第1話:自己紹介
はじめまして。まずは自己紹介を。
わたしの名前は西園寺黒子。東日本亜人協和会の理事長であられる西園寺京香さまのお力により生を受け、光栄にも西園寺の姓を与えられた第一階級の使い魔であります。
黒猫と蝙蝠を主たる触媒として生成されたがため、京香さまに黒子と名づけられました。あ、笑ってはいけません。わたしはとても気に入ってるんですから。
ええと、得意技は「隠密」と「飛翔」、「眩惑」と「変化」、それと風の魔術全般。かように強大な能力をたまわったのも、すべてはあるお方をお守りするため……。
順々に説明します。
西園寺家は魔女の名門。魔女であれば国内で知らぬ者はいません。
欧州の魔女界においてもその名は高く、“Witch Saionji”と聞けばイコール「東洋の魔女」と誰もが常識のごとく認めるところです。
魔女そのものについても言及しておきましょう。
魔女とは、地水火風ありとあらゆる魔術に長じ、人心を操り四足獣を統べ、重力に抗い、夜空を愉しむ者です。
人間は魔女をモチーフにして気軽に絵本や漫画、小説を書いたりしていますが、現実の魔女はきわめて稀なる存在であり、君主級の吸血鬼に匹敵する魔力を持っています。
魔女といえば「魔女狩り」が歴史的に有名ですね。でも、あれの犠牲になった魔女はひとりとしていませんよ。焼かれたのはあわれな貧しい農婦ばかり。魔女が本気になったら、それがどれほど未熟で怠惰な魔女であっても、並みの人間では太刀打ち不可能です。聖騎士と司祭の混成小隊でようやく五分といったところ。なお、高位の魔女が放つ「魅了」と「眩惑」の力はほとんど「支配」に近いため、聖地保管100年以上の耐魔重装でもまとわなければ、はなから戦いにもなりません。
しかし、それでいて魔女の弱点は「人間」なのです。人間が近寄ってくると……その、激しい頭痛に襲われるらしいのです。これがまさしく頭痛の種。この微妙な体質のせいで、「それでも人間となかよくやっていくべき」とする共存派と、人間を忌み嫌い「天敵として討つべし(頭痛いし)!」とする敵対派とに分かれ、古代より延々ずっといがみあっているのです。
なお、亜人協和会は、共存派からなる亜人組織で、構成は魔女や人狼、天狗や古狐、吸血鬼や魔人などさまざま。亜人ばかりではありません。人間社会に溶けこめる種族、という意味合いで「亜人」。組織は東日本と西日本とに分かれ、年に数度、会合と茶話会が催されています。なお、こういった人外の存在を知る人間は政府高官などごくひとにぎり。宗教勢力の上層部とも持ちつ持たれつです。
さて、共存派の魔女は歩み寄りの施策として頭痛薬を作りつづけてきた一派。あ、ちなみに西園寺家はですね、みなさんもご存知であろう「西園寺製薬」を取り仕切っているんですよ。テレビのコマーシャルでも有名な鎮痛剤『ルナール』は人間用ですが、あれの5倍ほどの効果を持たせた『グルナール』というのがありまして、魔女用として秘密裏に流通しています。むろん薬局では売っていません。『グルナール』は一錠で24時間効き目バツグンのすぐれものなのですが、なにやら誘眠効果も強いらしく、だからか共存派の方々はいつも眠そう。
敵対派には小さな組織がたくさんあり、また組織間の小競り合いも絶えないようで、全貌は模糊としています。
話がちょっとそれたかも。そろそろ本題に。
魔女は「魔女」でありますから、当然のことながら女性しかおりません。出産に関しましては、低級の魔女であれば、気に入った人間の男性を魔の領域に招きゴニョゴニョしてアレなわけですが、高位の魔女であれば「不死の秘術」をもって自分自身を再構成し、懐胎出産します。君主級の吸血鬼や人狼の王族であれば高位魔女の伴侶として相応なのですが、まあ恋愛の問題はなかなかむつかしいですし、異種配合には危険が伴うとか伴わないとか。まあ、そこらへんの事情はわたしもよく知りません。ええと、ともかく、生まれるのは必ず女性なんです。だって、魔女ですものね。
さて、京香さまが「不死の秘術」をもってご出産されたのが十六年前。お子のお名前は優香。神々しいまでにうつくしく、胸をとろかすほどかわいらしい、女の子のような《男の子》なのでした。――前代未聞! 吉兆なのか凶兆なのか、一切が謎。わたしが生を受けたのはその半年後です。京香さまは優香さまを、あくまでも「魔女」として教育していくことを決心されたのでした。
共存派も一枚板ではありませんからね、「男性の魔女」なんて明るみになれば、どんなそしりを受けることやら。しかし、そんな理由から魔女教育=性別秘密の徹底を決心されたのではありません。優香さまの魔女としての天質は成長を待つまでもなく明々白々だったのです。禁止魔具の魔力計(魔力計は差別的でよろしくない、と協和会でつねづね問題視されています。見かけは体温計とほとんど同じ)によれば、揺籃のころよりすでに京香さまのお力を凌駕していたとか。つまり、西園寺家の跡を継ぐにふさわしい魔女として期待されもしたわけなのですね。
でも、本当の理由は……たぶん、その、優香さまが頭のてっぺんからつま先まで、どこからどう見ても百パーセント女の子にしか見えなかったからだと思います。超かわいいんです。実際、京香さまは優香さまにもうメロメロ。あれぞまさしく舐犢の愛。もっとも、そのお気持ちは私にだってわかりすぎるほどわかりますけどね。なんていうか、可憐で、清楚で、それでいて凛としていて、笑顔がまぶしくて……ああ! もうたまんない!
ハッ! 話がちょっとそれたかも。ええと、まじめな話、優香さまが「男性の魔女」であることが公になってしまうと、ちょっとなにがどうなるかわからないんですよ。共存派のなかには西園寺家にねたましい思いを抱いている一族もいないことはないですし、敵対派だってなにを言い出すやらわかりません。だって、本当に前例のないことなんですもの。優香さまはそのことについてあまり深くは考えないようにしているみたいですけど、でも、やっぱり不安にかられることはあるみたいで……そういうわけで、わたし黒子が優香さまをお守りしなくてはなりません!
わたしの役目は、優香さまが日々を快適に過ごせるようサポートすること。秘密がなにものにもあばかれぬよう、眼を光らすこと……なのです。