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名も無き悲劇の物語

作者: 花鳥 秋

 


 これは、とある時代の物語。


 これは、とある人達の物語。


 これは、とある場所の物語。



 その昔、一つのお城に一人の金色の髪と金色の瞳を持って生まれたお姫様が住んでいました。


 それはそれは、とても豪華で、立派なお城でした。


 そこでは、お姫様が欲っしたものなら何でも手に入り、お姫様は毎日が不自由のない生活を過ごしていました。


 読書が大好きなお姫様は友達にも不自由せず、自然と教養を身につけていきます。



 ある日、8歳の誕生日を迎えたお姫様は、

 自分の執事にこう問いかけました。



「ねぇ、あなたはどうして私の執事をしているの?」



 執事は答えます。



「それが、私に与えられた使命であり、役わりなのです」




 すると、お姫様は執事の目をじっと見つめた後、こう言ったのです。



「つまり、私の存在とは、貴方にすれば鎖のようなものですね」



 と。



 それから7年後。

 “お姫様”は“お嬢様”と呼ばれるようになり、その隣には7年前とは違う、若い執事が立っていました。



 15歳の誕生日を迎えたお嬢様は、執事を自分の部屋に呼びました。



 そして、問うのです。



「あなたは、何故、私の執事をしているのですか?」



 執事は答えます。



「あなたが、それを望まれたからですよ」



 お嬢様は不敵な笑みを見せました。



「そう……、ならば、あなたは私が望めば、どうとでもなれると言うのですね?」



 お嬢様が言いました。



 執事はすぐに答えます。



「それが、あなたが本当に望まれる事であるならばこの身に代えても」



 その答えに、お嬢様は歓喜の表情を浮かべ、両手を広げ、クルッとその場で舞って見せました。



「そうですか。よく解りました。

 ならば、今、此処で膝をつきなさい」



 お嬢様に言われた通り、執事は膝を着きました。


 その数時間後、床に寝そべる執事。

 胸に突き立てられたナイフ。


 血で出来た水溜りの上で、お嬢様は添い寝して言いました。



「あぁ——なんて哀しいのかしら。

 言われるがままにする事と望まれている事を、同一になどしてはいけないわ。

 守れない言葉を放ったばかりに、あなたは命を落としたのですよ」



 そしてお嬢様は起き上がります。

 髪に、頬に、身体に、執事の体内から溢れ出た血がべっとりとついていました。


 それでも、お嬢様は笑うのです。



「素晴らしい! あぁ、なんと素晴らしい!

 二度の殺人を犯しても、私は許されるのです。

 それが彼らの使命であり、望まれた願いであるのですから!」



 確かにお嬢様にこの罪を咎めようとする人は居ませんでした。



 その後、お嬢様は更に三度、執事殺しを行い、計五人の執事をこの世から亡き者としたのでした。





 五人目の執事を殺害後、暫しの間、執事殺しが無くなり、月日は流れます。



 ——お嬢様が高校二年生になった頃。

 金色の髪は腰に届く程まで長くなり、

 その容姿も見違える様に美しくなっていました。



 そんなある日、お嬢様は恋をしたのです。



 相手は下々の民の一人であり、お嬢様とは正反対の境遇で育ってきた少年でした。


 家は貧乏で、欲しいモノは全て我慢し、時には何も食す事すら出来ない日々。


 それら、全ての少年の人生の生き様が、お嬢様には信じられないような境遇だったのです。


 お嬢様は少年がそんな境遇でも、強く逞しく、挫けずに頑張っていく姿に胸を打たれたのです。



 学校の帰り道に、いつも一人で立ち寄る浜辺。



 お嬢様はそこで自らの想いに苦悩し、海に想いを語ります。



「これこそが不幸というものなのでしょうか?

 知らない間に、気がつけば、あの人の事を考えてしまう。

 あの人にいつでも会いたいと思ってしまう。

 これこそが恋。そう、これこそが恋なのです。

 いっそ伝えぬ想いより、いっそ伝える想いがいい。

 それでも軽々しくは言えないのです。

 もし、貴方から言ってもらえれば、それほど嬉しい事はないのでしょう。

 それでも、他の幾千幾万人の女性達の中から、私を選ばそうとする事など、どうすれば出来ましょう?」



 海は返事をしてはくれません。



「そうなのですね。

 世の中には、どれだけ望んでも手に入らないものなど、幾らでもありましょう。

 貴方の気持ちも。

 私の苦悩に対する答えも。

 私が奪った命達も。

 あぁ、なんたる悲劇か。

 今更、この様な事に気付くとは」



 お嬢様は浜辺で膝をつき、両手をつき、涙を零し、正にはじめて味わう感情に表現がつけられないのでした。




 一週間後、お嬢様が想いを寄せるその少年に一人の恋人が出来ました。


 それは同級生の女の子でした。


 黒くて長いサラッとした髪を持つ彼女は、何処か周りとは違う大人びた雰囲気を持ち、高校でも、密かに人気者でした。


 ですが、際立って目立つ女性でもなかったのです。


 どちらかと言うと、国にそびえるお城のお嬢様。


 そちらの方が、誰よりも際立ち、注目を集めていたものです。


 なのに……、その女性が少年の恋人になった事を聞いたお嬢様は、その心の内側、奥深くにある嫉妬という感情の狂気に触れ、震えました。



 そして、学校の図書室に、お嬢様は少年の恋人を呼び出します。



「あなたに問うてみたい事があります」



 お嬢様は言いました。

 続けて、こう問うのです。



「あなたは彼の恋人なのですね?

 もし、今ここで、私があなたに望んだ事をあなたが行わなかった場合、彼が殺される。と、言えば、あなたは私が望んだ事を忠実に行いますか?」



 彼女は迷う事なく



「はい」



 と、答えました。

 お嬢様は不敵な笑みを浮かべます。



「ならば今、ここで膝をついて見せなさい」



 そう言ったお嬢様の目の前。

 彼女は立ちつくしたまま動きません。

 お嬢様の目をじっと見つめたまま、動こうとしなかったのです。


 鋭利に輝く刃物を後ろ手に、お嬢様の笑みが消えていきます。



「何故、膝をつかないのですか?

 恋人を殺して欲しいのですか?」



 そう、尋ねるお嬢様。

 彼女はクスッと笑いました。



「あなたは可笑しな事を言うのですね。

 だって、膝をついたら殺すのでしょう?

 それは心から“あなたが望んだ事”ではないのですから。

 そうか……、私をお試しになってるんですね?

 解りました、あなたも彼が好きなのでしょう。

 どうですか、図星でしょう?」



 終始、笑顔で語る彼女。

 お嬢様は心の中で嘆きました。



 “私は何たる愚かな姫君か。

 嫉妬という蛇に巻かれ、己の首を絞めつけさえする私に対し

 この者は笑顔で終始、語ってみせる。

 これほどの余裕を彼女に与える程、二人は愛し、愛されあっているのだ。

 そこには到底、一ミリたりとも、私の手が及ぶ所ではあるまい”



 それからというもの、不思議な縁となり、お嬢様は彼女ととても親しい友人になりました。



 そして彼女を交え、今や彼女の恋人である青年とお嬢様。

 三人で会う事も多くなっていったのです。



 ある夜、三人はこの国でもっとも高い山の上に広がる草原にやってきました。



 この草原からは街が一望出来るのです。

 この草原からは街のどこよりも、星が綺麗に見えるのです。



 お嬢様は彼女と彼に言いました。



「ここからは街に輝く星も、空に輝く星も一望出来るのですね。

 お城の中で本を読んでいる時には気付けなかった事です。

 それは、一歩外に出れば当たり前のような事ばかりなのかもしれませんが」



 すると、それに彼女が答えます。



「では、その事をいつか後悔するかも知れませんね。

 最初の一歩は知識欲を満たす為に踏み出され、

 人は二歩目で他人への嫉妬を知ります。

 嫉妬は実に早い段階で、実は恋より先に知るのです。

 三歩目で信頼と裏切りを経験するでしょう。

 四歩目では疲れた心を誤魔化す為に恋なんてしてみたりします。

 それがただの好奇心だと気付くのは五歩目です。

 六歩目で、愛を渡されるかもしれませんが、此処は断りましょう。

 浮わついた興味での初恋は、苦い思い出になるだけです。

 その人と結ばれるなんて事も大体は叶いません。

 七歩目で人は物事を計算する知恵を身につけます。

 八歩目で人はその知恵で復讐や野望を考えるようになります。

 九歩目でこの世の絶望の淵を見てきた方がいいかもしれません。

 十歩目、あなたは鏡の中のもう一人の自分と出会うでしょう。

 それは、あなたの黒い心を餌に育った悪魔の部分なのです。

 さて、なんと人間は愚かで、そして、恐ろしいものなのでしょう。

 ただ、生きてるだけで、自らの手で悪魔を生み出す力を取得してしまうのですから」



 彼女はそう言い終えると、空を見上げ、両手を広げ、静かに涙を流しました。


 そして付け加えるように、こう言ったのです。



「あぁ、兄よ。あなたは私に、八歩目を歩けと言うのでしょう」



 と。



 お嬢様には彼女の最後の言葉の意味がよく解りませんでした。


 しかし、深くは追求しようとしませんでした。





 やがて時は経ち、三人が高校を卒業する時期がやって来ました。



 お嬢様が片想いする少年と、その恋人の女性。


 二人が校舎裏で何かを話しています。


 お嬢様は偶然にも、その現場に居合わせ、悪気こそありませんでしたが、近くに身を隠し、聞き耳を立ててしまいました。



「高校を卒業したら、結婚して欲しい」



 卒業を一週間前に控えた今日、彼が彼女に言ったのです。


 彼女は首を横に振りました。



「それは無理な相談でしょう」



 と、彼女にキッパリと断られてしまいます。


 彼は次の言葉が返せず、俯いてしまいます。


 すると、彼女がまた口を開きました。



「あなたは私と共に死ぬ覚悟がおありですか?」



「はい」



 彼が答えます。

 彼女はまた、首を横に振りました。



「だから、駄目なのです。

 私達はまだ高校生。

 まだ死を覚悟する時ではないのです。

 私と共に死ぬ覚悟より、私は私と共にこれからの一生を生きる覚悟が聞きたいのです。

 もし、あなたがその覚悟を此処で証明出来たのであれば、私は今すぐにでも身支度を済ませ、あなたが望むままの妻になりましょう」



 普通なら返しようのない、見事な理屈だった事でしょう。

 尚且つ、相手を傷つかせないように完璧な考慮もされていた言葉でした。


 大人しい顔をしていながら、計算高い。

 それが彼女の不思議な魅力を放つ一部分でもあったのです。


 勿論、男性は覚悟の証明を論じてみせようと考慮しますが、どのような言葉を引っ張りだしても、とても安っぽくなってしまいます。


 上手くいけば、プロポーズになる言葉。

 こういう時ほど、男性というのは言葉を選びたくもなるものです。

 ですが、その慎重さが、彼から柔軟な考え方を取り上げてしまうのです。


 彼女にとって、それも計算の内。

 目の前で自分を何とか我がものにしようと必死に考える彼を見て、思わずクスッと笑ってしまいます。



 すると、彼が一つの言葉を絞り出したのです。



「あなたと共に死ぬ覚悟が、あなたと一生を共にする覚悟、つまりは共に生きていく覚悟の証明にはなりませんか?」



 彼女は少しだけ驚きました。

 ですが、この答えは想定内でした。


 もし、彼が答えに行き着くとすれば、最早この言葉しかない。

 と、想定していたのです。


 ただし、そこには行き着かないと予測していたので、少しだけ驚き、少しだけ嬉しかったりしたのです。



 そこで、彼女は予め用意していた言葉を、少しだけ悩んだ素振りを見せてから、口に出すのです。



「その覚悟を背負う責任が本当におありですか?

 甲斐性があるとか、ないとか、そんな事は気にしません。

 今がどうあれ、これから苦しい道を歩こうとも、貴方が私を幸せにしてくれる、と誓ってくれるなら、私は貴方についていきます。

 私の一生を貴方に投資したいと思います。

 終わり良ければ全て良しとも言うでしょう?

 貴方が私の生命尽きる最後の瞬間に、私に幸せだったと感じさせてくれる事を約束してくれるのならば、それで良しとします。

 ただし、浮気などは別問題と考えます。

 どうですか?」



「や、約束します!」



 と、彼。

 彼女は益々、笑みを浮かべます。



「因みにですが、貴方が浮気などをした場合、私は平気でその相手を殺しに行きます。

 それで、浮気はなかった事にしてあげましょう。

 ただし、事実を隠した場合はあなたも同罪です。

 私を一生愛すると誓うなら、その時はあなたも私に殺されなさい」



 彼女がそう言った時、彼の頬の紅潮が、徐々に青ざめたそれに変わっていくではありませんか。


 ですが、彼女はそれに気付かないフリをします。

 彼女は彼女の話を続けます。



「では、結婚しましょうか。」


 彼女は彼に左手を差し出します。



「私達はまだ付き合って一年程ではありますが、結婚しましょう。

 お互いに知らない一面があるかもしれませんが、共に生き、共に死ぬ覚悟があるのです、結婚しましょう。

 私達はまだ高校生で、周りも何かと不平不満を仰るかも知れませんが、貴方が私を幸せにしてくれると約束してくれるのです。

 ならば、私には貴方一人で十分です。

 周りの言う事も、反対する意見も、何も関係ありません。

 気にせず、無視して、結婚しましょう。

 楽な事などないかもしれませんね……、沢山苦労もするでしょう。

 地獄も見て、渡る事でしょう。

 未来も将来性も甲斐性も全くないかもしれません。

 それでも、約束は約束です。結婚しましょう。

 今すぐにでも私を貴方のものにしてください。

 誰かに穢される前に、貴方の手で私を滅茶苦茶にしてください。

 そして、子どもを作りましょう。

 私達の家族を作りましょう。

 結婚するとなれば、貴方との時間も大切にしながら、やっぱり家族も欲しいものです。

 そうですね、三人は子どもを作りましょう。

 これから毎日子作りに励みましょう。

 そう言えば、周りの反対を押し切って結婚するなら、最初は家がない状態かもしれません。

 まぁ、そこは仕方ありませんね。

 少し寒そうですが、子作りも外で我慢しましょう。

 食べものはどうしましょうか?

 やはり、妻となる私が用意するべきでしょう。

 そうですね……、あ、人肉って食べられるんですよ。知ってました?

 後、皮製品も食べられるんです。

 いざとなれば、私が人を殺して来ましょう。

 大丈夫です。

 誰にもバレない“人の殺し方”なんて熟知してますよ」



 嬉々とした、踊るような口調の割に、どこか淡々として語る彼女の言葉に、彼はもうすっかり青ざめてしまっていました。


 それを見て、彼女は最後にこう言うのです。



「これら全てを聞いても、私を抱きしめ、受け入れるだけの器量が貴方にはありますか?

 貴方にその度胸があると言うのであれば、私の全てを貴方が取り上げる事を許可しますが——」



 彼は無言で、彼女の前を立ち去っていきました。



 彼女の浮かべていた笑みが、段々と、一の字に戻って行きます。


 やがて、無表情の頬に涙が零れました。



 いえ、無表情だったのは涙の方だったかもしれません。



 彼女は空を見上げ



「はぁ、なんて哀しいのでしょうか。

 自分が泣いている意味が解らないとは」



 と、呟いたのでした。




 全てを隠れて聞いていたお嬢様は、思いました。



 “彼女の言っている事は確かに、最もな事かも知れない。

 だが、自ら彼を突き放したように聞こえるのは私だけか。

 彼女程、頭の良い人間なら、保留にし、側に居続けられる事も出来た筈ではないか。

 まるで、このタイミングで彼女は初めから恋の幕を降ろそうと計画していたのではあるまいか”


 かつて、殺した五人の執事。

 その中の一人、三人目の執事が言っていた事をお嬢様は思い出す。


 それはお嬢様がこう尋ねた時の返し言葉だ。



「貴方は何故、私の執事をしてくれているの」



「お嬢様、人間というものが考えている事など、聞いた所に真な答えなどございません。

 どれが正しいモノで、間違っているモノかを識別するのはお嬢様次第でございます」



「何も教えてくれない相手にはどうすればいいのかしら?」



「そうですね。

 では、こう考えてみてはいかがでしょう?

 人間の考える事は、人間に考えられない事ではありません。

 自分には出来ない事であろうと、相手は常に人間に出来る事しか考えてはいないのです。

 後はその人間が自分より上にいるか、下にいるかを冷静に判断するだけでいいのです。

 上にいる相手は、常に此方より数歩先の地点で、そこから見える知識で物事を考えています。

 下にいる人間は自然と考えてる事など見え透いて解るものです」



「それでは、つまり上にいる人間の考えている事は掴めない。そう考えろという事ですね?」



「違います。

 頭の中にその人の立ち位置をイメージし、その人が考え得る全ての可能性を予測するのです。

 そして想定を繰り返すのです。

 実に現実じみた事が数個残る事でしょう。

 ただし、それらは良き事と悪き事に両極端に残っているはずです。

 ならば、常に良き事の三歩手前で、いつも最悪の事態に備えていれば大事は避けられるでしょう」




 結局はその執事も仕えているお嬢様に、更に先を読まれ、殺される、という事態までは予測出来なかったのでした。



 お嬢様は彼女を見ながら、思っていました。


 “彼女は清楚でお淑やかには見えるが、その実、凄く賢い。

 驚く程に全てが計算の顔である。

 あなたにだけ、と打ち明ける顔ですら、彼女には“数多くある内のそれ”に過ぎないのだ。

 認めたくはないが、私は彼女の三歩先を考える必要があるのかも知れない”




 ————————




 “あら、御存知ないようですね。


 世の中に散らばる不幸とは、後に幸せと交換する事が出来るのです。


 差し詰め、“幸せ”という景品に対して“不幸”とは、引き換え券のようなものでしょう。


 より多くの不幸は、より大きな幸せと引き換えてもらう事が出来るのですよ。


 だから、私は、不幸を集めるのです。


 人の不幸の上にしか、幸せは存在しないのですから”






 暗闇の中で聞いた彼女の声。


 お嬢様は、その後すぐにベットから飛び起きました。




 高校を卒業して一月。




 お嬢様は何度もこの夢を繰り返し、見ていました。


 お嬢様が直接、彼女から聞いた言葉ではありません。


 だからと言って、その言葉のような事をお嬢様も考えた事がありません。


 しかし、彼女なら、本当に言うように思えて仕方がないのです。




 お嬢様は壁にかけてある時計を見ました。




 時刻は丑三つ時。


 まだ夜明けまでは時間があります。


 ですが、お嬢様はすっかり目が覚めてしまった為、一度ベットから足を地につけます。


 同時に声がしました。



「眠れないんですか」



 それは良く知っている女性の声でした。


 部屋の扉の向こうから聞こえてきたのです。




 お嬢様は少し驚きましたが、落ち着いて答えます。



「鍵なら開いていますよ」



 すると、夢の中に出て来た彼女が、扉を開けて部屋に入ってきました。



 お嬢様は問いました。



「どうやってこの城に入ったのですか?」



 彼女は笑顔を見せます。



「きっと、隠し通路があるのでしょう。

 正面からは流石に不可能ですから」



「外から探し出したのですか?」



「さて、どうでしょう」



「隠す、と言う事は中に手引きした人間が居るのですね」



「当たらずしも遠からず。と、言っておきましょう」



 戯けて見せる彼女の表情に、一ミリも、動揺も焦りも感じられません。


 お嬢様は立ち上がり、彼女と向き合います。

 彼女は語ります。



「本当はあなたが眠っている間に全てを終わろそうとしたのですが、やはり、現実とは思い通りには事は運ばないみたいですね。

 ですが、想定の範囲内です」



 お嬢様が唾を飲みます。



「終わろそうとしていた、とは、どういう事でしょう?」



 その言葉に、彼女は不敵な笑みを浮かべます。

 そして、こう返すのです。



「あなたを殺害する計画です」



「何故……」



 と、尋ねようとするお嬢様の言葉に、彼女も言葉を被せます。



「何故、解ったと思います?

 この広いお城の中、この部屋の位置が」



 お嬢様は答えませんでした。


 彼女がお嬢様に近づきます。



「あなたは過去に私の兄を二人、殺しているからなのです。

 私はその血の匂いにあてられ、ここにやってきたのです」




 彼女がお嬢様にそう言った時、お嬢様は気付いのでした。




 “そうだったのか、この者はずっと私を見てたのだ。

 今までの全ては復讐への伏線だったのだ。

 彼との恋愛ですら、彼女には復讐のついでだったのだ”



 お嬢様に近づいた彼女は鋭利な刃物を取り出し、お嬢様の首筋に当てます。


 目を見開き、歯を見せて笑う彼女のその表情は、まるで悪魔の様でした。


 普段の彼女からは想像出来ない表情でした。



「さぁ、お嬢様。

 この悲劇の舞台に幕を降ろしましょう。

 赤い幕を降ろすのです」



 お嬢様は喋りません。


 彼女は刃物を一度、お嬢様の首筋から離します。



「そう言えば…言ってなかった事があります。

 十一歩目についてです。

 人は十一歩目で己のその人生を完遂する、とされているのですよ」



 そう語りだす彼女の表情は、普段の大人しく、微かに笑うそれに戻っていました。



「まぁ、大体は、皆さん十歩目を踏んだ後は一歩目からやり直すんですが…」



「なんの無駄話でしょう?

 私を殺しに来たのではないのですか?」



 お嬢様の問いに、彼女はクスっと笑って答えます。



「言ったでしょう?

 想定内ではありますが、現状は私の予測の事態から随分と外れているのです。

 ならば、今するべき事も変わるという事ですよ」



「悠長に話していては逃げ遅れますよ?」



「大丈夫です。

 私がどうなろうと、貴女がどうなろうと、その不幸と引き換えに悲劇の幕は降ろされるのですから」



「差し詰め、不幸は幸せを手に入れる為の引き換え券…ですね」



 お嬢様の言葉に彼女は再びクスっと笑いました。



「そうですね、では幸せは額入りの景品とでも言っておきましょうか」



 夢で見た通り、彼女はその発想にすぐに辿り着きます。

 お嬢様は自らの人を見抜く力に無意識ながら、黙って感心しました。



 その次の瞬間。



 お嬢様の胸に刃物が突き刺さります。



 それは突然の出来事でした。



 お嬢様の視界が歪み、全身にサーッと生暖かい感覚が一瞬にして巡ります。


 彼女は突き立てた刃物の柄を握ったまま、笑顔を絶やしません。



「どうですか?冷たくなる前に感じる最後の自分の血の熱は」



 彼女の質問にお嬢様は答えようとしましたが、同時に口から大量の血を吐き出しました。



 それは彼女の綺麗で長い黒髪と真っ白いワンピースに降りかかります。



 彼女は刃物を一度抜き、すぐに再び、お嬢様の腹部に突き刺します。



 お嬢様は再び血を吐き出します。



 全身の血の気が引いていくのが解ります。



 彼女はそんなお嬢様をベッドに押し倒し、自分も馬乗りになって、お嬢様を見下ろします。



 顔と顔を吐息がかかる位まで近づけ、彼女はお嬢様の頬に触れながら問いました。



「どうですか、“生命の死”という不幸は。

 この世でこれ以上にないゴールドチップですよ。

 その引き換え券で、どうぞ幸せを手に入れてください。

 私からの些細な贈り物とさせていただきます」



「復……讐…」



 お嬢様が息絶え絶えに口にします。


 彼女は顔と顔の距離を離さずに、耳を傾けます。



「なんでしょう? 聞いてあげましょう」



「ふく……しゅ…う…」



「復讐がどうかしました?

 あ、感違いなさらないでくださいね。

 私は兄達の死を嘆いてはいません。

 その不幸があったおかげで、私は周りから必要以上に優しくされましたし、両親もただ一人残った私に凄く優しくなりました。

 同情を売りにして、彼も出来ました。

 全て、あなたのおかげです。

 ありがとうございました」



 彼女がそこまで言った時、お嬢様は目を大きく見開きました。

 あまりに至近距離だったので、彼女も少し驚きます。



「復讐してやる。我が生命の呪いを以って」



 お嬢様はハッキリと言いました。


 そして、その言葉を最後に息絶えたのでした。



 彼女はクスっと笑い、お嬢様の死体の唇に口付けをしました。


 そして、ベットから離れます。



「復讐は復讐しか生み出さないものです。

 誰かの命を絶ったとしても、それは自分と同じ復讐者を自分に向けて放つ自殺行為に等しいのです……

 ならばいいでしょう。

 あなたの復讐も受け入れましょう。

 私を罰しなさい。

 ただし、その不幸を逆手にとり、私は自らの幸せを確立するのです。

 この世で幸せになる近道は、まず不幸になる事です。

 そうしてしまえば、後に散らばる当たり前な日常すら、なんと幸せに見えるものでしょうか……」





 そして、時は経ち、10年後。


 賑やかな商店街、その道の真ん中。

 一国の姫君を殺害し、見事に逃げ果せて暮らしていた彼女の前に、一人の赤髪の少女が立ちました。



 彼女はお嬢様殺害の後、10年という時をこの他国にて過ごし、今や有名な詩人となっていました。


 赤髪の少女がそんな彼女に言いました。



「しばらく見ない間に、髪を切ったんですね」



 彼女は肩くらいまでになっていた自らの髪に手を触れ、少ししてからクスっと笑います。



「可笑しな事を言うのですね。

 私はこの国に来てからずっとこの長さですよ。

 私の髪が長かったのを知っているのは、前に住んでいた国の住人達位です。

 それに、貴女の様な独特な髪の色の少女が知り合いに居たら、いくらなんでも覚えています。

 そうか、解りました。

 あなた、さては、冥界からきた他国のお嬢様でしょう?

 私に復讐を遂げるために生まれ変わってきたのですね?

 どうです? 図星でしょう」



 赤髪の少女は驚いた表情を見せる。


 彼女は気にせず、続けた。



「いつ来るのかと、楽しみにしてましたよ。

 では、場所を変えましょう。

 私が道端で死んでいては、夫と子どもが悲しがります。

 二度と会えなくなる事を知らせるよりも、生きていればいつかは会える、と思わせて死にたいものです。

 そうすれば、少なからず、私の居ない未来に絶望を抱く事もないでしょう」




 そうして、彼女と赤髪の少女は場所を変えました。


 街から離れた崖の上です。


 彼女は崖の先に立ち、両手を広げ、空を仰ぎます。



「なんて晴れ渡った空でしょう!

 悲劇の舞台の幕下ろしには、余りに明るい舞台のようです」



 そういう彼女に、少女が問いかけます。



「あなた、夫と子どもが出来たんですか?」



 彼女は振り向きます。

 そして、左手を見せ、薬指に小さなダイヤの輝く、結婚指輪を自慢しました。



「素敵でしょう? この指輪には誰にもつけられない価値があるのですよ。

 愛情、という価値が」



「詩人気取りですか」



 と、少女が嘲笑します。

 彼女は微笑を浮かべたまま語りました。



「そうですよ。

 私は詩人を気取っているのです。

 あなたにだけ、こっそりお教えしましょう。

 実は、私、魔法使いなのです。

 言葉の持つ不思議な力を、私は幾多に広げる事が出来るのです。

 私は私の文才で、人の頭の中に映像を流す事が出来るのです。

 新しい発想を生む事が出来るのです。

 人々の心を魅了する事が出来るのです。

 これを魔法と例えなくて、なんと例えましょう?

 今は可笑しな台詞に聞こえても、二十年後には名言になってますよ、きっと。

 約束しましょう。

 それでも、笑いたいなら笑いなさい。

 人の言葉の意味すら、理解出来ずに、その将来の可能性を笑う貴女は、きっと無知たる愚か者でしょう。

 人の夢や将来を笑う者とは、夢や将来を諦めた者のみです。

 そういう人達は十年後には逆に笑われている事でしょう。

 夢を叶えた者達は努力の過程を知っているのですから、努力する者を決して笑いはしないのです」



 押し黙る少女。


 彼女は笑みを絶やしません。



「そんな事よりも、貴女は結婚指輪の意味を御存知ですか? お嬢様」



「既婚者という証でしょう?

 それ位知っています。

 それから、私をお嬢様と呼ぶのはおやめなさい。

 今の私は街はずれのただの娘です」



 少女にそう言われ、彼女は小さな咳払いを一度挟む。



「失礼しました、街はずれのただの娘さん。

 “永遠に途切れる事のない愛情”。だ、そうです。

 それが、結婚指輪の象徴なんです。

 何故、左手の薬指にはめるのか……、古代ギリシャでは心臓は人間の感情を司る場所だとされていました。

 左手の薬指には、その心臓に繋がる血管があると信じられていたんです。

 心臓に繋がる左手に指輪をはめる。

 そうする事で相手の心を掴むと同時に、結婚の誓いを強固にするもの。

 と、いう意味があるそうです。

 さて、いつから、結婚指輪は“既婚者の証”などという束縛染みた安っぽい言葉で、片付けられるような世界になってしまったんでしょうか。

 ロマンがなくて、非常に残念ですね。

 詩人として、既婚者としても、実に不愉快な世の中です」




「知識自慢の演説は終わりましたでしょうか?

 どれだけ引き伸ばしても、今更、貴女の辿るべき末路は変わりませんよ」



「あらあら、それは残念ですね。

 せっかく、気分が乗ってきた所だったんですが」



 彼女はそう言った後、両手を大きく広げ、少女と向き合いました。



「終わりにしましょう。

 この悲劇の物語。

 そして受け継ぎましょう。

 新たな物語に。

 この世の地はまるでチェスの盤上のようです。

 私が死んでもキングは健在です。

 ならば、それで良しとしましょうか」



 そう言った後、彼女は自ら後ろに飛び、崖の下へと姿を消してしまいました。

 少女は慌てて崖に駆け寄ります。

 すると崖の下から、大量の白い鳩が空に飛び立っていくではありませんか。



 少女は歯を噛み締めました。



 すると、背後から低い女性の声が聞こえました。



「自分の手で殺せなくて残念でしょう?」



 後に、そこには、少女の履いていた赤い靴だけが残っていました。


 この時、少女の身に何が起こったのかは、誰にも解らないのでした。



 ……完。




今作に限っては後書きで語れる事がありません。と、言うくらいの問題作です、僕史上初の笑


はいどうも皆さん、ご無沙汰しております、只今絶賛スランプ中でありながら他小説の投稿と同時にどさくさに紛れてとんでもない問題作を投稿しました花鳥秋です。


この小説に関しては一つだけ。

台詞一つ一つにとんでもない時間がかかっています笑

五時間位かかった台詞が三つ、四つあります。

まぁ多分、書いた僕にしか伝わらないような小説なんじゃないかと未だに思っています笑


ではネタが尽きたのでここで一応考えていたキャラ設定を公開しておきます。


ヒナ・シュレーノ.(執事殺しの姫君)


本作の舞台になるシュレーノ王国を治めるシュレーノ王家の姫君。

幼少期より金の瞳、金の髪を持ち、

趣味は読書だった。

幼少期はお姫様と呼ばれ、

中学生位からお嬢様と呼ばれるようになる。


中学三年生卒業時には自分に仕える五人目の執筆を殺害し、五人の執筆を殺害した“執事殺しの姫君”と城内では噂されていた。


因みにその犯罪は、王国の民には知られて居ない。

裏設定的に、許婚が用意されていたが、急遽五人目の執事となり、ヒナ自身の手で殺害している。



リナ・クレナイラ.(詩人気取りの魔法使い)


ヒナを物語において、太陽と位置した場合の月なる存在。

高校時代は黒くて長い綺麗な髪が特徴的で、学園では密かな人気を集めていた影のマドンナ的存在。

因みに、表向きに目立っていたマドンナはヒナである。


普段から大人しめな清楚系女子で通っているが、自分の中に独特な世界と考えを持つ女性。


10年後には詩人として働き、シュレーノ王国を出た外国で夫と子どもを持ち、家庭を気付いている。

この時には自分を“詩人気取りの魔法使い”と称して嬉々と語る姿が描かれている。


作中では主に、彼女、と称されている。

因みに裏設定的に、と言うか、本編で語れなかったんですが、左手に自傷痕があります。

幼少期からの家庭内差別で一番酷い扱いを受けた為、自傷癖持ちです。



リュンガ・オルビアノ.


リナの高校時代の恋人。

ヒナの初恋の相手でもある。


彼に関してはもう少し、彼を交えてドロドロした恋愛を書きたかったんですが、あまりやり過ぎるとリナとヒナの復讐ドラマが本末転倒しそうだったので抜き去りました。


ヒナとは全く間逆の境遇で育ち、設定上は母子家庭となっております。


ですが、友達は多いです。

でも、肝心な所で、根性無しなのでリナの覚悟に応えられず、プロポーズの失敗と共に本作を退場しています。




サラ・フィナーレ.(街はずれの娘)


長い赤髪の少女、8歳。

リナに殺されたヒナの生まれ変わりであり、前世の記憶を残している。


普段は何ごとも無く、ただの少女として生活しているが、復讐の為に生まれ変わったと言っても過言ではない。




因みに以下、ヒナの執事達。


第一執事

ルノウ・クランドール


第二執事

ロイ・クレナイラ


第三執事

レオ・クレナイラ


第四執事

シーダー・ホロウ


第五執事

ジレンダーロ・アシラーニ



と、いう感じでした。


それでは長くなってきましたので、ここら辺で切り上げたいと思います。

また皆様にどこかの後書きで出会える事を祈りつつ……see you ( ´ ▽ ` )ノ

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