第18話 炎上 -弥生と紫黄里- その3
小屋に攻め込んだ部下が一掃されたポラリスは、一度部下たちに待機を指示すると、状況を考え始めた。
「ふむ…敵は遠距離戦を得意とするふたりか…ヤヨイとシオリとか言ったか…?それにしても、もっと敵を釣れると思っていたが…とにかく今は数を減らす方が先か…者ども、攻撃を…」
ポラリスが声を上げようとした瞬間、小屋の窓から何かが転がってくる。ポラリスが嫌な予感を覚えたその直後、「何か」は爆発し、周囲に強い光と、甲高い爆音を響かせた。(閃光手榴弾…)
ポラリスはそれに気付くと、その場で目を覆う。直後、閃光手榴弾は爆発し、強い光と甲高い音が辺りを包んだ。
悪魔たちが怯む中、平然としていたポラリスは、すぐに目から腕を離して様子を確認する。すると、小屋の中にいる弥生の銃口が、ポラリスを捉えていた。
銃弾が悪魔たちの間をすり抜け、ポラリスの眉間へと飛んでくる。
しかし、ポラリスは少し首を捻ると、あっさりとその銃弾をかわした。
「ふん…」
「外した…!」
一方、小屋の中にいた弥生は、狙い澄ました一撃が当たらなかったことに歯噛みする。ムキになった弥生は、すぐさま弾薬を排莢すると、もう一度ポラリスに狙いを定めて引き金を引く。だが、次の銃弾も、ポラリスはあっさりと回避した。
(普通にやっても当たらないのか…!)
「弥生さん!こっち側の窓、塞ぎました!」
拳を握りしめる弥生の背後から、紫黄里の声がする。弥生が振り向くと、テーブルの木材を利用して、紫黄里が片方の窓を塞ぎ終えていた。
「お!ありがとう!こっちも奴を倒さないと…!」
弥生はそう言って改めてポラリスに狙いを付ける。瞬間、ポラリスが声を張った。
「総員、盾を展開!隠れながら包囲を狭め、一点集中で押し込め!」
悪魔たちはポラリスの声に呼応するように、背後の悪魔から正面の悪魔に向けて盾を渡していき、正面の悪魔が盾を展開する。悪魔たちの体は、弥生たちから見てちょうど盾の陰に隠れていた。
弥生はすぐさま盾に向けて銃撃する。しかし、盾は簡単に弥生の銃弾を弾いた。
「嘘っ!?銃が効かない…!」
「よし、このまま隊列を維持して進め!」
弥生が動揺するのも気にせず、ポラリスは号令をかける。弥生は慌てて銃撃をするが、銃弾はやはり盾に弾かれていく。
「これじゃ…負けちゃうよ…!」
弥生は目の前の状況を見て小さく呟く。紫黄里もそんな光景を見て動けずにいたが、何かに気づくと、弓を窓の外に向けた。
「下がっててください!」
紫黄里はそう言うと、弓を窓の外、ちょうど悪魔たちが進む進路上の地面に向け、弓矢を放つ。
弓矢は地面に直撃したかと思うと、紫色の液体が地面に広がる。構わず悪魔たちはその液体を踏みしめ、歩き寄っていた。
「や、やっぱり、効かなかった…!」
「紫黄里ちゃん、今のは何!?」
「えっと、その…」
「アギャァアア!!」
紫黄里が動揺していると、紫色の液体を踏んだ盾持ちの悪魔たちが次々と倒れていく。その様子を見て、ポラリスは即座に命令した。
「進軍停止!あれは毒だ!決して触れるな!盾を再展開!指示があるまで待機!」
ポラリスの声に従い、悪魔たちはすでに倒れた悪魔たちを無視して新たに隊列を組み直し、先頭が盾を展開する。しかし、目の前に広がる紫の液体を避けて進むのは困難でありそうだった。
「なるほど…西は毒沼、東は封鎖。南の入り口にはトラップが仕掛けられていて迂闊に手は出せない、か…『星霊隊』、やはり侮れないな」
ポラリスは目の前の状況を冷静に分析して呟く。すぐに彼は号令をかけた。
「次の作戦に移行する!」
一方の弥生と紫黄里は、開いている唯一の窓から悪魔軍の様子を見張っていた。紫黄里が作った毒沼の影響もあり、悪魔軍は盾を展開するだけで動こうとしない。かと言っても、弥生と紫黄里の方も、敵に対する有効な攻撃を持っておらず、ただ睨み合いが続いていた。
「にしても、紫黄里ちゃん、すごいね。あんな能力持ってたなんて、私、知らなかったよ!私1人だったら今頃死んでるね!」
弥生は明るく紫黄里に切り出す。紫黄里は、その言葉に俯いて首を横に振った。
「そ、そんなこと、ないです…なんか一か八かやったら上手くいっただけですし…そもそも、弥生さん1人だったら、こんなことになってなかったはずですし…」
紫黄里はそう言うと、弥生の方に向き直った。
「弥生さん、本当にごめんなさい…!私のせいで、こんなことに巻き込んじゃって…!本当にごめんなさい…!」
紫黄里は深々と頭を下げる。弥生はそれを見ると、少し目を見開いて微笑んだ。
「気にしなくていいよー。ついてきたのは私だしねー。でもさ、ここに来るまですごく焦ってたじゃない?あれはなんでー?」
弥生はライフルを窓の外に向けて、周囲を警戒しながら尋ねる。紫黄里は弥生の言葉を聞くと、また小さく俯いた。
「…周りのみんなが活躍してるのに…私、全然何もできてなくて…だから、何かしなくちゃと思って…そうしなきゃ、みんなに忘れられちゃうって思って…!」
「そんな目立つ黒い羽、誰も忘れないよー」
「そんなことないんです!…少し、自分語りしてもいいですか…?」
「まぁ、今なら敵も動かないと思うし、いいよ。おしゃべりしながら、少しでも気軽に明るくいこ!」
弥生は相変わらず周囲を警戒しながら紫黄里に言う。紫黄里も弓を構えながら話し始めた。
「…私の家、大家族なんです。私含めて10人きょうだいで、私は上から4番目の次女…地味だから、いつもみんなで旅行とか行こうものなら置いていかれたり、忘れられたりしてました…学校に立て篭もってた時もそうです…誰からも忘れ去られて、助けなんて来ないと思ってた…!」
紫黄里の言葉を、弥生は何も言わずに受け止め、ライフルを握る手を強める。紫黄里はそのまま話し続けた。
「助けられて、やっと霊力で役に立てると思ったら…私よりすごい人たちばっかりで…このままじゃ、恩も返せないまま忘れられて…私がここにいる意味すら疑われちゃう…そう思ったら…焦っちゃって…」
紫黄里はそう言って弓を握る手を強め、俯く。そんな紫黄里を見て、弥生は小さく微笑んだ。
「そうだったんだね。うーん、正直、忘れられるとか、置いていかれるとか、そういう感覚は私にはわかんないけど、わかったよ。寂しかったんでしょ?」
弥生が尋ねると、紫黄里は俯いたまま頷く。それを見た弥生は、小さく微笑んだ。
「じゃあ、少しわかる。私も寂しかった時はあるから」
「…え?弥生さんが?いつもみんなと楽しそうに話してるのに?」
「いやいや、今はすっごく楽しいよ。でも、お父さんがいなくなってしばらくは、ほとんど動物とばっかり話してたから、友達欲しいなぁって思ってた時もあるよ」
弥生が平然と語る言葉に、紫黄里は驚きを隠し切れなかった。
「お父さんが…いない?」
「うん。まぁお母さんもいなかったけど。お父さんは子どもの時まではいたんだけど、もうだいぶ前にいなくなっちゃって。それから明宵ちゃんと知り合うまでは1人だったなぁ。だから、紫黄里ちゃんみたいに家族がたくさんいるの、すっごい羨ましいし、今こうやってたくさんの仲間がいるのが、すごく楽しいよ!」
「でも、その中で…忘れられちゃったら…」
「忘れないよう!みんな友達でしょ?」
弥生は笑顔のまま平然と言い切る。そんな弥生の笑顔に、紫黄里は感極まって言葉を失った。
「弥生さん…!」
「友達のことを忘れることなんてないよ!だから、今結構ヤバい状況だけど、きっとみんな助けに来てくれる!私はそう信じてるよ!」
「…はい!私もそう、信じます!」
弥生に言われると、紫黄里は力強く頷き返す。弥生も紫黄里に微笑み返すと、弥生は改めて敵の隊列に向けてライフルを構えた。
「じゃあ、ここもみんなが来るまで耐え抜こう!って言っても、ここまで全然敵に動きがないけど…」
「…弥生さん、何か、匂いませんか?」
紫黄里は弥生に対して尋ねる。弥生はそう言われると、鼻を利かせた。
「確かにー。焚き火みたいな、いい匂い~」
「よくないですよ!こ、これ、私たちの小屋が燃やされてるんじゃ…!」
「えっ!?」
「見張っててください!」
紫黄里に言われた弥生は、窓の外を警戒し続ける。その間に、紫黄里はさきほど塞いだ窓の方へと駆け寄り、窓を塞いでいた板を剥ぎ取る。
そして窓枠から身を乗り出し、左右を見回した。
「!!や、弥生さん!火が、火が付いてる!!」
「嘘でしょ…!?」
紫黄里の絶叫に、弥生もすぐに窓枠に駆け寄って様子を見ようとする。しかし、その窓枠の向こう側から、悪魔の大軍が迫ってきているのが見えた。
「敵を抑えなきゃ…これじゃ火なんて消せない…!」
「でも、火が大きくなってきてます!!敵を倒してたら、間に合わなくなりますよ!?」
「ううーん…!こんなの、どうやっても…!」




