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俺がソレを求めた訳


筋肉、それは限りなく無限に近い可能性を秘めた人間の可能性の具現である。

敏捷性がどこから生まれるのか、勿論それは筋肉である。

刺激の対する物理的な防御力、流石にそれは筋肉だけとは言わないが、究極的に皮膚の硬度とその内に秘める筋肉の適度な柔軟性と硬化である。

脳みそまで筋肉という侮蔑もあるだろうが、それはむしろ褒め言葉であり事実だ。持論だが筋肉とはタンパク質であり自らへの激しい追い込みと時間をかけることによって鍛えられるものだと俺は思う。つまり脳は筋肉だ。

むしろ俺は肉体を構成するあらゆる部品は個人個人の努力と適切な栄養分の摂取によって分厚く。大きく。そして強靭になっていくと思うのだ。

勿論、無駄な筋肉というのもある。関節部や薬物投与による一部の異常な発達など往々にして無駄というのは存在する。だが、肉体とは、筋肉とは、研ぎ澄まされ自然のままに育てていけばある種の美しさを得られると思う。古代ギリシアや神話の石像にそれは現れている。


つまるところ鍛錬、あるいは自らを高めていくという行為は誰にでも許された確実な成長への道であり、進化への道である。と、俺はようやく思い至った。


だが、それは遅すぎた。


見よ、この枯れ枝の様に干からびた四肢を、骨と皮と最低限の肉しかないではないか。

見よ、この瞳を、この頭を、勉学に励まなかったとは言わないがその内にあるのは未だ知らぬ物への渇望と羨望、そして嫉妬。


「ああ…ああああ!」


母の顔が歪んでいる。医師が告げたのは俺の確実な死、十数年間もの間植物状態のまま、目覚めることも出来ずに己が内側で思考にふけるばかりだった。

それは運が悪いとしか言えない偶然だった。しかし、奇跡や偶然はその人物の努力によって引き起こる物である。詰まる所俺は努力は足りず、実力も、自身への追い込みも足りなかった。それは詰まりただただ惰性で生きていただけだという証明である。

大学を出て漸く決まった就職先で順調な滑り出しをはじめた一年目に俺は鉄骨によって胴体を貫かれ、頭部全体にナットやネジなどを受け絶命…したかに見えた。

残念なことに…ああ、残念なことにそれでも俺は植物人間になる程度まで回復してしまった。…学費も返せていない、親に何も返せていない俺がこの数十年でかけた負担はあまりにも大きいだろう。…いや、死ねば少しはマシだな、建設会社やその周辺から少しは金が出るだろう。


「心電図の反応消失、鼓動の停止、瞳孔の拡大を確認…ご臨終です。」


こうして、俺はこの世を去った。

少なくともこの世界において俺は死んでしまった。



「おはよう、御堂嶺二君、君に少し頼みごとがあってちょっと呼びつけさせてもらったぞ。」

「…誰だ、漸く死ねた怨霊に頼みもクソもないだろう?」


そこは白く白いあまりに白く目が潰れたのかと見紛うばかりの白しかない空間だった。

そしてそこにいたのはこれまた白い人型、人型であるという以外に何かあるとするなら得体の知れない威圧感くらいだが…まあ、いいだろう。


「なぁに、昨今流行り…というか若干の乗り遅れ感を感じる正統派異世界転移をしてもらおうと思ってな?」

「…これはアレか?『マルデラノベミタイダー』とか言わないといけないのか?」


現実感のなさや数十年間もの間ピクリとも動けないままに衰弱死したことも相まってあまり機嫌が良くなかった俺は何となく目の前の人物が言っていることが現実なのだろうと思いながらもおどけていた。


「…ふぅむ、なかなか鋭いというか、数十年も瞑想の様なことをし続けていただけあって捻くれてるのぉー」

「どうでもいいんだがここはどこだ。死後の世界がこれなら俺はさっさと消滅してしまいたいんだが?」


ヘンテコな爺さんと白い空間で二人きりとか発狂してもおかしくないだろう…いや、最初の何年か看護婦さんに下の世話をされてた時ほどの精神負荷じゃないか…まあ、でもずっと見ているなら女性の方がいいからある意味こっちの方が精神負荷は高いな。


「まあ、ええじゃろ、とりあえず何で君を選んだかというとじゃな…有り体に言えば活きがよかったからじゃ。」

「普通に考えなくても植物人間だったやつに活きが良いとか意味不明なんだが?」

「にょほほほ!まあそうじゃな!だがそれくらいじゃよ君を選んだ理由はな、人間、生きてるだけですり減っていくものじゃ、稀に摩耗が少ないものがいるが…そういうのはそういうので頭がおかしいからの、ああ言うのを人間辞めてるって言うんじゃよ。」

「…何か?植物人間の間魂とやらが摩耗しなかったから俺を選んだってことか?」

「まあ、そうじゃな、」


ひどい話だ。その法則でいうと赤子の方がよほど価値が高いんじゃないか?勿論死んだ、が前置詞に着くが。


「ブラックジョークもそこまでじゃよ、それに水子はきちんと生まれ直しとる。儂ゃ残酷じゃがそれ以上に平等で公平じゃよ。お前さんの記憶を保持したまま魂を固定化したのもその身にこびりついたいっそ清々しいまでの執念を解きほぐすための特例処置じゃよ。」

「俺はそんな雑念まみれだったかなぁ?」

「のほほ…自分が一番よく分かっとるじゃろう?」


…ああ、彼のいうとおりである。俺は今度こそ、いや、病棟の、点滴と消毒液、病的に白いシーツと大量の生命維持装置、あんなものに頼らず自分の足で、自分の力で生き抜きたい、もし俺に許されるのなら…


「『己が身に考えうる限りの鍛錬を、強化を、人体の持つ全てを極めたい』か、なかなか業が深いのう、もうちょっといいのにせんか?自力で天上解脱とか、悟りを開くとか…「考えて考えて、あまりに長い間考えて悟りみたいなものにたどり着いた結果がこれなんだよ、仕方ないだろ。」…はぁ、せめて剣技やらなんやらならインスタントに『恩恵』をつけて終わりだったんじゃがの…」


彼は老人の体から瞬く間に青年の様な姿に変わった。


「『恩恵』?」

「あんな外付けに頼ってはならんといってもどいつもこいつもそれを求める。時の権力者が不死を求め愚行に走る様に、人は人でしかないというのにな…」


彼はいつの間にか背後でそんなことを呟きながらこちらを向き直す。


「まま、ええじゃろ、だからわしが呼ばれたわけだからの。」

「なんだと?」


俺が声の方向を向こうとすると反対方向から凄まじい力で吹き飛ばされた。


「ングっ!?」

「…儂ゃ武天老師、嘗てそう呼ばれたただの爺さんじゃよ、いや、今は一応神使、いわゆる神の御使いというやつじゃが…この名に恥じぬ武を、ロートルのお主に叩き込んでやるぞ?」

「…俺は肉体の持ちうる能力をその神秘を知りたいだけなんだがね…」

「馬鹿もん!武っつーのは人間の!人類の英知を結集した肉体の真価を引き出すための合理的な術なんじゃぞ!」


俺は痛みを感じない事に少し驚きを感じながら老人だったものを見る。武、と聞けば力を廃し技術を極めた達人の様なものを思い浮かべるが、目の前のそれは恐ろしくわかりやすい見た目をしていた。

筋骨隆々というレベルではない、まさに芸術的なまでの筋肉、いっそわかり易いレベルの脅威。老人の時も背が高いし肩幅は広いと思ったが…


「身長2メートルと少し、体重は…120キログラム、いやよく分からんな某漫画風に言おうとも思ったがよく考えればお前さんが知る由もないか。」

「…ああ、すまない、正直さっぱりだ。」


だがわかることはある。それはその姿から明白だ。あれは…あれは…!


「そう、これは肉体の持つ骨格、その全てに効率よく。そして完璧に筋肉と言う名の出力装置を乗せた形、武力という言葉で表すなら『力』パワーそのものであり筋肉だ。」


完璧な武に力入らないと聞く。


「馬鹿め、武と力は一心同体、力の公立的な運用が武なのだとするなら力なくして武は成り立たない、いや、どんなものにも言えるが多少力が過剰なくらいでも十分変えが効く。技術の未熟さを力でカバーする。少なくとも行きているうちに武を極めんとするならそれくらいになるだろう。…人の寿命は短いからな。」


彼は悲しげに言う。


「だがわしは仙人、力を代償に無限に近い寿命を手に入れた。」


武天老師を名乗る男はいう。


「この身は今やハリボテ。」


そういうと彼の体はいつの間にか老人のそれに戻っていた。


「仙人の頃からこの枯れ枝の様な体と付き合ってきたが…やはりこう思ったのだ。」


「「武と力その両方を極めれば…どうなるのか?か?」……」


「故に最もそれに近い祈りを、狂気めいた妄執を持つ魂を御仏が儂に遣わせた。頼みがある。聞いてくれるかの?」


その目は好々爺然とした最初の時とは違ったが…


「ああ、勿論、俺が求めていたものだ。」


とても好感の持てる狂った瞳だった。

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