ジョーカー
「さあ、どちらか選べよ」
俺の身体を貫くような鋭い視線を向けながら、きつい目つきの整った顔をした男は言った。
口元は笑っているのに、目の前にいる男の声はヤケに無機質な響きの声色だ。
しかし、その無機質な声は、俺の頭の中を突き刺さすような衝撃を伴って響いてくる。
俺の目の前にいる男の周りには何人かの男達が並んでいたが、やはりニヤリとした笑顔を浮かべて俺の事をジッと見つめていた。
狭い部屋、煙草の匂いが染みついた暗い小部屋で、俺は小さなテーブルに座らされ、きつい顔をした男達にぐるりと取り囲まれていた。
どうして、こんな事になったんだ?
こんな状態になった事に対しての疑問が頭の中を渦巻いて、思考はストップしているのと同じだ。
俺の額にはじっとりと油汗が浮かんで、身体は小刻みにカタカタと震え、グッと握り締めた手の中はグッショリと冷たい汗で濡れていた。
「なあ、早く選べよ……」
男の声が無機質なものから、少し怒りを含んだものに変わった。
俺は男に言われるがまま震える手をテーブルにゆっくりと乗せたが、その先に指を伸ばす事が出来ない。
~~~~~~~~~
どうして? どうして?
俺は目の前にいる男の妹と、ごく普通の交際をしていただけだ。
あいつから告白して来て、丁度彼女がいなかったからOKして……
デートして、手を繋いで、キスして、セックスして……
でも、彼女は大人しくて、話があんまり続かなくて……
一緒にいてもつまらないし、勿論セックスは淡白。
いくらこっちが頑張っても、声もろくに上げない。
三ヶ月ほど付き合ったが、面白みがなくて『好きな子が出来た』と、俺はあっさりと彼女に別れを告げた。
……なぁ、普通だろ?
高校生の付き合いとして、普通だろ?
よくある話だろ?
なぁ、高校生のお付き合いなんてこんなノリだよな?
そうだよな?
俺に振られた後、彼女は学校に来なくなった。
俺はあまり気にもしていなかったが、いつの間にか学校も辞めてしまったらしい。
そして暫く経ったある日の帰宅途中、突然黒塗りの外車が俺の前に止まり、この男達がいるこの小部屋へと無理矢理連れて来られたのだ。
男は別れた彼女の兄と名乗った。
男の話によると、彼女は学校を辞めた後、家に引き篭もり精神を病んでしまったと言うのだ。
俺の名前を毎日、部屋の中で一人、ぶつぶつと呟きながら。
そして俺は、この時初めて彼女がヤバい関係の家の娘だと言う事を知ったのだ。
『俺の可愛い妹に、なんて事をしてくれたんだ? ああ!』
『なめてんのか? このガキが!』
カッコいいと女達によく言われていた俺の顔は、鼻の骨はぐしゃりとひしゃげ、歯は折れて吹っ飛び、顔は赤黒く膨れ上がって、原形を留め無いほどに殴られた。
意識が今にもぶっ飛びそうになるほど散々痛めつけられて、俺はこのテーブルの前に無理矢理押さえつけられて座らされたのだ。
『――まだ足りねえ位だが、俺も鬼じゃねぇ……。お前に、自分の運命を選ばせてやる。さあ、選べよ……』
男はそう言うと、俺の前に二枚のカードを差し出した。
額からだらだらと流れる落ちて来る真っ赤な鮮血によって霞む視界で、そのカードはよく見えない。
~~~~~~~~~
「お前がこのジョーカーを引かなかったら、このまま無事に帰してやるよ。……さあ、選べよ」
男はカードをテーブルの上に裏返して並べると、俺に一枚のカードを選べと何度も迫る。
ニヤりとした笑みを、口の端だけに浮かべて。
俺は震える手をテーブルに乗せた後、男に促されて一枚のカードに指先をゆっくりと伸ばしていった。
多分、きっと二枚ともジョーカー。
どちらを選んだとしても、その先にあるのは俺の何も見えない明日。
細切れになって海にばら撒かれるか、山に捨てられるか――
【ジョーカー】
end。
ダークですね。
でも、こういう話が好きなのです。(笑)