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第12話:嘘八百

「私はエスプレッソチョコレートトリュフをショートでお願いします」


「えっと、わたしはジャバチップフラペチーノね! グランデ!」


「……」


 笑顔の店員さん。沈黙の服部。そして、なぜかオロオロしてしまうわたし。


「ど、どうしたの服部さん、なんにする?」


 放っておけばいいのに、なんとなくおせっかいしてしまう。わたしはどうも、寡黙なマイペース人間が苦手なようだ。


「……ああ、うむ。梅昆布茶を」


 おい! 思わず大阪人的ツッコミをいれてしまいそうになってしまった。おまえなにいうとんねん!


「ああ、ええと、あのね、服部さん」


 優香さまがやんわりやさしい口調で言った。


「ここ、そういうのはないの。このメニューのなかから、ね?」


「……ん? ああ、なるほど。ふむ」


 カウンターに置かれたメニューを見下ろす服部は、あいもかわらず無表情……かと思いきや、眉間にしわを寄せて真剣そのものだ。


「……むう」


 むう。そして一分経過。おいおい服部、店員さんの笑顔がだんだんつらそうになってきてるよ。


「ええと、あの、服部さん? 甘いのは大丈夫?」


 見かねてか、優香さまが善意の誘導を開始。


「む、あ、あま……甘いのか……ふむ、甘いのはまったく嫌いではないぞ」


「それじゃあ……そうね、この抹茶クリームフラペチーノはどうかしら?」


 そう言って優香さまがメニューを指し示すと、服部はじっと食い入るように商品の写真を注視した。なにを力んでいるんだか。


「それでは、この抹茶くりいむふらちぺえのにしよう。サイズは一番大きいものを」


「え゛。一番大きいのって、あの“V”ってやつ?」


 V=ベンティ=590cc。――あ、ちなみにグランデは470ccです。

 服部は「うむ!」と力強くうなずいて、わたしの顔をじっと見つめた。


「な、なに?」


「……黒子、あなたのおごりでしょう?」


 クスッといたずらっぽく笑って優香さまは言った。おぼえてたのか……


 ★


 昨日と同じ窓際の席が空いていたので、わたしたちはまたそこに腰を下ろした。わたしと優香さまが並んで座って服部に対峙。位置関係も昨日といっしょだ。


「さて。西園寺黒子」


「あー、黒子でいいよ。っていうか、フルネームは変でしょ。わたしももう服部って呼ぶから」


「そうか。では黒子。君はこれまで……いや、単刀直入にいこう。見ていてくれ」


 そう言って、服部は握り締めた右こぶしをわたしの目の前に突き出した。


「な、なんだよ」


 動揺のそぶりを演じながら、わたしは服部がアレを見せるつもりでいるのを十全と察知していた。優香さまは悠然となんとかかんとかトリュフを飲んでらっしゃる。「我関せず」って感じ。


「……常行所当行自持必令強」


 服部がぼそぼそとなにやらつぶやくと、ソレはまばたきの一瞬間にでも現れたかのごとく、突如として全的に具象化した。ゆるくゆらいだ刃紋が魔力的な燐光を放っている。……抜き身のカタナだ。わたしはあえて身をそらし、顔をこわばらせた。優香さまはまるでなにも見えていないかのように、不安げな視線をわたしに注いでいる。


「黒子。やはり君は……見えているな」


 例のごとく無表情。感情が読めない。


「は、服部! おまえナニモノダ!」


 われながら思う、なんてわざとらしいセリフだろう! しかもちょっと棒読みになってしまった。


「あわてないでくれ、危害を加えるつもりは――」


「服部さん」


 優香さまが服部の言葉を切り止める。たぶん、わたしの下手な演技では危ういと判断されたのだろう。スミマセン……


「あのね、服部さん。妹はいまのいままで、普通の人には見えないものを見てきて、すごくつらい思いをしてきたの。私にはなにもわからないけれど……わからないからこそ、この子を普通の、平和な世界につなぎとめることができる、そう信じています。そしてこれからもずっと、そういう気持ちでこの子を守っていくつもりなんです。……わかりますか?」


 ゆ、優香お姉さま。嘘八百なのに、わたしったら感動してます!


「……あ、う、うむ」


 服部は優香さまのまっすぐな視線に圧されたかのように、弱々しく同意した。それとともに溶けるようにカタナが消える。

 消え方といい現れ方といい、なんとなく不思議だ。自在性が使役的でない。あまりにも自然すぎる。

 わたしや優香さまの魔力行使は弾丸を撃つようなもので、放った魔力は一時的に減殺されるのだが、服部のカタナは分離的でありながらも手足のように繋がっている。それがどこか奇妙に感じられるのだ。おそらく“チャンネルが違う”のだろう。


「私はあなたが悪い人間ではないだろうと判断したうえで、こうしてお話を聞くことに同意をしました。でも、もしもあなたが、あなたの問題に妹と私を巻き込もうとしているのだとしたらご容赦願いたいわ」


 優香さまは、ほんの少し語調を強めて言った。わたしはうつむき加減に服部を観察しつつ、フラペチーノのホイップクリームを味わった。甘くて冷たく美味しい。


「ま、巻き込もうだなんて……思って、ない。ただ……」


 とりあえず、優香さまの仰ったよう悪い人間ではなさそうだ。しかし、たとえ服部に悪気がなくても、こいつの抱えこんでいるものがわたしたちに害をなすことは大いにありうる。状況は悪くはなっていない。しかし、よくもなっていないのだ。


「ただ?」


 優香さまが、視線をそらす服部の顔を覗きこみながらうながした。


「ただ、警告と……その、頼みごとが」


「警告と、頼みごと、ですか。でもまずは、あなたが何者なのかを知りたいわ」


 優香さまと服部の視線がぶつかり合う。


「わかった。順を追って話そう」




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