VR試験
「えー、それでは番号札30番から40番をお持ちの方、中へお入りください。」
「ひろ。呼ばれてるよ」
「おっ、マジで!?そんじゃ、お先に失礼しますよ怜先輩!」
ひろとは同学年だった筈だが、無邪気な子供のような笑顔で手を振るので、追求はしないでおこう。手を振りかえしてやると、つっかえない様にとすぐさま奥の方へと行ってしまう。
無表情でこそあるが、内心ではかなり期待している。場所は病院、内容はVR診断。話題のVRだが、たまに規格が合わなくて、人力による細かい調整をしなくてはいけないひとがいるらしい。だから、政府……というより、政府が技術開発した会社に送った支援金を、その会社がそのまま慈善事業に使っているため、日本に住んでる人は一般市民でも診断を受けることができる。正直、基本は細かい調整は必要ないということには驚きである。人間の脳って、皆おんなじ様な構造してるのかな。意外だ。
ちなみに、その会社は「皆にVRの素晴らしさを実感してもらいたい!」とかいうなんとも素晴らしい方針を掲げていて、世界中から送られてくる支援金の一部を、VR機器の低価格化の為に使っているらしい。
太っ腹というより、そんなことしてても支援金貰えるんだな、という感想が前に出て来る。まあ、それだけ世界中の国が期待してるんだろう。どこかの国は、「私の国が起源だ!技術を盗まれたんだ!」とか言っているが、まあ平常運転といえば平常運転だろう。
「えー、番号札41番から50番をお持ちの方、中へどうぞー。」
……どうやら呼ばれている様だ。番号札は46番。席から立ち上がって、6番カーテンの間を潜る。看護師さんが手を伸ばしていたので、そこに番号札をぽんと置いた。
CTスキャンの様な物で診断すると思っていたのだが、どうやら違うらしい。椅子に座らされ、赤いヘッドフォンの様な物を被らされる。
「これから、弱い電磁波を送りますので、痛みや目眩、嘔吐感等を感じたら左手を上げてください。」
どうやら、電磁波で体に不調が出ないかのテストらしい。すぐにヘルメットを被らされると思っていたので、すこし拍子抜けだ。とりあえず返事をする。
看護師さんがツマミを捻る。どんどん捻っていくが、体調不良は全くない。
「違和感などはありませんか?」
と聞かれたので、頷く。
「では、次にベッドに横になって、このヘルメットを着けて下さい。」
言われるままに、ベッドに仰向けになって白いヘルメットを被る。表面の何かをいじっている様だが、全くわからない。
「……それでは、VRテストプレイを開始します。」
その声を最後まで聞いたかわからないまま、意識がゆっくりと落ちていった。
「…………。」
壮観だった。声こそ出さないが、辺り一面の草原に目を奪われ、感動していた。
現代日本では、まず見られない、地平線まで見えるような広大な大自然だ。空も信じられない位青い。TVでしか見たこと無い様な、透き通るような青だ。
はっとして、しゃがんで地面を見てみる。草は青々として、まるで本物のようだ。が、触ってみると、現実にはない、妙な手触りが帰ってくる。どうやら、触覚はまだ不完全なようだ。
じっと見てみると、細かいがポリゴンのような物が見て取れる。なるほど、確かによく見れば現実じゃない。けど、限りなく現実に近い。テレビで言っていたのは、誇張表現でもなんでも無かったらしい。
「……成る程、これは凄いな…………。」
周りを見渡すと、他にも試験者だと思われる人影があった。ただし、ほぼ同じ、男と女の姿をしている。おそらく、試験用のキャラクターという事だろう。顔も格好も同じだが、身長だけは違うのが逆にシュールだ。
『試験を終了致します。問題がなければ、ログアウトボタンを押してください。』
アナウンスが流れる。周りの人もキョロキョロしているので、おそらくこのワールド自体に音声を流しているのだろう。
視線を落とすと、宙に浮かぶ、円形の半透明のボタンがある。中にはきっちり「ログアウト」と書いてあるので、これで間違いないだろう。
名残惜しいが、看護師さんを困らせるわけにもいかない。ちょっとだけ迷った後、その半透明のボタンに、指先を触れさせた。
「……何か異常はありませんか?」
機会的な声で、現実に戻る。なんだか変な気分だ。さっきのは、夢なんじゃないかとも思えて来る。しかし、まあ現実だろう。
今だに混乱している、というより感動している頭を無理やり持ち上げて、一言「大丈夫です」と返事をする。
そのまま、ヘルメットを脱がされる。視界には、看護師さんと赤いヘッドフォンと、ヘルメットしかない。
「……? 何か変ですか?」
じっとしているのを見て、不審に思ったのだろう。繰り返し、「大丈夫です。」と言う。
怪訝そうな顔をされたが、すぐ、「以上で試験は終了です、お疲れ様でした」と言う。どうやら先程ので最後だったようだ。起き上がって、入ってきた方とは違う扉を出て行こうとすると、呼び止められた。
「どうでしたか、VRは?」
少しだけ迷った後、こう答えた。
「怖かったです。」
僕は、部屋を後にした。