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花卑裸 - hanabira -

作者: 雪野鈴竜
掲載日:2025/11/22

「──私ね、小さい頃……何処の神社だったかな? 神様にお願いしたんだよね。」

 女性は二つのマグカップに設置されたドリップコーヒーに沸いた湯を少しずつ淹れながら、ソファーに座りスマートフォンを弄る男性に話し始める。男性は女性の職場の先輩で、よく女性が悩んでいる時に、相談に乗ってくれるのだ。

 現在──午後21時47分、仕事帰りに急に雨が降ってしまい、女性の家が丁度近かったので上がらせて貰ったのだ。雨はその内止むとの事なので、一晩は泊まらないつもりだ。男性はスマートフォンで他の女性とやり取りをしながら「そうなの?」と相槌を返す。

「うん。そのお願いは……“人の感情が読めるようになりたい”だった。……でね、数年後に私はある能力を授かった。」

「ほう」

 クリープをコーヒーに入れ、ティースプーンで掻き混ぜる。男性の前にコトリと小さな音を立てて置き、向かい合わせの席に座ると話を続けた。

「私に対し、ある一定の感情が高まった状態になった相手が私に触れられると……“花弁になって消滅する”の。」

 男性はタハハッ! と笑い出した。きっと、普段ジョークなんて言わない女性が急にそんなファンタジーな事を口に出したものだから、それ程面白みがなかったとしても、自分に対し心を開いてくれている証拠だと感じたのだろう。気分は悪くないので反応は返す。

 女性は口元をニッとさせたまま、目の前の男性をただただ見つめていた。男性は女性が自分に気でもあるのかと内心勘ぐりながらも、その気はなくてもやはり気分は悪くはなかったのか、鼻で息をゆっくりと吐いた。

 女性はコーヒーを一口飲んだ後、カップの中で揺れるコーヒーを見つめながら、まだ話を続けた。

「──中学生の頃、私は一人の男子とライブに遊びに行ったの。」

 その男子とは幼馴染で、共通で好きな物が被っていた。純粋にそのバンドが好きだったから、二人で観に行った。それだけ…………でも、友人の一人は違った。その友人は女子で、その子はその男子に恋情を抱いていた。

 気分は良くないよね。気になる男子が他の女子と二人で外出しているんだから、不安だし、思春期だからいつどうなって付き合うかもわからない。……女子は、女性に対しその内地味な嫌味を言うようになった。

 普段は仲良く振舞ってくるけれど、態度でなんとなくわかるものだ……些細な事でも、その態度や空気はどうしても滲み出てしまう。

「その子が私の家に遊びに来たの。……それで、一緒に小学生の頃の卒業アルバムを広げながら、思い出を語っていた……そしたら、」

 本当に、本当に少しだった……ちょんって自分の肩がその女子の肩にぶつかった途端──気配と声がスッと消えた。

…………隣を見たら、座布団の上には“セキチク”の花弁だけが散らばっていた。

「どういう意味なの?」

「とてもシンプルだよ……意味は“あなたが嫌いです”とかじゃなかったかな?」

 ただの偶然だと初めは思った……驚く事に、花弁となった人物は存在そのものが抹消されるらしく、女子の存在は誰もその後覚えていないし、持ってきていた女子のバッグやら携帯も消えていた。……卒業アルバムからも、女子は消えていた。

 それから数年後──女性は段々と様子のおかしくなっていく父親に恐怖を抱き始めていた。小さい頃から違和感はあった……元々男手ひとつで育てられた女性、母親は蒸発しており、父親は時々女性に対し急に切れる時はあった。

 高校に入って大分わかった……何故父親が自分に対し嫌悪感を抱いているのか、今まで聞いてきた暴言の中のキーワードを一つ一つ揃えて、漸く把握した。

 母親は……子供ができた途端に家を出て行ったらしい。理由は──“男が逃げるから”だった。母親は男遊びが好きで、父親は本気で母親が大好きだったけれど……嫌々同棲していた母親は、子供を置いて消えたのだという。子供がいれば男が逃げるからだ。

 母親は──女性と瓜二つなのだという。成長する度に、日に日に鏡写しのようだと。……女性はなんだか申し訳なくなって、励ましたくて父親の背中を撫でようと触れた──すると、また気配と声がスッと消えたのだ。

…………父親が座っていたソファーを見たら、そこには“スノードロップ”の花弁だけが散らばっていた。

「その花は?」

「“あなたの死を望みます”……父親も限界だったんだね。」

 女性はソファーから立ち上がって、男性の隣へ行った。

「私は父親の存在が居なくなった後、父親の代わりに養子として引き取った老夫婦に今まで育てられたという事に塗り替えられていた。」

 男性の隣に座り、淡々と話し終えると……男性の顔を見る。

「神様はなんで、こんな能力を授けたんだろう。」

 人の感情が読めるようになりたい”──そう願ったのは自分自身だった。人に寄っては不憫だと思う者もいるだろう。しかし……女性は自分を不憫だとは最近思っていない。数年前までは怖かった……大切な人がもしできたとして、ちょっとした出来事で触れてしまって目の前で消えたら……と。

 けれど、人間なんて基本自分の事しか考えていない生き物だと女性は達観し始めていた。恋愛でもなんでも、どんなに気を遣っても切り捨てられる時が殆どだし、数年前は元恋人にお土産を渡しても、誕生日プレゼントを渡しても、それを当たり前だと思っているのか、お礼なんて一度も言われなかった。

 元友人も、あれだけ“ずっと友達”、“大事な友人は守りたい”だの言っていたのに、信頼して打ち明けた言わないで欲しい事を、初めは“誰にも言わない。言えるわけない。”と言っていたのに、結局周りに言いふらされた。その挙句に、“アンタのためを思ってやった”と言われた。……意味がわからなかった。ただの愉快犯だった。

 人なんてあまり信用出来ない私にとっては、この能力は丁度良いのかもしれない。後に害を及ぼす相手に触れれば、その相手は存在ごと抹消できるのだ。つまり……女性自身は傷付かず、さらに相手の自分へ抱いていた感情も知れるという事だ。

 悲しみより、納得できる気持ちの方が大きい。嫌悪を抱かれている時点で、どんなに頑張っても分かり合えないのが殆どだ。嫌いなものは嫌い、無理に仲良くしようとしても靄が深まっていくだけだ。気分は良くない。

……そこまで聞いた男性は、女性の話に飽きたのか「ねぇ、やっぱり泊まらせてくれない? 一晩さ」と、スマートフォンをテーブルに置いた後に言い出してきた。「いいよ」と女性がくすくすと笑う。

「俺はさ、嫌じゃないからお前の話をこうして聞いてるわけだし」

「うん」

 笑みを浮かべたまま、男性の顔を見つめる。

「もし、お前が依存したい相手を欲しいなら……いくらでもなるけど」

 男性が女性の肩を抱く、女性は男性の手に目線を向け、くすくすとまた笑いが零れながら「“一晩”……ねぇ?」と意味深に漏らす。

 女性は……男性に最後にどういう言葉を聞かせてやろうかと脳内で考えている。そして一言だけ「ごめんね。」とだけ告げる事にした。理由はどうであれ、男性は今まで自分の悩みを聞いてくれたからだ。助かったのは事実。

 男性は何故謝られたのかはわからなかったが、まぁこの様子ならいけるだろうと、女性をソファーにゆっくりと寝かせる。

 女性はにんまりと笑みを浮かべて…………男性の頬に左手で触れた。

「…………なるほど、ね。」

 室内には女性が一人、横になる彼女の体の上には──“黄色のカーネーション”と“リムナンテス”の花弁が入り交じって散らばっていた。

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