表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『The answer is……』

Apple pie.

作者: 雪つむじ

『The answer is……』の前日談(?)となります。

ホラーではないと思いますが、シリーズなので一応ホラーとなっています。

どうして。

どうしてあのタイミングで、手を握ったりしないんだろう。

それか。

あのタイミングで、手を握ってくれたら。

いいのに。



ガチャガチャと音を立てる食堂は、時間も時間でそろそろ空いてきていて。

遠くに見える食券の券売機はほぼ売り切れ。

お腹はいっぱい。

でも、気持ちは少し、空っぽ。

ピッピッと、時計のアラームが鳴る。

「じゃ、講義だから」

そう言って、金谷んは席を立つ。

「ウソ、もうそんな時間。めぐは?」

時計に目をやって、京子ちゃんも。

「うん、木野ちゃんはね、今日はもう終わり。だからのーんびり図書館」

うん、私は、今日はもう終わり。

なのにきっと、この二人は、今日、この後も一緒。

「終わったら図書館に迎えに行くよ」

「はーい」

カバンを持って去っていく二人の後ろ姿。

どうしてあの二人の間に私がいないんだろうという、焦燥感が持ち上がる。

頭を振る。

振った頭から、前髪を止めていたピンが落ちる。

違う。

あの人の隣が、どうして私だけじゃないのか、という焦燥感、だ。

テーブルに落ちたピンを拾う。

正直、面白くない。

この黒い、ピンみたいに。

重くのしかかる前髪みたいに。

落ちてくる。

一本一本が。

その毛先まで、自己主張する。

ガラス張りの向こう側は、透明な傘の列。

「雨、降ってきちゃった」



図書館の入り口には、専用のゲートがあって、そこで学生のチェックが入る。

別に、学生証を機械にかざすだけ。

それで、どこかのドアが開く、というわけでもないし。

じゃぁ、かざさないと入れないのか、というと、そういうわけでもない。

なんとなく、チェック。

きっと、数を数える、ということが、ここの図書館には必要で。

数を数えられてますよ、と教えることが、何かの役に立つんだろうな。

学生証をかざすと、ピピっと、機械が音を立てる。

あ、この音、さっきの時計の音と同じ。

「また、思い出しちゃった」

やだな。

後ろを振り返ると、私の傘は入り口の傘立ての中で。

みんなのビニール傘に交じって、ここからじゃわからない。

あの傘の本数は、誰も数えてくれない。

私も同じ。

「みんなと同じ」

ただの、友達。

建物を貫くらせん階段は、上も下も、静か。

どっちに行っても、今日の天気は変わらない。

「今日は、上、かな」

きっと、その方が太陽に近くなって。

少し、気分も変わるかもしれないから。

「もう、何ポエムみたいなこと考えて」

カーペットは、みんなの足跡で少し濡れていて。

私の小さい足跡も、その中に合流。

じわっと滲む靴のかたちは、昔よりは少しだけ大きくなったんだよ、って自己主張。

「でも、この位がちょうどいいって、言ってくれたもん」

誰かの、知らない誰かの足跡の上を、踏む。

二階と三階の机はすでに埋まっていて、仕方なく、階段を四階まで登ることになった。

エレベーターもあるけれど、階段があるなら、階段を使う。

時折、すれ違う人が、視線で私を追いかける。

そんなにおかしい恰好、してるかな。

最初の内は、そう思うこともあったけれど。

京子ちゃんに言わせると、可愛いから、自然と目で追いかけてしまう、らしい。

可愛いんだって。

言われると嬉しいけど。

「可愛くいるのだって、努力が要るんですよー、だ」

一回、そう言ってアッカンベーをしたことがあったっけ。

壁一面、ガラス張りになった窓際に、空いてる席を見つけてカバンを置く。

ガラスの向こうは、構内の街路樹が茂っていて、パチパチと音もなくぶつかる雨粒と、曇った空と。

今、あの二人が居る建物と。

その位しか見渡せない。

そっちに向けてあっかんべーをすると、ガラスに映った私が、私に向かって舌を出した。

バカみたい。

カバンの中から、読みかけの本と、ノートを取り出す。

今日の本は、表紙に真っ赤なリンゴの絵が描いてある。

写真じゃなくて、イラストっていうところが気にって、買った本。

きっと、新しい本に手を出す時間はないから、今日はこの本のまとめ。

イスに座ると、少しだけ濡れたスカートがしっとりとしていて。

やだな。

ちゃんと乾かさなきゃ、しわになっちゃう。

帰る頃も、雨なのかな。



マーカーを引いて、付箋を貼る。

重要な所は、ノートに書き出す。

ページをめくって。

ページを戻って。

その繰り返し。

ゼミの発表の準備って、いつもこう。

うちのゼミは変わっていて、持ち回りで本を読んで、その内容を発表して、みんなでディスカッションをする。

来週は、私の番。

今週中には読み終わって、週末にはレジュメをまとめて、週が明けたら印刷して、人数分まとめて。

まとめ方も人それぞれ。

全部書いてくる人もいるし、メモだけにする人もいるし。

書き方はバラバラ。

金谷んは、全部書いてくる方。

京子ちゃんは、要点だけまとめる方。

よく、二人とも書き方でケンカしてる。

金谷んが、言いたいことは全部書きたいって言ったら、京子ちゃんは、レジュメを読んでわかるなら、私はその場で一言も喋らないって。

レジュメの補足をするのが、発表者の仕事じゃないのって言ってた。

私も、京子ちゃんに賛成、かな。

でも、あそこまで綺麗にまとめられないな、といつも思う。

なんて言うんだろう。

レイアウトなのか、文章なのか。

とっても、綺麗。

そう、京子ちゃんは、綺麗。

私と違って。

可愛くなくて、綺麗。

嫉妬したくなっちゃうくらい。

「ふぅ」

ひと段落して、しおりを挟んで本を閉じる。

本を閉じると、また、赤いリンゴが目に入る。

リンゴの表面は、ツルツルで、ザラザラで。

触ってみないとわからない。

もしかして、ツルツルかも。

もしかして、ザラザラかも。

本の表紙を触ってみる。

そこには、リンゴがあるように見えて。

何もなかった。



「めぐ、おまたせ」

声に顔を上げると、そこには京子ちゃんが一人で立っていた。

「うん、待ってたよ、京子ちゃん」

そう言って辺りを見回す。

「あれ、金谷んは?」

近くにいるのは、京子ちゃん一人。

「金谷はね、バイト思い出したって言って、先帰っちゃった」

そう言って、肩をすくめる。

「どう、まとまった?何か手伝おうか?」

京子ちゃんは、そう言って机を覗き込む。

「この本、結構内容難しいじゃない。できることあったら言ってよ」

パラパラと本をめくる。

「ううん、大丈夫。手伝ってもらったら、また先生に怒られちゃうから」

「怒られちゃう?」

「うん。出来が良すぎ、って」

そう言って、二人でくすっと笑う。

前回の、金谷んの発表が、もう、京子ちゃんが手伝ったのがバレバレで。

「あの時は、怒られたなぁ」

そう言って、窓の外を見る。

何が書いてあるんだろうって、私も外を見る。

少し暗くなった窓の外にも、空にも、もちろん窓にも、何も書いてない。

「そうだ、そしたらさ」

京子ちゃんが、パンと手を鳴らす。

「うち来なよ、アップルパイ、作ってあげる」

「アップルパイ?」

「そう、リンゴつながりで」



京子ちゃんの家は、大学から歩いて二十分くらい。

少し古めの、学生御用達アパートの一階。

少し、雨脚の強くなった空の下。

二人並んで、傘をさして歩く。

「うちの実家がね、リンゴできたから送るねって言って、箱で送ってきたの。もう、食べきれなくて」

笑いながら言う京子ちゃん。

「京子ちゃんちって、リンゴ作ってるの?」

「作っているって言っても、自分たちで食べる分だけ。でもほら、リンゴって医者いらずって言うじゃない。だから、みんな元気で困っちゃう」

嬉しそうに話をする京子ちゃんを見ていると、少し、いいなって思う。

水たまりが、寂しそう。

「どうしたの、めぐ」

京子ちゃんが、顔を覗き込んでくる。

「ううん、なんでもないよ」

私からすると、少し見上げる形になる京子ちゃんの顔。

「そう。良かったら、少し持って帰ってよ」

また前を向く京子ちゃん。

「金谷んにあげればいいじゃない」

少し、意地悪に言ったかもしれない。

「どうして金谷?全部カレーに入れちゃうから、ダメ」

そう言ってため息。

そんな事を言われると、どうしても足が止まってしまう。

そっか、そこまで知ってるんだな、京子ちゃん。

「あのね、京子ちゃん」

そこまで言いかけた時。

「めぐ!?」

通った車が勢いよく跳ね上げた水で。

「あ」

私は、びしょ濡れになった。



シャワーが流す暖かい湯気の向こうで。

洗濯機が動く音がする。

「着替えとタオル、ここ置いとくから」

京子ちゃんの声がする。

「うん、ごめん、ありがとう」

返事をする。

シャンプーの香り。

京子ちゃんの香り。

私は今、京子ちゃんと同じ香り。

「ふふ」

笑いがこぼれる。

「京子ちゃんと、一緒」

京子ちゃんのシャンプー。

京子ちゃんのボディーソープ。

京子ちゃんのお風呂。

ここを出たら。

「京子ちゃんの服」

ふふ。

「ふふふ」

あぁ、なんか、うれしい。

水をかぶったのは、許せないけど。

でも、いい。

レバーをひねって、お湯を止める。

髪の中に指をくぐらせ、水気を切る。

鏡に映った自分の顔は。

「笑ってる」

もしかして、今日、一番の笑顔かもしれない。



「京子ちゃん、お風呂ありがとう」

タオルで髪を拭きながら、京子ちゃんの所へ行く。

「ううん。服、サイズ大丈夫?」

「うん、大丈夫、ぴったり。それより、良い匂い」

そう言ってシャツをつまむ。

シャツから香る洗剤の匂いは、いつもの嗅ぎ慣れた匂い。

「乾燥機、回してるからそんなにかからないと思うんだけど。アップルパイも、もう少しで焼けるから」

いい匂いといったのを、アップルパイの匂いと思ったのだろう。

確かに、焼ける、甘い匂いがオーブンの中から換気扇へ向けて、寄り道をしながら歩いていくのがわかる。

きっと、このアップルパイは、とっても甘くて、酸っぱい味がするんだろう。

「奥の部屋で待ってて。何か飲む?」

マグカップを用意して、戸棚を覗き込む。

「うん、京子ちゃんのお任せで」

私は、そう言って奥の部屋へ行く。

部屋の中は、片付けされていて、でも、分別されたキッチンのごみ袋には、カップ麺や、ビールの缶がこれでもかと入っている。

「京子ちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」

ゴミ袋をつつきながら、そう言ってみる。

「え、ちゃんと食べてるよ。たまたま、たまたまだよ」

手をひらひらとさせて、笑いながら。

本当かな。

でも、なんか、ちょっとほっとした。

少し、京子ちゃんが身近な気がした。

部屋には、机と、ベッドと、本棚と。

どこに座ろうかと考えながら、本棚にあるタイトルをずっと見ていく。

辞書。

コミック。

小説。

専門書。

並んでいる本のジャンルは、教科書を除けばバラバラで。

ところどころに、赤くて透明なリンゴのオブジェが置いてあって。

「本棚、面白い?」

湯気の立つマグカップを二つ持ってきた京子ちゃんが、そう言う。

「うん。ジャンルがバラバラ。どれが京子ちゃんの好きな本なんだろうって」

そう言って笑いかけてみる。

「うん、そうだなぁ。好きな本は、ここにはないよ」

そう言うと、マグカップをテーブルに置いて。

「好きな本は、何回も何回も読んだから、もう全部ここの中」

頭を指さす。

「だからね、外には出さないの」

そう言うと、私の手をぎゅっと握った。

「京子ちゃん?」

握られた手から、熱が伝わってくる。

握られた手から、熱が伝わっていく。

「めぐ……」

京子ちゃんの目が、真っ直ぐに私を見つめる。

真っ直ぐに、私の目を、貫いていく。

「京子……ちゃん……?」

部屋を満たす、甘い香り。

そのまま、ぐっと引き寄せられる。

くらくらする。

マグカップの中は。

紅茶のように赤く。

ときどき黒く。

何かが動いていて。

浮いて。

沈んで。

甘い香りで。

壁が回る。

天井が落ちてくる。

目の前に、何かが覆いかぶさるように。

ギシッと音がして。

柔らかくて。

「さ、アップルパイを、食べようか」



「アップルパイって、とっても簡単なの」

膨らんだパイ生地の上を、熱くなったリンゴが滑って歩く。

「だって、パイ生地を買ってきて、大好きなリンゴを並べて。あとはオーブンで焼くだけ」

立ち上がる湯気を、一身に浴びる。

「ほら、よく膨らんでいるでしょう」

ふんわりとして、刺々しいキツネ色。

「でも、このままじゃ食べれないから」

一枚一枚の隙間に、滑り込む様にナイフが入る。

「切り分けて、取り分けてあげるの」

パイ生地も、リンゴも、切り取られていく。

「お皿の上に、さぁどうぞって並べてあげるの」

切り口から、リンゴが滴る。

「並べられたリンゴは、赤かった?」

滴ったリンゴは、赤かった。

「切り分けられたパイは、何色だった」

パイは、リンゴで赤く染まってた。

「あなたも、このパイと同じ」

私も、このパイと同じ。

「簡単で、熱くて、冷めやすい」

簡単で、熱くて、冷めやすい。

「ほら、ナイフを手に取って」

お皿に乗った、パイの前で。

「切れる?」

うん、切れる。

「じゃ、切ってみようか」

ナイフを動かして。

「よくできたね」

うん、よくできた。

「じゃ、口を大きく開けて」

私の口を、大きく開けて。

「さぁ、召し上がれ」



ドアの外は、すっかり雨が上がっていい空。

「いい天気になったね」

脇にいる京子ちゃんの顔は、雨の日も、晴れの日も、やっぱり大好き。

「また、アップルパイ、食べにおいでよ」

そう言って笑う顔も。

何か、忘れた気がするけれど。

すっかりと乾いた、昨日と同じスカートが。

私の足元で、今日も跳ね回っている。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ