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第10話 もう一度キミと会うために

前回までのあらすじ

 一部の仲間と別れ、清峰侯爵の屋敷を目指す幸紀たち。その途中、悪魔との戦いでの重要拠点、月暈村にやってくる。ここでは悪魔が村の重要人物に化けていたが、幸紀たちはそれを打ち倒し、月暈神社の巫女である朋夜と、強力な霊力を持つ華燐を味方に加える。

 仲間を増やした幸紀たちは、変わらず清峰侯爵の屋敷を目指すのだった。

6月20日 11:30 真川さねがわ県 色川市堂塚区


「え、妹さんとはぐれちゃったんすか、日菜子さん?」


 幸紀が運転するバスの中、新たに星霊隊に加わった華燐が、日菜子と雑談を交わしている途中に思わず尋ね返す。日菜子は俯きながら頷いた。


「そうなの…旅をしながら探しているんだけど、どこにもいなくて…」


「それは…うーん…見つかるといいっすね、妹さん」


 華燐は言葉を選びながら答える。日菜子は力なく何度も頷くと、すぐに何かを思いついたようにポケットに手を突っ込んだ。


「そうだ、もしかしたら、華燐や朋夜なら妹に会ってるかも!」


「えぇ?だって、はぐれたのは飛岡の千年町っすよね?こっからだいぶ距離あるから会えるとは思えないんすけど…」


 戸惑う華燐をよそに、日菜子はポケットからスマホを操作し、妹とのツーショット写真を表示して華燐に見せる。


「こっちの!銀髪の子!見覚えない!?」


 日菜子が緊迫した表情で華燐に尋ねると、華燐はスマホを受け取り、まじまじとそれを見つめる。そしてわずかに眉を上げると、後ろの席に座っている朋夜に声をかけた。


「!ねぇ、朋夜、この子ってさ」


「?…!あの方では…!」


「知っているの!?」


 朋夜の反応を見て、日菜子は思わず声を大きくする。すぐに朋夜は頷いた。


「えぇ。昨日の朝、お会いしました。村の外からいらしたようで、侯爵のお屋敷の場所を聞いてすぐに村をお発ちに」


「絶対にこの子だった!?」


「はい。お守りとして武器を渡しましたから、顔はよく覚えております」


 朋夜が断言すると、日菜子は感極まった表情でスマホを抱きしめた。


「あぁ…!!よかった…!無事なんだ…!!菜々子…!!朋夜、華燐、教えてくれてありがとう!!」


「あまり喜んでもいられないぞ」


 後部座席の日菜子に対し、幸紀が冷静に声をかける。空気感を無視した幸紀の言動に、晴夏が不満を口にした。


「幸紀さん、別に喜ぶくらい良くないですか?」


「違う。この辺りにまた悪魔軍の拠点がある。屋敷を目指したのなら、ここを通った可能性は高いが、女ひとりでここを抜けられたとは思えん」


 幸紀は日菜子たちの方を向かずに言い放つ。日菜子の顔から表情が消えていると、幸紀はバスを止めた。


「敵の拠点は、おそらくこの先の森林公園を抜けた先の研究所。潰しにいくぞ」


 幸紀はそう言うと、運転席から立ち上がり、バスから降りていく。日菜子もすぐに立ち上がったが、そんな日菜子に明宵が声をかけた。


「…日菜子さん…妹さんはきっと無事です…だから、どうか希望を持ってください…」


「…ありがとう!大丈夫!菜々子は頭がいいし、強い子だもん!だから絶対に大丈夫!菜々子もここに来たなら、絶対に会える!」


「その意気だぜ、日菜子!悪魔をぶっ飛ばしてこの街も平和にして、もう一度菜々子ちゃんに会おうぜ!」


「うん!みんな、行こう!」


 晴夏からも励まされた日菜子は、明るい表情で言うと他のメンバーたちの返事を聞きながら、バスを降りる。そんな日菜子に、他のメンバーたちも続いていくのだった。




同じ頃 堂塚森林公園

 広大な森林公園の中、うっそうとした木々の下、桜井さくらい菜々ななこは両手を縛られた状態で悪魔に連れて行かれようとしていた。


「ねえ痛いんですケド!そんなに乱暴に引っ張らないでよ!」


 菜々子は自分の手を鎖で引っ張る悪魔に声を上げる。しかし悪魔は気にせずその鎖を引っ張った。


「ダマレ!サワグトコロスゾ!!」


 悪魔はそう言うと、菜々子の頬を平手で打つ。菜々子は悲鳴をあげると、悪魔を睨み返した。


「痛った!ねえ顔はぶたないでよ!私の美貌に傷が付いたら人類の損失だよ!?」


「サワグナ!!」


 悪魔はそう言うと菜々子の頭を手のひらで握る。銀髪の菜々子の頭が、ミシミシと音を立て始めた。


「ぁああ…!!わかった、言う通りにするからもうやめてよ!」


「フン!」


 悪魔は菜々子の悲鳴を聞くと、菜々子の両手を縛っている鎖を引いていく。菜々子はそれに引かれながら悪魔の後ろ姿を注視していた。


(この悪魔は赤色…言葉は片言で頭は悪いけど力は強い…そんなやつが私を殺さないのはどうしてだろう…?私をどこに連れていくつもりなのかな…?)


 菜々子は悪魔に引っ張られながらさまざまな考えを巡らせる。菜々子はそのまま森の中を進んでいくのだった。


 そんな最中、どこかからか声が聞こえてくる。ずっと遠くから悲鳴のような声が。悪魔も足を止め、菜々子の方を向き、声を荒げた。


「オイ!ヘンナコエダスナ!!」


「はぁ?私じゃないんですケド」


「トボケルナ!」


 悪魔は菜々子を殴ろうと、拳を振り上げる。瞬間、声はどんどんと近づいてきていた。


「ぅうわぁぁあああ!!」


 菜々子は声が聞こえてきた方角に気がついた。


(上だ!)


 菜々子は一瞬顔をあげると、空から降ってくるその悲鳴の正体を回避する。同時に、空から降ってきた「それ」は、菜々子を引き回していた悪魔の頭上に直撃した。


「ギャァッ!!」


「わぁあっ!!?」


 「それ」は悪魔にぶつかると、地面に倒れ込む。想定外の事態が起きた悪魔も、その場に倒れ込むなか、菜々子だけはひとり冷静に状況を見ていた。


(…え?あれ、女の子じゃん?空から女の子ってわけ?)


 菜々子がそんなことを考えていると、空から降ってきた「それ」もとい、高校の制服姿で茶色のポニーテールの女性は、ぶつけた部分である腰を押さえながらゆっくりと立ち上がった。


「アイタタ…すみません!なんかぶつかっちゃったみたいなんですけど、怪我とかは…」


 制服姿の女性は、倒れている悪魔に親切に声をかける。だが、悪魔はすぐに顔を上げると、棍棒を手に持って立ち上がった。


「シネェエエエエ!!!」


「えっ!?ま、待って!!」


 その女性の悲鳴にも似た命乞いを無視して、悪魔は女性に殴りかかろうとする。悪魔の背後にいた菜々子は、この状況を見過ごせなかった。

 瞬間、手錠をかけられた菜々子の両手に霊力が集まると、ピンク色の光が集まり、長い鎖が菜々子の手に握られていた。


「『ラフィーネ・スラッシャー』!!」


 菜々子は叫びながら鎖を振るう。鎖から放たれたピンク色の衝撃波は、女性に殴りかかろうとしていた悪魔の背中に突き刺さり、悪魔は悲鳴を上げながら黒い煙となって消えた。


「…どうなってんの…?」


 悪魔に殺されかけた女性は、目の前の状況が理解しきれずに呟く。菜々子はそれを気にせず、霊力を流して自分にかけられた手錠を破壊すると、未だに困惑しているその女性に声をかけた。


「危なかったけど、大丈夫?オネーサン」


 菜々子に尋ねられ、初めてその女性は現実に還ったように菜々子の方を見る。菜々子は軽い笑顔を浮かべながら話を続けた。


「私、桜井さくらい菜々ななこっていいまーす。趣味はー、んー、色々。あ、お化粧は特に好きだよ。オネーサンの名前は?」


 菜々子は軽い空気のまま目の前の女性に尋ねる。女性は戸惑いながら立ち上がると、周囲を見回してから話し始めた。


「えっと…木村きむら千鶴ちづるっていいます…その、助けてくれたんですよね、桜井さん」


「菜々子でいいよー。ナナちゃんでもカンゲー。まぁ、結果的に、そうなったってだけだから、気にしなくていいよ、千鶴ちゃん」


「とにかく、ありがとうございました」


「いえいえー」


 よそよそしい千鶴に対して、菜々子は馴れ馴れしく言う。千鶴は菜々子に頭を下げて礼を言うと、周囲を見回してから菜々子に尋ねた。


「すみません、ここ、どこですか?」


「えっとね、真川さねがわ県の…どこだったかなぁ?」


「え?何県って?」


真川さねがわだよー」


「…え?聞いたことない…」


 千鶴は深刻な表情で呟く。菜々子はそれに対して相変わらず軽い様子で話しかけた。


「千鶴ちゃんはどこから来たの?」


「私、東京の高校に通ってて、部活から帰る途中だったんです。そしたら、気がついたら穴みたいなところに吸い寄せられて…」


「トーキョー?うーん、どこかなぁ…私、だいたい全部の県行ってるはずなんだけど、聞いたことなーい」


「え?」


「え?」


「…」


 千鶴は理解しきれない状況に黙り込む。一方の菜々子は何かに気がついたように声を上げた。


「あ、わかった!千鶴ちゃん、きっと異世界から来たんだ!」


「…は?」


「よくあるじゃん、普通に生きてたら突然異世界に来ちゃうってラノベ。千鶴ちゃんは読まないの?」


「いや、まぁ、なくはないですけど、そんな突拍子もないことあるわけ…」


 千鶴はそう言いながら、ふと先ほどの光景を思い返す。襲いかかってくる悪魔に、何もないところから武器を発現させた菜々子。


(…でも、よくよく考えたら意味わかんないことばっかり…これ…本当に現実なの?仮にこれが現実なら…本当に異世界に来ちゃったのかも…)


 非現実的でしかないはずのその考えが、今の千鶴にとって最も現実的で論理的な答えだった。それだけに、千鶴の顔からは徐々に血の気が引いていくのだった。

 明らかに動揺している千鶴を見た菜々子は、周囲を見回しながらも千鶴に話し始めた。


「とにかく、千鶴ちゃんにとってここは知らない場所なんだよね?だったら、とりあえず私を信じてついてきてくれないかな?」


 菜々子が提案すると、千鶴は少し戸惑ったあと、弱々しく頷いた。


「は、はい」


「よかった!じゃあ行こう!」


 菜々子はそう言うと、千鶴の手を引いて早足で森の中を歩き出す。千鶴はそれに引っ張られるようにしてついていくのだった。


「な、菜々子さん、どこ行くんです?」


「とにかくここを離れるの。さっき千鶴ちゃんを襲ったアレ、悪魔って言うんだけど、ここ悪魔の拠点っぽいんだよね」


「え?えぇ!?」


「だから一旦ここから逃げないと…あ、そうだ」


 驚く千鶴をよそに、菜々子は冷静に何かを思い出すと、一度足を止め、自分のベルトに差していた2本の十手じってのようなものを抜いた。


「千鶴ちゃん、霊力使える?」


「れいりょく?」


「わかった。じゃあ、これあげる。さっきみたいに悪魔に襲われそうになったら、それで悪魔を引っ叩いてね」


 菜々子はそう言うと、2本で1組の十手を千鶴に手渡す。千鶴は状況が飲み込めないままそれを受け取ると、すぐに菜々子の方へ顔を上げた。


「あ、あの」


 千鶴が質問しようとすると、菜々子が人差し指を立てて千鶴を制する。そして周囲を見回し、表情を鋭くした。


「…もう囲まれちゃったか…」


 菜々子は小さく呟く。状況を理解しきれない千鶴だったが、菜々子は気にせず、千鶴の方に向き直って話し始めた。


「いい、千鶴ちゃん?真っ直ぐあっちに向けて走ってね。何があっても振り向いちゃダメだよ。大通りに出たら、ずっと左の方に走っていってね」


「ちょ、ちょっと待ってください、菜々子さんはどうするんです?」


「後で追いつくからさ。大丈夫。とにかく、走って、誰か頼れそうな人がいたらその人と一緒に逃げて。そうじゃなかったら、大通りに出て左、お屋敷を目指して走るんだよ。いい?約束して!」


 菜々子はやや語気を強くする。そんな菜々子の態度を見て、千鶴はわけもわからず頷いた。


「わ、わかりました、言う通りにします」


「よし、じゃあ行って!」


 菜々子がそう言うと、千鶴は草むらを掻き分け、菜々子に背を向けて走り出す。そんな千鶴を見送った菜々子は、霊力を右手に集め、武器である鎖を握りしめると、ゆっくり振り向いた。


「…ふふ、私ってば、イケメンだけじゃなく、悪魔にもモテちゃうわけ?」


 菜々子はなんとか軽口を叩いて気持ちを誤魔化す。しかし、彼女の額に浮かんでいた汗と唇の震えは誤魔化せなかった。

 



数分後


 草むらを走り続けていた千鶴の背後から、女性の悲鳴のようなものが聞こえてくる。千鶴は思わず足を止めると、振り向いた。


(菜々子さん…!)


 千鶴は菜々子がされたことを思うと、思わず目をつぶる。しかし、すぐに首を横に振った。


(ダメ、止まっちゃ…今は行かなきゃ…!)


「ウビャアアァアア!!」


「!」


 足を止めていた千鶴の横から、突然悪魔の唸り声が聞こえてくる。千鶴がそちらを見ると、筋骨隆々の赤い悪魔が千鶴の首に手を伸ばし、千鶴を締め上げ始めた。


「んぅっ…!!」


(い、息が…っ!!)


 千鶴はそのまま悪魔に押し込まれ、地面に押し倒されると、悪魔に馬乗りされる。千鶴は必死に振りほどこうとするが、悪魔の力は強く、千鶴の抵抗は通用しなかった。


(い…や…っ)


 千鶴の意識が遠のき、息ができなくなっていく。死ぬのはこういう感覚なのかと、千鶴は一周回って客観的になっていた。


「オラァッ!!」


 千鶴が諦めたその瞬間、横合いから裂帛の気合いと共に、スニーカーのつま先が悪魔のこめかみに直撃する。

 悪魔が千鶴から離れて蹴りの飛んできた方を見ると、次の瞬間には、悪魔の脳天にヌンチャクの一端が振り下ろされた。


「アギャアァ!!」


 悪魔は悲鳴を上げながら、体の内側から爆発する。千鶴は、突然の状況に目を見開いていたが、悪魔を倒した人間である華燐は、自分の武器であるヌンチャクに軽く息を吹きかけ、背後に向けて手を振った。


「こっちっす!人が倒れてるっす!」


 華燐が声を発すると、すぐにぞろぞろと人がやってくる。千鶴は見ず知らずの女性達に囲まれて戸惑っていると、朋夜が千鶴に手を差し伸べた。


「お怪我はありませぬか?」


「は、はい…なんとか…」


 千鶴は朋夜に手を引かれながら立ち上がる。直後、幸紀と晴夏が遅れてやってきた。


「遅くなったな。邪魔が入った」


「つっても数体だったけどな!オレと幸紀さんならラクショー…」


 晴夏は調子に乗って話していたが、千鶴の顔を見て急に話を止める。千鶴が晴夏の方を見ると、晴夏は目を丸くした。


「…千鶴…?」


「えっ…?なんで私の名前を…?」


 突然知らない人間が自分の名前を言い当てたことに、千鶴は戸惑いを隠せなかった。一方の晴夏も信じられないようなものを見る目で千鶴のことを見続けていた。


「晴夏、どうしたの?」


 日菜子が晴夏に尋ねる。すると、今度は千鶴の方が晴夏を見て目を見開いた。


「晴夏…鳴神なるかみ晴夏はるかくん…!?」


「うっ...!」


「ハルくんだよね!?え!?なんでここにいるの!?しかも、女の子になっちゃってるし…」


「あぁちくしょう、なんでよりにもよってこんなめんどくさいのが…」


 驚きを隠せない千鶴に対し、晴夏は頭を抱える。状況が理解できない幸紀は晴夏に尋ねた。


「晴夏、この女は何者だ、どういう関係だ」


「あぁ、ええと…ちょっと複雑で…」


「…待ってください、それよりも重要なものが」


 晴夏が話そうとすると、明宵がしゃがみこみながらそれを遮る。幸紀がそちらに振り向くと、朋夜と華燐もしゃがみこみ、明宵が指差したものを拾い上げていた。


「朋夜!」


「間違いありませぬ、日菜子さまの妹さまにお譲りした武器です!」


「!!」


 日菜子は朋夜の言葉を聞くと、すぐに千鶴の方に振り向き、千鶴の両肩を握った。


「ねぇ!!ねぇ!!」


「え、あ、はい!なんです!?」


「あの武器!この、この銀髪の子から貰わなかった!?」


 日菜子は動揺しながらスマホを取り出し、菜々子の画像を見せる。千鶴は動揺しながら画像を見て頷いた。


「は、はい、この人から…」


「どこ!!菜々子はどこにいるの!?」


 日菜子は血相を変えて千鶴に迫る。千鶴は少し混乱しながら、菜々子の悲鳴が聞こえた方を指差した。


「あ、あっちの方です。私を逃すために、悪魔達と戦ってて…でも悲鳴が…も、もしかしたら、もう…」


 千鶴が言うと、日菜子は無言で俯く。そして、ゆっくりと振り向き、千鶴が指差した方向を向いて、千鶴に背中を向けた。


「ありがとう」


 日菜子はそれだけ言うと何も言わずに歩き出す。そんな日菜子の背中に、華燐が声をかけた。


「日菜子さん、どこいくんすか!」


「止めないで、菜々子を助けるの!」


「ひとりじゃ危ないっすよ!」


「でも行く!」


 日菜子はそう言うと華燐の制止を振り切って走り出す。独断で動く日菜子の姿を見て、朋夜と明宵が幸紀に尋ねた。


「どういたしましょう、幸紀さま」


「…あれほど感情的に動く日菜子さんは初めて見ました…霊力も溢れていますが…どうなるかわかりませんね…」


 幸紀はふたりの言葉を聞くと、黒いロングコートをたなびかせ、彼女達に背を向けた。


「あの方角はおそらく研究所の裏口に通じている。お前達は日菜子を手伝ってやれ」


「幸紀さんは?」


「表からいく」


 幸紀は短くそう言うと、霊力で刀を右手に発現させ、低い姿勢で走り始める。朋夜たちが戸惑う間もなく、幸紀は姿を消すのだった。


「幸紀さま!...行ってしまいましたか…」


「しょうがない、日菜子さん追いかけようよ」


「…賛成です。ですが、そちらの女性…千鶴さんとおっしゃいましたか、霊力を持ち合わせていないようですが、どうしましょうか」


 華燐の提案に対し、明宵が質問する。不安そうにする千鶴の表情を見て、すぐに晴夏が答えた。


「大丈夫、千鶴はオレが守るからさ、みんなで行こうぜ!」


「ま、待ってよハルくん、私が行っても戦えないよ…!」


「でもひとりで居たらもっと危ねぇよ、この武器だけ持ってオレたちについてこい、な?」


 千鶴に対し、晴夏が武器を差し出しながら言う。千鶴は迷いながらも、それを受け取ると、晴夏の方を見て頷き、それを見た晴夏はメンバー達の先頭を走り出した。


「いよーし、みんな!オレについてこい!」


「元気なのはいいけど、足元掬われないでよ?」


 晴夏の言葉に、華燐が釘を差しながら晴夏の後を追うように走り出す。それに続いて他のメンバー達も走り出すのだった。




同じ頃 DTS研究所

 いつの間にか気絶していた菜々子は、ゆっくりと重いまぶたを開ける。白色の蛍光灯の光が視界に入ってくると同時に、菜々子は自分の体がベッドのようなものの上に縛りつけられていることに気がついた。


(うう…悪魔に殴られて気絶したみたい…まだ頭が痛い…)


 菜々子は後頭部の痛みに顔をしかめると、ゆっくりと周囲を見回す。緑色の肌をした悪魔達が、何かの機材の前を往復していた。


(…悪魔がたくさん…ってことは、ここは悪魔が占領したDTS社の研究所…さっきの公園からそう遠くない…早いところ脱出の方法を考え…)


「起きたか、実験体」


 菜々子がさまざまな考えを巡らせようとしていると、それに割り込むように低く太い声が響き、菜々子の顔を悪魔の1体が上から覗き込む。菜々子から見て逆光で悪魔の顔はよくわからなかったが、緑色の肌をしているのはなんとなくわかった。


「実験体ィ?もしかして私のコト?私、そんな可愛くない名前じゃないんですケド…」


 菜々子が軽口を叩いて状況を誤魔化そうとしたその瞬間、菜々子のことを実験体と呼んだその悪魔が、菜々子の下腹部を思い切り掴み上げる。女性として大切な部分を掴まれ、菜々子は小さく呻き声をあげた。


「…ぅっ…!」


「お前は実験体でしかない。このマズラの前ではな。無駄口を叩くのは許さん」


 マズラと名乗るその悪魔は、さらに菜々子の下腹部を強く握る。そのままマズラは興味深そうに呟き始めた。


「ふむ…これが人間のメスか…ここに子を宿すのならあまり我らと構造は変わらないか…」


「この…っ…!」


 菜々子は下腹部を掴まれた痛みに耐えかね、怒り半分に右手へ霊力を集中させようとする。しかし、いつもなら簡単に形作られるはずの菜々子の武器は、途中まで出来上がったところで崩れ去った。


「…!?」


「ふむ、効果アリ、か。このマズラの発明ならば当然だが」


 マズラは菜々子の右手を見て呟く。菜々子はマズラの言葉から得られた情報を整理し始めた。


(こいつが発明した何かのせいで、霊力が使えなくなってる…!それに、私は実験体で、こいつはさっき私の体の話をしていた…ってことは、こいつの目的は…)


「人間が霊力を扱えないようにすること…それがアンタの実験目的、ってワケね?」


 菜々子は自分の考えを率直にマズラへとぶつける。菜々子の考えを聞いたマズラはため息をついた。


「はぁ。人間風情が知恵者を気取って得意顔、反吐が出るな」


「図星突かれて怒ってるの〜?カルシウム取ったら?」


 菜々子が挑発するように言うと、マズラはベッドに縛り付けている菜々子の頬を平手で振り抜く。菜々子が悲鳴をあげると、マズラは菜々子の胸ぐらを掴み上げ、顔を近づけながら話し始めた。


「減らず口を叩けるのも今のうちだぞ。貴様らはそう遠くない将来、種族ごと我らの奴隷となるのだ」


「はぁ?お断りなんですケド!」


「貴様らの意見など聞いてはいない。すでに霊力防止装置はできている。あとは『品種改良』といったところだ」


「は?『品種改良』?...」


 マズラの言葉に、菜々子は引っかかる。だが、すぐに菜々子は考えを巡らせると、目の前にいる悪魔の目的を口にした。


「…そうか、わかった。あんたら、霊力が使えない人間をたくさん作って、逆らえないようにして奴隷にするんでしょ?そのために、私の体を使って実験したいんだ。そうなんでしょ?ついでに人間にだけ効く兵器でも作る?」


 菜々子の言葉に、マズラは片方の眉だけを大きく上げた。


「人間の、それもメスの個体にしては随分と頭が回るな」


「まぁね、私、賢くて可愛いイマドキのギャルだか…」


 菜々子の軽口に対し、マズラは菜々子の顔を掴んで押さえつける。マズラはそのまま菜々子を見下ろして話し始めた。


「お前がいくら賢い個体であろうと全ては無意味だ。これから貴様は実験に使われる。お前の血が同胞を殺すのだ。自分の運命を呪いながら死ね」


 マズラの右手にメスのような刃物が輝く。菜々子は必死にもがくが、マズラは冷静に、ゆっくりと菜々子の喉元に刃物を近づけた。


「さて…じっくりと解剖してやる…」


「マズラ様!」


 刃物が菜々子の喉に当たろうとしたその寸前、悪魔の1体の声がする。マズラは手を止めた。


「なんだ。解剖に集中させろ」


「研究所の正面からコーキが来ております!警備隊はすでに全滅、指示をください!」


「ほう?あの裏切り者が来たのか」


 部下の報告を聞くと、マズラは興味深そうに振り向き、刃物を持つ手を止める。部下がマズラの質問を肯定すると、マズラはニヤリと笑って刃物を置いた。


「ふふふ、よし、全兵力で迎え撃て。奴は一度この手で解剖してみたかったのだ。貴様らなどいくら死んでも構わんから必ず連れて来い!」


「はっ!」


 マズラが言うと、部下の悪魔が走って去っていく。菜々子はベッドの上から一連の光景を眺めていたが、マズラはそんな菜々子のことも気にせずゆっくりと部屋の外に歩いていくのだった。


(…助かったの?私)


 菜々子がそんな疑問を抱いたその直後、マズラは廊下に出るなり、菜々子のいる部屋のドアを閉める。そして、マズラは廊下にいる他の悪魔に指示を出した。


「例のガスを部屋に充満させろ」


 マズラはそれだけ言うとその場を後にする。指示を受けた悪魔が廊下にあるレバーを操作すると、菜々子の目の先にある通風口から、白いガスが部屋に溢れ始めた。


(ガス…!?やばい、逃げなきゃ…!)


 菜々子はそう思って身をよじる。しかし、いくら身をよじってもベッドから脱出することはできず、菜々子は知らず知らずのうちにガスを吸い込み、咳をし始めるのだった。


(助けて…お姉ちゃん…!!)


 菜々子はもがきながら、声にならない声でそう叫んでいた。




その頃 DTS研究所 裏口付近


「せいやぁあっ!!うおらぁっ!!」


 裂帛の気合いと共に、日菜子は悪魔に向けて拳を振い、蹴りを繰り出す。彼女の渾身の一撃で、その場にいた3体の悪魔も、抵抗する間もなく黒い煙へと変わっていた。


「急がなきゃ…!菜々子…!!」


「日菜子ー!!」


 悪魔を倒し、呼吸を整える日菜子の背中に、晴夏の声が聞こえてくる。日菜子が振り向くと、晴夏だけでなく、朋夜、華燐、明宵、そして千鶴もそこにいた。


「みんな…!」


「…幸紀さんが正面で戦ってくれています…その間に急ぎましょう…」


 驚く日菜子に、明宵が簡潔に状況を説明する。日菜子はそれを聞くと頷き、走り出す。それに合わせるようにして、他のメンバーたちも走り始めた。

 集団の最後尾を走る千鶴は、隣を走る晴夏に小声で尋ねた。


「ねぇ、あの金髪の人、なんで急いでるの?私を助けてくれた銀髪の人とどういう関係なの?」


「銀髪の子は、あの金髪の人、日菜子の妹さんなんだよ。日菜子は元々、はぐれちゃった妹さんを探すために旅をしてたんだ。それがやっと見つかったけど、今にも殺されそうになってる。だから急いでるんだよ」


「大切な人ってことか…私たちも、今頃、元の世界の人たちに心配されてるのかな…」


 晴夏の返事を聞き、千鶴は思わず感傷的になる。晴夏も一瞬俯いたが、すぐに顔を上げた。


「とにかく、今は菜々子ちゃんを助け出すことだけ考えよう。元の世界には…まぁ頑張りゃ戻れるだろ」


「相変わらずテキトーだなぁ…」


 晴夏の言葉に、千鶴はぼやく。そうしているうちに、メンバーたちは研究所の裏口の扉の前までやってきた。

 日菜子が早速扉を開けようとドアノブを回すが、開かない。日菜子は痺れを切らし、足に霊力を集中させると、力任せに扉を蹴り飛ばした。


「よし!」


 日菜子はそう叫ぶと、そのまま建物の中に突入していく。薄暗い建物の中、日菜子は明宵に声をかけた。


「明宵!菜々子の霊力、辿れる!?」


「…お任せください」


 明宵はそう言うと、武器である本を開く。灰色の矢印が本の上に浮かび上がると、矢印は一行のいる廊下の奥を指し示した。


「…この廊下の先です…!」


「ありがとう!!」


 日菜子は礼を言うと、勢いよく廊下の奥を目掛けて走り出す。廊下はせいぜい50メートルほどで、日菜子はすぐに菜々子が閉じ込められているであろう部屋のドアの前までやってきた。


「菜々子!!」


 日菜子は妹の名前を叫ぶ。そんな日菜子の頭上から、3体ほどの悪魔が降ってくると、日菜子の道を塞いだ。


「邪魔するなぁああ!!」


 しかし日菜子は拳を振りかぶると、助走のついた一撃で自分の身長をはるかに上回る悪魔を殴り飛ばし、道を開けると先へ進んでいく。

 残りの2体の悪魔も日菜子を邪魔しようとしたが、すぐに追いついてきた朋夜と華燐によって一瞬もかからずに黒い煙に変えられた。


 日菜子はそんな様子を背中で感じながら、ついに扉の目の前までやってくる。スライド式の自動ドアの、ちょうど目線の高さにガラスがあり、日菜子はそこから部屋の中を覗く。


「菜々子っ!!」


 赤い照明で照らされた部屋の中、確かに日菜子の妹である菜々子が、その部屋のベッドの上に拘束されていた。

 日菜子はドアのガラス部分を叩いて菜々子に呼びかけるが、菜々子は返事をしない。日菜子はすぐさま扉を開けようとしたが、扉は鍵がかかっていて開きそうになかった。


「日菜子さん!たぶんどこかに鍵が…!」


「うりゃあああっっ!!!」


 駆けつけた華燐の言葉も聞かず、日菜子は右手に霊力を集めると、力任せに正面のドアを殴りつける。分厚い金属製の扉は、レールから外れるようにして吹き飛び、菜々子への道を開けた。


「菜々子ぉっ!!」


 日菜子はベッドに縛り付けられている菜々子のもとに駆け寄る。そして、菜々子を縛っていたベルトのような拘束器具を、急いで取り外しながら、目を閉じて動かない菜々子に声をかけた。


「菜々子…!お姉ちゃんだよ…!遅くなってごめんね、迎えにきたよ…!」


 日菜子は涙目になりながら菜々子の拘束具を外す。しかし、菜々子は動かず、返事もしない。日菜子の脳裏には最悪の想像がよぎっていた。


「菜々子…?嘘でしょ…?菜々子…!菜々子っ!!返事をしてっ!!」


 日菜子は血相を変えて菜々子の肩を揺する。しかし菜々子は返事をしない。それでも日菜子は菜々子を揺すり、菜々子の名を呼んだ。


「菜々子!!起きて!!起きてよ…!!お願いだから…!!菜々子…!!」


「げふっ…!」


 日菜子の言葉に応えるかのように、突然菜々子が咳をする。日菜子は菜々子が生きていたことに、顔色を明るくした。


「菜々子!!」


 菜々子がゆっくりと目を開ける。そして、日菜子の存在に気がつくと、菜々子は小さく微笑んだ。


「…ふふふ…やっぱり来てくれたんだ…お姉ちゃん」


「来るに…決まってるでしょ…!!」


 日菜子はそう答えると、感極まって菜々子を抱きしめる。菜々子も日菜子を抱きしめると、小さく呟いた。


「…怖かったよぉ…もうダメだと思った…」


「ごめんね…辛い思いさせて…!でも、もう大丈夫だよ、菜々子!一緒に行こう!」


「…うん!」


「感動の再会中に申し訳ないが、うちの実験動物を勝手に持ち出さないでもらえるか」


 日菜子と菜々子の会話に割り込むように、突然背後から声が聞こえてくる。日菜子が振り向き、他のメンバーたちも振り向いたその先には、緑色の肌の悪魔が、廊下の奥からゆっくりと1人で歩いてきていた。


「…マズラ…!」


「知ってるの、菜々子?」


「私で色々実験しようとしてた悪魔で、ここの悪魔たちのボスだよ」


 日菜子の質問に、菜々子は簡潔に答える。メンバーの中で一番前にいた晴夏は、それを聞くと得意げに肩を回した。


「へぇ。じゃあ、こいつを倒しゃ万事解決ってワケか!いくらボスキャラが相手だって、たった1体でオレらに勝てると思うなよ!」


「晴夏さま、ご油断なさらぬよう。悪魔はどんなことをしてくるか分かりませぬゆえ」


「わかってるよ、いくぜ!」


 朋夜に嗜められながら、晴夏は両手に霊力を集中させる。光が集まり、彼女の両手にトンファーが握られるはずが、なぜか光はトンファーを形作る途中で集まるのを止めた。


「!?なんだ!?」


「やばい、これは…!」


 菜々子はこの現象の原因を知っていた。しかし、それを話すよりも先に、混乱している晴夏のもとに、マズラが肉薄していた。


「お前も実験に使ってやる」


「!!」


 マズラはそう言うと、反応が遅れた晴夏の頬を、右フックで殴り抜く。防御することもできなかった晴夏は、その場に崩れ落ちた。


「ハルくん!!」


 千鶴が思わず晴夏の名前を呼ぶ。そんな千鶴の顔面に、マズラの蹴りが叩き込まれると、吹き飛ばされた千鶴は明宵に直撃し、ふたりまとめて壁に叩きつけられた。


「どうなってるの…!?」


「霊力を使えなくする装置がどっかにあるの…!それを壊さなきゃ…まともに戦えない…!」


 日菜子の疑問に菜々子が答える。それを聞いていた朋夜と華燐は、素手のままマズラに対して構えると、背中越しに日菜子に声を張った。


「ここは私どもが引き受けます!日菜子さまはその装置を!」


「わかった!」


 朋夜に言われて日菜子は菜々子の肩を担ぎながら部屋の奥へと歩き出す。同時に、華燐が真っ直ぐマズラに向けて走り出した。


「そこの悪魔!あんたの相手はアタシだッ!」


 華燐が啖呵を切りながら飛び上がり、マズラの顔面を横から蹴り飛ばそうと体をひねる。

 瞬間、それに気がついたマズラは、自分の足元に倒れている晴夏の首根っこを掴むと、自分の前に晴夏を突き出した。


「!」


 華燐は晴夏を蹴らないようにするために姿勢を崩し、そこに晴夏の体がぶつかってくる。バランスを崩した華燐に、晴夏の体が覆い被さるようにして、華燐はその場に倒れた。


「ふん」


 マズラはそんな光景を鼻で笑い飛ばす。しかし、マズラはすぐに横から攻撃が来ていることに気がつくと、自分の鎖骨部分に振り下ろされようとしていた、朋夜の手刀を片手で受け止めた。


「っ…!!」


「その服、その顔、月暈の巫女か。解剖する前に傷をつけるのも惜しいが、仕方あるまい」


 マズラはそれだけ言うと、掴み上げている朋夜の手首を捻りあげる。朋夜が痛みに悶えている間に、マズラは朋夜の頬を殴り抜き、朋夜をその場に倒した。


「霊力のない人間など恐るるに足らず」


 マズラはそう言い捨てると、部屋の壁に取り付けられているスイッチを拳で叩き押す。すぐさま部屋の隅にあった警告灯が点灯し、日菜子と菜々子が逃げようとした扉が閉まり、鍵がかかる。

 日菜子は扉を蹴破ろうと蹴りを叩き込んだが、扉は開こうとしなかった。


「逃げようとしても無駄だ」


 マズラのそんな声が響いたかと思うと、部屋の換気扇が音を立てて回り始める。そして、そこから白い煙が封鎖された部屋の中に漂い始めた。


「まずい…!お姉ちゃん、これ、吸ったら意識がなくなる!早く逃げないと...!」


「今開ける!」


 菜々子に言われた日菜子は、扉を開けるために何度も蹴りを入れる。しかし、やはりどうやっても扉は開かず、日菜子と菜々子は咳き込み始めた。


「ゲフッ、ゲフッ…!開いて…!」


 日菜子は薄れていく意識の中、力なく扉を叩く。その間に菜々子が意識を失うと、ほどなくして日菜子も、菜々子を自分の背後に回し、マズラから菜々子を守る意思を見せながらも、意識を失った。


「…よし」


 マズラは周囲を見回し、日菜子たち星霊隊のメンバー全員が気絶したのを確認すると、満足げに微笑む。そのままゆっくりと日菜子のもとまで歩くと、気絶した日菜子の髪を掴み上げ、顔を覗き込んだ。


「実験体がこれほど手に入ったのは望外の喜び…さて、どれから実験に使ってやろうか」


「他者の道具を勝手に奪ってくれるな」


 笑っていたマズラの背中に、低く冷徹な男の声が聞こえてくる。マズラが振り向いたその瞬間、マズラの頬に鋭い右フックが炸裂した。


「ぬぅっ!?」


 マズラは大きくよろめくが、すぐに体勢を立て直すと、自分を殴ったものの正体を見て、小さくニヤけた。


「ふん、貴様か、コーキ」


「久しぶりだな、マズラ。にしても、俺の道具を勝手に奪おうとは、ずいぶんといいご身分になったものだな」

                                                                                                                                                                                  

 幸紀は右の拳を握り直しながらマズラに言う。一方のマズラも首を回すと、幸紀の言葉を鼻で笑い飛ばした。


「ほざけ。貴様など悪魔になり損ねた気色の悪い生き物にすぎん。実験には使えるかもしれんがな」


「実験されるのはお前の方だ。俺の拳を何発耐えられるか、試してやる」


 幸紀は言うが早いか、目にも止まらぬ速さでマズラに突進し、マズラのガードごとマズラの顔面を殴り抜く。

 マズラがそれによって吹き飛んだかと思うと、幸紀はすぐに倒れたマズラの上に馬乗りになり、マズラの顔面に向けて拳を振い始めた。


「6、7、8...」


 幸紀はマズラの顔面を殴るたびに殴った数を数える。しかし、何度殴られても、マズラは余裕の表情を崩さず、殴られながら幸紀を見ていた。


「何発殴ろうが無駄だぞ、コーキ」


「ふん、まだ手加減してやっているからな。待っていろ、今に大好物の霊力を流し込んでやる」


 幸紀はそう言うと、右手に霊力を集中させようとする。しかし、幸紀の意思に反して霊力は集まらなかった。


「…む?」


「気づかなかったか?ここにはすでに『霊力抑制フィールド』が展開されているのだよ!!」


 マズラは得意げに言うと、幸紀の胸ぐらを掴み、幸紀の顔面に頭突きを入れる。不意を突かれた幸紀は反応できず、マズラの頭突きをもろにもらうと、マズラは幸紀が怯んだ隙をついて幸紀の下から抜け出した。


「油断したな、コーキ!死ね!」


 幸紀から距離を取ったマズラは、懐から拳銃を抜いて幸紀に向ける。幸紀は初めて見る異様なデザインの拳銃に、強い警戒心を抱いた。


(食らったらまずそうだな)


 幸紀は冷静にそう考えると、拳銃の射線から身を逸らす。次の瞬間、銃口から赤黒い銃弾が飛び出し、幸紀の頬を掠める。並の悪魔の攻撃では傷もつかない幸紀の体だったが、頬に小さく血が滲んだ。


「ふん、避けたか。だが次で終わりだ。霊力が使えなければ貴様とて俺を殺すことはできん。逆に俺は貴様を好きに殺すことができる。この『滅魔砲めつまほう』によってな」


 マズラは得意げに語ると、改めて拳銃を幸紀に向ける。幸紀は銃口を見つめると、考えを巡らせた。


(食らったらまずい銃弾など避ければいい。だが問題はどうこいつを始末するかだ。確かに霊力なしで悪魔を葬るのは難しい。さて)


 幸紀が考えていると、彼の足元に何かが当たる。幸紀が一瞬足元を見ると、倒れた千鶴が十手のような武器を持っているのが見えた。


(…試す価値はありそうだな)


「今度こそ死ねぃ!」


 マズラが銃の引き金を引き、銃弾が飛ぶ。幸紀はしゃがんでそれを回避すると、十手を拾いあげざま、マズラの手にそれを投げつけた。

 銃弾に負けず劣らずの速度で飛んでくる十手を、マズラは銃を握る手の裏拳で叩き落とし、改めて銃を幸紀に向けた。


「無駄なことを!その程度の抵抗で…!...!?」


 マズラは自分の手を見る。十手が直撃した部分が黒い煙に変わり、徐々に自分の手にダメージが広がっているのがわかった。


「これは…!霊力…だと…!?バカな、フィールドは確かに展開されているはず…!」


「確かに展開されている。事実、今ここで霊力を使って武器を発現させることはできない。だが、事前に霊力を込めているものなら話は別、だろう?」


(…!!確かにこの発明は『霊力を発生させない』装置であって『霊力を奪う』装置ではない…!!こんな短時間でそれを見抜かれるとは…!)


 マズラは図星を突かれ、言葉を失う。同時に、ダメージがついに手全体に広がり、マズラは銃を落とした。

 すぐに銃を拾い上げようとするマズラだったが、それよりも幸紀の方が圧倒的に速く、先に銃を拾い上げ、マズラを蹴飛ばした。


「それでは実験だ」


 幸紀はそう言いながら銃を回し、握り直す。そして、その銃口を床に倒れているマズラへと向けた。


「お前の作ったこの銃の性能、試してやる」


「ま、待て、コーキ」


「待たん」


 命乞いをしようとするマズラに、幸紀は短く言い放つ。マズラはすぐに壁にあるボタンへ駆け出そうとしたが、その瞬間、幸紀の銃弾によって眉間を貫かれた。


 マズラは大きな悲鳴をあげながら黒い煙に変わる。幸紀はその煙と銃を眺め、小さく微笑んだ。


「ふん、100点だ」


 幸紀はそう吐き捨てるように言うと、マズラが使おうとした壁のボタンに近づき、悪魔の文字で書かれたそのボタンを眺めた。


「人間用昏睡ガスに…換気扇、そして霊力抑制フィールド電源…」


 幸紀はひと通りボタンの内容を確認すると、換気扇を回し始め、霊力を抑制していた装置の電源を落とす。そうしてその場に倒れている星霊隊のメンバーたちをひとりひとり揺すり起こし始めた。



 数分後、幸紀は全員を連れて研究所を出た。悪魔が溢れかえっていたはずの研究所の周囲には、幸紀の活躍の甲斐あって悪魔は一体もいなかった。


「あれ、ここにめっちゃ悪魔がいたはず…」


 そんなことを知らない菜々子は、日菜子に担がれながら尋ねる。日菜子も答えは知らないが、すぐに幸紀の方へ向いた。


「幸紀さん、ですよね」


「当然だ」


 幸紀は集団の先頭を歩きながら、振り向きもせずに答える。そんな幸紀の言動に誰も驚かないことに、菜々子は驚いた。


「『当然だ』って…え、マジ?すっごい数いたよ?しかも他のみんなはこっちにいたから、ひとりのはず…え?なんでみんなそんなにあっさり信じちゃうの?」


「菜々子、幸紀さんはね、すっごく強いの。幸紀さんが信じられないような勝ち方をするのを、私たちはたくさん見てきたから」


 日菜子は曇りのない瞳で言う。その純粋すぎるほどの瞳に、菜々子もわずかに驚いたが、すぐに考えを改めた。


「思えば、マズラを倒してくれたのも幸紀くんか。めっちゃ強いんだねー。助けてくれてありがと!みんなもね!」


「菜々子、言葉遣いには気をつけなきゃダメだよ!ちゃんと敬語で言わないと…!」


 菜々子が軽い空気で礼を言うと、日菜子が菜々子を嗜める。しかし幸紀は背中を向けたまま鼻で笑い飛ばした。


「それよりも、気になるのはそっちの茶髪だ。晴夏は知り合いのようだが」


 幸紀はそう言って千鶴の方を見る。千鶴は幸紀たちにはちゃんとした自己紹介をしていないのに気がつくと、軽く会釈をした。


「あ、木村千鶴っていいます。その…晴夏くんと同じ高校に通ってます」


「それだけじゃないっしょ?なんかワケありっぽい雰囲気だったじゃん?」


「気になる〜、ちょっと聞かせてよ〜?」


 千鶴の話を聞くと、華燐と菜々子が食いついて反応を示す。それを聞いていた晴夏がよそ見をしながら頭を掻き始めたのを見て、千鶴が話し始めた。


「…幼馴染、なんですよ。元の世界にいた頃の。なんだったら、ちょっと付き合ってたこともあるっていうか…」


「うぇえっ!?」


「おい待て!1日だけだろあれは!」


「でも事実じゃん!そもそも告ってきたのもハルくんの方だったし…!」


「あれは違くてだな…!」


 千鶴が発した言葉に、女子たちは盛り上がり、晴夏はそれを否定するために必死に言葉を並べる。それも通らなくなるほどに盛り上がっていくのを、幸紀は背中で感じると、ひとり前を向いた。


(次はいよいよ清峰屋敷だ。おそらく、俺を追放したやつもそこにいるはず…総力を上げた戦いになるだろうな)


 幸紀はそう思うと、ふと背中越しに女性たちを眺める。彼女たちはそんなことも感じさせないほどに恋愛の話で盛り上がっていた。


(せいぜい今のうちに楽しめ。時がくれば…全員道具として役に立ってもらう)


 幸紀はひとりほくそ笑む。彼らが乗り込もうとしているバスは、無数の悪魔たちがいるであろう方向を向いていた。

隊員紹介コーナー


隊員No.19

名前:桜井さくらい菜々ななこ

年齢:19

身長:165cm

体重:51kg

スリーサイズ:B87(D)/W58/H84

武器:チェーン

好きなもの:楽しいこと

嫌いなもの:力仕事

特技:料理、ずるいことを考えること

趣味:音楽鑑賞、映画鑑賞、読書、料理など

外見:銀髪にピンクメッシュのショートヘア。ヘソ出しの服

能力:霊力自体はあまり強くないが、頭の回転が速い

簡単な紹介

日菜子の妹。明るくマイペースな今時のギャル。

非常に多趣味かつ多芸で、元々の頭の回転の速さも合わさり、普通は思いつかないような作戦を立案できる。

お人よしすぎる姉の日菜子をやや心配している。



隊員No.20

名前:木村きむら千鶴ちづる

年齢:17

身長:164cm

体重:57kg

スリーサイズ:B87(E)/W62/H90

武器:さい

好きなもの:恋バナ

嫌いなもの:喧嘩

特技:バスケ

趣味:アニメ鑑賞

外見:金髪ポニーテール

能力:なし

簡単な紹介

晴夏と同じ世界からやってきた高校2年生。晴夏の元カノ。

恋愛話が大好きで、何かにつけて恋愛系の妄想を語りがち。

争いが嫌いで霊力も持たないが、菜々子から譲られたさいを武器にして悪魔との戦いに身を投じる。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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