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第7話:脅威のカレー

 清慶高校の食堂は美味しくて安い!

 もちろん、西園寺家の料理長の腕前と比べるわけにはいかないのだが、小細工ゼロのごく素朴な味わいが優香さまを魅了しているのである。肉じゃが定食とか、焼き魚定食とか、西園寺邸ではまずお目にかかれないメニューがめじろ押しだ。

 ちなみに、中学は公立だったのだけれど、給食ではなく弁当持参が義務づけられていたため、三年間ずっと西園寺テイストなランチだった。牛乳だけ配布されていたのが謎だったな……


「お姉ちゃん、今日はなんにする? わたしはカツカレー!」


 かくいうわたしも、食堂メニューの不思議な味わいに魅せられているのだった。

 はじめてここのカレーを食べたときはあたまが真っ白になった。西園寺家におけるカレーとちがって粘度が高く、しかもライスがバスマティ米(インディカ種)ではなくアキタコマチ! それどころか……味わい自体がわたしのなかのカレー感覚にまったくむすびつかない!

 以前、山田にその衝撃を伝えたら「唾棄すべきブルジョワがっ!」と罵倒されてしまった。つづけて「あきれたわ。食べたことないのはしようがないにしても、マンガとか雑誌とかテレビのコマーシャルとかでさ、いわゆる“カレーライス”を知る機会くらい、十六年間生きてればいくらでもあるはずじゃない」とかなんとか。言われてみればたしかに。しかしそうは言っても、舌で理解すべきことを頭で理解することはできないわけで。

 あと、カツカレーに関して言えば、乗っかってるカツがすごい。衣が異常に厚くて、おそろしく油っぽい。単体で食べるとギトギトで酔ってしまうのだが、このギトギトが見事カレーとハーモナイズ! おしむらくは量が多すぎることかな。わたしには半分くらいでちょうどいいんだけれど、残しちゃわるいので無理して食べちゃう。そうすると西園寺邸の夕食を抑え気味にとらざるをえないわけで……なんとなく、料理長に申しわけないような気持ちになってしまう。なかなかむずかしいのだ。


「えっと、そうね、私は生姜焼き定食かな。あ、席を確保しておくから、お願いしていい?」


 生姜焼き定食か、なかなか渋いチョイスですね。

 どうやら優香さまの眠気は追い払われたようだ。眠いままだと「くろことおんなじで」なので。


「了解。ちょっと待っててね」


「なんだかいっつも、わるいねえ……」


 お婆さんみたいな口調で優香さまがおどけるので、わたしは思わず吹きだしてしまった。


「いいのいいの! それじゃ、席お願いね!」


 小さく手を振り別れる。

 ハッキリ言って優香さまは席を確保するのがヘタなので、逆の方が効率がいいのだが、優香さまに自分のご飯を運ばせるのは絶対いやだし、それに優香さまにはこういう……なんていうか、ごちゃごちゃしたせわしない空気になれてもらった方がいいような気がするのだ。

 こうやって食券販売機の前に並びながら優香さまを眺めていると、もう足どりからして他の生徒たちとはちがう。ゆったりしていて、優香さまのまわりだけ時間の流れがおだやかなのだ。ただ眺めているだけで、やさしくしてもらえたような充足感に満たされる。やわらかで、あたたかみがある。しかし! それゆえに……確保しようとした席を後からバタバタやって来た粗野な男子たちに取られてしまうのである(いままさに)! ああ、でもあのアセアセ困った表情、ホントかわいすぎるよ優香さま……


 ★


 結局、同じクラスの男子に席を譲ってもらってしまった。

 彼らとしては点数稼ぎの感覚があるのかもしれないけれど、優香さまは他人の好意をまことに善なるものとして率直に感謝し受け入れるので、裏側の意図に対してはまったくのブラインドなのだ。それに……これはおふざけ気分で言うのではなくて、優香さまは性別の意識を捨ててるから……。


「さて、どうしましょう。黒子のことはたぶん気づかれてるわ」


 パックのウーロン茶を飲みながら、優香さまはさらりと言った。


「うぐ! ゴホッゴホ」


 カツがノドにつまる。パックのオレンジジュースに手を伸ばした。


「カレーとオレンジジュースって、合うの?」


「んぐむ。ハアハア。いえ、まあ。あの、気づかれてるって……」


「あなたがフツーの生徒ではない、ということ。つまり、アレが見えたということをね」


 アレとは、あのカタナのことだろう。優香さまはおどろかなかったようだ。


「うう。ごめんなさい。ついびっくりしちゃって」


「いえ、私もおどろいたわ。不可視系のアーティファクトかなと思ったけれど、なにかもっと不安定なもののように感じた。たぶん、私たちの領域外のものね」


「でも、あいつ、人間ですよね。たぶん」


「たぶん、ね。いまのところ、なにもかも“たぶん”よ。こちらとしては出方を待つことしかできないしね。ただ、あんまりずるずるグレーゾーンにいられても対応のしようがないから、黒子がああいうかたちでチェックされたのはよかったのかもしれない」


「と、言うと」


「つまり、服部さんは近々、あなたのことを確認しようとするはずよ。なにものなのかをね。彼女の目的がなんであれ、見られるはずのないものを見られたのだから、案外わたしたちよりずっとあせっているかも」


「え、でも、もしかしたらわたしたちそのものが目的……あれ? いや、そうか」


「うん。もしも彼女の目的が私たちをどうにかすることだったら、あんなふうにアレをさらけだして、しかも見られてあわててかくすようなことはしないはずよ」


「じゃあ、敵ではない?」


「敵になるかもしれない人、というのが正しいかな」


「なるほど」


「とりあえず」


 優香さまが表情を硬くする。わたしはピンと背すじを伸ばした。ご命令を!


「冷めないうちに食べちゃいましょう」


「へ?」


「ごはん」


「あ」


 優香さまがにっこり微笑む。テーブルに視線を落とせば、わたしも優香さまもまだ半分くらいしか食べていない。


「お姉ちゃんのいじわる……」


 よくあることだが、からかわれてしまった。いやじゃないけど。


「ふふふ」


 優香さまの時間はつねにおだやかに流れているのだった。




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