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第10話:泣き虫

 ドライヤーで髪を乾かしていると、ベッドに放っておいた携帯が鳴った。この音は優香さまのメールだ。――ちなみに、西園寺邸のすべての私室にはバスルームが設けられています。雰囲気は、帝国ホテル東京のモデレートルームに近い感じ。ホームページに写真が載ってたんで検索してみてください。


 タオルでくしゃくしゃ髪の水っ気をとりながらベッドに腰を下ろす。携帯を手に取った。


《就寝前に私の部屋に来てください。服部さんの件で打ち合わせがあります。》


 ついでに数学1の宿題も持っていこう。あと、お借りしていたDSソフトも返そうっと。


 ★


 薄暗い回廊の奥の奥、北翼行き止まりの部屋が『YUUKA’S ROOM』である。その手前が『京香亭』。京香さまは大阪出張でしばらくお留守。西日本亜人協和会の有力魔女である行徳静恵ぎょうとくしずえさまと会合だとか。

 静恵さまのひとり娘であるうららさまは現在中学二年生で、優香さまによくなついている。夏休み中、麗さまがこちらに遊びにいらしたとき、わたしと優香さまで江ノ島水族館に連れて行ってあげて、めっちゃくちゃよろこばれた。ああ、楽しかったなあ、夏休み終わっちゃったんだよなあ……


 ――コンコン


 ノック、ノック。すぐに「どうぞ」とうながされる。

 ドアを開けると、書斎机から立ち上がってこちらに歩み寄る優香さまが見出された。ペイズリー柄のパジャマはシルク生地で大人っぽい。というか、なんというか、妖艶というか……しかしつくづく優香さまのお身体は謎なり。肌はすべすべだし、すっごい細身だし、なんか、む、胸もちょこっとあるような? ひんにゅう? ステータスか? いや、ん、どうだろう? ああ、でもそんなこと聞けないしなあ――


「どうしたの? あ、黒子もお風呂上がりね、湯冷めしないように気をつけて」


「へ? あ、う、はい」


 片手を頬に当てると、ものすごい火照ってた。ばかだわたし。


「あ、優香さまコレ」


 DSソフトを渡す。


「あれ、『リズム天国』貸してたっけ?」


「はあい。なかなかおもしろかったです」


「ん。ありがと。あれ、それは?」


 脇に挟んだノートと教科書に気づかれた。


「あのう、数1の宿題なんですけど……」


「まだやってないの?」


 こくんとうなずく。


「じゃあ、そっちが先ね。私の机を使いなさい。わからないところがあったら言いなさいね。教えてあげるから」


 こくんとうなずく。小走りに机に向かった。

 優香さまはベッドに腰かけ、サイドテーブルの文庫本に手を伸ばした。『ディケンズ短篇集』かあ。


 ★


 ――かりかり

 ――ぱらり

 ――ちくたく


 ――かりかり

 ――ぱらり

 ――ちくたく


 わたしのシャーペンの音と、優香さまがページをめくる音、それと時計の音だけ。現在時刻は9時25分。静かだ。


「ねえ、優香さま」


「うん?」


 なんとなく、声をかけてしまった。どうしよう。


「あの、えっと」


「うん」


 身をひねって振り返ると、優香さまは文庫をぱたんと閉じた。


「そ、その、今日の放課後のこと」


「ええ」


「人間が好きだって」


 記憶がカチッとはまって、するする思考がつながっていく。不思議だ。


「ああ」


「わたし、そういうこと、ちゃんと考えたことなくって、ただ人間のフリして人間となかよくなるのが楽しいからって、そのくらいしか頭になくて、だめだなあって……」


 しどろもどろに言うと、優香さまはいつもの笑顔を浮かべた。


「なかよくなるのが楽しいと思えるのはとても大切なことだわ。あとは言葉の問題よ。もちろん、言葉があってわたしたちは考えるわけだから、その言葉によって裏づけられる想いや、あたらしい感情の発見はあるけれどね、でもそういうのは少しずつでいいのよ」


「でも」


「悩んだり考えたりすることはすばらしい。でもね、自分のなかになにか欠落を感じて閉塞的に煩悶するのは不健康よ。それにね、私には私の考えがあって、あなたにはあなたの考えがあるのよ」


「え、でも、わたしは優香さまの考えに従いたい……」


 突き放されたような気がして、わたしはすがるように言った。すると優香さまはゆっくりと立ち上がってわたしに歩み寄る。両肩にそっと手がのせられた。わたしは机に向きなおり、包みこまれたような気持ちで目を閉じた。


「ふふ、そうね、こういうのはどうかしら? 私はあなたに私が考えていることを教えられる。そのかわり、あなたはあなたの考えを私に教えて? それならお互いに得るものがあってフェアだし、得たものは二人のものになる。そして二人のものになったそれはお互いの心のなかで別々に変化していって、でもだから、いつかまた、変わってしまったそれぞれを確認しあって、ひとつにとかしあわせればいい。ね?」


「……う、く」


 なぜか涙があふれてきた。悲しい涙ではない。ぜんぜん、そういうんじゃない。でも、自分がなんで泣いているのかわからなくて、わたしは言葉を失ってしまった。優香さまはわたしのあたまをそっとやさしくなでてくれて、それがまた涙を誘った。


「泣き虫さんね」


 なぐさめるようなやさしい声。


「うう、ゆうかさま……」


 それからわたしはひとしきりぐじぐじ泣きつづけた。宿題は結局、三分の一くらいは優香さまに教えてもらい、残りは優香さまと式と答えの照らし合わせまでしてもらってしまった。


 ――服部の件に関しては以下のことを厳守。


(1)わたし(黒子)は霊感が強い、という設定で押しとおす。

(2)優香さまは魔力を徹底的に殺して一般生徒でいつづける。

(3)わたし(黒子)は服部と二人きりにならないようにする。






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