今日も彼女たちがご機嫌な理由
――好きの数だけ、強くなる。
『今日も彼女たちがご機嫌な理由』/未来屋 環
「はぁ……」
情けない声と共にため息を吐き出した。
きっと周囲からは俺の纏う暗いオーラが見えているに違いない。
客先での会議の結果、更に納期を縮められた。
価格も値切られ利益ギリギリな上にこの体たらく。
会社に戻れば上司に詰められ、工場からは突上げを食らうのが目に見えている。
どんよりした空気を背負ったまま電車に力なく足を踏み入れた。
平日の昼下がりということもあり、車内はガラガラだ。
――このままどこか遠くに行けたらいいのに。
シートに腰を下ろしてそんなことを考えていると、不意に「ミルフィーユ!」という声が耳に飛び込んでくる。
我に返ってふと前を見ると、向かいの席に女子高生がふたり座っていた。
「ゆ……USJ」
「J……えっ、『え』でもいい?」
「いいよ」
「え……えなぴ!」
「ピュレグミ」
どうやらしりとりをしているようだ。
「えーっと……ふふ、ミセス!」
「来ると思った。スミス」
「スミスって何だっけ」
「おばあちゃん家のねこの名前」
「マジかー」
……そういうのアリなんだ。
なんとなく気になって聞き耳を立ててしまう。
「うーん、じゃあ菅田将暉?」
「おっ、渋い」
えっ、菅田将暉って渋いの?
彼より10は上であろう俺は思わずどきりとした。
そんな立派なおっさんの胸中など無視してふたりのしりとりは続く。
「じゃあ『き』ね、キミコのママ」
「えっ、マナミにそんなこと言われたらうちのママ喜んじゃうよ」
「いいからほら、『ま』」
「えっとー、マジョマジョのアイシャドウ」
「うさぎのしっぽ」
「なにそれ」
「かわいくない? フワフワしてて」
「確かに。えっと、ぽ……ポケポケのラフレシア」
「そういえばデッキに入れてたね。じゃあ、赤のハイヒール」
「マナミ赤似合うもんね! る……ルセラ、ルセラのカズハ!」
「私はサクラ派かなー。『は』でいい? 原宿で買ったパジャマ」
更に何でもありの様相を呈してきている。
それにしても、ふたりとも楽しそうだ。
答えを考える時は悩ましい表情だが、言葉を発する時はニコニコしている。
――そして、その戦いは突然終わった。
「ま……マーラータン……あっ! 負けたー」
「マーラータンうまいよねー」
「ほんとクセになるっていうか。私毎週食べてる」
マーラータン……気になって調べてみる。
――これか、麻辣湯。
要は麻辣スープに入った春雨ヌードルのことらしい。
具材は青梗菜、もやし、れんこん、ブロッコリーやミニトマトといった様々な野菜、キクラゲやえのきなどのきのこ類、海老のすり身に豚肉、水餃子が入っているものもあるようだ。
スープは単に辛いだけでなく薬膳も入っているとか……身体に良さそうで心惹かれる。
その間もふたりは楽しそうに話しては笑い合っている。
しかし、そのあとの台詞は俺の想定外のものだった。
「マナミありがとー。決めた! あの浮気男とは別れる!!」
「うん、あんな男やめなよ。キミコにはもっといい相手絶対いるから。てかおなか空いたし、マーラータン食べ行こ」
「行こ行こ、やっぱポジティブしりとりいいね」
「好きなもの口にするとアガるわ」
……ポジティブしりとり?
初めて聞く単語だ。
彼女たちの会話を踏まえれば、好きなものだけで行われるしりとりのことなのだろう、きっと。
羅列されたものたちを思い返し微笑ましい気持ちになるとともに、俺はなんだか目の前が拓けたような気分になった。
毎日楽しそうな女子高生たちにも様々な悩みがあり、彼女たちは彼女たちなりに日々を生き抜くための工夫をしているのだ。
――試しに俺もやってみるか。
しりとり。
り、り……リバプールの遠藤。
う……えっと、宇宙兄弟。
い、い……一眼レフ。
ふ、ファミチキ。
――北川景子!
確かに好きなもののことを考えるだけで、なんだか楽しい気持ちになってきた。
ポジティブしりとり、いいかも知れない。
会社の最寄り駅に着くと、俺は少しだけ軽くなった足取りで電車を降りる。
食べ損なった昼飯はマーラータンにしよう――そんなことを思いながら。
(了)
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
最近季節の変わり目だからか元気ない方がちらほらいらっしゃるので(自分も含めてですが(´・ω・`))、少しでも元気が出るようこんな作品を書いてみました。
ポジティブ大事!(`・ω・´)
お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。