ブライダルブーケ
ブーケが、目の前を飛んでる!
店外の掃除をしていた私は、目をこすった。
商品で庭のテーブルセットが、あったので、そう見えたみたいだ。小学生低学年くらいの女の子は、ブーケを持って店の前を通り過ぎていった。
”そんなに強く握って・・ああ、ブーケを振らないで。花がヨレヨレになる”
女の子の目的はともかく、私は試練の真っ最中のブーケを助けるべく、女の子をおいかけた。
自慢じゃないけど、私は足が速い。あっというまにつかまえた。
「ちょっと待って。ほら、ブーケをよく見て。下のリボンがヨレヨレになってるし、
この半分咲きかけたバラの蕾は、首がおれかかってるわ。私が少し直してあげるから、ウチによっていかない?」
ウチ、水瀬花屋を指さして、女の子に自己紹介した。
「私、あそこの水瀬花屋のバイトをしてる飛鳥っていうの。ここままじゃ、せっかくの綺麗なブーケが、だいなしになるからウチで少し手入れしましょうか。」
女の子は、ブーケをぎゅっとにぎって、私を睨みつけた。”見知らぬ人についていかない”は小学生の守るべき鉄則だ。ただ私が女性で、バイトの制服で、”みなせ花屋”というロゴの入ったエプロン姿に、女の子は安心したのか、店についてきてくれた。
私はさっそく、緩みかかった花の茎を、少しだけ閉めなおし霧吹きをかけた。下のリボンは、一回ほどいて、似たリボンを奥から取り出してきて、付け直した。
ブーケは、ブライダルブーケで、丸い形に花が整えられ、下は持ちやすいようにしてある。
白とピンクのバラとガーベラ、カスミ草。ブライダルブーケとしては王道ね。
形が整えられ、根本に少し水を足したおかげか、花も元気になっていった。女の子は、目をじっと私の手元をみていたが、その様に目を丸くしてた。
「はい、出来上がり。この蕾は首がとれそうだし、これ以上は無理だから抜いておくね。代わりに、同じようなのを入れて置いたね」
代わりに入れた薔薇は、色合いは似てるけど小さめな花で、満開。消費税込み300円。これは、私が自腹をきるしかないか。
おれかかった花は、薔薇で薄いクリーム色だった。紙テープで軽くまいて添え木をしたけど、明日までもたないかもしれない。満開にならないでしおれていくのは可哀想だけど。
私は、植物用の活力剤もたし、一輪挿しに入れ外へ持っていった。少しの間でも、店の前を通る人が目をとめてくれるといい。これもひとつの宣伝・営業。店の外を魅せる事ことは大事だ。
女の子はブーケを持って、またすぐ、走っていくのかとおもったら、私のそばについたままだった。
「今日ね。花嫁さんが、最後にこれを投げたの。で、私が拾ったの。周りの人が欲しいって言い出して。花嫁さんのブーケをもらうと結婚出来るんですって。」
「お名前、きいていい?」
「木戸 綾乃。」
「綾乃ちゃん、誰か好きな人がいて、すぐ結婚したいとか?」
小学生でも”結婚”とか考えるのかな。綾乃ちゃん、まだ10歳いってない気がするけど。
「ちがうの。”クボタ”のお姉ちゃんが、よく、結婚したいって言っていたから、私、あげようと思って。私が拾ったものだけど、すぐおねえちゃんにあげれば、おねえちゃんが拾った事になると思って。」
クボタ?商店街の出口のほうに、たしか久保田コーヒー店ってあるけど。。。
「で、急いでたのね。で久保田さんの家はどこなの?」
「ちがうの。”クボタ”って店のおねえちゃん。お母さんと一緒に買い物にでた時、よく行くお店で、私はそこのパフェが大好きで。」
ビンゴ!私は行った事がないけど。きっと綾乃ちゃんは、その店を目指して走ってたんだ。
ちょうど店長が帰ってきたので、経緯を話して、クボタコーヒー店に綾乃ちゃんと一緒に行った。彼女、今度はブーケを揺らさないように、すごく慎重に歩いてる。あは、可愛い。
クボタコーヒー店では、アラサーというよりアラフォーのおねえさんが、びっくりして綾乃ちゃんからブーケを受け取った。やれやれ一仕事終わった(お金にはならなかったけど)
綾乃ちゃんを家に帰さないとと、やっと私が思いついた時、スマホが鳴った。店長からだ。
”綾乃ちゃんを、クボタコーヒー店で引き留めておいて。両親と関係者が、急に姿が見えなくなった彼女を、探してる最中のようだから”
はぁ・・・子供のする事って、時々、予想をこえるよ。ブライダルブーケを持って走るなんて、式場ではともかく、街中ではいない。声をかけてよかった。
少しして、綾乃ちゃんのご両親が迎えにきた。”綾乃ったら、いったい何を考えてるの”と彼女を叱った後、私に頭を何度も下げた。いやいや。それほどの手間かかってませんし。
ブライダルブーケは 綾乃ちゃんの希望通りに そのまま、クボタのおねえちゃん が貰う事になった。ちょっと恐縮してたけど、はにかんだように笑った。ご両親様、お疲れさまだ。
ラッキ~だよね。ブライダルブーケで生花、あの花の感じでは、2万は最低かかる。(花のお
金+デザイン料+リボン等の代金こみ)最近は、造花も多いけど、やはり生花のほうが、”結婚を運ぶ”って役割にふさわしい気がする。
*** *** *** *** *** ***
徒歩2分で店に帰って来て、店長に報告。綾乃ちゃんの持っていたブーケは水瀬店長が作ったものだった。そこで式場でブライダル関係者とお仕事の話してる最中に、綾乃ちゃんがいないと、大騒ぎになってたそうだ。すごい偶然が重なって、綾乃ちゃんは、すぐ保護されたわけだ。
ああよかったよかった、一件落着と、私は外に出て閉店の準備にかかろうとした。
外に置いてあるテーブルは、一応、売り物なのだけど、買い手がいなくて、そのまま店の置物のようになっている。時々、座って花をみてる人がいる。ここ、公園じゃないんだけどな。と思いながら、花を見てホッコリしてる人に、強くは言えないしね。
今日も誰かいる。お、同じバイトの淳一君、最近淳君、淳とか呼んでる。自慢の金髪は、学校が始まったと同時に、丸坊主にされたようだ。さすがにあの金髪頭は学校ではNGだろう。
淳の側に女性が座ってる。あら、また子供。中学生っぽい?ここって、子供が引き寄せられる場所なのかしら。
その子は、薄茶のストレート髪に、薄いクリーム色のブラウスにプリーツスカート。お嬢様っぽい感じの子だ。
そのお嬢様が、さかんに淳に、何か訴えてる。あらま大丈夫かしら。
「淳の彼女って年下だったのね。ふふ」
淳は、私の言葉に”あいた口がふさがらない”って顔で
「彼女じゃねえよ。この子の訴えを聞いてただけだ。言っておくけど、飛鳥先輩が話しを聞くべきだな。」
「はぁ? 私、悪いけど心当たりないんだけど・・・」
彼女は私を見ると、優雅に立ち上がり、深々を頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました。私としましては、限られた命、頂いた"結婚をもたらす”という使命をはたすべく、意気込んでおりましたが、あのような暴挙にあいまして・・」
言葉をつまらせ、いまにも泣き出さんばかりだった。
彼女の言ってる事、訳わかんないけど。何かあったんだ。それに首に傷のような黒い筋がついてるのが妙に気になる。アザだろうか。
彼女は私が見てるに気がつき、そのこは、恥ずかしそうにブラウスの襟で隠そうとした。
「ちょっと待ってて」
私は、店内から太目のリボンを切ってきて、その子の首の筋のようなあざが隠れる様、巻いてあげた。
「あなたはとても綺麗ね。その薄いクリーム色のワンピーズも似合ってる。私にはよくわからないけど、とにかく元気だして。あ、そうだ。紅茶でもいれましょう。少し、落ち着いたほうがいいと思う」
”オレ、コーヒーな。まったく、何もわかっちゃいねえ。どうしようもないな”なんて、背後から聞こえた。生意気な淳のヤツは、後で仕事の研修でしぼろう。まずあのお嬢様を家に帰さないと。9月とはいえ、夕暮れから暗くなるのは、あっという間だ。
で、コーヒーと紅茶二人分を持って行ったら、件の女の子がいない。
「淳、あの子は?」
ため息をつきながら、淳はゆっくり私に教えてくれた。
「あのな、あの子はお前がブーケから抜き取ったという薔薇の精霊。事情は聞いたから。飛鳥先輩のとった行動は、正しいと俺は思う。首が落ちなくても、それはそれで縁起が悪いと思われてしまうかもしれないからな」
平然と説明しながら、淳はコーヒーを飲んでる。私は淳にからかわれてるのか?
テーブルの上の一輪挿しには、その薔薇が満開になって咲いている。控えめだけど上品なバラだ。まるであの子のように。
「あの子からの伝言 ”リボンをありがとう。綺麗って言ってくれてうれしかった” だって」
本当にそうなのだろうか。確かに咲かけの薔薇の蕾を手入れしたけど。しばらく考えたが結論がでない。本人がいないのだから、聴きようがない。
まあいいか。
「さ、閉店作業よ。ボサボサしない。」淳をせかしながら、やっぱりあの子は薔薇の精霊だったのかもしれない。と思えて来た。
なにせここの花屋で、夕方には”いろんなお客さんがいらっしゃる”ようだから。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に、短編を更新してます、