とある喫茶店に篭城する彼女
とある都市のはずれで、僕は喫茶店を営んでいる。
お世辞にも大きいとか立派とかいえない、小さな喫茶店。席数は全部で14人席ほどしかないけど、小さいながらにも自分の城――
――――のハズだった。
いやね、事実は確かに今もそうなのだけど。
なんていうか。現状は喫茶店というのも首を傾げたいような状態になっている。
というのも。
「いい加減にあけろ!!!」
「嫌よ!!」
「佐和子が出した条件、ちゃんと守っただろ?」
「だって、まさか壮太が本当に優勝するなんて、夢にも思わなかったんだものー!」
「いいから、この扉を開けろー!」
とまあ……。
一人の女子高生の篭城に使われてしまっているわけである。
状況としては、このお城にふさわしい小さな扉は、背の低い女の子によって施錠されている。
彼女に鍵を渡したわけじゃない。内側からなら簡単に鍵を閉められる仕様なだけだ。
勝手に閉めて、内側から外に向けて叫んでいる女の子は、会話の内容から佐和子というらしい。小さな女の子で、近くのM高の制服に身を包んでいた。
対する扉の外側から、開城を叫んでいる男子も同じくM高の制服に身を包んでいる。少々まっちょ体質で、背も高くがっちりとしている。体育会系を前面に出した感じだ。名前は壮太だと思う。同じく会話からいって。
「いい加減にしないと、お店の人に迷惑だろー!?」
「いいのよ! このお店いつもお客なんて入っていないんだからー!」
壮太の正論に、女の子が答える。
そのとおりですよ! 切ないけどそれが真実だけど。問題はそこじゃないですからっ!!
その後、僕は二人というか、主に佐和子を説得し、扉の前での篭城を収め二人に店内へと入ってもらった。
佐和子は「嫌よ!」と言い続けたのだが、僕が仲介すると説得すると、しぶしぶと頷いた。
そうして僕の城は、ようやく僕のものへと帰ってきたわけなのだが……。
どうしよう。この二人。
僕はがっくりと肩をおろす。
実情そんなに状況は変わっていない。
「お前、約束破るつもりかよ? 奥までとは言ってない。ちょっとだけ、先っちょだけ入ればいいんだ」
「いやよ! 私の下半身のことも考えてよ!」
「別に大げさに言うほどのことじゃないだろ?」
「何よ! 壮太が小さければたいしたことないかもしれない。だけど。言いたくないけど、壮太は大きいじゃない」
と店内で大論争。
場所はカウンター席で僕の目の前。
そして入り口の目の前。
扉をあけて、すぐに閉めるお客様を見るたびに、なぜだろう。
悲しい気持ちになるんだ……。
「あの……。
女性に無理やりせまるのは、よくないと思いますよ?」
僕は二人の会話が途切れた時を狙って、進言を入れる。
二人だけで論争していても、終わりは見えそうになかった。
「オレも無理やりはよくないと思う。だから約束を、佐和子から“県大会”で優勝したらいいよ。って言質をとったんだ。だから、無理やりとは言わない!」
「だって。まさか本当に優勝するなんて思わなかったんだもの」
つまり、しつこく言い寄ってくるのに疲れた佐和子が、無理難題を押し付けた。
コレであきらめてくれるだろう。と思ったのだけど、壮太の執念が勝って難題をクリアしたというわけのようだった。
もともと願いをかなえるつもりのなかった佐和子としては「あんな約束は破棄よー!」となり。
壮太は「その為に頑張り続けたのだから、破棄されては困る」ということだ。
若いっていいなぁ。と、ついオヤジじみた考えを持ってしまう。
この年代の時は、思考が異性のことへと流れやすい。そして自分の感情が表にでて、相手の事を思いやれないものだ。
「それでも、佐和子さんこんなに嫌がっているじゃないですか」
ね? と微笑みかけると、壮太はしょんぼりとうな垂れる。
確かに佐和子は今も全力で嫌がっており、壮太が視線を向けるとキリリと頷いた。
「確かにいい気持ちになれるのは、オレだけかもしれない。佐和子にとっては辛いだけだもんな。ごめん。佐和子」
彼としても強要することに、少しの罪悪感はあったのかもしれない。
壮太はがっくりと肩を落とし、佐和子に謝った。
「壮太……」
佐和子もその謝罪をうけ、登っていた血が下がったようだった。
さっきまでのキツイ表情は一転し、申し訳ないような表情へと切り替わる。
これぞ、押してだめなら、引いてみろ。というやつだろうか。
先ほどまでの険悪な雰囲気は、徐々に収まっていく。
「そうだね。壮太、すごくがんばっていたもんね」
水の入ったグラスを握り締め、佐和子はポツリとつぶやく。
表情に、決意も入っている。
「決めたっ!」
コップの中の水を飲み干し、彼女はいきり立つ。
「確かに約束はしたわ。女、佐和子! 約束を果たします!!!」
「ほんとか!」
ぱぁぁぁぁ。と壮太の顔に笑顔が宿る。
これぞ青春。
だけどよかったのかなぁ。
僕は少し悩む。
炊きつけたつもりはないけれど、結果的にそうなってしまった。
コレで何か間違いが起きなければいいのだけど。
僕は何か言わなければと、考え込む。
でも他人であり、世代の違うおっさんだ。高校生に偉そうに意見をしても、聞き入れてくれるだろうか?
「場所はここでいいわよね?」
「えっ?」
佐和子の台詞に、僕はびっくりする。
「いやあの、さすがに家に帰ってゆっくりと……」
だめだだめだ。これじゃ、炊きつけで、容認したのと一緒の台詞じゃないか。
自分の台詞に後悔する。
でもこの店は喫茶店で、いちゃいちゃする場所じゃない。
「いいじゃない。客なんて誰一人、入ってこないじゃない」
今日誰もいないのは、君たちのせいですっ!!!!
なんていえない。
そもそも、普段から少ないのも真実。
「ちょっとあっちの席で、耳かきするぐらい許してよ」
「……耳かき?」
ぷぅ。と頬を膨らます佐和子。
僕は聞いた台詞に首をかしげ、聞き返した。
「約束って?」
「膝枕で耳かきだけど?」
「壮太の頭でかいから、足がしびれて嫌なのよ」
先って、耳かき棒の……?
僕は少々勘違いをしていたようだった。
っていうか、紛らわしい言い方すぎる!
「それでも、家でやってください!!!!」
二人を追い出し、脱力していすに座り込んだ。
最初から約束の内容聞けばよかった。
最近の若者は進んでいたり、変にシャイだったりしてよく分からない。
僕はもう、おっさんのくくりでいい。理解できなくてもいい。
ため息を大きく吐き出した。もう若い世代の考えは分からない。彼らは未知の生物すぎる。
そういえばコレどうしよう。
ふと思い出し、ポケットの中のボイスプレイヤーを取り出す。
ぽちと再生ボタンを押すと『先っちょだけ』とか『下半身』という単語を繰り出しながら口論をする二人の声が再生される。
何か起きても困ると、店内に招きいれてから、ずっと録音していたのだ。
まいっか。
消去せずに、もう一度ポケットに突っ込んだ。
今度あの二人がきたら、これを聞かせてやろう。
そんな仕返しを思いつき、そのときに起こりえる状況を想像して、ちょっとだけ笑った。