第13話 彼を追放した者の末路
前回までのあらすじ
清峰屋敷は悪魔たちの猛攻を受けていたが、幸紀と星霊隊が合流したことにより一気に形勢を逆転。悪魔軍の重要な設備も破壊し、人間たちの勝利は目前まで迫る。
しかし、悪魔軍の指揮官であるカザンの謀略により、清峰は人質として拉致され、さらには清峰を救出しようとした幸紀も、カザンの手によって消滅してしまった。
6月21日 0:00 心泉府 霊橋区 星割山山頂
悪魔軍の指揮官、カザンは、椅子に縛りつけた清峰をよそに、崩れた簡易テントの残骸を漁っていた。その間に清峰も身をよじって縄を抜け出そうとするが、一向に抜け出せる気配はなかった。
「んーと…あった。これこれ」
カザンはそう言いながら、テントの残骸から機械を取り出す。それは、携帯型の大型無線機だった。カザンは無線機のアンテナを伸ばしながら、逃げようとする清峰の姿を見て嘲笑った。
「ははっ、必死にもがいて可愛いじゃねぇか。無駄だけどな」
清峰はメガネ越しにカザンを睨む。しかし、カザンは清峰のことなど気にせず、無線機のマイクを握り、声を荒げた。
「おい、屋敷にいる女ども!俺様はカザン!お前たちの上司は俺が預かっている!お前たちが下手なことをすれば、この女の命はない!だがお前たちが俺の言う通りにすればこの女を助けてやる!」
同じ頃 清峰屋敷内部
星霊隊のメンバーたちは、紫黄里のノートパソコンから聞こえてくるカザンの声に身構える。パソコンから少し離れたところで、四葉が疑問を口にした。
「敵は紫黄里のパソコンの周波数なんて知らないはず…どうやって連絡を?」
「おそらく全周波数で通信をしています。私の脳内の受信機にも届いているので間違いはないと思われます」
四葉の疑問に、近くにいた麗奈が冷静に答える。そんなことなど知らないカザンは話を続ける。
「俺の要求は単純!その屋敷と、お前らの立ち退きだ!そうすりゃあお前たちの命も、ここにいる女の命も助けてやる!」
カザンの言葉を聞いていた焔は、パソコンを操作していた紫黄里に声をかけた。
「すみません、通信への応答はどうやればいいのかしら?」
「え?あ、ここのボタンを押しながら、マイクに話してもらえれば…」
焔は紫黄里による説明の途中で、勝手にパソコンのボタンを操作し、カザン相手に話し始めた。
「カザン、私は侯爵の部下である灯野よ。そちらの要求はわかったわ、しかし侯爵が生きている保証はあるの?答えなさい!」
「キャンキャンうるせぇなクソババア。オラ、話してやれ!」
カザンの乱暴な声の直後、清峰の苦しむ声が聞こえたのち、清峰の声が聞こえ始めた。
「…清峰だ…私は生きている」
「侯爵…」
「焔…そして星霊隊の諸君、私のことはどうでもいい、この悪魔を倒してくれ…!今は星割山の…」
「誰がそこまで喋っていいっつった!!」
清峰が現在地まで話そうとしたその瞬間、カザンの怒鳴り声とともに殴打音と清峰の悲鳴が響く。思わず焔たちメイドは声を上げた。
「侯爵!」
「早苗様!!」
メイドたちが清峰を心配する声を、カザンは一笑に付し、再び乱暴に命令し始めた。
「お前たちの時間で5分だけくれてやる。それまでに屋敷を明け渡す用意をしろ!!さもなくばこの女を殺す!」
「待ってくれ!」
カザンの言葉に清峰が訴える。清峰はそのまま話し続けた。
「屋敷には戦闘に関係のない一般人も大勢いる、彼らが避難する時間をもらいたい!」
「お前が要求できる立場だと思うのか?あぁん!?」
「そちらが欲しいのは屋敷であって避難民の命ではないはずだ!もし要求が受け入れられないなら、今すぐ一般人を避難させ、屋敷を爆破するように指示を出す!」
「なんだとコラ!」
「不満があるのなら私の要求を受け入れてもらう!そちらとしても軍を再編成する時間を作れるのだから、悪い話でもないはずだ!」
清峰は合理的に訴えかける。清峰に言いくるめられそうになったカザンは、再び清峰の顔面を殴ると、八つ当たりするように焔たちに言葉を吐き捨てた。
「30分だけ待ってやる!それまでに一般人どもをどかして、その屋敷を俺に明け渡せ!妙な細工をしようもんなら今すぐ皆殺しにしてやる!」
カザンは声を荒げながら言う。そのまま通信を切るかと思いきや、カザンは突然上機嫌になって清峰に話しかけた。
「あぁ〜そうそう、早苗ちゃんよぉ、大切な部下たちに、ひとつ大事なお知らせがあるんじゃないかぁ?」
「…」
「お前の口から言えよ、ほら!」
ノートパソコンから聞こえてくるカザンの言葉に、星霊隊のメンバーたちは急に寒気を覚える。嫌な予感が彼女たちの心を埋め尽くすなか、清峰が震える声で話し始めた。
「…みな、心して聞いてくれ…」
「こ、侯爵…?」
「…幸紀が…死んだ…」
「…!!」
清峰からその言葉を聞くと、女性たちの間で動揺が広がる。それを通信機越しに感じ取ったカザンは、大笑いしながら言葉を投げかけた。
「ふはははは!それじゃあ、30分後にまた会おう!女ども!」
カザンは一方的にそう言うと、通信を切る。
通信が切れるやいなや、清峰屋敷の中にいる星霊隊の女性たちの間でどよめきが起こった。
「どういうこと…?幸紀さんが…死んだ…って…!」
「それが本当なら私たちがまともに戦ったって勝てませんよぉ!!?おしめぇだぁあ!!」
「大人しく降伏するしかないの…?」
「みんな聞いて!!」
動揺する女性たちに対し、日菜子が声を上げる。女性たちのどよめきが一気におさまり、日菜子の方へと振り向くと、日菜子は声を大きくして話し始めた。
「私たちがなんのためにここに来たか、思い出して!!私たちの使命は、悪魔を倒すこと!だから、こんなところで悪魔に屈するわけにはいかない!そうでしょ、みんな!」
日菜子が言うと、それによって星霊隊のメンバーたちは顔を上げる。そのまま日菜子は訴えかけた。
「それに、幸紀さんはきっと生きてる!みんなも見てきたでしょ、幸紀さんの強さを!あの幸紀さんが、たった1体の悪魔に負けるわけがない!だから、そう信じて私たちも頑張ろう!!」
日菜子がそう言って拳を天に突き上げると、星霊隊のメンバーたちも拳を突き上げ、声を上げて応えるのだった。
(すごい…日菜子さんの言葉で、空気が一気に変わった…!これがリーダーの力…!)
日菜子の統率力に、横で見ていた四葉が目を見はる。そんなこともつゆ知らず、日菜子はそのまま指示を続けた。
「それじゃあ、早速、動こう!まずは、やることを整理しよう!」
「一般人の避難、侯爵の奪還、カザンの撃破。この3点だと思われます」
すぐさま麗奈が状況の要点を整理し、簡潔に伝える。それを聞いた四葉が、間髪を入れずに話し始めた。
「とりあえず、避難は終わらせましょう!私が今から一般の方を避難誘導しますので、その間に作戦を立てておいてください!心愛、望、すみれ、手伝って!」
「わかった!」
「じゃあ、四葉が避難誘導している間に、残りの作戦を考えよう!侯爵の奪還作戦と、カザンを倒す作戦を!」
四葉たちがその場から去っていったのを見送り、すぐに日菜子が意見を求める。すかさず菜々子が手を挙げて話し始めた。
「はいはーい、屋敷をあげるふりをするのはどう?」
「どういうこと?」
「30分後にはカザンはここに来るんでしょ?だったら屋敷に奴を閉じ込めて、その間に侯爵を助けに行く。これならうまく行くんじゃない?」
菜々子が軽い雰囲気で言うと、感心したように声が上がる。日菜子は菜々子の提案を受け入れた。
「菜々子のアイディアを使おう!でも、どうやって閉じ込めようか…」
「…提案があります…」
ここまで黙っていた明宵が、本を開きながら言う。日菜子の返事も待たずに、明宵は自分の考えを話し始めた。
「…私と朋夜の霊力で…この屋敷に結界を張り巡らせることができると思います…あまり長時間ではありませんが…この広さなら5分程度であれば…」
「5分…悪魔を一匹葬るには十分ね」
明宵の言葉を聞いていた焔が前に出ながら言う。焔の意図を感じ取った璃子が、すぐに声を上げた。
「まさかあなた戦うつもり?傷はまだ癒えてないわよ」
「なら医者に診てもらいながら戦うわ。侯爵が不在の今、屋敷の責任者は私。私がここにいなければ敵も怪しむはず。だから、私はここで敵を待ち受けるわ。侯爵のことは、あなたたちにお任せします」
焔は璃子の言葉にあっさりと返しながら言葉を続ける。璃子が小さく肩を落として焔の言葉を受け入れたのを見て、日菜子は話をまとめた。
「それじゃあ、メイドさんたちと璃子さんは屋敷をお願いします!残りの皆は、私と一緒に侯爵を!」
話がまとまったかに思えた直後、水咲が話し始めた。
「私は屋敷に残らせてもらうわ。山登りなんて嫌だもの」
「こんな時に自己中な…!」
水咲の傍若無人な態度に、思わず華燐が呟く。すると、雪奈も申し訳なさそうに手を挙げた。
「ご、ごめんなさい…雪奈も…さっき敵の基地を攻撃するのに…霊力を使いきってしまって…しばらく戦えそうにないです…ごめんなさい…」
「うぅん…そっか…」
予想外の事態に、日菜子は言葉に詰まる。すぐに近くに立っていた千鶴が日菜子に提案した。
「日菜子さん、私があの子の面倒見ますよ。どうせ私、大した戦力にもなりませんし。そっちのおばさんがサボらないようにも見張っておきます」
「おば…」
「ありがとう、千鶴!じゃあ、雪奈と一緒に避難誘導を!」
「わかりました。雪奈ちゃん、お姉さんについてきてね。さ、おばさんも」
「はい!お願いします!」
「…覚えてなさい、クソガキ」
悪態をつく水咲と、明るく素直な雪奈を引き連れ、千鶴は四葉たちの向かった方へと歩き出す。今度こそ準備が整ったと判断した日菜子は、声を張った。
「それじゃあ、侯爵を助けに行くよ!星霊隊!出撃!!」
日菜子の言葉に、女性たちは声を上げて応える。彼女たちは、清峰の囚われている山を目指し、続々と屋敷を出るのだった。
その頃 星割山山頂
カザンは、目の前の椅子に縛られている、清峰の腕時計を見ながら、小さく口角をあげた。
「さて、いい時間だな。そろそろお前の部下に会いに行くとしようか」
カザンはそう言うと、自分の額に生えた一本角を撫で上げながら立ち上がる。そんなカザンの様子を見ていた清峰は、縛られながらも尋ね始めた。
「ふん。素直に行くとは馬鹿な悪魔だ。私の部下たちなら、貴様を罠にかけて、ここにいる私を助けにくるなど造作もない。大人しく負けを認める方が身のためだぞ」
「ふははは!!この状況で強がりを言えるとは!気に入ったぞ、早苗ちゃんよ?だが、あいにくとお前の挑発には乗ってやれん!こっちは屋敷に行かねばならんのだ」
「山賊の真似事で宝でも奪いに行くのか?悪いが清峰家は清貧を旨とする一家だ。贅沢な金銀財宝などありはしないぞ」
「いいや、俺は知ってるぜ?あの屋敷には、どんな金銀財宝にも匹敵するモンがある、ってな」
「買い被りだ」
「『天正大結界』」
突然カザンが発した単語に、思わず清峰の眉が動く。同時に、カザンは清峰を見下ろしてニヤリと笑った。
「ほほぉ、やっぱり知ってるんだな?」
「ふん、この国に住んでいる人間なら誰でも知っている。女王陛下を悪魔から守るために、天正都を囲っている結界だ」
「そうだ。こいつのせいで俺たち悪魔軍はお前らの女王陛下に会えないわけだ。じゃあ、この結界はどっから管理してんだろうなぁ?」
カザンは嫌味っぽく清峰に尋ねる。清峰が口をつぐむと、すぐさまカザンは勝ち誇ったように話し始めた。
「お前の屋敷だろ、早苗ちゃんよぉ?」
「さて」
「トボけたって無駄だぜ。人間界には俺らの回し者なんていくらでもいるんだ。そいつらが皆言ってんのさ、清峰屋敷には結界を管理する場所があるってな!そこを俺が手に入れりゃ、出世は間違いねぇ!そうすりゃ悪魔軍は俺の思うままだ!」
「我欲の塊か。小物だな」
大きな声で欲望を語るカザンに対し、清峰は小さく一蹴する。すぐさまカザンは清峰の顔面を平手打ちすると、椅子ごと倒れた清峰に唾を吐きかけた。
「非力な人間風情が!偉そうに言ってやがるが、結局オメェは俺に捕まって!何もできずに無様晒してるだけじゃねぇか!あぁん!?」
カザンはそう言って清峰の横顔をゆっくりと踏み締める。清峰が歯を食いしばって耐えるのを見て、カザンは高笑いをしてみせた。
「ふはははは!情けねぇ顔だな!そうだよ!弱い奴はそうやって歯ァ食いしばってどんな理不尽にも耐えるんだよ!強者のためにな!それが世界のルールだ!わかったか!?」
カザンはそう言うと、清峰の顔面をつま先で蹴り抜く。清峰がかけていた黒縁の眼鏡が飛んでいき、清峰の視界が歪むなか、そこに映るカザンの背中は遠くなっていくのだった。
そのままぼんやりとしている世界で、清峰の耳にどこか遠くから電子音のような音が聞こえてくる。
(おかしい…星霊隊が私を助けにくることは、あの悪魔にもわかっているはず…私の身柄は交渉の道具、だから奪われてはあの悪魔にとって不利益、なのに…なぜ警備の悪魔すらいないんだ…?)
清峰はカザンに頭を踏まれたダメージを振り払うように首を振る。電子音は、変わらず彼女の耳に響き続けていた。
(それに…この音はなんだ…?どうやら背後から聞こえるが…)
一定間隔で聞こえてくる甲高く短い電子音。瞬間、清峰の脳内でひとつの仮説が浮かび上がった。
(カウントダウン…なのか…?まさか…これが仮に爆弾だとしたら…!私をエサに星霊隊たちを爆殺しようというのか…!!)
カザンの真意に気がついた清峰は、再び身を捩って拘束から抜け出そうとする。しかし、いくら清峰がもがいても、状況は何ひとつとして改善されなかった。
(頼む…!私はどうなってもいい…!皆はここに来ないでくれ…!!)
清峰は強く願う。しかし、そんな彼女の願いを知るものは、誰もいないのだった。
カザンが指定した時刻 清峰屋敷
バスの避難誘導を終えた四葉たちは、天正都に向かうバスを見送ると、裏口から屋敷の中に戻る。彼女たちが入ったすぐそこでは、紫黄里がマイク付きのヘッドホンをつけながらノートパソコンを叩いていた。
「…うむ!問題ないぞ!月暈の巫女よ!」
「紫黄里?」
一見して何をしているかわからない紫黄里に、四葉が話しかける。声をかけられた紫黄里は、ヘッドホンの片耳を外し、四葉の方に顔を向けた。
「おう!生徒会長!避難誘導は!?」
「一通り終わった!紫黄里は何してるの?」
「この屋敷の監視カメラの映像を見られるようにパソコンを設定していたのだ!」
「なんでそんなことを?」
「あぁそっか、四葉たちはいなかったか。敵を屋敷に引き込み、巫女たちの結界で閉じ込めて倒す作戦になったのだ!」
「なるほど。そうやって閉じ込めた相手を監視するために、カメラを見られるようにしてるってワケね」
「そういうことだ!」
紫黄里の説明に状況を察した望が言い当てる。言い当てられた紫黄里も満足げに笑っていると、朋夜と明宵が廊下の奥から現れた。
「紫黄里さん」
「おぉ、巫女殿!そして明宵殿!」
「…カメラのセッティング、ありがとうございます。映像、見せていただけますか?」
「承知した!」
明宵に言われると、紫黄里はパソコンの画面を明宵に見せる。パソコンの画面は4分割され、屋敷の内部の各所を映し出していた。
「ほぉ…これが、かめら、と、ぱそこん…すごいですね」
朋夜が感心している間に、明宵は微笑みながら頷いた。
「…ありがとうございます、紫黄里さん…それでは、もうそろそろカザンがこちらに来ますので、紫黄里さんは四葉さんたちと共に、潜伏場所へ」
「わたくしどもはいつでも結界を張れるように用意しますので、先に行ってください」
朋夜と明宵に促されると、紫黄里は頷き、四葉たちのほうに振り向いた。
「よし!我らの任務は後で詳しく話す!ひとまずは皆、我に続け!」
紫黄里はそう言って四葉たちを先導し、屋敷のどこかへと歩き始める。朋夜と明宵は逆にその場に止まり、ふと、窓の外を眺めた。
夜の闇があたりを包む中、山から黒い影たちが蠢き、こちらに向かってくるのが見える。数時間前ほどではないが、決して少なくない軍勢なのも事実だった。
「…来ましたね」
「えぇ…ですが、必ず勝ちましょう」
明宵と朋夜は、言葉数こそ少ないものの、確かにお互いの想いを確認し合う。そうして2人は走り始めた。
同じ頃 清峰屋敷前
焔、真理子、キララ、珠緒の4人は、屋敷の前に立ち並び、正面の山から下りてくる無数の悪魔たちを受け入れる用意をしていた。
「いくら数が減ったとはいえ…多いですわね…」
キララが思わず小声で呟く。それを聞いていた珠緒は、隣にいた焔に小声で尋ねた。
「め、メイド長、本当に、作戦はうまくいくでしょうか…」
「信じなければ始まらないわ。自信を持ちなさい」
焔は毅然とした態度で珠緒の質問に答える。そうしているうちに、ランタンのようなものを片手に持った、額に一本の角を生やした悪魔、カザンが、山から降りてきた。彼の背後には、やはり無数の悪魔たちが続いてきていた。
「私が応対します。指示通りに動くように」
焔は低い声で他の3人に言う。そうしているうちに、カザンは焔たちの前に部下を引き連れてやってくると、足を止めた。
「俺様がカザンだ!責任者はどいつだ!」
カザンは粗暴な口調で、威圧するようにメイドたちに言う。珠緒が思わず怯むのをよそに、焔が一歩前に出て話し始めた。
「私がメイド長の…」
焔が自己紹介をしようとするやいなや、カザンはランタンを持っていない右手で焔の頬を殴り抜く。不意を突かれた焔は対応できず、その場に崩れ落ちた。
「焔!」
見ていた真理子が思わず焔に駆け寄ろうとする。すぐにカザンは焔の胸ぐらを掴みながら脅迫を始めた。
「おい、変な真似すんじゃねぇぞ?お前らの大切な上司の命は俺が預かってんだ。お前らが大人しくしてりゃあこっちだってそれなりの対応をしてやるよ」
「だからってなんで焔を殴るのよ!」
カザンの言葉に真理子が言うと、カザンは焔の頬を再び殴る。そしてアゴを上げながら真理子たちを見た。
「お前らはメイドなんだろ?従者なんだろ?権力者に媚び諂って頭を下げんのが仕事だろうが。なんで俺様には頭を下げようとしねぇんだ。メイド長も、教育も悪いんじゃねぇのか、えぇ!?」
カザンは理不尽を言いながら、ランタンを置いて焔の頬を叩く。そんな様子に、思わず珠緒は目を伏せ、キララと真理子は歯を食いしばったが、すぐに焔が言葉を返した。
「…失礼いたしました…カザン様…ご無礼を…お許しください」
焔が言うと、カザンは満足したように笑い、焔から手を離す。焔は一度地面に倒れたが、すぐに立ち上がると、深々と頭を下げた。
「…それでは、皆様を中にご案内させていただきます…カザン様」
「へっ、やればできんじゃねえかよ。だったら初めからやれってんだ」
焔は感情を奥歯で噛み殺すと、カザンに背を向け、悪魔たちを屋敷へと案内し始める。真理子、キララ、珠緒の3人も、焔と横並びになって屋敷へと歩き始めた。
ものの数分もかからず、焔たちに案内されたカザンは屋敷の中に入る。悪魔軍との戦いで荒れた建物の中を見まわし、カザンは鼻で笑った。
「ふん、小汚ねぇトコだな。お前らメイドのくせに大して働いてねぇんじゃねぇのか?」
「テメェらが荒らしたんだろうが…!」
「あぁ!?」
「な、なんでもないですわ!!」
カザンの言葉に思わず感情的になったキララだが、すぐに外面を取り繕う。カザンはそれを鼻で笑い飛ばすと、屋敷の外で控えていた部下たちにアゴで命令を始めた。
「おい!中を調べろ、片っ端からだ!」
「ヘイッ!!」
「ブッコワセェエエ!!」
カザンが言うと、外にいた悪魔たちは屋敷の中に雪崩れ込み、目につく家具や、装飾などを破壊していきながら、広い屋敷の上の階や、他の部屋を目指して歩き始める。
「待ってください、なんでこんなことを!」
「お前らが変な罠を仕掛けてるかもしれねぇからなぁ!屋敷の隅々まで細かぁく調べなきゃなぁ!」
「でも」
「うるせぇな!一般人は避難させてやったろうが!まだ文句があんのか!!」
カザンは振り向き様に怒鳴りながら真理子の腹に拳を叩き込む。真理子がうずくまると、すぐに珠緒と焔が真理子を手当てし始めるのだった。
「この…っ!」
「おおっと、妙なことは考えるなよ?お前らが俺に危害を加えようとした瞬間、俺はこいつを押す」
キララの鋭い表情を見て、カザンは腰に巻いていたポーチのようなものから、何かのスイッチを取り出す。メイドたちの動きが止まると同時に、カザンはニヤリと笑いながら話を始めた。
「これがなんだかわかるかぁ?正解は爆弾の起爆スイッチだ。さて、どこの爆弾だろうなぁ〜?」
「!!」
「押して確かめてみるか?」
「待って!!やめてください!」
挑発するように言葉を並べるカザンに対し、焔は清峰の身を案じ、必死になって止める。焔の必死さを目の当たりにしたカザンは声を上げて笑った。
「ふはははは!待ってやるよ!その代わり、テメェらも妙な真似はするんじゃねぇぞ!そこで大人しくしてろ!」
カザンが言うと、彼の部下の悪魔たちが、焔たちを取り囲む。焔はひとり、この状況に息を呑むのだった。
(このままではカザンに攻撃できない…日菜子さんたち、どうか、早く侯爵を救って…!)
その頃 星割山山頂
夜の闇に紛れながら、日菜子率いる部隊が清峰の囚われている山頂を目指して草むらをかきわけて進んでいた。
「そろそろ山頂だよ!」
山に詳しく、メンバーの先頭を進む弥生が、他の女性たちに報告する。それを聞きながら、ふと華燐がつぶやいた。
「いやぁ、ここまで悪魔もいなくてよかった」
「ね。ラクできてサイコー」
華燐の言葉に、菜々子も歩きながら賛同する。そんな彼女たちの頭上から、風に乗っていた咲来が着地した。
「上から偵察してきました!悪魔はいません!侯爵も山頂にいます!」
「よし!このまま行こう!」
咲来の報告を受け、日菜子は先に進む指示を出す。それに従い、星霊隊のメンバーたちは坂道をのぼり続ける。
そうしているうちに、日菜子たちは獣道のような森の中を抜け、山頂の近くまでたどり着く。そこには、荒れ果てた簡易テントと、倒れている清峰の姿が見えた。
「お、侯爵だ!」
「麗奈、江美さんと一緒に侯爵のところへ!他のみんなは周囲を警戒しながら山を登って!」
日菜子がハキハキと指示をすると、麗奈と江美が清峰のもとに歩いていく。同時に、それ以外のメンバーたちが周囲を見回して警戒した。
麗奈と江美が清峰に近づこうとすると、直後、椅子に縛られている清峰がゆっくりとまぶたを開き、星霊隊の姿に気づくと声を上げた。
「来るな…!罠が仕掛けられている…!」
「えっ!?皆、一旦止まって!」
清峰の言葉に、日菜子は戸惑いながら指示を出す。日菜子の指示に従って星霊隊の女性たちが足を止めると、清峰が話し始めた。
「爆弾だ…!私の近くに時限爆弾が仕掛けられている…!早く私を置いて逃げろ!」
「そんな!」
「いいから早くこの場を去るんだ!」
躊躇う日菜子に対して、清峰は声を大きくして叫ぶ。日菜子が歯噛みをしていると、日菜子たちの背後から足音が聞こえてくる。彼女たちが振り向くと、無数の悪魔たちが日菜子たちに近づきつつあった。
「う、嘘でしょ…!?さっき悪魔を作る機械は壊したはず、どこにこんな数の悪魔が…!?」
結依が思わず怯んで後ずさる。逃げ道を塞がれ、囲まれた日菜子たちは、逆に清峰のいる方向へとじりじり追いやられていく。
「くっ…カザンめ、ここまで読んでいたか…!すまない…みんな!」
清峰は日菜子たちに謝る。日菜子たちが清峰のそばまで下がってくるなか、日菜子は首を横に振った。
「侯爵、謝らないでください!今、侯爵も助け出して、ここも抜け出します!」
「しかし…!」
「麗奈!爆弾を解除して!江美さんは侯爵の縄を!残りのみんなは、それまでここを守って!」
「了解!!」
日菜子は一切怯まず、声を張って指示を出す。最後まで諦めようとしない日菜子の姿勢に、星霊隊の女性たちは威勢よく返事をし、それぞれの武器を発現させて、自分たちを取り囲む悪魔たちと戦おうとする。結依や弥生といった飛び道具が武器であるメンバーは、すでに悪魔に対する攻撃を始めていた。
「みんな…すまない…」
「謝ることはないですよ〜。さ、さっさと逃げる準備をしましょ〜」
清峰の言葉に対し、江美が軽い空気で答えながら、清峰を縛る縄をほどき始めようとする。しかし、江美が縄に触れようとしたその瞬間、赤黒い電流が彼女の指先に走り、江美は咄嗟にその場を離れた。
「魔力による呪い…これは巫女のお祓いでないと解けない…か」
江美は静かに、淡々と状況を分析する。その間に、麗奈も爆弾を解除し始めると、麗奈も冷静に状況を報告し始めた。
「爆弾のタイマーを発見。残り時間は2分57秒」
「解除間に合う!?」
「解除に必要な時間は最低でも5分です」
「そんな…!」
麗奈と江美の報告を受け、日菜子は言葉を失う。すぐに清峰は諦めたように下を向いた。
「みんな…ここまでしてくれてありがとう…早く、できるだけ遠くに逃げてくれ…死ぬのは私だけでいい、早く…!!」
「お姉ちゃん、悲しいけど、ここは逃げないと、みんな死んじゃう..!今なら、一点集中すれば逃げ切れる、だから…!」
清峰の言葉を聞き、菜々子が日菜子に言う。日菜子は、目の前に来ていた悪魔を殴り倒すと、俯き、顔を上げてから清峰に声を上げた。
「…侯爵…ごめんなさい…!!みんな!屋敷に向かって逃げ…」
日菜子が言おうとした瞬間だった。
あたりに一陣の風が吹き抜ける。星霊隊のメンバーたちがよろめいたその直後、日菜子たちを取り囲んでいた悪魔たちの首が次々に消し飛ぶ。
「え…?」
日菜子たちが戸惑っているなか、直後、触れることもできないはずの清峰を縛る縄が、謎の力によって両断され、清峰の拘束が解かれた。
「!?」
「あ、こ、侯爵の縄が!」
その様子に気がついた晴夏と華燐が、すぐさま清峰の肩を担ぐ。一連の状況を見た日菜子は、すぐさま指示を出した。
「よし、逃げよう!!急いで!!」
不思議な状況を理解しきれない中、日菜子はただひたすら指示を出し、星霊隊のメンバーたちと共に山を降り、走って逃げていくのだった。
その頃 清峰屋敷内部
カザンの指示に従い、悪魔たちが屋敷の中を破壊しながら歩き回る。1階にカザンと共に待機させられていた焔たちは、じっとその様子を見守り続けることしかできなかった。
カザンが焔たちに背を向けている隙を見計らい、真理子が焔に耳打ちし始めた。
「焔、このままじゃ、もうすぐあの部屋に気づかれるよ...!早く結界を張らないと…!」
「ダメよ…まだ救出チームからの連絡がきていない。ここでやってしまったら、侯爵の命が…」
焔が小声で答えていたその瞬間、メイドたちの耳に、小さく爆発音のようなものが聞こえてくる。焔が窓から山の方をみると、赤い炎と黒い煙が立ち上っていた。
「…!?カザン、あの炎は…!」
焔が思わず敬語を使うのも忘れて尋ねる。カザンはゆっくり振り向くと、他人事のように答えた。
「あぁ、時限爆弾だなぁ」
「どういうこと!?話が違う!!」
「なんの話だ?」
「要求に従えば侯爵は無事に返還されるはず!」
「誰がそんなこと言った?えぇ?『要求に従わなきゃ殺す』って言っただけだぜ?『要求に従ったら生かして返す』とはひとことも言ってねぇよ俺は?ふはははは!!!」
「くっ…!!」
カザンの高笑いに対し、焔は奥歯を噛み締め、拳を握りしめる。そんな焔の横に、同じく拳を握ったキララが立ち、耳打ちした。
「焔さま、やっちまいましょう!」
「…ええ、そうしましょう」
焔はキララの言葉にそう答えると、耳につけている通信機を押さえて話し始めた。
「灯野です…各位、作戦開始!!」
焔の声が1階に響く。瞬間、窓の外に青い半透明のバリアーが展開されと同時に、屋敷の各所から星霊隊のメンバーたちが飛び出し、悪魔たちに襲いかかる。屋敷の内部では、悪魔たちの悲鳴が聞こえ始めた。
そして、真理子、キララ、珠緒も、それぞれの武器を発現させると、油断していたカザンの背後から襲いかかった。
「くたばれ卑怯者ォ!!」
「!!」
キララがカザンの脳天を目掛け、自分の武器である三節棍を振り下ろす。カザンはすぐさま振り向き、魔力で発現させた自分の刀でそれを受け止めた。
「おぉっとぉ!ふん、やっぱり来やがったな!」
カザンはニヤリとしながらキララの腹を蹴り飛ばす。キララが吹き飛ばされたその先にいた珠緒も、まとめて壁に叩きつけられた。
すぐに真理子が自分の武器である霊力の2丁サブマシンガンをカザンに対して連射するが、カザンは刀を回転させて飛んできた銃弾を弾き返した。
「ははは!無駄だ無駄!!お前たちの行動はわかってんだよ!窓の外を見てみろよ!!」
カザンは銃弾を周囲に弾きながら言う。真理子が銃撃をしている間に、焔が一瞬だけ窓に目をやると、無数の悪魔たちが屋敷に迫っていた。
「なんて数…!」
「そうだ!たとえ屋敷の中の俺たちを倒せたところで、屋敷の外のこの第軍勢は倒せねぇ!清峰も爆死した!お前たちの負けだ!!」
カザンはそう言って勝ち誇ると、銃弾を弾き返しながら真理子に接近する。
距離が縮まってきた真理子は、銃撃をやめて蹴りをカザンに浴びせようとするが、カザンは頭を振ってそれを回避しつつ、額に生えた角で真理子の足を払う。
「っ!」
足を払われ、その場に倒れた真理子の腹に、カザンは刀を突き立てた。
「ぐあぁあああ!!!」
「真理子っ!!」
脇腹を貫かれた真理子は、その痛みで絶叫する。様子を見ていた焔はすぐさまカザンに背後から殴りかかるものの、カザンは振り向きざまに焔の腹に拳を叩き込んだ。
「ぅっぐ…!」
焔の体が大きく丸まったその直後、カザンは焔の頭を腕で抱え、焔の肋骨を思い切り殴りつける。
「ぁ...っ…!」
焔の肋骨が折れ、息ができなくなる。そんな焔をその場に投げ捨てると、カザンは真理子の腹に刺していた刀を乱雑に抜き、倒れた焔を見下ろした。
「そこの骨が体に突き刺さりゃ、お前はゆっくり死んでいく。せいぜい走馬灯を楽しめや」
「き…さ…ま…!」
カザンは焔の声を背中で受け止めながら、カザンは屋敷の外につながるであろう扉に手を伸ばすが、青白い電流が彼の手に流れ、すぐにカザンは扉から手を離した。
「ああ、そういや、今、結界を張ってるんだったっけか。まぁ俺には効かねぇんだが」
カザンはそう呟くと、そこに倒れているメイドたちを眺めながら刀を地面に突き刺し、白と黒の円を地面に出現させた。
「あばよ、おめえら。あの世で楽しんでな」
カザンは焔たちに捨て台詞を吐くと、地面に吸い込まれるようにしてその場から消え去るのだった。
消えるカザンに対し、焔は手を伸ばす。しかし、その手は決して届かなかった。
数分後 悪魔回廊
悪魔軍の一部が使用している、秘密の通路、悪魔回廊。
これは、この世界の各地へと繋がっており、これを使うことによって、通常は数時間かかる距離であっても、数分で移動できるようになる。
日菜子や清峰といった通常の人間たちには決して認識できない通路で、悪魔軍の神出鬼没の攻勢はこの悪魔回廊によって実現されていた。
カザンはそんな悪魔回廊のなかにやってくる。回廊の中は全て黒色の壁に包まれており、普通の人間にはただの暗闇にしか見えなかったが、悪魔にとっては問題なく歩き回れる空間だった。
「ふぅ。清峰は爆殺、救出に来た連中も道連れ、屋敷の連中も包囲した。こうなりゃ俺はサボるだけだ。数分後、また屋敷に行けば全ての手柄は俺のものになってる…いい気分だぜぇ!」
カザンは悠々と、背中を伸ばしながら回廊を歩いていく。彼が目指しているのは、清峰を拘束していた、山の山頂だった。
このまま彼が目的地に辿り着こうとしたその瞬間、突如、鋭い殺気がカザンの背中に突き刺さる。
(この殺気…まさか…!!)
カザンは嫌な予感がすると、振り向きざまに魔力で発現させた刀を振るう。そのカザンの刀に、凄まじい衝撃が走ると同時に、カザンの刀は真っ二つに折れた。
「…!貴様…!!」
カザンは目の前にいる、殺気の正体に気づいて言葉を失う。一方、殺気の正体は、黒いロングコートをたなびかせ、カザンににじり寄った。
「また会ったな、カザン」
カザンの目の前に立つその男、東雲幸紀は、カザンに対して余裕の表情で話しかける。一方のカザンは、折れた刀を投げ捨て、幸紀から後ずさるが、幸紀はカザンが離れた分だけ距離を詰めていくのだった。
「コーキ…!なぜ生きている…!!」
「死ぬ理由がなければ生きている。当然だろう」
「この死に損ないが…!」
カザンはそう言い放つと、背中に回していたショットガン、「滅魔砲」を幸紀の方に構える。
「今度こそ死ね!!」
カザンは裂帛の気合いと共に、叫び声を上げながら「滅魔砲」の引き金を引く。赤黒い銃弾が、幸紀の体に向かって飛んできた。
しかし、幸紀は全く怯まず、刀を縦に力強く振るい、銃弾ごと「滅魔砲」の銃弾を真っ二つに叩き切った。
「ひぇっ…!!」
抵抗する手段を全て失ったカザンは、小さく悲鳴を上げる。「滅魔砲」の残骸を投げ捨て、カザンは幸紀の説得を始めた。
「ま、待ってくれコーキ!!お前の要求を聞かせろ!いや、聞かせてください!!人間か!?人間たちがそんなに気に入ったのか!?だったらほら、今すぐ兵を退かせて助けてやるから!な!?」
「そんな必要はない。どうせ死んでいる」
「え?」
カザンの言葉に、幸紀は短く答え、真っ黒な地面を靴で踏み鳴らす。すると、地面に、上空から見た清峰屋敷の映像が広がった。
「こ、これは…」
「お前が喉から手が出るほど欲しがっている清峰屋敷だ。お前の部下たちも、屋敷に群がっているな。さて」
幸紀はそう言うと、もう一度靴を踏み鳴らす。映像の一部が拡大され、屋敷を囲む悪魔たちの外側の部分が映し出される。
すると、その悪魔たちが次々と、山から下りてきた日菜子たちによって倒されていくのだった。
「な、なんだと…!!奴らは爆殺したはず!!」
「見込み違いはそれだけか?」
幸紀は靴を踏み鳴らす。次に映し出された映像は、屋敷の中から出てくる星霊隊のメンバーたちの姿だった。その中には、カザンが重傷を負わせたはずの焔と真理子の姿もあり、ふたりの傷は癒えていた。
「そんなはずは…!」
「あの屋敷の中には傷を癒せる人間がいた。それだけのことだ。それよりも、もっと面白いものを見せてやる」
幸紀は靴を鳴らし、再び日菜子たちの戦う姿を映し出す。少し待つと、無傷で堂々と指揮を執る清峰の姿が映っていた。
「バカな…!!絶対に、あの女だけは殺せたはずだ!縄には呪いもかけたし、爆弾も確かに爆発した!なのに、なぜ生きているんだ!?」
「俺が助けてやった。それだけの話だ」
状況を信じられずに声を荒げるカザンに対し、幸紀は冷静に言う。そんな幸紀に対して、カザンは感情を爆発させた。
「コーキィ!!貴様、なぜ我々の邪魔をする!!貴様が邪魔をしなければ!俺は屋敷を奪って出世できたのに!!この汚れた血の入った裏切り者め!!」
カザンは幸紀に対して指を突きつけながら詰問する。それに対し、幸紀は無言で刀を振るい、突きつけられたカザンの腕を切り飛ばした。
「ぬぁあああ!!!」
「俺が裏切り者?笑わせるな。先に俺を裏切ったのは貴様らだろう。清峰屋敷の秘密も、『天正大結界』の情報も、全て俺から得た情報だろうが。だというのに、その俺の出生を罵り、俺を追放したのは、お前だ!!」
幸紀はそう叫びながら、カザンの右足を目掛けて刀を振るう。幸紀の刀は、カザンの右足を黒い煙に変え、カザンは悲鳴を上げながら大きく姿勢を崩した。
再び刀を構える幸紀に対し、カザンはまだ斬られていない右腕を前に伸ばしながら、首を横に振った。
「悪かった!!本当にすまなかった!!お前の言う通りだ!!でも違うんだコーキ!!」
「何が」
「お前を追放したのは、俺の意思じゃないんだ!!」
「ほう?」
カザンの言葉に、幸紀は興味深そうに声をあげ、刀をカザンの首に突きつける。幸紀はそのまま尋ねた。
「では誰のせいだ」
「テルギアだよ!アカツキ侵攻軍の総指揮官!俺の直属の上司のアイツにやれって言われたんだ!」
「テルギア…悪魔神王の弟か…」
カザンの言葉に対して、幸紀はふと呟く。カザンは幸紀の呟きをよそに、愛想笑いをしながら幸紀に訴えかけた。
「な?俺は悪くないんだよ!!悪いのはテルギアたちなんだよ!!」
「…そうだな」
カザンの言葉に、幸紀は短く答える。殺されずに済みそうになったカザンは笑顔のまま眉を上げた。
「そ、そうだよな!じゃあ、俺のことは、助けてくれるよな!?」
「そうだな。俺は貴様と違って約束は守る男だ。さっき命乞いもされたことだし、殺さないでやろう」
「おぉ…!」
カザンの表情が明らかに明るくなる。その瞬間、幸紀は刀を振るった。
「ぬあぁっ!!」
瞬間、残っていたカザンの腕と足が斬り飛ばされ、黒い煙に変わる。そのままその場に姿勢を崩したカザンを、幸紀は見下ろした。
「い、痛てぇ…!こ、コーキ、殺さないって言ったろ…!!貴様、約束は守れよ…!」
「何を言っている。殺してはいないだろう。『この俺』からはこれで最後だ」
文句を言うカザンに対して、幸紀は言い返す。幸紀の言葉の意図が理解仕切れないカザンは、仰向けに倒れながら尋ねた。
「どういうことだ…?」
「手足も動かないまま、人間たちのところに放り込まれたら、どうなるだろうな?それを試してみよう」
「…!!待て、コーキ!!やめろ、やめてくれ!!」
幸紀はカザンの首を掴みながら、足元に広がる、日菜子たちの活躍する映像を見下ろす。すでに日菜子たちの活躍によって、屋敷を取り囲んでいた悪魔たちは、全て一掃されていた。
「ふん。さすが俺が見込んだだけのことはある連中だ。カザン、良かったな。楽に死ねるぞ」
「待ってくれぇえええ!!俺はまだ死にたくねぇ!!まだ、俺は、軍で出世しなくちゃならねぇんだ!!こんな!!こんな人間の!!しかも女どもに殺されるわけにはいかねえのに!!」
「お前が弱いのがいけないんだ。弱者はどんな理不尽にも耐えろ。安心しろ、お前の名は俺が語り継いでやる。人間の、非力な女たちに負けた、悪魔の面汚しとな」
「コォオオキィィイイ!!!!」
幸紀はカザンの叫びを聞き流しながらそう言うと、地面に刀を突き立てる。黒い地面に円形の穴が開くと、幸紀は足元に見える星霊隊の女性たちの元へと放り投げるのだった。
「うぅぅわぁああああ……」
カザンの悲鳴が遠のいていく。幸紀は身動きの取れないカザンが、星霊隊の女性たちに囲まれたのを見て、小さく微笑むのだった。
清峰屋敷前
「うぐぁっ!!」
上空から背中を地面に叩きつけられるようにして、カザンは地上に落ちてくる。もうすでに両腕と両足を斬り捨てられたカザンは、身動きが取れず、顔を振ってただ周囲から迫ってくる星霊隊の女性たちの姿を目の当たりにすることしかできなかった。
「くっ、来るな!!やめろ!!」
「こいつがカザンだね…!あとはこいつだけだ…!」
真っ先にカザンの近くに来た日菜子が、カザンを見て言う。それに従い、続々と星霊隊のメンバーたちが集まってきた。
「侯爵!この悪魔、どうしますか!!」
日菜子は清峰に尋ねる。尋ねられた清峰は、カザンの顔の横まで歩くと、しゃがみこんでカザンを見下ろした。
「やめろ!!寄るんじゃねぇ!!」
「カザン、お前は、私たちの仲間を大勢奪ってきた。彼や彼女たちの尊厳や、誇りや、そして命を奪ってきた。その恨み、奪われた人間の悲しみ、お前に理解させてやろう」
「やめろぉおおおお!!!!」
「星霊隊、かかれ!!」
清峰の号令がかかる。瞬間、夜明け前の暗闇が包むその周辺に、霊力による様々な色の閃光と、女性たちの掛け声、そして、カザンの最期の悲鳴が、あたりに響くのだった。
10分後 清峰屋敷前
カザンがリンチされて殺害される様子を、幸紀は悪魔回廊から見届け、しばらくしてから星割山に降り立つと、何事もなかったかのように山から下り、屋敷の前にいる星霊隊の女性たちの方へと歩き出す。
そんな幸紀の姿に最初に気がついたのは、日菜子だった。
「あっ、幸紀さん!!」
日菜子の言葉に、星霊隊のメンバーたちは一斉に振り向く。女性たちは幸紀に向けて走り出そうとするが、そのメンバーの中にいた清峰がそれを止めた。
「待て!幸紀は死んだはず…!あれは偽物の可能性が高い!」
「ふふふ、相変わらず侯爵は素直でいらっしゃる」
緊張感のある清峰の言葉に対し、幸紀は小さく微笑みながら答える。幸紀はそのまま言葉を続けた。
「確かに吹き飛ばされはしましたが、ご覧の通り、生きております」
「本当か?お前が本当に幸紀なら、ここにいる全員の名前を言えるだろう。言ってみろ」
疑いをぬぐいきれない清峰は、幸紀に命令する。幸紀はニヤリと笑ってから答え始めた。
「日菜子、四葉、晴夏、結依、弥生、明宵、雪奈、咲来、璃子、麗奈、水咲、江美、すみれ、望、心愛、紫黄里、朋夜、華燐、菜々子、千鶴、珠緒、キララ、真理子、焔」
幸紀はよどみなく、清峰に対して24人の女性たちの名前を言う。そして、幸紀は、清峰の目を見て答えた。
「そして、早苗様」
「…幸紀…疑ってすまなかった」
幸紀の答えを聞き、清峰は頭を下げる。そのまま清峰は、肩を震わせながら、頭を下げつつ言葉を続けた。
「…無事で…よかった…!」
清峰はそう言うと、大粒の涙をこぼし始める。メガネを外して目元を拭う清峰の背中を、焔と真理子が支えると、清峰はそのまま言葉を続けた。
「幸紀のおかげで…私たちは救われた…!幸紀のおかげで、みんながここに来てくれた…!!ありがとう…!!幸紀がいてくれて、本当によかった…!!」
「…ふっ、泣き虫なのは変わりませんね。侯爵、皆が見ています。顔をあげてください」
泣きながら礼を言う清峰に対し、幸紀は諭すように言う。幸紀に諭された清峰は、涙を拭き終えると、顔を上げ、メガネを掛け直した。
「…ひっく…もう…大丈夫だ」
「それは良かった。では、今日ここに揃い、命懸けで戦ってくれた『星霊隊』の面々に、ねぎらいの言葉をお願いします」
幸紀に言われると、清峰は頷き、星霊隊の女性たちの方に振り向いた。
「『星霊隊』の諸君!今日はよく戦ってくれた!諸君らの奮戦のおかげで、我々は勝利することができた!心から礼を言う!」
清峰の言葉に、星霊隊の女性たちはそれぞれ小さく頷く。清峰はそのまま言葉を続けた。
「だが、我々の戦いはこれからだ!明日からも、この国の各地にいる悪魔たちを倒し、悪魔を絶滅させる!そのために、諸君の力を貸してくれ!!」
清峰が言うと、星霊隊の女性たちは声をあげ、拳を突き上げる。それを見た清峰は、星霊隊の女性たちに指示を続けた。
「だが、今日はみんな疲れただろう。ゆっくりと休み、明日に備えて英気を養ってくれ!!屋敷の風呂も、ベッドも好きなように使ってくれ!解散!」
清峰の言葉に、女性たちから歓声が上がる。彼女たちはそのまま談笑しつつ、屋敷の中へと入っていくのだった。
同日 朝9:00 清峰屋敷
長い夜が明けた。
悪魔たちとの戦闘での喧騒は、まるでなかったかのように、静かな朝だった。
そんな屋敷の前に、星霊隊の女性たちが集まる。その女性たちの前に、清峰と幸紀が立った。
「おはよう、諸君。昨晩はよく眠れただろうか」
「久々に足を伸ばせて眠れたよぉ」
清峰の問いに、メンバーたちは思い思いに呟く。清峰はその言葉を聞き流し、話を続けた。
「今日から我々は、悪魔への反撃を開始する!敵の本拠点は、この国の北部にあると考えられており、我々は東側から敵の拠点を目指す!おそらく、進路のほとんどは悪魔に占領されており、厳しい戦いが予想されるだろう。だが、星霊隊は止まるわけにはいかない!悪魔を打ち倒し、平和を取り戻す!諸君らの奮戦を期待しているぞ!」
清峰の演説が終わると、女性たちは返事をする。そして、次の目的地を目指して、整列しながら歩いていくのだった。
そんな女性たちの背中を見て、幸紀は小さくほくそ笑んだ。
(…フッ…我ながらいい道具たちを選んだものだ...これからも、利用させてもらうとしよう。俺の復讐を完遂するその日まで)
幸紀は悪魔を全て打ち倒すその日を思いながら、彼女たちの後ろを、ゆっくりとついていき、次の戦場を目指すのだった。
隊員紹介コーナー
隊員No.Ex
名前:清峰早苗
年齢:26
身長:160cm
体重:49kg
スリーサイズ:B84(D)/W57/H83
武器:試作型霊力リボルバー拳銃
好きなもの:純文学
嫌いなもの:悪魔
特技:茶道
趣味:読書
外見:黒髪のポニーテール、黒いメガネと薄青のスーツ
能力:なし
簡単な紹介
心泉府霊橋区の田舎な地域を任される侯爵。
アカツキ国における対悪魔戦線の急先鋒で、悪魔対策を国に強く訴えかけていた。
基本的には冷静沈着な態度だが、内心はかなり感情的な一面をもつ。
隊員No.0
名前:東雲幸紀
年齢:29
身長:188cm
体重:84kg
武器:日本刀
好きなもの:誇り
嫌いなもの:侮辱
特技:戦闘
趣味:不明
外見:黒いロングコート、傷を負った顔、鋭い眼光、黒髪オールバック
能力:桁外れな出力を誇る霊力と不死身の肉体
簡単な紹介
清峰侯爵に仕える男。
その正体は、悪魔軍の最強の剣士、コーキが変装した姿。
「誇り」というものに強いこだわりを持ち、自分を侮辱し、追放した悪魔軍に対して復讐を成し遂げるため、旅を続ける。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
次回もお楽しみいただけると幸いです
今後もこのシリーズをよろしくお願いします