日常
ーーですから、VRというものは、必ずしも良い方向のみに影響するものではないんですよーー
神経質そうな顔の男が、訴えかけるような口調で、太り気味の男性を非難している。
ーーもちろん、悪影響が全く無いとは言い切れません。ですが、それを持ってしても余りあるほどに、VRがもたらしてくれる恩恵は大きいと思うのです。ーー
太り気味の男性が、諭すように、身振り手振りを交えて話している。
ーー確かに、最近の若者が非行に走ったりするのはね、ゲームによって現実と非現実の区別が付かなくなったから、とか言われていますけどーー
コトコトコト、という音と共に、薬缶の口から蒸気が漏れ出したので、ツマミを捻って火を止める。
ーーそういうのは、娯楽を言い訳に使っているだけなのでは無いんですかね?ゲームなんて無くても、きっと他の物を言い訳に、似たような行動を起こしますよ。現実と非現実を本当に勘違いしているとしたら、それはもっと根本的な問題で、どうしようも無いでしょ?ーー
半ば言い切るような形で、太り気味の男性は席に着く。
熱くなった取っ手を、少し我慢して持ち上げ、茶葉の入った急須に湯を注ぎ、蓋をする。
ーーええ、確かに今までの、リアルではあっても、あくまで画面の中だけの話だったらそれで良いんでしょう。しかしですね!VRはリアル過ぎる!私もね、VR試験に参加しましたけど。私は一瞬だけですが、本当にここはVRの中なのかを疑いました。現実とVRの区別がわからなくなったんです!ーー
……へぇ、そんなに凄いんだ……と、頭の中で感想を呟きつつ、急須を持ち上げて、中の湯を回す。
ーー今はまだ、ちょっと注意すれば区別は付きますがね、この技術が進化すれば、現実とVRの違いなんてわからなくなってしまいます。そうしたら、本当に「現実と非現実の区別が出来ない人間」が出来てしまうんですよ!ーー
……こぽこぽと、白い陶器のマグカップにお茶を注いで行く。良い香りだ。そんなに深い拘りは持っていないが、やはり緑茶は薬缶で沸かすに限るな。なんとなくだけれど。
ーーそれは、もしかしたら、の話でしょう?まだずっと先の話でしょうし、そんな空論のためだけに、期待が高まっているこの新技術の勢いが……色んな意味においてね、止まるわけが無いんです。せっかくこの番組に席を設けてもらえたんですから、もっと現実的な話をしたらどうです?ーー
口裏を合わせた様な、乾いた笑いが響く。うん、やはりTVはあんまり好きじゃ無いな。こういうのは興味はあるから見るけどさ。
胸に何かが詰まる様な、嫌な感覚を感じながらも、マグカップを口元に持っていく。
……ずずず。
……んくっ。
……っはぁ。
…………うん、やはり緑茶は良い物だ。