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第11話 頼りない後輩

前回までのあらすじ

 清峰屋敷を目指して旅を続ける幸紀たちは、その道中、人体実験をおこなっている悪魔を打ち倒し、研究所を突破する。

 その過程で日菜子の妹である菜々子や、晴夏の友人である千鶴を味方に加え、いよいよ幸紀たちは目的地である清峰屋敷に到着しようとしていた。

6月20日 15:00 真川さねがわ県 泉谷いずみや

 幸紀が運転するバスが高速道路を進む。しかし、整備されていたはずの道路はやはりところどころ破壊され、路上で放置された車も少なくなかった。

 幸紀はそんな光景を横目で眺めつつ、上側に視線をやる。そこに設置されている案内標識には、矢印の先に『心泉府』と書かれていた。


 幸紀は目を細める。そんな幸紀の隣に、日菜子がやってくると、周囲を見回して幸紀に話しかけた。


「幸紀さん、もうすぐ清峰侯爵のお屋敷ですね!」


 日菜子の言葉に、幸紀は小さく頷く。近くに座っていた千鶴がそれに反応した。


「あの、すみません。さっき、お屋敷を目指してるってお話はしてもらったんですけど、なんでお屋敷を目指してるんですっけ…?」


 千鶴が申し訳なさそうに尋ねると、近くにいた菜々子が話に加わった。


「ウチらは清峰侯爵の命令で悪魔たちと戦う部隊で、幸紀くんは悪魔に対抗できる人間を集めてる。侯爵に仕えるメイドさんたちは強い人も多いし、お姉ちゃんたちが集めたウチら以外の星霊隊のメンバーたちとも屋敷で合流する予定になってる。だから屋敷に行く、でしょ?幸紀くん?」


 菜々子の流れるような説明に、日菜子以外のメンバーが感心の声を上げる。同意を求められた幸紀は短く頷いた。


「菜々子の言う通りだ。侯爵は対悪魔軍の急先鋒、当然その部下も猛者が揃っている。だが、それだけに悪魔軍の攻勢も激しいはずだ。気を引き締めろ」


 幸紀の言葉に、女性たちの表情も引き締まる。話を聞いていた朋夜も、思い出したように話し始めた。


「そういえば、この状況、侯爵の屋敷では民間人の受け入れもおこなっていたはず。いくら精鋭が揃っているとはいえ、民間人を守りながら戦うのは至難の技でしょう。一人でも多く無事だと良いのですが…」


 朋夜の言葉に、さらに女性たちの表情が鋭くなる。しかし、すぐに晴夏が空気を軽くするように声を上げた。


「なに、オレらならいけるっしょ!普通の人も助けて、メイドさんたちも助ける!やったろうぜ!」


 晴夏が声を上げると、日菜子は改めて全員の前に立って話し始めた。


「晴夏の言う通りだよ!みんなで一緒に、人を助けよう!」


 日菜子の号令に、女性たちは声と拳をあげて応える。幸紀はそんな様子を背中で感じながら、ひとり全く別のことを考えていた。


(屋敷の悪魔軍の指揮官はカザン…奴は俺の追放に一枚噛んでいるはずだ。俺の誇りを踏み躙った礼は、たっぷりさせてもらおう)


 戦場に飛び込む中でもどこか明るい女性たちとは対照的に、幸紀は黒い感情を抱きながらアクセルを踏み締めるのだった。



同日 18:00 心泉府 霊橋区 清峰屋敷

 太陽はもうほとんど沈み、西日が薄暗い森に囲まれた洋館である屋敷を照らす。その屋敷の最上階の5階から、屋敷の主人である清峰早苗侯爵は、窓の外の景色を見つめていた。

 正面に見える緑豊かな山の裾野の両側からは紫の煙が立ち上り、さらに山の中央から無数の黒い影が屋敷の正門に歩いてきていた。

 対して正門で待ち構えるのは、背は高いがか細い鉄の柵と、十数人のメイド服の女性たち。彼女たちは自らの霊力によって各々の武器を発現させ、柵の内側から迫り来る悪魔たちの様子を見ていた。


「また来たのか…!」


 清峰は黒い眼鏡をかけ直しながら、状況を見て息を呑む。しかし、すぐに気を引き締めると、ポケットから通信機を取り出し、それに向けて声を張った。


ほむら灯野とうのメイド長!今どこにいる!?」


 清峰に呼ばれたメイド長、赤い長髪に成熟した体つきに赤いメイド服をまとった若い女性、灯野焔は、耳につけたマイク付きのヘッドフォンを抑えて言葉を返した。


「灯野です。今は食堂で一般の負傷者の手当てをおこなっています」


「北から悪魔の大軍だ。そこは誰かに任せて、戦闘の指揮を頼む!」


「承知しました、ただちに向かいます」


 焔は自分のいる食堂の様子を見回す。彼女の部下であるメイドたちが慌ただしく一般の負傷者たちを手当てしている。焔はそのメイドのうちのひとり、青い髪のミドルヘアーの女性のもとに近づいた。


青崎あおさきさん」


 焔が低い声でその女性、青崎あおさき珠緒たまおの名前を呼ぶと、呼ばれた女性は手当を終えたところで立ち上がり、緊張した様子で姿勢を正した。


「は、はいっ!」


「これから戦闘です、ついて来て」


「はいぃっ!」


 焔はそう言うと、振り向いて歩き出す。珠緒も焔について行くようにして歩き出すが、ふと、窓から外を見る。山から下ってくる悪魔の無数の黒い影に、珠緒は思わず顔を引きつらせた。


「すごい数…こんなの勝てるわけない…」


 珠緒は思わず足を止めて呟く。ごく小さな独り言で、周囲の誰も聞かなかったが、焔はそれを聴き逃さなかった。


「珠緒、来なさい」


「…」


「珠緒!」


 言葉を失っている珠緒に、焔は声を大きくする。珠緒が我に還ったかと思うと、直後に焔は珠緒のメイド服の肩口を掴み、そのまま食堂の外の廊下まで引きずり出した。

 廊下ではメイドたちが慌ただしく走り回っている。焔は自分たちが注目されていないことを確認すると、珠緒を壁際に追いやり、声を大きくした。


「今の発言は何?一般の方もいるというのに、彼らを不安にさせるような発言をして」


「す、すみません!でも…!」


 焔の詰問に対し、珠緒は言葉を返そうとする。そんな珠緒の頬に、焔は平手打ちを叩き込む。珠緒はわずかに赤く腫れた自分の頬を押さえながら、鋭い表情の焔の言葉に耳を傾けた。


「私たちは侯爵に仕えるメイド。メイドたるもの、周囲の士気には最も気を配らなければならない。自分の気持ちなど二の次三の次で任務を遂行しないといけないの。あなたならわかるでしょう、珠緒」


 焔の冷静な叱責の言葉に、珠緒は小さくなって頭を下げる。焔はそのまま言葉を続けた。


「メイドである以上、周囲の士気を下げることは二度と言わないこと。淡々と目の前の任務をこなしなさい、いいわね?」


「はいぃ!申し訳ありませんでした!」


「行くわよ」


 珠緒が反省したと認識した焔は、その場で叱責をやめ、手袋を着けながら指示を受けた場所に向けて歩き始める。珠緒も小さくなりながら焔の背中に続いた。


 長い廊下を歩き、分厚い屋敷の扉を押し開け、焔と珠緒は他のメイドたちが悪魔たちを待ち伏せている正門までやってきた。他のメイドたちの視線を一瞬集めながら、焔は通信機に声を張った。


「侯爵、灯野です。持ち場に到着しました」


「了解した、健闘を祈る」


 焔と清峰が通信している間に、珠緒は他のメイドたちと同じような位置につき、柵の影にしゃがみ込む。そして霊力を右手に集中させると、自分の武器である短いナイフを発現させて大きく息を吐いた。


(大丈夫…大丈夫…怖くない…!!)


 珠緒は震える手でナイフを握り締め、自分の気持ちを誤魔化すように言葉を唱える。柵の向こうに見える悪魔の大軍が、刻一刻と彼女たちの目の前に近づいてきている。


「シャアアアア!!!」


 大軍の先頭を進んでいた悪魔たちが、正門に駆け寄り、棍棒を振り回す。棍棒の攻撃と複数の悪魔たちによる体当たりにより、鍵のかかっていた門はいとも容易く突破され、メイドたちの前に悪魔が現れた。


「迎撃開始!」


 焔の声があたりに響く。その指示に従うように、メイドたちは拳銃や刀、槍といった統一感のない各々の霊力による武器を駆使して正門を破った悪魔たちに襲いかかる。先手を取ったメイドたちは、最初に入ってきた数体の悪魔たちを取り囲み、悪魔を黒い煙に変えた。

 だが、すぐに正門の横の柵を乗り越えて、十体以上の悪魔たちが敷地内に入ってくる。一歩引いていたところで様子を見ていた焔は、すぐに指示を出し始めた。


「珠緒、右側の悪魔を!左側は私が!」


 焔はそう言うが早いか、向かって左側の柵を越えて入ってきた悪魔に向けて走り出す。

 焔の目の前にちょうど柵を乗り越えて着地しようとした悪魔に、焔は真横から回し蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた悪魔は燃え上がりながら他の悪魔の集団の中に放り込まれ、侵入した悪魔たちのうちの数体が燃え尽きた。


(まずは5体…残りも5体…だがまだ敵は来ている…)


「シネエエァアア!!」


 冷静に状況を分析する焔に対して、悪魔の1体が棍棒を振り上げながら駆け寄ってくる。

 焔は自分の脳天に振り下ろされる棍棒を冷静に回避すると、悪魔とすれ違いざまに悪魔の首元に手刀を叩き込んで炎上させる。そのまま残りの悪魔のいる正面へ歩いていくと、そこにいた悪魔たち一体ずつに掌底、後ろ回し蹴り、肘打ち、二段蹴りと流れるように叩き込んで排除していくと、最後の1体にも勢いよく背中で体当たりをし、霊力で燃やし、黒い煙に変えた。


「きゃあぁああ!!」


「ミナミさん!!!」


 焔が悪魔を倒し終えた直後、正門の方から悲鳴が聞こえてくる。焔が振り向くと、正門は破られ、そこを守っていたメイドの1人が、複数の悪魔に押し倒され、倒れたところに何度も棍棒を振り下ろしていた。

 珠緒が棍棒を振り下ろす悪魔たちに対して、背後からナイフを刺していく。そうして攻撃を受けているメイドを助けられたかと思ったが、ようやく見えたメイドは、すでに息絶えていた。


「…!」


 珠緒は無惨な撲殺死体を見て息を呑む。しかし、すぐに別の悪魔が棍棒で襲いかかってきたのを見て、それをナイフで受け止めた。


「うぅぅ…!」


「珠緒!」


 窮地に陥った珠緒を見て、焔が珠緒を襲っている悪魔を殴り倒す。助けられた珠緒は肩で息をしながらナイフを握り直した。


「ありがとうございます、メイド長」


「メイド長ぉぉっ!!」


 メイドの1人の絶望したような叫びが響く。焔が咄嗟に振り向いた時には、そのメイドは引きずり倒されたうえ、足に鉤爪のようなものを刺されて地面を引き摺られて山の方へと連れ去られて行った。


「アズマさん!」


 焔の呼びかけも虚しく、メイドは焔の目の前から消える。奥歯を噛み締める焔に、休む間を与えないように悪魔たちが襲いかかってくるが、焔は霊力で手足に炎をまとわせ、体術によって悪魔を焼き払った。

 敵を倒し、一瞬の余裕が生まれた焔は、周囲の状況を確認する。周囲の様子を確認する。必死に奮戦するメイドたちに対し、1人につき最低でも5体ほどの悪魔たちがメイドたちを取り囲むようにして襲いかかっていた。


(いくら精鋭たちでも、こうも数に押されては…)


 焔が考えを巡らせるのもよそに、焔の耳につけた通信機から絶望したような叫びが鳴り響いた。


「食堂に悪魔が侵入!!」


「なんですって…!」


 焔は思わず言葉を失う。そんな焔に悪魔が襲いかかってきたが、焔は悪魔を受け流すようにして体術を叩き込むと、すぐに通信機に向けて声を張った。


真理子まりこ!」


 焔が仲間の名前を呼ぶと、通信機の向こうからハツラツとした返事が聞こえてきた。


「聞こえてるよ!今キララと一緒に向かってる!こっちは任せて!」


 真理子の返事が聞こえてくると同時に、焔の通信機に銃声と悪魔の悲鳴が聞こえてくる。焔はそれを聞きながら目の前の悪魔を蹴り倒すと、改めて構え直す。

 悪魔は相変わらず圧倒的な物量で攻め寄せ、メイドたちは次々と倒れていく。焔は敵を殴り倒しながら通信機に対して再び声を張った。


「灯野です。侯爵、正門側、負傷者多数。正門の維持は困難です。指示をお願いいたします」


 焔は冷静に清峰へ状況を報告する。上の階から状況を見て通信を受けた清峰は、即座に言葉を返した。


「清峰だ、すぐに屋敷の中に退避しろ!門は放棄して屋敷の扉を封鎖するんだ!」


「了解しました、各位、撤退開始!殿しんがりは私が務めます」


 清峰からの指示を受けた焔は、屋敷の外で戦うメイドたちに指示を出す。メイドたちはそれぞれ自分に攻撃してくる悪魔たちをあしらうと、屋敷の扉の方へと駆けていく。

 焔はすぐに屋敷への扉を開き、メイドたちを誘導する。同時に、避難しようとするメイドたちの何人かが悪魔によって殺害されてもいた。


「珠緒、急いで!」


 扉を守る焔が、最後まで残っている珠緒に声をかける。珠緒は自分に襲いかかってきた悪魔をナイフで切り裂くと、振り向いて焔の方へと走り出す。しかし、すぐに珠緒の道を塞ぐように悪魔が現れた。


「珠緒!」


 焔はすぐに珠緒を助け出すために、その悪魔を殴り倒すと、珠緒を引っ張って、振り向きながら扉の方に押す。

 しかし、そんな焔の背中に、悪魔の棍棒による一撃が振り下ろされた。


「ぅぐっ…!」


「メイド長!」


 珠緒はすぐに焔を襲った悪魔に対してナイフを投げつけ、黒い煙に変える。焔は背中を押さえながら、珠緒と共に転がり込むようにして屋敷の中に入る。すぐに他のメイドたちが近くにあったものをバリケードのようにして扉を封鎖した。


 悪魔たちが力任せに扉を叩く音が焔たちの耳にも響く。しかし、バリケードは頑丈で、しばらくは突破されないように考えられた。


「メイド長、傷は大丈夫ですか?」


 珠緒は不安になりながら焔に尋ねる。焔は少し表情を歪めたあと、背中を少し払ってから立ち上がって答えた。


「…平気よ」


 焔は短く言うと、右耳の通信機を押さえて報告を始めた。


「侯爵、灯野です。正門部隊、屋敷内に退避しました…生存者は…15人中、5名です」


 焔は冷静に事実のみを報告する。報告を受けた清峰は、目を瞑り、うつむいたが、すぐに顔を上げて次の指示を出し始めた。


「…了解した。食堂にいる真理子と合流したあと、2人で私の執務室に来てくれ。他の者は食堂の負傷者の治療にあたらせるように」


「承知しました」


 焔は清峰からの指示を受けると、通信を切り、改めてその場にいた部下たちの方へ向き直り、清峰からの指示を伝えた。


「戦闘お疲れ様でした。休む間もなく申し訳ありませんが、皆さんは食堂の負傷者の治療へ向かってください」


 焔の指示を受けると、メイドたちは食堂に向けて歩いていく。焔も執務室に向けて歩いて行こうとすると、食堂へ歩いていくメイドたちとすれ違うようにして、廊下の奥から緑色のメイド服に、明るい緑色の短髪の女性が歩いてきた。


「焔ー」


「真理子。無事だったのね」


 焔の目の前に現れたのは、先ほどまで食堂で戦っていたメイド、上入うえいり真理子まりこだった。明るい表情をしてはいるものの、そこには若干の疲労の色が見え隠れしていた。


「食堂の様子はどうだったかしら?」


 焔は真理子と共に上の階へ歩きながら尋ねる。真理子は一瞬俯いたあと、顔をあげ、明るい表情を作って話し始めた。


「楽勝、だよ!一般の方に被害は出してないしね!窓を破られたけど、バリケードを作ったからもう大丈夫!でも…何人か重傷を負って…無事だといいんだけど…」


 話しているうちに、真理子の明るい表情は徐々に重苦しく変わっていく。焔もゆっくりと目を伏せて言葉を返した。


「部下を失うというのは…嫌なものね」


「...うん…できれば、もう、そんなことにはなってほしくないよね…」


 焔の言葉に、真理子も静かに答える。

 そんなやりとりをしているうちに、焔と真理子は階段をのぼり終え、清峰の執務室の前までやってきた。すぐに焔は執務室の扉を叩く。


灯野とうの上入うえいりです」


「入ってくれ」


「失礼します」


 短いやりとりののち、焔は執務室の中に入る。その中では、清峰がホワイトボードに黙々とペンを走らせると、乱雑にペンのキャップを閉め、焔たちの方へと振り向いた。


「灯野メイド長、上入副メイド長、忙しい中よく来てくれた」


 清峰はホワイトボードを背にしながら焔と真理子に言う。真理子は清峰の背後にあるホワイトボードに目線をやった。


早苗さなえさま、そちらのホワイトボードは?」


「この屋敷の周辺図と、敵の位置、そして味方の生存者のリストだ」


 清峰はそう言ってホワイトボードの横に移動し、焔と真理子にもホワイトボードを見えるようにする。真理子が納得したように返事をしていると、焔が申し訳なさそうに、ボードに書かれていた名前のひとつを消した。


「失礼…アズマは…」


「…そうか」


 焔が歯切れ悪く言葉を発すると、状況を察した清峰は納得して俯くが、すぐに顔を上げた。


「犠牲が出たことは悲しいが、我々に立ち止まっている暇はない。我々は最後まで戦わなければならない。今後の抵抗作戦の立案に移るぞ」


 清峰の言葉に、焔と真理子も頷く。ふたりの様子をみた清峰はホワイトボードをペンの逆側でなぞりながら話し始めた。


「悪魔に侵攻され、全方向の門は突破された。我々はこの屋敷に籠城せざるをえない状況に追い込まれている。そして今もなお、悪魔軍は圧倒的な物量で屋敷に押し寄せてきている」


 清峰はそう言って、ホワイトボードの中央に四角で描かれている屋敷のの周りをなぞる。清峰がなぞるあたりは、悪魔を意味するマーカーの赤色で塗りつぶされていた。


「一方、現在こちらで戦闘可能なメイドは焔と真理子を含めても7人。重傷者は30名以上、それ以外の一般人も100人以上がこの屋敷にいる。彼らを守りながら、これだけの少人数で戦闘を継続するのは困難だ」


「まぁ、私たちも結構強いけど、守りながらでは流石に限界はありますよね」


 状況を説明する清峰に、真理子が同意して肩をすくめる。清峰も頷き、かけていたメガネをかけ直してから話し始めた。


「そうだ。よって、負傷者と一般人は逃し、我々はここに残って戦う」


 清峰が宣言すると、焔と真理子は表情を固くする。しかし、すぐに焔は切り替えて清峰に問いかけた。


「しかし、どうやって非戦闘員を脱出させるのですか?悪魔軍の包囲は厳重です。とても突破できるとは思えません」


 焔の意見を聞き、清峰はホワイトボードに1枚の紙を貼り付けた。


「この屋敷の地下の見取り図だ。地下には現在では使っていない旧ワイナリーがある。ここにある隠し通路を使えば包囲の外まで脱出することが可能だ」


「じゃあこれで一般の方をみんな脱出させるんですか?」


「いいや。残念ながら整備していないせいで1人が通るので精一杯だろう。そして通ったあとは崩れて二度と通行できないだろうな」


 清峰は真理子の質問に答えながら状況を説明する。清峰はそのまま説明を続けた。


「ここを脱出し、女王陛下が結界を張っている天正都てんしょうとまで行って、救援を連れてくる。メイドたちのうち誰かひとりがこれを実行し、残りは悪魔を引きつける。焔、この『ひとり』を、メイド長である君に選んでもらいたい」


 清峰は焔のほうを向いて言う。焔が黙り込んでいると、真理子が焔に声をかけた。


「焔、慎重に考えて?いくら包囲の外側に出られるとはいえ、悪魔は絶対にたくさんいる。その中をひとりで戦わなきゃいけないなんて、とんでもなく危険な任務だよ?さらには味方も呼んでこなくちゃいけない。かなりの実力者じゃないと無理だよ。私は焔が行くべきだと思うな」


 真理子は焔に対して語りかける。しかし、焔は首を横に振った。


「だとしても…任務に成功すれば、その人はほぼ確実に生き残ることができる。だから私以上に生きる価値のある人にこの任務を任せたいわ。侯爵、どうか脱出を」


「私は無理だ。霊力がない。だからここに残って悪魔どもを引きつける」


「しかし…」


「これは決定事項だ。さぁ、誰かを選んでくれ、焔」


 清峰に強く言われた焔は下を向く。そうして息をひとつ吐くと、顔を上げて言葉を発した。


「わかりました。珠緒に、この任務を任せたいと思います」


「珠緒ちゃん!?待って、焔、彼女には危険すぎるんじゃ…!」


「大丈夫。彼女はうまくやってくれる。私たちが倒れたとしても、彼女なら生き延びてくれるはずよ」


 反論しようとする真理子に、焔は静かに、しかし力強く答える。焔のそんな態度に、真理子も気圧され、納得した。


「では、珠緒にこの任務を任せよう。焔、任務の通達を頼む」


「承知しました」


「珠緒が出発すると同時に、我々も正面切って出撃し、敵を誘導する。解散」


 清峰が指示を出すと、焔と真理子は一礼してその場を去る。清峰は彼女たちに背を向け、窓の外を眺め、山から降りてくる悪魔たちを見つめるのだった。



同じ頃 食堂

 ここでは一般人のほか、戦闘で負傷したメイドたちも集められていた。

 珠緒は負傷した一般人の応急手当てを終えると、誰もいない部屋の隅に寄りかかり、あたりの様子を見ていた。


「もし、珠緒さま?」


 そんな珠緒の横から、甲高い女性の声が聞こえてくる。珠緒が見ると、金髪を縦ロールにし、標準的な白と黒のメイド服を着た碧眼の女性が、両腕にお菓子の入ったカゴを持って立っていた。


「キララさん」


 珠緒は、自分を呼んだそのメイド、西谷にしたにキララの名前を呼ぶ。キララは自分の長い後ろ髪を払うと、笑顔で話し始めた。


「そんなシケたツラはしちゃダメですわ!可愛いお顔が台無しでしてよ!」


「す、すみません」


「わかっていただけたのなら、一緒にお菓子を配ってくださいまし!辛い時こそ糖分で人を笑顔にいたしましょ!さぁさぁ配った配った!」


 キララはそう言って珠緒にお菓子のカゴのひとつを押し付ける。珠緒が戸惑いながらカゴを受け取ると、キララは甲高い声で一般の人々に声をかけた。


「お菓子はいかがですかー!チョコもスコーンもありましてよー!」


 キララはそう言ってから、珠緒の方へ振り向く。珠緒は無言でその場に立ち尽くしていた。


「珠緒さま、どうなさったの?お腹空いてらっしゃるのかしら?」


「いえ、その…」


 珠緒はキララの言葉を否定すると、一瞬悩んでから話し始めた。


「…私、全然役に立ててないなって…さっきもメイド長に叱られて…戦った時も、アズマさんやミナミさんが殺されそうになった時も、何もできなかった…私、生き残ってよかったのかなって…」


「当然、いいに決まってますわ!」


 思いを吐露する珠緒に対し、キララは明るく言い切る。キララはお菓子のカゴをくるくると回しながら言葉を続けた。


「勝負には時の運も関わりますわ。そんな中で生き残るのが悪いなんてことはありませんわ、絶対に!」


「でも、戦いを終えたあとのメイド長の目…!メイド長はいつも叱られてばかりの無能な私より、他の人たちが生き延びればよかったと思ってるはずです….!」


「そんなわけありませんわ!焔さまは珠緒さまにすごく期待してらっしゃいますわ!何かにつけて、『私の次を任せられるのは珠緒よ』と言っていますもの!」


「でも私は叱られてばかりで…!」


「愛情ゆえに厳しい、というやつですわー!繊細になってはダメですわよ!さ、お菓子を配りましょう!」


 どんどんとネガティブな方向に物事を考えていく珠緒に対し、キララは珠緒の腕を掴んでお菓子を配るために、避難民の方へと歩き出す。

 そんなふたりの正面から、赤いメイド服を着た焔が歩いてくる。キララが声をかけるのに対し、珠緒は目を逸らして伏せた。


「焔さま、お疲れ様ですわ!ご用件はなんですの?」


「キララ、お疲れ様。珠緒に用があるの」


 焔が言うと、珠緒は驚いたように顔を上げる。すぐにキララが珠緒からお菓子のカゴを受け取ると、珠緒は驚いた顔のままキララの方を見る。キララは微笑みながら珠緒の肩に手を置いた。


「大丈夫ですわよ。さ、いってらっしゃい!」


「…はい」


 キララに励まされ、珠緒は小さく頷く。そして珠緒は、焔と共に食堂を後にするのだった。




同じ頃 星割山ほしわりやま 山頂 悪魔軍指揮所


 清峰たちの立てこもる屋敷、その向かいにある山は、悪魔軍の襲来と同時に占拠され、今日に至るまで悪魔軍の拠点となっており、清峰たちの屋敷を攻撃していた。

 そしてここの悪魔軍の指揮官である悪魔、カザンは、指揮官クラスの悪魔たちと共に、山を降りていく下級の悪魔たちを眺め、満悦の笑みを浮かべていた。


「耐えるなぁ、人間ども。よく頑張るなぁ。耐えれば耐えるだけ苦しみが長引くだけだというのになぁ!ふははは!!」


 カザンは自分の部下である悪魔たちが屋敷に群がっていく様をみて高笑いを上げる。そんな上機嫌のカザンの横に別の悪魔がやってきた。


「カザンさま、人間たちもよく戦います。このまま正面から力押ししても勝ち切れるとは限りません。別の作戦も立案するべきでは...」


「あぁん?」


 カザンは自分に提案をしてきた悪魔の方へと振り向く。提案をした悪魔は一瞬怯んだものの、そのまま自分の意見を発した。


「長期戦になれば人間も何をしてくるかわかりません、ここは部隊を分け、敵の首都へと攻めこむのが」


 そんな悪魔の提案を遮るように、銃声が鳴り響き、提案した悪魔は黒い煙となって消える。周囲にいた悪魔たちが見ると、カザンの右手にはショットガンのような銃が握られており、その銃口から煙が出ていた。


「誰かなんか言ったか、おい?」


 カザンはわざとらしく部下たちを見回して尋ねる。部下の悪魔たちが恐る恐る首を横に振ると、カザンは再び笑顔を取り戻して話し始めた。


「そうだよなぁ!ここのボスは俺だ!指図すんのは俺でお前らじゃねぇ!俺の言ったことだけしてろ!さもねぇとこの滅魔砲で塵にしてやる!わかったな!?」


 カザンが声を荒げて脅しつけると、部下の悪魔たちはおとなしく返事をする。それを聞いたカザンは、改めて声を張った。


「よし!わかってんならあの屋敷を落とすぞ!『造魔高炉ぞうまこうろ』の稼働率はどうなっている!」


「はっ!2基とも1時間辺り30体の生産ペースを維持できています!」


「連れてきた人間も炉にぶち込んで生産ペースをあげろ!物量で一気に押し切る!攻撃の手を緩めるんじゃねぇぞ!行け!」


 カザンの指示に従い、部下の悪魔たちは走り出す。そんな部下たちを眺めながら、カザンはひとりほくそ笑んだ。

(この屋敷ももうすぐこっちのもんだ…!他の面倒な場所は他の連中に任せりゃいい。俺はここさえ落とせば楽に出世できる)


 カザンはそう思いながら右手に握った滅魔砲を見下ろす。


(マズラが生物兵器を作り、トールトが月暈の巫女どもを殺し、ラウムやハバッシュ、イリーノスが街を破壊する...ドージがコーキを始末した今、この全ての作戦を描いた俺が真っ先に昇進するってもんだ…!)


 カザンは満面の笑みで顔を上げる。カザンの目には、屋敷に群がる悪魔たちの姿が映っていた。

 しかし、突然その光景に変化が現れる。

 屋敷の2階から緑色の服を着たメイドが悪魔たちの頭上に飛び降り、サブマシンガンを乱射する。悪魔たちが煙になるのと同時に、閉まっていた屋敷の扉が開き、その中からメイドたちと、スーツ姿の女性が現れた。


「あれは、清峰、だな?」


 カザンはスーツ姿の女性の正体に気づいて呟く。メイドたちは実際にそのスーツの女性を守るように散らばり、悪魔と戦い始めた。


「やつがこの屋敷の指揮官...ならばあいつさえ殺せば…!おいお前ら!全兵力を集中させて、あの女をぶっ殺せ!!」


 カザンが号令をかけると、悪魔たちはそれに応えるように山を駆け下り、屋敷へと向かっていく。カザンは進んでいく部下たちを見て、高笑いを上げた。


「ふははは!今日が貴様らの最後だ!人間ども!!」



同じ頃 屋敷前

 清峰は、焔、真理子、キララといったメイドたちを引き連れ、屋敷を出て悪魔たちの蔓延る屋敷の前に立っていた。

 彼女の右手にはリボルバー式の拳銃が握られており、庭だった部分を埋め尽くすようにいる悪魔たちに対して声を張った。


「悪魔ども!私は清峰早苗!この屋敷のあるじだ!功が欲しいならかかってこい!」


 清峰はそう言うと、自分に襲いかかってきた悪魔の眉間を撃ち抜く。しかし、直後に別方向から悪魔が清峰に襲いかかってきた。


「させませんわ!」


 清峰と悪魔の間に、キララが割り込み、彼女の武器である三節棍を振るって悪魔を殴り倒す。直後に真理子も現れ、武器である二丁サブマシンガンを乱射して取り囲んでいた悪魔たちを撃ち倒し、安全圏を作った。


「ふぅ…かっこよかったでしょ、私?」


 真理子はサブマシンガンの銃口に息を吹きかけ、煙を飛ばす。キララと真理子が拓いた道を、焔が他の数名のメイドたちと共に堂々と歩き、悪魔たちの正面に立った。


「侯爵には指一本触れさせません。みなさん、行きますよ!」


 焔の号令とともに、メイドたちは自分たちを囲む悪魔たちに向けて武器を振い始める。焔も正面にいる悪魔を体術で倒しながら、この場にいない珠緒のことに思いをめぐらせた。


(珠緒…どうか、うまくやって…)




同じ頃 清峰屋敷外れ


「けほっ、こほっ…」


 珠緒は、埃にまみれた狭い通路を抜け、マンホールのようになっていた蓋を開け、地上に出る。

 珠緒がいる場所は、うっそうとした森の中で、木々の間から見える屋敷は小さくなっていた。珠緒はその屋敷と反対側に目をやる。視界の遠くに、ビルなどの光が見えた。


(あそこまで行って助けを呼ぶ…それが私の任務…メイド長が私に期待して、与えてくれた任務…!)


 珠緒は焔に任務を通達された時の言葉を思い返す。


(この任務を、あなたに託します。あなたならできるはずよ)


(しかし…)


(自信を持って、珠緒。私は…あなたの実力を知っている。頼りないところもまだまだたくさんあるけれど、あなたの繊細さや戦闘能力、ここのメイドとしてふさわしいものだと思っているわ)


(…)


(この戦い、何人生き残れるかわからないわ。私や真理子も、生き残れるとは限らない。もしものことがあれば、侯爵のことはあなたに託したいと思っているわ。だから、生き延びて。生きてこの任務を成功させて。あなたならできる。そう信じているわ)


 記憶の中にある焔の言葉を噛み締めながら、珠緒は街を目指して木々の間を走る。息を切らしながらも、全力で光を目指して足を進めた。


(メイド長…!私、今日まであなたのことを誤解してました…!嫌われているんだって…!八つ当たりされているんだって…!キララさんの言っていたことも全然信じられなかった…!でも本当だった…!私に比較的安全な仕事を任せて、自分は私を逃すためにあんなに危険なところに飛び込んで…!私、絶対にメイド長の思いに応えます…!生き延びて、助けを連れて戻ってきます!だから、あなたも…!!)


「シネェエエエァァアア!!」


「!!」


 焔や仲間たちへの想いが珠緒の胸を駆け巡る中、彼女の横にあった木陰から、悪魔が飛び出してきて襲いかかってくる。珠緒は、咄嗟にナイフを発現させると、自分に向けて振り下ろされた棍棒を受け流し、足を止めた。


(無視して先に…!)


 珠緒はそう思って先へ走ろうとする。そんな彼女の行く手に、3体ほどの悪魔が現れた。


(急いでいるのに…!)


 珠緒が内心毒づくのも知らず、珠緒の正面にいた悪魔たちは珠緒に一斉に襲いかかる。珠緒は敵の動きに神経を集中させると、降りかかってくる棍棒をナイフで受け流しながら、悪魔たちの間を走り抜けた。


「ニガスナァァアア!!オエェエエエ!!」


 珠緒を取り逃した悪魔たちは声を上げる。珠緒はそんな悪魔たちの声を背中で受けながら、遠く先に見える街の光を目指して走り続けた。


(捕まってたまるか…!絶対に逃げ切って、助けを…!)


 珠緒がそれだけを考えて足を進めていたその時、珠緒の足に何かが絡まる。珠緒の姿勢が崩れたその瞬間、彼女の背丈と変わらない大きさの棍棒が、珠緒の正面から振り子の要領で襲いかかってきた。


「きゃぁああっ!」


 珠緒は咄嗟に身を守るが、棍棒の破壊力は高く、珠緒は来た道を戻されるように吹き飛ばされ、泥の上に仰向けに倒れた。


(進まなきゃ…!じゃなきゃ…メイド長たちが…!)


「キシャアアア!!!」


 決意を新たに立ちあがろうとする珠緒の腹に、悪魔の手によって棍棒が振り下ろされる。珠緒は声もあげることもできずに、苦痛に表情を歪ませ、再びその場に倒れる。

 一瞬動けなくなった珠緒の首に、悪魔の手が伸びると、珠緒の首が強烈な握力によって締め上げられ始めた。


「ぐ…っぁ…!!」


 珠緒は必死にもがくが、悪魔の手は離れない。しかし、珠緒の右手にナイフが握られている感覚があるのを思い出すと、珠緒は自分の首を絞めている悪魔の腕にナイフを突き立てた。


「ギャアアァ!!?」


 悪魔の手が離れ、珠緒は地面に倒れ込む。だが珠緒はすぐに立ち上がり、再び目的地を目指して走り出そうとする。


(死ぬもんか…!こんなところで死ぬわけには…!!)


 だが、珠緒がその場を去ろうとしたその時、珠緒の周囲には先ほどよりも明らかに多くの悪魔たちが立ち並んでいた。

 前も後ろも、右も左も、珠緒の体格よりも大きな人型の悪魔たちに取り囲まれ、珠緒の進める場所は無くなっていた。


「う、嘘…そんな…!」


 珠緒がひとり絶望するのも束の間、悪魔の1体が棍棒で背後から珠緒の首を締め上げる。珠緒がもがこうとしたその瞬間、別の悪魔が助走をつけて珠緒の顔面を横から殴り抜いた。


「いやぁあっ!!」


 珠緒は悲鳴と共にその場に倒れる。青と白で構成された彼女のメイド服が、一気に泥の色に染まった。

 殴打された痛みで、珠緒の視界が歪む。だが、珠緒は泥を掴みながら、前に進み始めた。


(あきらめる…もんか…絶対に…!!)


「ヒャッハァァアア!!」


 悲壮な思いで地面を這いずる珠緒も気にせず、悪魔たちは歓声を上げながら、珠緒の背中に向けて棍棒を振り下ろす。


「あぐっ、うぉっ、あああっ…!!」


 殴られる衝撃が珠緒の体に走るたび、珠緒は声を上げる。同時に、彼女の体に、徐々に力が入らなくなっていき、意識も遠のいていくのがわかった。

 悪魔の一体が、倒れ込んでいる珠緒の髪を掴み、乱暴に地面に叩きつける。珠緒の顔は泥に塗れ、涙を流す目は虚ろになっていた。

 そんな珠緒の目に、悪魔の1体が刃物を振り上げる光景が映る。珠緒は、そのとき、全てを覚悟した。


(あぁ…死んじゃうんだ…私…)


 珠緒はゆっくりと目を閉じる。彼女のまぶたの裏に映ったのは、仲間たちの姿だった。


(キララさん…真理子さん…メイド長…最後まで…役に立てなくて…期待に応えられなくて…ごめんなさい…)


「シネェエエエァァアア!!」


 悪魔の声が響く。


 珠緒の瞳から、ひと筋の涙がこぼれた。






「ギャァアアアアア!!!!」


 珠緒の耳に、悪魔の悲鳴が響く。珠緒がゆっくりと目を開くと、珠緒を殺そうとしていた悪魔は、何者かによって斬り裂かれていた。


「…え…?」


 その悪魔だけでなく、珠緒を取り囲んでいた悪魔たちも、次々と悲鳴を上げて倒れていく。戸惑う珠緒が次に聞いたのは、女性の声だった。


「大丈夫ですか、お姉さん!?」


「うっわ、こんなに可愛い子の顔汚すとか。悪魔ってマジサイアク」


 珠緒の耳にそんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、珠緒は肩を担がれて立ち上がる。混乱する珠緒の視界に入ってきたのは、見知った黒いロングコートの男性だった。


「...幸紀さん!?」


「久しぶりだな、珠緒。間に合ってよかったぞ」


 驚く珠緒に、その男、幸紀は手短に言葉を返しつつ刀を鞘に収める。あたりを見回す珠緒は、幸紀以外にも何人かの女性がいることにも気がついた。


「えっと…え、幸紀さん、この女性たちは」


「私たちは、『星霊隊』です!」


 珠緒の質問に、珠緒の肩を担いでいた日菜子が答える。珠緒は状況を飲み込みきれずに幸紀の方を向いた。


「幸紀さん、『星霊隊』って、あの?」


「ああそうだ。俺は霊力を使える人間たちを『星霊隊』としてスカウトしながら屋敷に戻ってきた」


「どうしてここがわかったんです?」


 珠緒が質問を続けていると、明宵が本を開きながら珠緒の前に立つ。その本の上には矢印が浮かび上がっており、珠緒の方を指し示していた。


「…必死に戦うあなたの霊力に、このレーダーが反応しました…なので、幸紀さんの指示で屋敷よりも先にこちらに来たのです…」


「そういうことだったんですね…」


 明宵が説明を終えると、直後、珠緒がつけているイヤホン型の通信機に、通信が入った。


「…焔!カオリちゃんがやられた!!」


「こっちもちょっとやべぇですわ!」


「侯爵!!」


「私は大丈夫だ!他の者たちを!!」


 珠緒の耳に聞こえてくるのは、焔、真理子、キララ、そして清峰の切羽詰まった声。珠緒は顔をあげて幸紀に対して話し始めた。


「幸紀さん、助けてくれてありがとうございます。でも、屋敷の方も危険な状況なんです。急いで天正都に行って助けを呼ばないと!」


 珠緒はやや興奮気味に言葉を発する。直後、悪魔に攻撃された傷が痛み、珠緒は姿勢を崩した。

 一方の幸紀はそれに対して頷くと、冷静に星霊隊のメンバーたちに声をかけた。


「あぁ、わかっている。朋夜、華燐、明宵、珠緒を連れて天正都に向かってくれ」


「かしこまりました。月暈の巫女がいれば話も円滑に進みましょう」


「…私がいれば冥綺財閥にコネもありますしね…」


「あー、アタシはそういうのないけど、ま、頑張るよ!」


 幸紀に名前を呼ばれた3人は、口々に言う。華燐が珠緒の肩を担ぐと、幸紀は残りの女性たちにも声をかけた。


「残りはバスに乗って屋敷を目指す」


「待ってください、幸紀さん。屋敷は結構距離があります、間に合わないかもしれません」


 幸紀の言葉に珠緒が言う。それに対して、幸紀は首を横に振った。


「ふん。手は打ってある」


「え?」


「いいからお前は朋夜たちと共に行け。屋敷は俺たちに任せろ」


「…わかりました。ご武運を」


 幸紀に言われ、珠緒たちはその場を去っていく。幸紀たちも、珠緒たちと逆方向へと進み始めた。




同じ頃 清峰屋敷前

 ここでは、清峰、焔、真理子、キララの4人と、悪魔たちによる激戦がいまだに続いていた。


「はぁ…はぁ…」


 悪魔たちに取り囲まれた4人は、呼吸を乱しながら背中合わせになり、周囲の様子を見る。何分もの間戦い続けているが、悪魔の数は一向に減る様子を見せず、4人は完全に疲弊し切っていた。


「…ここまでか…みんな、よく戦ってくれた」


 清峰は自分のリボルバー拳銃の残弾を確認して他の3人に言う。清峰の弱気な言葉に、他の3人はすぐに言葉を返した。


「何をおっしゃってるんですわ!?まだまだ、わたくしたちやれましてよ!」


「そうですよ、早苗さま!諦めちゃダメです!死んでいった子たちが報われません!」


「指揮官なら最後まで諦めないでください。珠緒は今も戦っています、彼女のためにも、私たちが諦めるわけにはいきません」


「…すまない、弱音を吐いたな…だが、この逆境…お前たちをこれ以上付き合わせるには…」


「シネェエエエアアア!!」


 4人の会話に割って入るように、悪魔の1体が清峰に襲い掛かろうとする。すぐに真理子がサブマシンガンで悪魔を撃ち抜いたが、今度は複数体の悪魔たちが、複数の方向からまとめて押し寄せてきた。

 

「くっ…すまない…」


 清峰は死を覚悟し、他の3人に謝る。

 他の3人も、覚悟を決めた。


 だがその瞬間、悪魔たちの横合いから、バスが走ってくる。そうして清峰たちに襲い掛かろうとしていた悪魔たちを轢き潰し、清峰たちの盾になるようにしてバスは停車した。


「…これは?」


 清峰は状況を理解できずに唖然とする。

 そんな彼女をよそに、バスのドアが開くと、暗い緑色の髪をサイドテールにした、赤いメガネで制服姿の女性が現れた。


「あなたは?」


 焔は清峰とその女性の間に入るように立ち、その身分を尋ねる。メガネの女性は、メガネを掛け直すと、ハキハキと話し始めた。


「『星霊隊』の千条四葉です!」


 四葉が名乗ると、続けてバスから女性たちが降りてくる。すみれ、心愛、紫黄里、璃子。清峰は、彼女たちの名前こそ知らなかったが、目の前の彼女たちの姿を見て確信するのだった。


「…この戦い、勝てる!」

隊員紹介コーナー


隊員No.21

挿絵(By みてみん)

名前:青崎あおさき珠緒たまお

年齢:19

身長:158cm

体重:49kg

スリーサイズ:B85(D)/W59/H80

武器:ナイフ

好きなもの:緑茶

嫌いなもの:叱られること

特技:家事全般

趣味:古物収集

外見:青髪でストレートミドルヘア、青いメイド服

能力:光に関連する霊力を少し扱える

簡単な紹介

清峰侯爵に仕えるメイドのひとり。気弱で自信のない性格で、いつも何かに怯えているが、土壇場では異様に大胆になる

しかし、洞察力は鋭く、周囲に細やかに気を遣うことができる。

周囲からは「やればできる子」と認識されている。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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