第2話 異世界からの転移者
前回までのあらすじ
悪魔軍最強の剣士である東雲幸紀は、悪魔軍を裏切り、悪魔を皆殺しにする旅を始める。その途中で悪魔に襲われていた日菜子、四葉という2人の女性を助け出し、3人は道中を共にすることに。
次の目的地である地下鉄を目指す3人の前に、空から女性が降ってくる。3人に助けられたこの女性は、何やら様子がおかしいようで…?
6月18日 12:30
「う、嘘ぉ!?オレ、オレ、女になってる!!?」
幸紀、日菜子、四葉の3人の前に立つ、長身でスタイルのいい、明るい水色の短髪の女性が、日菜子のスマホに映る自分の姿を見て声を上げる。
幸紀が冷ややかな目でその様子を見ていると、日菜子がその女性に声をかけた。
「あのー…あなたは?」
日菜子に尋ねられたその女性は、未だに落ち着かない様子で話し始めた。
「オレは、鳴神晴夏…東京の高校に通ってる、普通の2年生男子だよ。あ、いや、今は女子なのか…」
「トーキョー?えっと…どこ?」
晴夏の言葉に、日菜子が尋ねる。四葉が首を傾げ、幸紀が黙り込んでいると、晴夏は思わず声を大きくした。
「東京だよ!新宿とか、品川とか、渋谷とかさ!こんな感じでビルがたくさんある…」
晴夏はそう言って辺りを見る。その時、彼女は、街に立ち並ぶビルのほとんどの窓が破壊され、そもそも道路は混乱してぶつかり合った車で塞がれ、炎上しているという、異様な光景に気がついた。
「嘘だろ…なんだよこれ…!?」
「あなたがどんなところから来たのかはわかりませんが、少なくとも、ここはアカツキ、という国の、飛岡県、千年町というところです。そして…この街は悪魔の襲撃を受けて、壊滅状態になりました…」
言葉を失う晴夏に対し、四葉は静かに語る。晴夏は、四葉の言葉の一部を尋ね返した。
「悪魔…?なんだそれ?」
「私たちもどういう存在なのかはよくわかってないの。でも、ここに住む世界の人々を苦しめる存在なのは間違いないんだ。だから、私たち3人は、悪魔を倒すための旅をしてるところなの」
日菜子は晴夏に言う。晴夏は日菜子の話を聞くと、少し俯き、小さく呟いた。
「オレ…もしかして…異世界に来ちゃったんじゃ…」
「おそらくそうだろう」
晴夏の呟きに、幸紀が同意する。晴夏が顔を上げると、幸紀は表情を変えないまま話し始めた。
「悪魔軍は以前から多くの世界への侵攻をおこなっていた。神出鬼没の攻勢も、異世界を移動する技術の応用と言われていて…」
幸紀が話していると、その空気感を遮るように、誰かの腹の音が聞こえてくる。幸紀が晴夏を見つめると、晴夏は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、大変申し訳ない…お腹が空いてまして…へへ」
「…仕方ない。腹ごしらえだ」
幸紀はそう言うと話を中断し、どこかへと歩き出す。晴夏は申し訳なさそうにしながら幸紀に続き、日菜子と四葉も顔を見合わせると、幸紀に続いた。
数分後 12:45 コンビニ
幸紀たち4人は駅前のコンビニの前にやってきた。しかし、コンビニの中は停電していて暗くなっており、中の商品棚は荒らされ、商品は乱雑に地面に散らばっていた。
「うーわ、ひっでぇな、これ…」
「入るぞ」
コンビニの状況を見た晴夏の呟きに対し、幸紀は短く言うと、破壊された自動ドアを潜り抜け、店内に入る。日菜子がそれに続くと、四葉、晴夏と続いて中に入った。
店内には誰もいない。既に荒らされるだけ荒らされ尽くし、悪魔も人間も誰も残っていなかった。
「店員さんたち、逃げててくれてるといいんだけど…」
日菜子が小さく呟く。幸紀は構わずコンビニの食品コーナーに直進すると、床に落ちた袋詰めのパンなどを拾い始めた。
「食えそうだ」
「待ってください、東雲さん。非常事態だからって、お金も出さずに食事をするのはちょっと…」
平気で食べようとしていた幸紀に対し、四葉が遠慮がちに言う。幸紀が見ると、日菜子と晴夏も同じような表情をしていた。
幸紀は小さくため息を吐くと、着ているロングコートの内ポケットから財布を取り出すと、レジに行き、財布から3枚、紙幣を置いた。
「…これで好きなだけ食えるぞ」
「あ、いや、奢って欲しいとかじゃなくて…」
「こんな状況にくだらんことを気にするな。食えるうちに食え」
「…ありがとうございます」
幸紀の行動に、四葉は礼を言う。日菜子と晴夏も軽く頭を下げると、床に散らばっている食品や、飲料を拾い始めた。
それぞれある程度満足がいく程度に食品を集めると、4人はコンビニの隅にあるイートインコーナーの椅子に腰掛け、食事を始めた。
「はぇー、どれもこれも見たことない商品ばっかだなぁ…やっぱ異世界なんだなぁ」
晴夏は日菜子や四葉、幸紀、そして自分が拾った商品を見て呟く。日菜子は、そんな晴夏に笑いかけながら、おにぎりを頬張った。
「どれもこれも美味しいよ。食べてみて」
「ねーちゃんマジ?そいじゃさっそく」
晴夏はそう言うと、自分の前にあったおにぎりの包装を解いて頬張る。ひとくち食べると、晴夏は舌鼓を打った。
「んー!シャケだ!やっぱ異世界でもシャケ握りはウメェなぁ!」
「気に入ってもらえてよかった」
晴夏の言動に、日菜子は微笑む。そんな中晴夏はふと、日菜子たちの名前を知らないことに気がついた。
「そういや、ねーちゃんたちの名前聞いてねぇな。教えてくれよ」
晴夏は日菜子たちに言う。言われた日菜子は、四葉や幸紀と顔を見合わせて打ち合わせすると、名乗り始めた。
「じゃあ、私から。桜井日菜子です。一応、『星霊隊』っていう部隊の、リーダーをやらせてもらってます」
「金髪でピンクメッシュの日菜子ちゃん、な。よろしく」
「どうでもいいんだけど、たぶん、晴夏ちゃんより年上だよ、私」
「え?いくつ?どう見ても同い年くらいっしょ」
「21です」
「おみそれしましたお姉さま」
日菜子の年齢に、晴夏は冗談めかして頭を下げる。日菜子はそんな晴夏の態度に、思わず声を漏らして笑った。
「別にそんな態度取らなくていいよ。年下の子に親しくしてもらうのには慣れてるし、普通に好きに呼んでくれていいよ」
「じゃあ、お姉さま?」
「…日菜子がいいなぁ!」
「おっけ!じゃあ、日菜子な!よろしく!」
晴夏は明るく日菜子に言う。晴夏はそのまま、水を飲んでいる四葉に目をやった。
「そっちのメガネのお姉さんはさすがにオレや日菜子より年上っしょ!」
四葉は晴夏の言葉に、思わずむせる。日菜子に介抱されながら、四葉は晴夏を睨むようにして顔を上げた。
「…千条、四葉、高校!2年生!女子高の!生徒会長です!」
「あちゃー、同学年だったか」
「制服を見ればわかりますよね!?どう見ても高校生でしょ!?」
「いやぁてっきり異世界だからそれが私服なのかと」
「違います!そもそも人の顔を見て年齢を適当に言うなど失礼極まりません!特に女性に対しては!反省文です!400字詰めで6枚です!」
「悪かったって」
四葉の怒りに対し、晴夏は小さくなりながら言う。日菜子が四葉を宥めているのを見ると、晴夏は食べ終わったおにぎりの包装を綺麗に折りたたんでいる幸紀の方に目をやった。
「そっちのお兄さんは?」
「東雲幸紀」
「東雲、幸紀。うーん、じゃあ、あだ名はユキちゃん?それとも、シノさん?」
「好きに呼べ」
笑いかけながら話す晴夏に対し、幸紀は食べ終わった商品のゴミをまとめながら、無愛想に突き放す。晴夏はそんな幸紀の所作を見て、首を傾げた。
「じゃあ素直に幸紀さんって呼ばせてもらうんすけど、育ち良いんすね」
「は?」
幸紀は鋭く晴夏を睨む。強烈な殺気を感じた晴夏は、慌てて付け加えた。
「いやいや、悪い意味じゃないんすよ!ただ、わざわざ食べ終わったゴミをこういう風に綺麗に整理するのとか、オレだったらやらないでテキトーに捨てちゃうなぁって思って!あ、もしかしてこの世界じゃ普通なんすかね?」
晴夏は日菜子と四葉に尋ねる。四葉はある程度片付けていたが、日菜子は全く片付けていなかった。
「いや…私も晴夏ちゃんと同じだね…お恥ずかしい限りです、はい」
「うう…でも、ちょっとはしてます!」
「ほら、普通しないっすよ。それをわざわざやるのは、やっぱ育ちがいいっていうか、礼儀正しいっていうか。少なくとも、オレはいいなぁって思うっす」
晴夏が言うと、幸紀はじっと目の前に置いたゴミに視線を落とした。
「…俺にこういうことを教えてくれた者がいた。そのおかげだ。決して俺がどうこうではない」
幸紀はそれだけ答えると、目の前のゴミを片手で握りしめ、立ち上がった。
「余計なおしゃべりはおしまいだ。行くぞ」
「行くって、どこに?」
「南矢倉駅だ」
「西船橋ぃ?」
「どう聞き間違えたらそうなるんですか」
幸紀の言葉に対して聞き返す晴夏に、四葉が軽くツッコミながら立ち上がる。日菜子に続いて晴夏も立ち上がると、晴夏はさらに質問を続けた。
「あ、そうだ、さっき日菜子が『星霊隊』って言ってたけど、それってなんなん?」
「悪魔と戦う部隊だよ。霊力を扱える、強い人が選ばれるんだ。といっても、今は私と四葉ちゃんしかいないけど」
「霊力?なんだそりゃ?」
晴夏の質問に、日菜子が答えると、晴夏はさらに質問を続ける。日菜子が返答に詰まっていると、幸紀が答えた。
「一種の精神的なエネルギーだと思って欲しい。人によって扱えるかどうかは異なり、この世界の人間でも、霊力を全く扱えない人間もいる。悪魔に対しては非常に有効で、悪魔には本来、銃撃などの通常の攻撃はほとんど通用しないが、霊力を纏わせるだけで奴らを消し炭にすることも可能だ」
「へー、すげぇ!じゃあ、日菜子も四葉も、霊力のエキスパートってこと?」
幸紀の解説を聞き、晴夏は日菜子と四葉の方を見る。2人は残念そうに首を横に振り、日菜子が話し始めた。
「私たちはそこまで強くないんだ。だから、悪魔を倒す旅をしながら、霊力の強い人たちを集めて、星霊隊に入ってもらうっていうのが、私たちのこれからの目標だよ」
「そうなんだ。じゃあ、その、次の目的地には、強い奴がいっぱいいるってこと?」
「違います。私たちの旅の目的地は、清峰侯爵という人のお屋敷です。そこに行くために、南矢倉駅を使おうという話です」
日菜子の説明に続き、晴夏が質問すると、四葉が答える。話を聞いていた幸紀が、さらに補足した。
「清峰屋敷には、霊力に秀でたメイドたちも多く、是非とも星霊隊に加えたい。だが、悪魔軍のこの攻撃を見る限り、恐らく屋敷は集中的に攻撃されているだろう。可能な限り早く、屋敷に行きたい」
幸紀の補足説明を聞いた晴夏は、難しい顔をして頷くと、明るい表情で顔を上げた。
「ほうほう。まぁなんとなく状況はわかったぜ。とにかくオレは3人についていくよ!飯も奢ってもらったし、行くアテもねぇからさ!悪魔と戦うってのはよくわかんねぇけど、まぁ大丈夫だろ!」
「軽く考えすぎです!」
「へへ、オレ、難しいこと考えるの苦手だからよ。よろしく頼むぜ、生徒会長!」
晴夏はそう言って四葉の肩を叩く。四葉が呆れながら晴夏の手をゆっくり払い除けたのを見ると、幸紀は黒のコートの裾を払いながらコンビニの出口の方にへと歩き始めた。
「いくぞ」
「あ、待ってください、幸紀さん!」
幸紀の後を追って日菜子が走り出すと、四葉と晴夏もその後に続いた。
コンビニを出た幸紀はまとめたゴミを外のゴミ箱に捨てると、あとからついてくる3人に目もやらず、真っ直ぐ目的地の方へと早足で歩いていく。
日菜子、四葉、晴夏の3人は、ゴミをゴミ箱に捨ててから幸紀について行こうとする。
瞬間、日菜子が足を止める。それにつられて四葉と晴夏も足を止め、日菜子の方へ向き直った。
「桜井さん?」
「どうした日菜子?早く行こうぜ」
「上!!」
日菜子が声を上げる。四葉と晴夏も、日菜子に言われた方角に目をやると、赤褐色の肌の悪魔が1体、コンビニの屋上から、晴夏と四葉の頭上へ飛び降りてきていた。
「シネェ!!」
「危ない!!」
日菜子が叫ぶと、咄嗟に四葉が晴夏を庇って飛び退く。直後、四葉と晴夏がいたところに悪魔と共に棍棒が振り下ろされ、地面のコンクリートが大きくへこんだ。
「こんのぉ!」
日菜子はすぐさま自分の体に霊力を集中させ、籠手と脛当てを装備すると、霊力をまとわせた拳で悪魔の顔面を殴ろうとする。しかし、悪魔はそれをあっさり回避すると、日菜子を思い切り棍棒で殴りつけた。
「あぁぐっ!!」
「桜井さん!」
日菜子は霊力で身を守ったものの、横から殴りつけられた衝撃で地面に倒れる。そんな日菜子を見た四葉は、すぐに霊力で自分の武器である剣を発現させると、遠くから悪魔に向けて剣を振るった。
「『真空刃』!」
四葉の振るった剣から、白色の衝撃波が飛んでいく。悪魔はそれに気づくと、棍棒で衝撃波を叩き伏せる。
棍棒と衝撃波が相殺し合うことで小さな爆発が起こった隙に、悪魔は一気に四葉まで近づいた。
「!」
悪魔が棍棒を振り下ろす一撃を、四葉はかろうじて剣で受け止める。しかし、悪魔はすぐにもう一撃四葉に棍棒を振り下ろし、剣ごと四葉を頭上から殴りつけた。
「いやぁあっ!!」
「四葉!!」
晴夏は倒れた四葉に声をかける。悪魔が晴夏を見下ろして睨みつけると、晴夏は息を飲み、後ずさった。
(なんとかしてふたりを助けないと!でも…こんなやつ倒せるのかよ…!?)
「シネェ!!」
晴夏が考えているのをよそに、悪魔は晴夏に駆け寄って棍棒を振り下ろす。晴夏はなんとかそれを回避すると、悪魔を睨み返した。
「ちくしょう!こうなったらやってやるぜ!日菜子、四葉!オレが助け出す!よくわかんねぇけど、なるようになれ!」
晴夏はそう言うと、右の拳を高く掲げる。
次の瞬間、青白い光が彼女の拳に、落雷のように降り注ぐ。悪魔がその強い光と光景に怯んで目を閉じるが、すぐに目を開ける。
直後、晴夏の手には、その寸前までなかったはずの武器が握られており、彼女の周りには青白い電気が漂っていた。
「お?」
晴夏は自分の手に握られている武器を見る。晴夏のそれぞれの手には、一本の棒に、長さが非対称になるように短い棒が取り付けられた、二個でひと組の丁字型の武器、トンファーが握られていた。
(トンファーか!おじいちゃんの家で使ったことあるぞ!やれる!)
「キェエエエ!!」
晴夏が自分の手に握られていた武器を見て確信していると、悪魔が奇声をあげながら晴夏の方に駆けてくる。晴夏の脳天に振り下ろされる棍棒を、晴夏は左手のトンファーで受け止めた。
「チェストォーッ!!」
悪魔の動きが止まったその一瞬、晴夏は右手のトンファーで悪魔のボディーを殴る。彼女の右手には、青白い電撃が溜まっており、攻撃が直撃すると同時に、悪魔の体に電撃が走った。
「ギャァァァアア!!」
悪魔が震えながら断末魔をあげると、次の瞬間、悪魔は黒い煙になって消えていた。
晴夏は突き込んだ右手を自分の体の近くに戻し、構えてから周囲を見回す。そうしていると、ダメージから復帰した四葉と日菜子が、晴夏のもとに駆け寄ってきた。
「晴夏!」
「日菜子!四葉!大丈夫だったか!?」
晴夏が2人に声をかけると、晴夏の手から武器であるトンファーが光の粒になって消えていく。晴夏は戸惑いながら2人に尋ねた。
「うわ!?トンファーが!どこ行っちまったんだ!?」
「大丈夫だよ。それは、霊力を集中させれば、また出てくるから」
「え、そうなの?」
戸惑う晴夏に日菜子が言うと、晴夏は確認する。さらに四葉が続けた。
「そうです!霊力を集中させることで、各個人に専用の武器を発現させることができます!いつでもどこでも!」
「へー!なるほど、これでみんな悪魔と戦うんだな!」
晴夏が納得していると、日菜子が感心した様子で声をかけた。
「にしても、晴夏、すごいね!」
「えぇ?オレ、またなんかやっちゃいましたぁ?」
「うん。霊力で戦うのって初めてなんでしょ?なのに、あんなに上手く霊力を使いこなして、悪魔をやっつけちゃうなんて、本当にすごいよ!」
「いやぁ~それほどでも~?あるかも~?」
日菜子に褒められた晴夏は、調子に乗って鼻の下を伸ばしながら頭を掻く。そんな晴夏に、四葉も頭を下げた。
「…助けてくれてありがとうございます。でも、年齢間違えたのは許さないんですからね!強いからって勘違いしないでくださいよ!」
「へいへい、わかりましたよ、生徒会長ちゃん。ま、これからもお前らはオレが守ってやるからよ!」
晴夏はそう言って四葉の頭を軽く撫でる。四葉はムッとしながらその手を払いのけた。
「セクハラです!反省文です!」
「おいおい、女同士だからセーフだろ~?」
「アウトです!原稿用紙6枚!」
四葉の言葉に、晴夏が肩を落とすと、日菜子は幸紀と大きく距離が離れていることに気がついた。
「幸紀さん!みんな、幸紀さんに置いていかれちゃうよ、行こう!」
「あ、ちょっと待てよ、日菜子!」
日菜子が走っていく後を、晴夏も走って追いかける。四葉もそんな晴夏を追いかけるのだった。
同じ頃、少し先を進んでいた幸紀は、晴夏が1体の悪魔を倒している間に、立ち塞がった10体の悪魔を片付け、黒い煙の中で刀を納めていた。
(10体程度、造作もない…が、この分だと駅にも多くいそうだな…好都合だ)
「幸紀さん!」
考え事をしていた幸紀の背後から、日菜子の声が聞こえてくる。幸紀が刀を光に変えて振り向くと、日菜子、四葉、晴夏が走ってきていた。
「もう、置いていかないでくださいよ」
四葉が幸紀に言うと、幸紀は理解できずに黙り込む。それを見た晴夏が状況を話し始めた。
「オレら3人はさ、さっき悪魔に出くわしたんすよ。ヤバかったんすよー、日菜子も四葉もやられてるのに、幸紀さんが気づかないから。ま、オレがやっつけてやったんすけどね」
「悪魔?何体いた?」
「1体すよ。でも幸紀さん、オレ、初戦闘で!霊力なんか使ったこともないのに!悪魔をちょちょっとやっつけて、日菜子と四葉を救ったんすよ?オレ、最強じゃないすか?」
(雑魚悪魔1体片付けた程度で調子に乗ってるな…)
鼻の下を伸ばしながら語る晴夏に対して、幸紀は内心快く思わなかった。そんな晴夏を嗜めるように四葉が声を出そうとするが、幸紀はそれを止めた。
「そうだな。お前の言う通りだ」
「ですよね~。ま、今後はオレのこと、頼ってくれてもいいっすよ!」
「そうさせてもらう。行くぞ」
幸紀は晴夏の自慢を軽くあしらうと、再び目的地に歩き出す。晴夏は幸紀の淡白な反応に、少しムッとする。晴夏は、隣を歩く日菜子に愚痴をこぼした。
「なぁ日菜子、幸紀さんっていつもこうなのか?もうちょっと褒めてくれてもいいのによ」
「私も今日会ったばかりだからわからないけど、無口な人らしいから」
「へぇ。んじゃ、今度は幸紀さんが目ん玉丸くするような大活躍してやるぜ!」
「無理しすぎないようにね。敵は強いからさ」
やる気になる晴夏に対し、日菜子は優しく声をかける。晴夏は照れくさそうに目を泳がせた。
「へへへ、ありがと。なんか、日菜子に優しく言われると、なんか、お姉ちゃんができたみたいな気分だな。もしかして弟とかいたりする?」
「ううん、でも妹がいるんだ」
「やっぱ!?ねぇ、写真とかある?」
「うん、ちょっと待ってね」
日菜子はそう言うと、パーカーの内ポケットからスマホを取り出す。日菜子はある程度スマホを操作すると、スマホを晴夏に見せた。
晴夏が覗き込むと、スマホの画面には、日菜子と、もうひとり、へそや脇を露出した、銀髪にピンクメッシュの美少女が、ピースサインをして立っていた。
「え、めっちゃ可愛い!」
「でしょ!菜々子っていうんだ。私の自慢の妹だよ!でも…悪魔に襲われた時にはぐれちゃって…私にとっては、この旅は菜々子を探す旅でもあるんだ」
「そうだったんだ。早く会えるといいな」
「そうだ、幸紀さんと四葉にも聞いてみないと」
日菜子はそう呟くと、前を歩いていた四葉と幸紀の間に歩いて行き、スマホを見せながら四葉と幸紀に話しかける。しかし、幸紀と四葉は首を横に振るのだった。
(日菜子って、めっちゃ妹さん想いなんだな。ちょっと感動しちゃったぜ)
晴夏は、落胆する日菜子の背中を見ながら思う。同時に、晴夏は鼻の下を伸ばした。
(にしても妹の菜々子ちゃん、めっちゃ可愛かったなぁ!これ、日菜子の好感度上げれば、オレも菜々子ちゃんとお近づきになれるかも!?『晴夏くん強い!菜々子を守ってあげて!』的な!?そのあと男に戻る方法を見つければ…うへへへ、オレの人生始まっちゃうぜ!)
「キャァアア!!!」
晴夏が足を止めてくだらないことを考えていると、横から絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。晴夏は、その悲鳴が女性の声であることを確信した。
(菜々子ちゃんかもしれねぇ!それに、ここで活躍すれば、幸紀にも認められるはず!)
晴夏はそう思うと、考えるより先に走り始めた。
「待ってろ!今助ける!!」
晴夏は声を上げながら走り始める。気づいた日菜子と四葉も、振り向いて晴夏の後を追う。
最後に振り向いた幸紀は、状況に気づくと、小さく鼻で笑った。
(くだらん)
幸紀は内心そう思うと、日菜子たちから少し遅れてゆっくりと歩いていくのだった。
数分後、ビルの合間を走り抜け、晴夏は悲鳴の場所へとやってくる。晴夏が到着すると、筋骨隆々で赤褐色の肌をして角を生やした悪魔と、緑色の肌をしたハゲでマッチョの悪魔、そして青い肌で長身痩躯の悪魔たち、全部合わせて5体程度の悪魔が、何かを囲んで蹴りを入れていた。
「イヤァアァァ!!」
「やめろ!!」
晴夏は悪魔たちに対して声を張る。悪魔は晴夏の声に気づくと、晴夏の方に振り向き、蹴りをやめた。
「オメェら、それ以上はオレが許さねぇ!」
晴夏はそう言うと、右手を高く掲げ、霊力を右手に集中させる。雷のような光が晴夏に落ちたかと思うと、晴夏の両手には、武器であるトンファーが握られていた。
晴夏はトンファーを握り、身構える。
直後、悪魔たちは晴夏に背を向けると、走って逃げ出した。
「あ?…ふん!オレにビビって逃げたか!」
晴夏は悪魔の行動にそう納得すると、トンファーを光の粒に変え、その場に倒れている長い白髪で白い服の女性のもとに駆け寄った。
「おい、大丈夫か!」
晴夏はその女性の肩を持って揺する。女性の顔は、長髪のせいで見えなかった。
「…ニンゲン?」
女性は晴夏に尋ねる。晴夏は頷いた。
「あぁそうだ、助けに来た!もう大丈夫だぜ、おねえ…」
「ヒィィハァァァ!!」
その瞬間、助けたはずの女性から、甲高い不気味な男の声が聞こえると、女性は晴夏の首を両手で掴み、締め上げ始めた。
「ぐぅっ…!離せ…っ!」
晴夏はなんとか自分の首を掴むその相手の両手を振りほどくと、バックステップで距離を取り、改めて武器であるトンファーを発現させた。
「この野郎、よくも騙しやがっ…」
「キェエエエ!!」
晴夏が構えようとした瞬間、背後から悪魔が現れ、晴夏を羽交い締めにする。
(いつの間に…!)
羽交い締めにされた晴夏は、自分を拘束する悪魔の太い腕をふりほどこうと、必死に身をよじる。しかし、悪魔は怯みもしない。
「離せ!離しやがれ!!」
「キヒヒ…!」
声を上げる晴夏を悪魔が嘲笑う。晴夏が正面を見ると、いつの間にか先ほどよりも大勢の悪魔に取り囲まれていることに気がついた。
「えっ…!?こ、こんなにたくさん…!?」
悪魔たちは邪悪な笑みを浮かべると、それぞれ手に持つ棍棒を舐め、舌なめずりをしながら晴夏を見ていた。
(やばい、このままじゃ絶対にやばい!)
晴夏は先ほどよりも激しく抵抗する。しかし、悪魔の力は晴夏よりも遥かに強く、晴夏は脱出できなかった。
「ウリャアア!!」
正面にいた悪魔の1体が晴夏に駆け寄ると、棍棒で晴夏を横から殴り抜く。晴夏は咄嗟に腕で自分の顔をかばったが、それでも凄まじい力によってその場に倒れた。
「うぐぁっ!...この野郎…!」
拘束を解かれた晴夏は、怒りに身を任せて立ちあがろうとする。しかし、それよりも早く、悪魔たちに取り囲まれてしまった。
「シネェエエ!」
悪魔たちは、倒れている晴夏に対し、蹴りを入れ、棍棒を振り下ろし始める。晴夏は発現させたトンファーで身を守ることしかできなかった。
「うわぁっ!こ、この、うぐぅっ…うぉっ…や、やめて…!ぐぁっ…!だれか…うぅっ、助けて…!」
容赦なく次から次へと降り注ぐ暴力に、晴夏は悲鳴をあげ、助けを求める。しかし、悪魔は全く手を緩めず、さらに攻撃を激しくしていた。
晴夏の腹に、顔に、脚に、次から次へと痛みが走っていく。鉄の味を感じながら、晴夏は後悔していた。
(最悪だ…こんな…こんな殺され方するなんて…死にたくないよ…)
「ギャハハハ!!」
弱りきった晴夏に、悪魔の1体が笑い声を上げながら棍棒を振り上げる。晴夏は、遠のく意識のなか、棍棒が迫り来るのを見ていた。
(…あぁ…死ぬんだ…オレ…)
晴夏は目を閉じ、全てを諦めた。
瞬間、悲鳴があたりに響く。
それは、悪魔のものだった。
(…え?)
「『神穿・零式』」
あたりに低く響く男の声。晴夏が見ると、黒いコートの剣士が、悪魔たち数体をまとめて刀で貫き、黒い煙に変えていた。
黒い煙の中にたたずむ、その剣士の名を、晴夏は呼んだ。
「幸紀…さん…」
幸紀はそこに倒れる晴夏を、背中越しに確認する。そして少しニヤリと笑うと、目の前にいる悪魔たちと向き合った。
「人間の声を真似ておびき寄せる作戦か。くだらんな。どんな計略も圧倒的な力の前には無駄なあがきでしかない」
「シネェエエ!!」
悪魔たちは幸紀の言葉を無視して棍棒を振り下ろす。しかし、幸紀は身動きひとつしなかった。
「幸紀さん…!危ねぇ…!」
幸紀の脳天に棍棒が振り下ろされる。しかし、幸紀の脳天に棍棒が直撃しても、幸紀は少しも怯む様子を見せなければ、痛みを感じている様子も見せなかった。
「この程度で殺せると思ったか?」
「!?」
「『万斛斬』」
悪魔たちが思わず後ずさる。その瞬間、幸紀は目にも止まらぬ速さで刀を振るう。幸紀の刀が振るわれた場所に、赤黒い筋が残った。
「終わりだ」
幸紀がひと言そう呟くと、残った赤黒い筋から衝撃波があたりに飛び交う。衝撃波は、寸分違わずその場にいた悪魔たち全員の首を斬り飛ばすと、次の瞬間には黒い煙があたりに漂い、幸紀ひとりがたたずむだけだった。
「殺すというのはこうやるものだ」
「晴夏!晴夏!!」
幸紀がゆっくりと刀を納めていると、日菜子と四葉が駆けつけ、晴夏に駆け寄る。ボロボロになった晴夏を、日菜子は介抱した。
「大丈夫、晴夏!?」
「う、うん…」
晴夏はゆっくりと起き上がる。その場にあぐらで座り込んだ晴夏は、幸紀の方に向き直った。
「あの、幸紀さん、助けてくれて、ありがとうございました…」
「礼はいらん」
「日菜子と、四葉も、ありがとう…」
「気にしなくていいよ」
「そうです!」
晴夏は他の3人に礼を言うと、力無く俯く。そして、次の瞬間、晴夏は首を横に振った。
「…ごめん、みんな…迷惑かけて…こんなことになって…」
晴夏の瞳から涙が溢れる。他の3人が何も言えないでいると、晴夏はさらに感情的になって言葉を続けた。
「オレ、もっと戦えると勝手に思ってた…調子に乗って突っ込んで…挙句殺されかけて…怖かった…!情けなかった…!オレなんか、全然強くないんだって思い知らされて、オレ、オレ…!」
晴夏の悲痛な涙に、日菜子も四葉も黙り込む。
顔を両手で押さえて泣く晴夏の前に、ひとつの手が差し出された。
「立て」
晴夏の目の前から聞こえてくる低い声。晴夏が顔を上げると、幸紀がいつもの無表情で手を差し出していた。
「幸紀さん…」
「お前は言ったな。『オレが最強』と。それは確かに思い上がりだ」」
「…」
「最強はこの俺だ。お前じゃない。だからお前は好きなだけ負けていい。最強ではないのだから。そして負けた数だけ強くなれ。強くなった分、星霊隊の一員として悪魔を倒せ。そうすれば惨めな過去の自分も倒したことになる。そうして強くなり、俺がいつか死んだ時に、お前が最強になればいい」
幸紀は晴夏を説得しながら、内心ひとりで頷いていた。
(我ながら悪魔的な勧誘だな。さして強くもない奴をおだてて地獄に引き込むとは)
そんな得意げな幸紀の気持ちも気にせず、晴夏は幸紀の手を取り、勢いよく立ち上がる。晴夏は軽く涙を拭うと、幸紀に対して微笑んだ。
「ありがとうございます、幸紀さん!オレ、頑張るっす!」
晴夏がそう言うと、幸紀はわずかに口角を上げ、晴夏に背を向けて歩き始める。それと入れ替わるように四葉が晴夏に寄り、ブレザーのポケットからハンカチを差し出した。
「…使っていいですよ。女の子なんですから、顔が傷ついたままなのはよくありませんよ」
「あぁ…ありがとう…」
晴夏は四葉からハンカチを受け取ると、口から流れていた血を拭う。先ほどまでと打って変わって表情が暗い晴夏に、日菜子は声をかけた。
「晴夏、最初から強い人なんて、いないよ。ひとりであんなに戦えるのは、本当に幸紀さんくらいしかいないと思う。私だって、あんなにたくさんの悪魔がいたら、きっと殺されてたと思う。四葉でもそうだよね?」
「…そうですね。正直、私だって、全然強くはないですから」
日菜子が四葉に同意を求めると、四葉はメガネを掛け直しながら頷く。日菜子はそれを聞くと、晴夏の肩に手を置いた。
「だからさ、みんなで一緒に、支え合いながら強くなろう?困った時は助け合って、辛い時は相談し合って、ね?」
「そうですよ。私たちはチーム、同じ『星霊隊』の仲間同士ですから!」
日菜子と四葉は、晴夏に微笑む。晴夏は、目の前の2人の優しい笑顔に、自分も涙ぐみながら笑顔を見せた。
「ありがとう、2人とも…!オレ、頑張るから!」
「うん!じゃあ、行こう!」
日菜子が言うと、3人は幸紀の後に続いて歩いていく。晴夏は、前を歩く日菜子と四葉の背中を見ながら、ゆっくり歩みを進めていた。
(オレは異世界に来ちまって、女の体になっちまった。超能力が使えて、無双できるかと思ったけど、全然そんなことなかった。でも、一緒に戦ってくれる仲間がいる。それに、めちゃくちゃ強くて頼れる人もいる。だから、オレはこの異世界を全力で生きてやるぜ)
晴夏は内心そう決意を固めると、日菜子と四葉の間に入るようにして会話に加わるのだった。
隊員No.3
名前:鳴神晴夏
年齢:17
身長:171cm
体重:61kg
スリーサイズ:B86(E)/W56/H84
武器:トンファー
好きなもの:運動
嫌いなもの:ややこしいこと
特技:スポーツ全般
趣味:バスケ
外見:明るい水色の髪、長身でスタイルがいい
能力:雷に関する霊力を扱う
簡単な紹介
異世界の東京というところから転移してきた高校2年生。
一見華やかな美女だが、本人はもともと男だったと言い張っている。
ガサツで開けっぴろげな性格だが、誰とでも明るく、分け隔てなく接することができる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします