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前章其の弐:秋の日のかざぐるま

秋になると田畑の脇には曼珠沙華が咲き乱れる。

それは、花の色に似たいかにも目に鮮やかな赤色をしていた。

風が吹くと、それに合わせてくるくると回る。

その様子が面白くて、あまりにも綺麗で。

「にいちゃん、にいちゃん」

みつは思わず田んぼの中に居る兄に声をかけてしまった。

兄は泥のついていない腕で額を拭う。そうしてみつの方に顔を向けてくれた。

「どうした? 」

「にいちゃん、あれなあに? 」

みつは田畑の向こう。

綺麗な服を着た大人に連れられている子供を指差した。

その手にはくるくると回っている玩具が握られている。

「ああ、かざぐるまだ」

「かざぐるま? 」

「紙で出来た玩具だよ。風で回るんだ」

「みつも、みつも欲しい」

みつは遠ざかっていくその子供を指差した。

しかし兄は首を横に振る。

「無理だよ。あれは紙でできてるから。おれたちにはとても手が出ない」

「たかいの?」

「うん」

「そっかあ……」

みつはしょんぼりと肩を落とした。

たかいのなら仕方がない。

それでもその回る様が見たくて、端っこの田んぼのふちまで走った。

田んぼのふちは小さなみつが遊んでもいいと言われている、ぎりぎりの範囲だ。

遠ざかっていく赤い綺麗なかざぐるま。

それを見ながら走っていると、ふいに柔らかいものに抱きとめられた。

「これこれ。よそを見ながら走るのは危ないよ」

「きくばあ」

みつはにっこりする。きく婆は村の道万おじのところのばあちゃんだった。

顔も手もしわしわで、背中もくっきりと折れ曲がっている。

歩くのもよたよたとしているけど、それでも小さいみつよりは余程しゃんとしていた。

みつはきく婆にしがみついた。そうしてきらきらとした目でその顔を見上げる。

「あのねあのね、かざぐるまがあったんだよ! 」

「ほう、かざぐるまかい」

みつは風車を持った子供を指差した。みつばあは細い目をさらに細めて其れを見る。

そうしてつぶやいた。

「本当だ。綺麗だねえ。おや…あれは隣村の万蔵じゃないか」

みつはへえ、と声をあげた。さすがきくばあ。何でも知っている。

「そうか……あそこはたくさんの土地持ちだからねえ。坊にも買ってやれるんだねえ……。きくばあにも金があればみつに買ってやれるのにねえ……」

きくばあが薄い眉を下げながらつぶやいたので、みつは慌てて首を横に振った。

「ううん、いい。みつはいらないよ。きくばあ、それよりも面白いおはなし聞かせて」

みつはきくばあのことが大好きだった。

いつもたくさんのお話を聞かせてくれるし、とてもとても優しかった。

きくばあは身体のあちこちが悪くてもう働けないらしい。

しかし少しでも家の足しになればと、痛む足をさすりながら野草を採って回っている。

みつはきくばあを見つけるとを犬の子のようについて回っていたから良く知っていた。

あざみ。きぼうし。なんてんはぎ。

しおで。かんぞう。にりんそう。

野草の名前や食べられる草の見分け方を教えてくれるのもきくばあだった。

「そうだ。きくばあはかざぐるまは持っていないけどよもぎをたくさん採ったんだよ」

「よもぎ? 」

「ああ、そうさね。ほれ。わけてあげるから持ってお帰り。弥彦坊は育ち盛りだからねえ。きっと喜ぶよ」

「本当?にいちゃん喜ぶ? 」

「本当さね」

嬉しそうなみつの顔を見て、きくばあの顔もほころんだ。

皺くちゃの顔がもっとしわしわになる。

「みつは本当に弥彦坊が好きなんだねえ」

「うん! みつね、にいちゃんだいすき」

みつはにこにこと頷いた。

「にいちゃんはね、おんぶしてくれるし、夜は一緒にねてくれるの。草笛も吹いてくれるの。怒ると怖いけどね、とってもやさしい。だからだいすき」

「うんうん」

「あとね、あとね……」

差し出されたしわしわの手を握って家路につきながら、みつは兄の好きなところを指折り数える。

ゆっくりゆっくり歩くきくばあに優しいにいちゃん。

もちろん、とうちゃんとかあちゃんも。


みつはくるりと振り返る。

しかしすぐに前を向くとにっこりとした。



かざぐるまはきれいだけど、べつにもういいや。

みつにはとうちゃんもかあちゃんも、きくばあもにいちゃんもいる。

だからもういいや。





「みつ。これ……」

次の日の朝のことだった。

寝起きでぽやんとしているみつの前に兄があるものを差し出した。

「あ、かざぐるま! 」

「……赤くないけどな」

弥彦はそういって苦く笑う。


それは笹の葉でできたかざぐるまだった。

芯の部分は竹。羽の部分は笹を器用に折り曲げて作られていた。

「本物じゃなくて、ごめんな」

みつはふるふると首を振った。

赤くないし、昨日みたものより不恰好。

それでもそれはたしかにかざぐるまだった。

兄はあくびをひとつする。

そうして眦をこすりながらみつに吹いて見ろよ、と言った。

みつは頷く。

思い切り息を吹きかけると、それはくるくると回り始めた。

「うわあ……」

やっぱり昨日みたものよりも綺麗じゃない。

それでも昨日のものよりもうんとうんと、素敵なかざぐるまだった。

「にいちゃん」

みつは再度あくびを噛み殺している兄へと抱きついた。

「にいちゃん。にいちゃん、ありがとう」

「うん」

「にいちゃん、みつね、にいちゃんだいすき! 」

「……うん」



くるりくるり。

かざぐるまは回る。



くるり、くるりと。




風は吹く。

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