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第5話:即戦闘?

 新校舎三階の西側に位置する1年A組がわたしたちのクラスだ。

 本鈴間際の到着となってしまったのだが、教室の引き戸を開けると……なんだろう? ちょっと雰囲気がおかしい。この時間になると、みんな自分の席に着座しはじめるのが常であるのに、今日は立ち話に興じたままで、ワイワイガヤガヤといやにうるさい。


「なんか――」


 妙ですね、と優香さまに声をかけようとしたところ、


「おはよう、西園寺さん。今日はぎりぎりね」と、山田の挨拶にさえぎられた。

 ――山田はクラス委員を務める典型的優等生で、優香さまとわたしの共通の友人です。セルフレームのメガネが似合う、地味にオシャレな文型ガール。わたしの心のなかでは“メガネの山田”。下の名前はなんだっけな?


「おはようございます、山田さん。今日はみんなどうしたのかしら?」


 優香さまはクラス全体を見回すようにして言った。


「あ、そうなの。あのね、うちのクラスに転校生が来るんですって。めずらしいでしょう? さっき日誌を取りに教員室に行ったときにね、先生が《おい、山田、今日は転校生来るからな》って。それで、ここに戻るとき、ちがう制服の女子とすれちがったの。たぶんこの子だろうなあって思って、みんなに話しちゃったんだ。そしたらね、西園寺姉妹よりかわいい子だったらどうするよ!って男子がさわぎだしちゃってさあ」


 アハハ、と笑って答える山田。

 転校生? 夏休みが終わって数週間が過ぎたいまになって? そもそも、この私立清應高校に転校なんて不可能なのでは? あきらかにおかしい。


 ――キインコオンカアンコオオン


 本鈴が鳴った。


「……ちょっと」


 優香さまがわたしの耳もとに口を寄せ、ささやいた。


「たぶん、あの結界もどきの効果はこれよ。みんな転校生の出現を受け入れちゃってる。この学校では考えられないことだわ。いまからここに来るであろう転校生が術者にちがいない。“彼女”の目的がハッキリするまで、わたしたちは魔力を殺して結界にやられているフリをしましょう。もっとも、先方がわたしたちをどうにかしようと思って潜入しているのだとしたら、最悪の事態も考えておかなくちゃいけないんだけど……」


「最悪の事態、というと」


 言わずもがな。


「即戦闘よ」


 しかたがないとはいえ、つらい。のんきな日常を愛する優香さまが、戦闘もやむなしと判断せざるをえない状況に追いやられているのだ。どうしても暗い気持ちになってしまうが、しかたがないことはしかたがない、そのときとなればわたしも全力を尽くす。最善のかたちで勝利せねばならない。“なにものも失ってはならない”のだ。


「では、そのときは即座に記憶操作のための簡易結界を張りましょう。なにも起こらなかったことにするためには必要です」


「そうね。それが一番安全な方法だと思う。私は“眼”を使います。相手の力量にもよるけれど、たぶんすぐに拘束できると思う」


 優香さまほどの力があれば、多くの敵対者を無傷で生け捕れる。あとは精神を侵して自白させれば……いやいや、それは、優香さまがすべきことではない。そういうエゲツナイのは、わたしや黒崎の仕事だ。


「ないしょ話? 朝っぱらから妬けますね〜。なかよし姉妹もいいけれど、ほどほどにね」


 山田がやれやれ、といった感じで肩をすくめて言った。なかよし姉妹! なんと甘美なる響きか……!


「こおら、なに赤くなってるの!」


 優香さまは山田に弁解するように、人さし指でちょんとわたしの額を押し、ニンマリ笑顔で言った。ちょっぴり照れてるらしく、わずかに頬を赤らめている。ああ、なんかこう、ものすごくクるものがあるなあ。えへへ。


 ――ガラガラガラ!


 教壇側の引き戸が勢いよく開いて、担任のカナミン(鹿波先生)が入ってきた。と同時に、生徒みんなが大あわてで移動しはじめる。イスや机がガタゴトガッタン、掃除の時間じゃあるまいし、やかましいことこのうえない。喧騒にまぎれるようにして、わたしと優香さまも自席へと向かった。――ちなみに、窓際の一番うしろが優香さま、その前がわたしの席です。


「ほらほら席つけ席つけ! まったく、落ちつきのないやつらだなあ。委員長!」


「は、はい! 起立! 礼! 着席!」


 とんとん拍子でいつもの朝が展開されていく。しかし、開け放たれた引き戸に認められる転校生の影が“いつも”のままをゆるさない。敵か? 味方か? おそらくは敵だ。わたしは簡易結界の呪文を暗誦しながら、囲うべき空間を立体シュミレートした。触媒なしで、陣も描いてないので持続力に乏しいが、優香さまが瞬時にカタをつけてくれれば、その一瞬を中点としてみんなの記憶をごっそり抜ける。あとは拘束した敵を虚空間に閉じこめておけばいい。


「……黒子」


「は、はい」


 詠唱イメージを保持しつつ返事をする。


「いきなり襲いかかってこないかぎりは知らんぷりだからね」


「は、はい」


「きっと大丈夫よ……」


 左肩にそっと手をあてられた。緊張がやわらぐ。そうだ、冷静でいなくては、ここぞというときにトチってしまう。きっと、わたしの背中は気負ってガチガチだったにちがいない。恥ずかしいったらない。こんなんじゃ、わたしの方が守られてしまう。冷静に、冷静に――


「もうみんな知っているだろうが、ここA組に転校生を迎えることになった。異例中の異例だが、中学時代は関東大会に出場したこともある剣道有段者ということでな、女子剣道部期待の星としてすでに入部が確定している。その兼ね合いで本校も転校を受け入れたわけだが、もちろん、そういった事情をさっぴいたうえで転校試験を受けてもらい、これまた見事にクリアしている。文武両道とはまさしく、といったところだな。まあ、とりあえず自己紹介をしてもらおうか。おい」


 カナミンにうながされ、引き戸の影が教室に足を踏み入れた。




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