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DNA END

近未来のSFです。



年老いてすっかりと濁ってしまい、うっすらと黄色がかって霞んで見える私の視界の端に、一人の少年の姿が入ってきた。


「じいさん! 大丈夫か? 食べ物を持って来たぞ!」


少年は屈託のない笑顔を私に向ける。


「カイ、いつもすまないな」

「いいって、気にするなよ!」


少年カイは、そう言って浅黒いく焼けた顔からニッと白い歯を覗かせる。


カイは網に入った魚を、粗末なゴザが引いてあるだけの床に、ドサッと無造作に放り投げた。


彼がこの私の住んでいる洞窟にやって来なければ、私は魚など食べる事は出来ないだろう。


年老いた私は、もう海に入る事など出来ないのだから。


普段は洞窟の周りに生える草を食む生活だ。


「じいさん、ちょっと聞きたいんだけど……」

「何だい、カイ?」


私はカイの持って来てくれた魚を網から出して広げながら、膝を抱えて座るカイに視線を移した。


「母さんに危ないから行くなって言われていたんだけど、この間先人達の住んでいた場所に行ってみたんだ」

「カイ、母さんの言うとおりだ。確かにあそこは危ない。いつ瓦礫が崩れてくるかわからないぞ」


好奇心旺盛なまだ少年のカイには、あの瓦礫に埋まったような場所でも興味深々なのであろう。


あんな場所に、もう何も得るものはないというのに。


「でも、おもしろいモノを見つけたんだ!」

「何を見つけたんだ?」

「ちょっと待ってて、今持ってくる!」


カイは一気に顔を輝かせて、洞窟の外へと飛び出した。


私はカイのそんな様子を見ながら、ため息を漏らす。


「先人達の遺産か……」


私はポツリと独り言を呟きながら、自分がまだカイのように若かった頃に想いをはせた。



私が生まれたのは、もうかなり前だ。


自分の年を正確に数えてはいないので、はっきりと何歳かはもう忘れてしまった。


生まれたのは、シェルターと呼ばれる場所だ。


私はそこで生まれ育ち、そして教育というものを受けた。


先人達の文明社会が、成り立っていた時のように。


私が生まれる50年程前と、両親は言っていた。


私達人間は、すべての生命を凌駕するかのように栄え、この大地いっぱいに広がって住んでいたという。


そして、酷い戦争が起きてほとんどの人間が死んでしまった。


私が生まれた頃はシェルターの外の大地は汚染され、雑草が所々にポツンとしか生えない死んだ土地となっていた。


私は文明というものを知らない。


戦争も知らない。


ただ、知っていたのはシェルターと呼ばれる狭い閉ざされた世界だけだった。


だから、実際に私が生まれる以前に栄えていたという文明というモノがどういうモノなのか、私にもイメージが湧かない。


しかし両親は、私に色々な事を教えた。


人間の歴史、文字、色々な学問……


この不毛な大地で生きていくためには、すべて必要のない事ばかりを。


なぜ、そんな事ばかりを教えたのか。


両親がいない今となってはそれを確かめる術もないが、文明を築いたという先人達であった両親には、重要な事だったのだろう――



そんな生活にも、私が成人した頃、突然に終わりがきた。


シェルターの原子力エネルギーが切れたのだ。


シェルターの中でそのエネルギーに頼って食料を作り、確保していた私達は、たちまち飢えた。


そして、その頃一緒に住んでいたシェルターの人々と共に、生きてゆくために外の世界に出るしかなかった。


初めて実際に見る外の世界……


荒涼とした大地に、所々ポツリと雑草が生えるだけの、生きるモノの見当たらない、何もない世界……


仲間は、次々と死んでいった。


私がそれまで教えられた事は、この荒れた世界で生きていくためには、何一つ役に立たなかった。


所々に生える草を食みながら、生きてゆける土地を探し求めて、仲間たちと共に長い間放浪した。


そして、遂にこの世界を生き抜いていた人々を見つけたのだ。


しかし、長い放浪の果てにその人々と出会った時、仲間達はすべて死んで私一人になっていた。


その出会った人達の小さな村、それがカイ達の暮らす村だ。



その村に辿り着いた後、私は村の人々の情けを受け、カイが生まれたその村で暮らし始めた。


一緒に、必死で働いた。


食べていくために。


生きていくために。


そして、瞬く間に年月が過ぎ去り、年を取って働けなくなった私は村を追い出された。


口減らしというやつだ。


元々の村の者でもなく、役に立たなくなった私を、ただ食べさせるだけの余裕はこの村にはない。


そして、村を去って以来、私は村の近くの洞窟で余生を過ごしていたのだ。


ただ、死に逝くために。


カイはそんな私を憐れに思ったのだろう。


時折、そんな私を訪ねて来ては、自分の分け前の魚を持ってきてくれる、心優しい少年だ。



「じいさん、これだよ!」


カイが手に何かを持って、帰って来た。


ニコニコと笑う少年の手の中に、昔、私が慣れ親しんだモノが見えた。


「これは、一体何なの?」


少年の手にあったもの……


「これは、『本』というモノだ……」


ボロボロになり変色してはいたが、昔、シェルターにいた頃は毎日触れていたもの。


微かに震える手で本を開いてみたが、ボロボロになったその本の中の文字は、かすれていて読めない。


いや、確かに本の文字はかすれているが、一番の原因は私の年を取って濁ってしまった眼球が、その文字をもう認識する事が出来ないのだ。


「ふうん、何か役に立つものなの? じいさんは何でも物知りだから、これが何か知っているかと思って持ってきたんだ!」


カイが不思議そうな顔をして私に問う。


「これは、もう何にも役に立たないものだ……」


先人達のモノは、この世界では不要のモノだ。


この私が、一番良く知っている。


「じいさん……何で泣いてるの?」

「泣いてなんかいないさ……」


カイにそう言われて、そっと指先で自分の頬に触れる。


濡れる感触が、指先に伝わる。


「でも、これ何も役に立たないのかぁ。先人達って無駄な事ばかりしてたんだね」

「そうだな。その通りだな、カイ」


私はカイの持ってきた本を傍らに置き、彼の手を取り、その指をそっと握った。


指の付け根に、水かきが発達しているカイの手を――



私が放浪の果てに辿り着き、村の人々を初めて見た時、衝撃を受けた。


浅黒く変色して硬化した皮膚、手足の指の間には水かきがあり、そして、長い間海に潜っていられる驚きの肺活量。


荒れた大地だけでは足りない食料を海に求めた彼らは、短期間の内に荒れた環境に合う様に、身体を作り変えていたのだ。


先人達の姿を持った私とは、まるで違っていた。


しかし、そんな先人達の姿を持った私でも、素直に受け入れてくれた心優しき人々だ――




生命はどんな時でも、どんな環境でも生きようとするものだ。


先人達の知識も、道具も、身体も、新しい世界には不要のモノだったのだ。


古いモノに固執し、生きていく必要はひとつもない。


先人達と同じDNAを持った私も、この世界を生きてゆくには古きものは必要なかった。


古きものは滅び、新しく生きるものに世界は希望を与える。


カイの生きる喜びに煌めく瞳が、それを物語っている――



カイが村に戻って行った後、私は火を起こし、古き文明の遺産を赤く燃える炎の中に投げ入れた。


生で魚を食す彼らにとって、火すらも無用のものだ……


古きモノは、ただ黙って滅びればいい……



私も、同様だ。



私は年老いて黄色く濁った視界に入ってくる揺らめく炎の影を、自分の眼球に映らなくなるまで見つめ続けた。



DNAは、新しい世界を逞しく生きていく者達だけに、開かれたのだ。




【DNA END】



end。




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