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Sympathy ~共感


今日も俺は、あいつのいる病院にやって来た。


病室に入ると、ピ、ピっと無機質に響く心臓のモニターの音だけが規則正しく耳に入って来る。


そして、自力で呼吸が出来なくなってしまったあいつの代わりに、人口呼吸器が肺に強制的に酸素を送っている姿が目に入って来る。


身体中を管で繋がれたあいつの姿は、健康な頃の面影などまったくない。


力なく半開きになっている目からは、涙管に入りきらなかった涙が零れて、いくら拭いてやってもめやにがすぐにこびりつく。


風呂にも入れず、タオルで軽く拭いただけの身体からは拭ききれなかった人間の油の匂いがツンと漂い、排泄物の匂いと混ざって鼻腔を不快に刺激した。


整っていた顔は、生命を維持するために気管内に突っ込まれた管が簡単に外れないように、ベタベタする強力なテープによって固定されて見る影もない。


「和也……」


俺は震える指先でカサついた頬の皮膚をゆっくりと撫でる。


触れても、大声で声を掛けても、もう二度と目覚める事のない兄に向って。


「もう俺を、解放してくれ……」


俺は何度兄に掛けたか解らないセリフを、今日も病室で一人、物言わぬ兄に向って呟いた。




~~~~~~~~~~~



俺と和也は双子の兄弟。


一卵性の双子のため、容姿は勿論のこと、考え方や好みまで何から何までそっくりだった。


頭もそれなりに良く、容姿も整っっていた俺達兄弟は、双子と言う珍しさも手伝って、学生時代はひっきりなしに女が寄って来ていて、友達も沢山いた。


今思えば、その頃が一番幸せだった時期だった。


そんな俺達に転機が訪れたのは就職時、俺はそこそこの会社に入る事が出来たが、和也は内定していた会社が入社直前に潰れてしまったのだ。


その後も時季外れ、この不況下で和也の就職活動は上手くいかなかった。


反対に順調に職に就き、恋人も出来た俺。


和也は、荒れた。


時を同じくして生まれ、一緒に遊んで、学んで過ごしていたのに、何故俺だけ上手くいかないんだ……と、俺や家族に当たり散らすようになった和也。


そんな兄、和也の姿を見ていられなくて、俺は家を出て一人暮らしを始めた。


俺が家を出てから暫くして、和也も女の所に転がり込み家には帰って来なくなった。


ほとんど連絡を取らなかったので、あいつが何をしているか解らなかったが、ろくに働かずに女の所を転々としたいい加減な生活を送っていたらしい。



そんな日々を重ねて何年かが過ぎたある夏の夜、同僚と飲みに行った繁華街で、和也にバッタリと出くわした。


スーツを着込んで社会人としてキチッとした身なりをした俺と違って、和也はチンピラかヤクザかといった風貌に変わっていた。


もう、どう見ても双子の兄弟とは思えない程に。


和也は俺の姿を見つけて、一瞬だけ酷く驚いた顔をしたが、俺を睨みつけるように視線を送った後、声も掛けずに連れの女と立ち去って行った。



今までずっと、一緒に過ごしてきた双子の兄……。



心配していなかった訳ではない。


むしろ、兄に対して罪悪感を抱いていた位だ。


同じ環境に育ち、泣いて笑って一緒に過ごしてきたのに、まったく違う道を歩く事になってしまった。


ちょっとした、運命のいたずらで。


反対の立場だったら、きっと俺が和也と同じように荒れてしまったと思わざるを得ない。



それほど、俺達は似ていたのだ。



しかし、そんな和也に再会してから、俺の身体に突然異変が起こるようになった。


ぶつけた覚えもないのに、身体のあちこちに痣が出来る。


キリ傷のようなミミズ腫れが突然出来たり、痛みこそなかったが、身体に違和感を覚える事がしょっちゅう起こるようになったのだ。


医師に相談もして検査をしてみたが、身体自体は特に異常がない。


アレルギーにでもなったのかと、頻繁に起こるこんな現象にそのうち慣れてしまって、あまり気にする事も無くなっていった。



そして、和也と再会して半年ほど経ったある日の夜の事だ。


俺は背中の中央部分に、突然激しい痛みを覚えた。


切り裂かれて、身体の中をえぐり取られるような鋭い痛み。


傷がある訳ではないのに、背中が焼けつくように熱く痛み、部屋中を転げ回る。


「うおっ! 痛い! 痛い! 助けてくれ!」

「どうしたの? 哲也、大丈夫?」


一緒に夜を過ごしていた恋人が、あまりにも痛がる俺に驚いて病院へと連れて行ってくれた。



そして、次の日の朝、気がついた時には俺は病院の一室にいた。


その病院で、俺は今まで俺の身体に起きていた不思議な現象の理由を知る事になった。


「滝川和也さんのご家族の方ですね?」

「はい……」


同じ病院内の案内された集中治療室――


和也は変わり果てた姿で、ピクリとも動かずに沢山の管に繋がれた状態で、静かにベッドに横たわっていた。


和也は同居していた女に背中を刺され、虫の息でこの病院に運ばれて来たという。


出血多量で一旦は止まった和也の心臓。


その後なんとか蘇生に成功したが、脳にかなりのダメージを与え、和也はすでに生きた屍のような状態になっていた。



俺が背中に受けた痛みの衝撃、それは和也が刺された時刻と一致していた。



双子は不思議なシンパシーがあると聞いた事がある。


実際俺達も小さい頃は同じような所に傷を作ったりしていた。


あいつが身体の調子が悪い時は、何となく自分までおかしかった記憶もある。


きっと和也は、再会した時に俺と立場を変わりたいとでも思っただろうか。


今となっては、兄の気持ちを確かめる術はないが……。


俺は背中にズグンと重く響く痛みを感じながら、和也の何も言えなくなった顔をただ黙って見つめる事しか出来なかった。



それから何日も経っても、和也の意識は戻らず容態は悪くなる一方だった。


俺の身体の異変も、徐々に変わりつつある感覚に悩まされる日々が続く。


和也の背中にある刺し傷の痛みは勿論のこと、喉に突っ込まれた管の違和感。


ピリピリとする全身の痺れやの痛みに加えて、身体の中から腐っていくようなもどかしい感覚が全身を貫くように襲ってくる。


もう、気が狂いそうだ。


生きながら腐っていくような、この感覚。


いつまで続くんだ。


まるで、生き地獄だ。


自分の身体が受けている痛みではないというのに……。


この感覚に慣れる事など、一生掛かってもないだろう。


しかし和也の身体がこの先悪くなりこそすれ、回復する事はないのだ。


俺は和也が死ぬまで、ずっとこのおぞましい感覚に悩まされ無くてはならないのか。


いつ終わるか解らない恐怖が、俺の身体と精神をジワジワと蝕んでいく。


いや、和也がその生命の終わりを告げる時、きっと俺も一緒に死んでしまうのはないか。


時が経つにつれ、そんな考えが俺の頭を占めて毎日死の恐怖に怯える日々が続いた。


だから毎日病院へ来て、眠る和也の耳元で囁いた。



心の底から、俺を解放してくれ、と。



だが、そんな俺の願いは聞き届けられる事はない。


日々、俺の身体は痛みと痺れでいう事を利かなくなってきている。


最近では身体中の関節がきしみ、手足も鉛のように重い。


「もう、許してくれ、和也…。俺を解放してくれないのなら、俺がお前を解放してやるよ…」


すでに限界を超えて耐えきれなくなっていた俺は、和也の喉元に近付くと、彼の命を支えている人工呼吸器の接続部に手を掛けた。


和也の息が止まって、自分も一緒に死ぬかも知れないが、こんな生き地獄はもう耐える事が出来ない。


そして、俺が泣きながら呼吸器に手を掛けると、規則正しく音を立てていたモニターの音が、急に緊急のアラームを鳴らし出した。


「な、何だ?」


俺はまだ兄の呼吸器の接続を外していない!


モニターに視線を慌てて向けると、和也の心臓の動きを見張っていたモニターは、徐々に心拍が下がって和也の命の危険がある事をけたたましく知らせていた。


心臓モニターは更に波形を変えて、激しい波を打つものに変わっている。


「グッ!」


それと同時に、自分の身体にも新たな異変が生じる。


胸が締め付けられるように痛み、呼吸が出来ない。


それにつれて、俺の意識が段々と遠ざかっていく。


遠ざかる意識の向こうで、モニターを見て兄の容体の急変に気が付いたであろうスタッフの慌ただしい足音と話し声が近付いて来るのが分かった。


俺の身体はそんな騒がしい音を薄く捉えながら、徐々に床に崩れ落ちて行く。


きっと俺の命も、兄の和也と共に終わってしまうのだろう。


自分の身体を襲う激しい痛みに、幾分諦めにも似た気持ちが走ると、俺は意識を失った。




「ここは?」


目覚めると、病室のベッドの上だった。


自分の手をまだ霞む自分の視界にかざして見た。


まだ微かに指先が震えていたが、あれほど俺を悩ませていた酷い痛みと痺れがすっかりと感じられなくなっている。


俺はゆっくりと身体を起こすと、ベッドサイドで心配そうに俺を覗き込んでいた恋人の姿が目に入ってきた。


「良かった……気がついたのね。大丈夫? 哲也」

「ああ、もう大丈夫だよ」


そして、俺は自分の身体に感じていた痛みがすっかりと無くなった理由をはっきりと知る事になった。


「お兄さんが、亡くなったわ……」





~~~~~~~~~~~



今日は葬式、和也に最後の別れを告げる日だ。


和也には悪いが、あの痛みと身体の違和感から解放されて気分は晴れ晴れだ。


もう俺は、あの生き地獄のような苦しみを和也から受ける事はない。


しかし、棺桶に横たわる変わり果てた和也の姿を見ると、複雑な気分になった。


自分とそっくりな双子の兄弟の死体……


一歩間違っていれば、自分がここにこうして横たわっていたのだ。


ブルッと一回身震いをして、永遠の眠りについた兄、和也を見送った。


その後、火葬場に着いて更にお別れをした後、和也が入っている棺桶が静かに焼き場に入って行った。


俺はその場を離れて、外に出て煙草を一服する。


すべてに解放された想いが広がって、俺は煙突から流れ出てくる和也を燃やしている白煙をぼんやりと眺めていた。



漸く、すべてが終わったんだ……



しばらく空を見上げてぼうっとしていると、通夜からずっと一緒にいてくれた俺の恋人が、待合室から出て来て俺の傍にやって来た。


「双子の兄弟が亡くなったのに、あなた結構あっさりしているのね」

「そうかな?」

「うん、式の最中、何か嬉しそうにしていた時もあったから」


眉を歪め、神妙な顔をしてたずねる彼女。


でも、彼女の言う通りだ。


確かに兄弟を失った悲しみの感情よりも、開放感の方が強かった。


だって、あの死にそうな痛みの感覚から解放されて、しかも俺はまだ生きているのだから。


「ハハ、そんな風に見えたかな? これでも結構ショックなんだぜ」

「そうなの?」

「それより、今日はこの後俺の部屋に来るだろ?」

「……哲也、あなたそれはちょっと不謹慎なんじゃない?」


俺は彼女に近寄って、そっとその華奢な身体を抱き締める。


……喪服って、そそる。


長い髪を綺麗にまとめてアップした髪型から見える綺麗なうなじ、身体のラインが強調された黒い衣装を見ているだけで興奮が高まる。


現金なもので、すっかり身体が元に戻ると性欲まであっという間に回復する。


彼女の身体を抱きしめて、俺は彼女の首筋に唇を寄せていく。


軽いキスを首筋に繰り返しながら、徐々に彼女の顔へと近付いて行った。



そして、彼女の唇に自分の唇を重ねようとした瞬間、俺の身体にとんでもない衝撃が走った。



「いやね、哲也ったら……。ちょ、ちょっと、どうしたの! 哲也、哲也!」






熱い!


熱い!


熱い! アツイ!



痛い!


痛い! イタイ!



助けて!


助けて! タスケテ!



自分の身体が直接燃えている訳ではないのに、骨の髄までまで焼け付くすような熱さと痛みが、突然俺の身体全体に襲ってきた。



熱さと痛みに地面を転げ回って、自分の身体を掻きむしる。



薄れゆく意識の中で、兄、和也が今まさに棺桶ごと焼かれているビジョンが目の前に浮かんで来た。


高温の真っ赤な炎に包まれて、ペキペキと音を立ててしなる棺桶。


その中で焼け焦げて黒ずんでゆく、俺の双子の兄、和也。



『一緒に、逝こうぜ。哲也』



きっとこの終わらぬ縁は、黄泉路の果てまで兄と一緒に続いていたのだ。




俺は薄れゆく意識の中で、傍で兄が笑っている声が聞こえた気がした――




【Sympathy~共感】



end。




双子の共感というのは、実際にあるみたいですね。


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