魔獣の襲撃と柳季の実力 2
「ひどいっ!」
「何とっ!」
あまりの光景にシルティと村長は絶句する。あちこちでゴミのように転がる人、人、人。倒れた村人から流れる血が、まるで海ように地面を赤く染めている。
一体何が?何時の間に?そんな疑問が2人の頭の中を支配する。しかし、思考を停止させずにこの悲惨な光景を眺める青年が1人。
「随分と早いな」
柳季はひたすらに冷静だ。柳季にとって、ある意味見慣れた、懐かしさすら覚える光景。理不尽な悪意、暴力、血、そして死。
茫然と立ち尽くす2人をよそに、柳季はこの惨劇を引き起こした存在を注視している。村の中央に位置するあの井戸がある場所にそれはいた。
一見、普通の人間と変わらない。だが、人間にしては巨大な身体。盛り上がった筋肉に凶悪な顔。角こそないが、それは鬼だった。
「あれは?」
柳季の呟きを聞き、シルティと村長が鬼に視線を向ける。シルティと村長はみるみる恐怖に顔を歪ませる。
「角無しのオーガじゃと!バカなっ!何故此処に変異種が?!」
「あれは強いのか?」
「通常のオーガはCランクじゃが、変異種はランクが1つ上がるのじゃ」
(ということはBランクってことか。ん〜どうしたもんかな。魂力が使えればいいんだけど。使えるか試してないのに、いきなりこんな奴が出て来ても困る)
柳季はオーガを目にしても特に慌てることなく、自然に構えていた。よく見るとオーガは腕から血を流している。
オーガのすぐ傍に倒れている村人が一矢報いたのだろう。
「村長、シルティを守ってくれ」
「リューキ殿!」
「リューキさん!」
2人の声を無視して一気にオーガへと接近する柳季。オーガは迎え撃つべく構える。しかし、左腕はだらりとしたままだ。
オーガは雄叫びを上げながら腕を振るう。だが、柳季はそれを危なげなく躱すと、無防備になった胴へ掌底を入れる。
間髪入れずにオーガの左腕をとり、一本背負いの要領で地面に叩きつける。オーガは呻くが、柳季は攻撃の手を緩めない。
右腕を掴むと、飛び上がる勢いで右腕を何度も蹴りつける。オーガは更に苦悶の声を上げる。柳季は倒れたままになっているオーガの鳩尾を蹴り、一旦距離を取る。
「すっ凄い…」
「武器も使わずオーガの変異種を地に叩きつけるとは……」
柳季は内心で舌打ちをする。一見、柳季が圧倒しているが、その実オーガは大したダメージを受けていなかったのだ。
(ちっ。腕はへし折るどころか罅すら入って無いな。もう立ち上がってるし)
オーガは確かにそこまでダメージを負ってはいない。オーガはにやりと笑うと大口を開けた。
「ガア――――!」
衝撃波のようなものが周囲に広がる。だが、特に身体に異常は無い。柳季は不審に思いながらも再度距離を詰める。が―――
「(ぐあっ!)」
突然、見えない壁にぶつかったように後方に弾かれる柳季。受け身をとりながら素早く体制を立て直す。
(なるほど。不可視の攻撃か障壁ってとこか。それに、俺は声を出したのに聞こえなかった。これなら俺に気付かれずに村人を殺せる。空気に干渉するタイプだな)
柳季は村長とシルティを見ると2人とも、何かを喋っているが何も聞こえない。自らの仮説に信憑性が増した柳季は、念のためにと隠し持っていたナイフを取り出す。
(さぁてと。どうしたもんかねぇ。こっちには魂力は無いだろうから魔法か?対処が分からないのが痛いな。あ!)
柳季はオーガを警戒しながら村長とシルティの近くに移動する。村長は何かを伝えようとしているが、さっぱり分からない。
柳季は2人の手を引っ張ってオーガから離れる。当然オーガは追って来るが、村から出ると追って来なかった。
「あーあー。よし。これで話せるな」
「リューキ殿!なんて無茶をしたのじゃ!」
「そうです!いくらリューキさんが強くても無謀です!」
話せると分かると2人は柳季を責める。柳季としては、ちゃんとした理由があるようだが、説明するのが面倒らしく「まあまあ」と宥めるばかり。
「んなことより、あいつあいつ」
「変異種相手に無茶じゃ。応援を呼ばねば」
「応援が直ぐに来るならそれでもいいさ。でも、そんな直ぐは無理だろう?」
「それでもじゃ。変異種は例外なく魔法を使う。リューキ殿はまだ魔法の基礎も知らぬのに立ち向かうのは無理じゃ」
「それだよ村長。魔法。あいつは空気に干渉するタイプだ。幾つか確認したいんだけど、村長は魔法使える?」
「火属性を少し使えるが?」
「威力はどのくらい?」
「む〜家を半壊させるくらいかの」
いや、少しってレベルじゃねぇよ。やっぱり村長は強者だったな。
「シルティは?」
「使えない事もないですけど…水属性を少し…」
ん〜ならあれで行くか。勝率は7割ってとこだな。
「よし。あいつを倒す策がある。まず―――」
◆◆◆◆◆◆
3人はオーガに見つからないよう、こっそり家の裏からオーガの様子を伺っていた。
「いいか?さっき俺が言った通りにするんだぞ」
「でも…」
「覚悟を決めろシルティ。失敗したとしてもあいつは無事じゃ済まないし、俺達は逃げ切れる可能性が高い。そもそも、俺の見立てでは勝率は7割もある」
不安を拭いきれないのか、一度は納得したシルティはそれでも何か言いたげだ。逆に村長は覚悟を決め、静かに目を閉じている。
「よし。作戦開始」
柳季の声で先ずシルティが飛び出した。オーガがそれに気付き、豪腕を振るうが獣人特有の高い身体能力を生かして躱す。
柳季は、オーガがシルティの相手をしているのを確認すると、オーガの背後に回り込む。
「はっ!」
シルティは柳季から渡されたナイフでオーガを切りつけるも、傷を負わせる事が出来ない。
オーガはシルティから驚異が感じられないと分かると、明らかに手を抜いていたぶり出した。
「やっほ〜」
場違いに気の抜けた声と共に、柳季がオーガの後頭部に膝蹴りを放つ。不意打ちの一撃を喰らったオーガがよろけると同時に、シルティがオーガの顎に蹴りを入れる。
「村長!」
「【ファイヤーランス】!」
何時の間にか接近していた村長が炎の槍をオーガに放つ。直撃した瞬間、小さな爆発が起こり、ダメージと共にオーガの視界を一瞬奪う。
「シルティ!」
「【ウォーターボール】!」
「ガアッ!」
オーガが魔法を使う直前。シルティの放ったウォーターボールがオーガの顔に当たり、魔法がキャンセルされる。
(村長から聞いた通り。魔法は高い集中力が必要不可欠。なら発動直前に妨害して不発させる事が可能)
(こいつは俺達を舐めてた。なら、最初から魔法は使わない。予想外に相手が強かったり、てこずった時に魔法という切り札を使うのは必然)
「村長!」
「【ファイヤーブレイク】!!」
オーガが再び魔法を使おうと口を開いた瞬間を狙って、村長がオーガの口内目掛けて渾身の魔法を放つ。轟音と共に現れたオーガの姿は酷い有り様だった。
左腕は無くなり、右肩付近は黒く炭化している。顔は肉がほぼ無く頭蓋骨が露出しており、死体同然と言える。そんな状態でも生きているオーガの生命力にはある意味、尊敬の念を抱くに値する。
そこへ止めを指すべく柳季が接近する。オーガは立っているのが精一杯のようで動けない。
「お〜つかれさん!」
気の抜けた掛け声に反して柳季の攻撃はおぞましい物だった。
柳季は両手のナイフを投げる。ナイフはオーガの口内に突き刺さる。時間差でもう1本のナイフは眉間の位置に刺さる。
柳季は飛び上がり、口内に刺さったナイフに膝蹴りを入れると、オーガの肩を使って上へ跳ぶと、眉間に刺さっているナイフに踵落とし。深々と刺さったナイフを素早く抜くと、足や胴を蹴り上げてオーガを無理やり立たせる。
そして、オーガが前へ倒れるのを膝と首を蹴る事で防ぎ、後へ倒れそうになると背後に回り込み腰と首を蹴る事で防ぐ。倒れる事を許さぬ攻撃を延々と受け続けたオーガは既に事切れている。
それにも関わらず、柳季は攻撃を止めない。やがて―――
骨が砕ける鈍い音と共にオーガの首が落ちた。
その光景をシルティと村長は茫然と見ていた。2人は柳季がこのような事をする者には決して見えなかったからだ。
2人の全身から嫌な汗が噴き出し、本能が見てはいけないと警鐘を鳴らす。しかし、2人は柳季から目が離せない。今目を離せば自分も…という異様なまでの危機感を感じている。
何故かは分からない。分からないが2人はそういう状態になっていた。倒れたオーガを見ていた柳季がゆっくりと2人へ顔を向ける。
柳季は口の端を吊り上げ、笑みを浮かべていた。