それにはあまりに大きな代償がついてくる。――ドラゴンたちからの信頼は、失ってはいけないのに。
重い空気が立ちこめる農場に、冷たい風が吹いた。
―― ―― ―― ―― ――
この農場では、ドラゴンが六歳になった時に自分は家畜であることを伝える。
(でも、もっと早く伝えるべきなのかな)
今日の一件を受けて、ドランがレポートを書きながらそんなことを考えていた。
今までは、間違いなく順調に進んでいた。……だが、今日のようなことがあると話は変わってくる。
いくらなんでも、農場のドラゴン約九十体を防具無しに相手にするのはいささか分が悪い。数の暴力は偉大なのだ。
「――あーっ! ったく、なんで経営主がこんなに苦悶しなくちゃいけないんだ」
わしわしとドランが金色の髪をかく。
「……俺たちが食べてる豚やら牛やらを作ってる人も、こんな気持ちなんだろうか」
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
牛や豚もこの世界では家畜に変わりない。ーーはたして、その先輩たちは一体何を思ってこんなことを生業にしてるのだろう、
「……明日、聞きに行ってみよっかな。あー、でもこの牧場置いては行けないし……」
悶々と一人で悩んだ結果。
「よし、呼ぼう」
ドランは伝達魔法の織り込まれた手紙を開いた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「こんにちはぁ」
「こんにちは。僕はこの牧場の経営をしています。ドランと言います」
「おやおや、これはご丁寧に。あたしゃフミスって言うわい」
翌日。やってきたのはかなり歳のいったお婆さんが一人。
「本日はご教授のほどよろしお願いします」
「あたしゃそんな大層な立場じゃないんだけどねぇ。じゃ、ちょっとあたしゃこの牧場見てくるわい。ああ。ついてこんでええでなぁ」
そう言ってフミスが一人テクテクと牧場を歩いていく。ドラゴンたちには襲わないように言ってあるため、危険はないと思うがドランはどこか不安であった。
と、もう一人若い女性がドランの元に駆け寄る。
「久しぶりね。ドラン」
「ほんと、久しぶりだな。パーティ解散のときのパーティー以来か。ミネ」
そう。その女性は、ドランの元パーティメンバーであり、今回フミスを紹介してくれたミネ。群青色の髪と凛々しく美しい顔立ちの少女。
「あんたも、よくこんな牧場作ったわね。そんな苦悩するならやめちゃえばいいのに」
「それは無理だな。俺は決めてんだ。この美味しさをみんなに届けるって」
そう力強く語ると、ミネはため息を吐いて微笑みを浮かべる。ドランが思い出すのは、確か田舎でドランの師匠に食べさせて貰った竜肉の味。
「……ま、あんたに覚悟があるならいいわ」
「なかったらやってねぇよ」
そうして久々の談笑を楽しんでいると、フミスが戻ってきた。
「のう、ドランさんや。ここは誰かに手伝ってもらって作ってるのかえ?」
「いや、いろいろ文献を漁って独学でやってますが」
「ほう……」
沈黙が訪れる。
ドランは、何かいけないことをやってしまったのかとドキドキしながらフミスの言葉を待っていると……。
「独学でこれなら、なかなかいい方じゃの」
そう言って、ドランに笑いかけたのだった。
それに安堵し、ドランも微笑みを返す。
「よかったぁ」
「ま、あたしゃドラゴンのことなんてわからんがのぅ。いい試みじゃな」
「ありがとうございます! ……あの、ひとつお尋ねしてもいいですか?」
「もちろん」
そして、ドランはフミスをここに呼んだ一番の理由を尋ねる。
ドランの一番の悩み。
「ーー自分の飼っている動物を、家畜を殺すのは悲しいですか?」
その問いに、フミスは穏やかな笑みを浮かべたまま「ふむ」と言って、少しの間考え、
「そうじゃなあ。むしろ感謝しとるよ」
そう答えた。そして続ける。
「だってのう。あたしゃらは家畜の気持ちなんてわからん。だって、あたしゃが飼っとるのは豚だからのう。気持ちがわからないからこそ、いつもありがとうと、そう伝えながら育てるのじゃ。ーーそれが、飼い主としての義務じゃ。ドランさんもわかっとるじゃろう」
ーーそれは、自分が求めていた答え。経営主としての心持ちを説いてくれたフミスに、ドランは力強く頷く。
「でもまぁ、ドラゴンは人語を話せるからのぅ。その苦しみは比にならないじゃろうが……やると決めたのなら、道義はとおしゃあよ」
「ーーっ、はい! ありがとうございました!」
ーー ーー ーー ーー ーー
「じゃ、そろそろ帰るかのぅ」
そのあと、フミスと語り合ったドラン。
「あんたも真面目ねぇ。あたしにはなんの話かさっぱり」
「俺がどんだけ勉強したか伝わったか?」
「そうね」
一度話を終わり、ミネがドランに話しかける。
「ありがとな、ミネ。フミスさん紹介してくれて」
「どうしたしまして。頑張りなさいね」
「おう、わかってるよ」
その答えに笑って、ミネが地面に魔法陣を書き始める。
その間に、ドランは改めてフミスのもとへ。
「フミスさん。本日はありがとうございました。また、何かあったらお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「構わんよ。いつでも聞きに来なさい」
そして、二人は水色の魔法陣に乗って消えてった。
ドランは何か大きなものを得れた感覚を噛み締めて、また明日の作業をーー明日の世話を思い浮かべた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「飯だぞー!」
翌日の朝、ドランは大きな声でドラゴンたちに朝を告げる。その手には、昨日よりも何倍も大きな籠が。
「ほれ! うちの牧場も今日で三周年だ! だからお祝いの大盛り朝食だぞ!」
その日ばかりは、ドラゴンたちも無我夢中で朝食を貪っていた。その光景に満足げに頷く。
『今日はやけに張り切っているじゃないか』
すると案の定、フーがドランのもとへやってくる。
「よう、フー。そんな変わったように見えるか?」
『見えるとも。昨日の婆さんのおかげか?』
「ま、そうだな」
そう言ってドランはフーに笑いかける。
実際、ドランの変わりようはすごい。今までも十二分に優しかったが、それでもフーに言われるほどだ。
「フー。伝えなきゃいけないことがある。今日の夜空いてるか?」
『ああ。……俺も、聞きたいことがある』
ーー ーー ーー ーー ーー
その日のドランの働きっぷりは見ていて不安になるほどであった。なんどドラゴンたちから心配の声を浴びたことか。
だが、それでもやり遂げた。ひとつの気持ちを、伝えられるように。
「……フー」
そして今。ドランはひとつの竜舎にいる。
そこは、牧場のドラゴンたちの知らない。知る由もないほど重要な場所。
『……来たか』
ボロボロの屋根から降り注ぐ月光が、スポットライトのようにフーを照らす。
そこはーーフーの生まれた場所。
そして、ドランの牧場の始まった場所。
「ったく。お前もここを選ぶとか、性格が良いのか悪いのか」
『俺なりに覚悟を決めてんだがな』
その一言が、ドランの笑顔に突き刺さる。
「……やー。柄にもなく笑顔が……。こんな意識して笑顔を作ろうとしたことねぇよ」
『ほう? 珍しいじゃないか。笑顔が売りだってのに』
「俺は見世物かよ」
なんとか自然な笑顔を作り上げて、改めてフーに向き直る。
確か、フーが生まれた時も同じことを思っただろうか。
「……お前、ほんとカッコイイな」
『ん? なんだいきなり。柄にもなく照れるぞ』
そう言ってフーがドランから目をそらす。
ドラゴンが照れ隠しとは。どうしてなかなかーー
「ぷっ。くくく……」
『む。なんだ』
「いやぁ。俺ら出会ってからもう三年だろ? 三年目にしてこんな初めてがいっぱいあんのかと思ってさ」
『ああ。確かにな』
堪えきれず、フーも少し吹き出す。
オンボロの薄暗い竜舎に満ちる明るい笑い声。それは本当に舎の中を明るくしてきーー
「ちょっ! なんか明るくて暖かいなって思ったらお前、炎出てる出てる!」
『ん? ぬぉ?!』
ーー ーー ーー ーー ーー
「こりゃひでぇ」
ドランが、焼け落ちた竜舎を眺めて呟く。
あの後必死でドランが水魔法で消火を行ったが、努力も虚しく全焼してしまった。
『ま。こんな日もある。火だけにな!』
「ここに来て笑い取ろうとすんじゃねえよ。結構思い入れあったのによお。……自分で建てたし」
『そうだったのか』
感慨深く呟くドランの言葉に、フーも少しため息混じりに言う。
『最高のジョークだったんだがな』
「まったく関係ないしつまんねぇよ。……なあ、本題入っていいか?」
ドランが、笑みを消してフーを見る。
「……お前、あと一年なんだ」
『やっぱりか。俺もそれを聞こうと思ったんだ』
重い口調に対して、フーが軽く何気なく言う。
それに拍子抜けして、ドランは目をぱちくりしてしまう。
「……何が一年かわかってるか?」
『もちろん。出荷だろ?』
「そう。そうなんだよ。悲しくないのか?」
『悲しい?』
「はっ」とフーが鼻で笑って、ドランに顔を近づける。
『お前に殺されるのが悲しくなくてどうしてここに俺はいるんだ』
そう堂々と言い切るフー。
「……あ、ははっ」
思わず笑いをこぼすドラン。
「ーーお前が最初でよかった」
そう言って、涙を零した。
焼け落ちた竜舎の煙が、心地よい風に消えた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「みんなー! 今日は集まってくれてありがとな!」
さんさんと降り注ぐ暖かな光の中。エプロン姿のドランがテラスに作られた大きなテーブルに肉料理を並べていく。
そこに並ぶのは、ドランが勇者だったころの仲間たち。
「おおっ! 美味そう!」
「なんてジューシーなお肉でしょう……」
「やばいやばい。ヨダレ出てきた」
思い思いの感想を仲間たちがつぶやく中、ドランに一人近づく。
「……改めて、おめでとう。ドラン。出荷はしたの?」
「いいや、ミネ。まだだ。また一ヶ月後ぐらいかな」
ドランはそう言って草原に包まれた牧場を見る。その手前には『ドラゴン牧場ドラン』の緑の看板の掲げられた、オシャレで小さな門。
「さあみんな! ある分だけ食ってけ! うちのーーうちの最高の一体のくれた、最高のプレゼントだ!」
ドランが満面の笑みで両手を広げた。
彼は、あの日のことを忘れることはないだろう。この先も、ずっと。
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