魔獣の襲撃と柳季の実力 4
「はっ!」
柳季は緩急をつけた先を読ませない独特な動きで攻め立てるが、謎の人物は柳季の予想以上に手練れらしく、未だ直撃は無しの状態だった。
(初見で俺の動きについてくるとか。相当なもんだな)
「どしたい?逃げ回ってるだけだな」
「抜かせ。これからが本番だ」
謎の人物は大きく距離を取ると、魔力を練り上げ、右手を柳季へ向ける。
「【アースバインド】ッ!」
すると、柳季の足下が陥没。と同時に周囲の地面が盛り上がり、柳季目掛けて襲いかかって来た。
「ちっ」
思わず舌打ちをするも素早くその場から離脱する柳季。だが、謎の人物は次々に土属性魔法を使って体勢を立て直す隙を与えない。
「逃げ回ってばかりではないか」
意趣返しのつもりなのか、先程の柳季のセリフをそのまま返す。
「【アースランス】ッ!」
今度は盛り上がった地面が鋭利な刃のようになり、柳季を貫かんと高速で迫る。
それを何とか躱すと、柳季は一気に距離を詰める。
「【アースウェーブ】ッ!」
謎の人物は両手を地面につけると、地面が波打つ。
「【アースバインド】ッ!」
足場が不安定になったため、柳季は遂に捕まってしまった。謎の人物は少し息が上がっているが、漸く柳季を捕まえ、何時でも殺せるこの状況に笑みを浮かべる。
「確かに時間稼ぎは出来たようだがここまでだな」
「………」
「どうした?もう終わりか?」
問いかけられるが、柳季は俯いたまま。よく聞くと何やらぶつぶつと呟いている。
「…魂力は衰えて無いな。未来視…はダメか。なら念力…もダメか。それなら……」
「何をするつもりかは知らないが……死ね。【アースラン―――
柳季に止めを指すべく魔法を使おうとした時、柳季が輝く。眩しさで魔法が不発に終わる。そして―――
「よっと」
全く力を入れた様子は無いのに、柳季は自身を拘束していた土から抜け出した。
「ばっバカな!」
「よし。強化は問題なく使えるな。後は追々って事にしよう」
謎の人物は驚愕した。身体強化の魔法はどの属性でも可能だが、魔力には何の変化も無かった。つまり、魔法を使わずに拘束から脱したのだ。そして柳季の目に輝く十字の紋章――聖痕。
「きっ貴様は一体?!」
「答える義務は無いね」
謎の人物は慌てて魔法を使おうとするが、至近距離のため柳季の方が早い。
柳季は抱きつかんばかりに接近。身体の全てから力を集め、拳に魂力を乗せて水月を穿つ。
「どーん」
「がはッ!」
謎の人物は内臓のほとんどを破壊されて血を吐きながら吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。
「あちゃ〜。やり過ぎたか」
柳季はそんな事を言いながらも全く反省や後悔はしていない。
(2人は大丈夫かな?確か隣町までは2日はかかるとか言ってたけど、それまでどうしようかな)
柳季は頭を掻きながら2人が来るまで何をするべきか思考を始めた。
◆◆◆◆◆◆
一方隣町に向かう2人はというと、魔獣に襲われながら走っていた。
「【ファイヤーランス】ッ!」
「えいっ!」
村長が魔法で牽制し、それでも接近してきた魔獣にはシルティがナイフで応戦する。
「きりが無いのう!」
「こんなに魔獣が襲ってくるなんて異常です!」
そう言いながらも2人は止まらずに走る。少しずつ休憩をとりながら隣町のクルッサグを目指す。
「リューキさん大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃよ。リューキ殿を信じるのじゃ」
2人は魔獣を退けながら隣町クルッサグへと急ぐ。
◆◆◆◆◆◆
『大丈夫そうですね』
安堵の溜め息を吐きながら始まりの神レザベディアは柳季の様子を神界から見ていた。
と、そこへ翡翠色の髪と目をした美少年、風の神フォニムンシェが現れた。
『どうしました?』
『いや〜噂の彼を貴女が気にしてるって聞いてね』
『そうですね。私の手違いのせいで彼には地球で辛い目に遭っていますから』
『罪悪感でも感じているのかな?最高神である貴女が』
『フォニムンシェ。私とて感情は存在します。貴方もそうでしょうに』
『そうだね。ああ、そう言えば地球の神達から苦情が来てるよ』
一瞬の沈黙。フォニムンシェが肩を竦めると、何処からか光が集まり美しい女性が現れた。銀色の髪に黒と赤色オッドアイ。全てを包み込むかのような柔らかい雰囲気をしたこの女性こそ始まりの神レザベディアである。
『苦情?』
『ええ。何て言ったかな……そうそう!天照とオーディン。それとロキにシヴァ。この辺が特にね。後は神では無いけれど神獣なんかからも苦情が来てるよ。彼に会わせろってさ。よっぽど好かれてたんだね』
『そう言われましても会わせる訳には……』
レザベディアは腕を組んで考え込む。そもそも各世界の管理をしている神は、自ら管理する世界以外にみだりに干渉してはならないという決まりがある。
理由は色々あるが、基本的に神が干渉すると世界に与える影響が大きすぎる。特に他世界の神が干渉した場合、その世界が滅びかねない程。故に他世界にみだりに干渉してはならないという決まりは、全ての次元に存在する神々の間で唯一と言って良い不文律なのだ。
だが、今回はレザベディアの手違いから始まり、柳季自体が神々に愛されているという事実が地球の神々の苦情という名の願いを無下に出来なくしている。
『こっちの神界に呼んで様子を見せてあげたら良いんじゃないかな?』
『……そうですね。それくらいなら構わないでしょう』
『あっ!でもあの子はそれだけじゃ済まないかも』
『あの子とは?』
『えっとね、柳季君の弟子だね』
『弟子?』
『うん。人間なんだけどね。柳季君レベルで地球の神々に愛されているね。神々と一緒に苦情を出して来たくらいだし』
『……困りましたね』
『でもほら。魔神の封印がそろそろ限界じゃない。彼を勇者としてこっちに呼んであげたら?』
『その者は勇者の適性があるのですか?』
『貴女に会う前に兄さん達に見てもらったけど、僕も含めて皆合格を出したよ。後は貴女の許可だけだよ』
『随分手が早いですね』
『ふっふっふ。気にしない気にしない』
『………まあ良いでしょう。私は見極めに行ってきます。その間は任せましたよ』
『ほ〜い!兄さん達に伝えて来るね!』
フォニムンシェは元気良く返事をすると空間に溶けるように消えていった。それを見送ったレザベディアは申し訳なさそうに俯いた。
『貴方の弟子を送り込んだら貴方は私を恨むでしょうか?それとも……』
レザベディアの呟きを聞く者は居なかった。
◆◆◆◆◆◆
柳季は謎の人物に最低限の治療を施し、情報を得るために無理やり意識を覚醒させた。
「……うっ…こ、ここは?」
「おー気が付いたか」
「きさっ!〜ッ!」
「無理に動くと死ぬぞ。最低限の治療はしたけどな」
「くっ!」
「死にたくなけりゃ計画ってやつを教えな」
「殺せ!」
(ん〜こんなんじゃ何も聞き出せそうにないな。仕方ねぇ。もうしばらく寝ててもらうか)
柳季は動脈を強く押さえて強制的に意識を奪うと、謎の人物を抱えて村へ向かった。
「―――念のためにこうしてっと。さて、2人が戻って来るまで死んだ村人達を弔うとするか」
柳季は村長の家にいた。謎の人物をベットに寝かせると顔を隠しているフードを取る。フードの下から現れたのは淡い朱色の髪をした若い男性だった。
(へぇ〜。耳は普通だな。獣人じゃない。かといって耳が尖っている訳でもないからエルフじゃない。人族か)
柳季はしげしげと眺めていたが、村人を弔うために部屋を出た。
◆◆◆◆◆◆
「つっ着いた」
「老体にはちときついのう」
「ちょっとで済む村長はおかしいです!そんな事より早く!」
柳季と別れて隣町のクルッサグに到着した2人は門番の兵士に事情を説明すると、クルッサグの冒険者ギルドの一室に通された。
通された一室にはシルティと村長に加えてギルドマスターであるクラゴレスと偶々定期視察に訪れていた領主であるゴート伯爵が向かい合うように座っている。
「テルコル村が壊滅だと?」
事情を聞いた後、そう切り出したのはギルドマスターのクラゴレスだ。身長2mを越える大男の割には愛嬌のある顔をしている。クラゴレスは丸太のような太い腕を組んで難しい顔をしている。
「信じられませんな」
そう続けたのはゴート伯爵だ。35歳という若さで頭角を現した伯爵は、ステックマルド帝国の北部を一手に担う貴族だ。金髪碧眼のイケメンでもある。
「信じられぬのは重々承知。じゃが、オーガの変異種と謎の人物による襲撃で村は壊滅。生き残ったのは儂とシルティとリューキ殿の3名だけじゃ」
「そのリューキとかいう者は?」
「儂らを逃がすために時間稼ぎを」
「そんな事より!早くリューキさんを助けに行かないと!」
「落ち着きなさい。既にギルドからBランクの冒険者を2名とCランクパーティーの合わせて7名を派遣している」
伯爵の言葉で少しは頭が冷えたのか、シルティは尚も何か言いたげだったが大人しくなる。
「とにかく、もっと詳しく聞きたい。宜しいかな?」
2人はクラゴレスとゴート伯爵にもう一度事のあらましを説明するが、やはり柳季の事が気になるようで、終始そわそわしていた。