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少年は天命を覆す  作者: 言ノ葉紡
運命編
6/18

花笑みの娘

 美貌の少女の名前は、トワというらしい。

 あの衝撃の出会いの後、道場に顔を出した父に連れられて客間に足を運んだルーキはそこで改めて少女――トワとその護衛だという青年――ガルダを紹介された。


 二人は、旅をしているそうだ。世界を見つめ直す旅。できうる限りこの世界の全てを知る旅を、もう半年も前から。

 ツクヨに訪れたのもその一環で、流石に二人旅も飽きたというトワのわがままにより、誰か紹介をしてもらえないかとかねてからガルダと親交のあったルーキの父の元へ訪れたそうだ。


「トワ様とは初対面だが、ガルダ殿は優秀なヴァニル王国の騎士だよ」


 穏やかに言う父にルーキは目を瞬く。

 ヴァニル王国とは、中央大陸にある世界で一番大きな国であり、流通の中心地だ。そこに行けば世界の物全てが手に入るとも言われている夢の都。国が開設した騎士養成学校があり、数多くの名騎士を排出し続けている煌びやかな国としても名高い。


 だが、その華々しい歴史とは裏腹に、近年の栄華は斜陽と言える。ルーキがまだ幼い頃、それこそシルフィが養女として迎え入れられるより少しだけ前に、戦争があったのだ。なぜ起こったのか、どこから始まったのか、そもそも何と戦っているのかすらもわからない戦争があったのだ。その戦争は多くの命を奪い、多くの土地を焦土に変え、多くの悲しみを生み出した。疲弊した民が暴動を起こした所もあったらしく、全く酷い時代だと道端で酒を呷る大人の姿を見たこともある。


 なぜ、と。王に問うた者もいた。

 なぜこんなことを、と責める者もいた。


 理由もわからず戦火に怯える民に、王は答えなかったらしい。

 そして理由も知らされずに始まった戦争は、最前線に出ていたヴァニル国国王の死を以て収束した。それから現在に至るまで王妃が統治しているが、国王が治めていた時ほどの活気は取り戻せなかった。


 衰退への一途を辿りかけている、されど未だツクヨとは比べものにもならないほどの大きな王国。父の交友関係が広いのは知っていたが、まさか一地方の剣道道場の主人が王都の騎士と親しいとは思わない。いったいどう言う関係だろうか。


 見たところ、ガルダは精悍な面差しの好青年である。年の頃は父よりもルーキの方が近いだろうに、挨拶を交わした時の声は力強く、父にも劣らない貫禄が滲んでいた。纏う覇気の強さは剣の腕前を物語っていて、騎士の中でも相当強い部類に入ると馬鹿でも察せられる。先刻まで手合わせをしていたシルフィが霞むほどの強者を前に、不躾に観察をしていたルーキはたじろいだ。


 と言うか、そもそもだ。ガルダと父の関係も気にはなるが、その王都の騎士に護衛されているトワは何者なのか。何が目的で世界を見つめ直す旅などしていたのか。


 聞いていないはずがないだろうに初対面という言葉のみで済ませた父を睨む。


「で、こいつは?」


 知ってるんだろう、と言外に問う。

 父が苦笑した。


「トワ様」

「なんでしょう」

「息子には話されますか?」

「嫌よ。だって好きになってしまったもの」


 うふふ、と軽やかに笑みを含ませたトワにガルダの目が輝いた。


「それは喜ばしいことです」

「でしょう?でしょう!だから貴方もお願いよ、言わないで」

「我が愚息がトワ様の心の慰めになるのであれば」


 真摯に父が頷いて、話はそれで終わったらしい。即ち、ルーキには何も教えないと。


「……は?」


 事態について行けずに唖然とする。どうしても知りたいかと言われたらそれほどでもないが、あからさまに隠されても不愉快なだけだ。それも理由は好きだから、ときた。意味がわからない上に、そんな女に好かれたところで嬉しいはずもない。


「お前、うちに何しに来たんだ」


 自然と尋ねる声も尖る。明らかに気分を害したルーキにガルダがほんの少し申し訳なさそうな顔になった。どうやらこちらの騎士の感性はまともらしい。なら説明してくれ、と思うが、すぐにその考えは打ち消した。


 ガルダは騎士だ。王国に忠義を誓い、貴人への礼儀を弁える存在だ。そのガルダがトワに敬意を示していると言うことは当然トワの方が立場が上であり、トワの意に沿わない言動を慎むのは立場上当たり前である。ここで役目を果たしているだけのガルダを責めるのはお門違いだ。


「あら?先ほどお父上から説明を受けていたと思うのですけど」

「……二人旅に飽きて立ち寄ったとは聞いたけど」

「そう。なので、仲間を探しに来ました」


 にっこりと。一点の曇りもない微笑とともに真っ直ぐに言われた言葉にルーキは一瞬で状況を理解した。そもそも父はトワを呼びに道場までやってきたわけではない。最初からルーキを客間に呼ぶ目的で足を運んできたのだ。


 それは、つまり、要するに。


「ルーキ、いい機会だ。トワ様の旅に同行しなさい」

「はあ!?」


 予想を裏切らない最悪の言葉に顔をしかめて父を仰ぎ見たルーキは、しかしそのまま口を噤んだ。父は笑っていなかった。優しい目もしていなかった。初めて見る険しい顔をして、文句を言おうとしていたルーキを見下ろしていた。


「いいから、行きなさい。行って、その目でしっかりと確かめてきなさい。何が正しくて、何が間違っているのかを」

「いや、でも」

「ルーキ」


 静かに名を呼ばれ、唇を噛み締める。

 本音を言えば、断りたい。トワという少女が騎士に傅かれるほどの貴人であっても、例え二目と拝めない美少女からの頼みであっても、彼女の強引さは癪に触る。誰もが跪くと、額ずくと信じているかのような振る舞いの全てが嫌悪の対象だ。


 それでも、父がただ貴人であるというだけでトワのわがままを快諾したとはどうしても思えなかった。


「わかりました」


 苦渋を殺して苦々しく頷けば、ぱっとトワが笑みを咲かす。心の底から喜んでいるのがわかる、純粋な笑顔だ。それがどこまでも可愛らしく、どこまでも可憐で、だからこそ腹が立つ。目の前であれだけ嫌な反応をしたというのに、なぜそんなにも自分本位に喜べるのだと怒鳴りたくなる。


「ねぇ、貴方のお名前を教えて」


 キラキラと寄せられる好意が悍ましい。名前以外何一つ知らないトワのことを知る前から嫌いたくなどないのに、彼女の全てがルーキを苛立たせる。


「……ルーキフェル。長いからルーキでいい」


 名乗ったのは意地だ。精一杯の平静を装って手を出せば、けぶるようにとろりと甘い色を乗せた翡翠が大きく揺れる。それで初めて、出会ってからずっと浮かんでいた笑顔が崩れたことに気づいた。甘やかな雰囲気が崩れ去り、そこから顔を覗かせた動揺を湛えた面差しが稚い。

 迷子の子どもにも似た表情にルーキの方こそ動揺する。


「なんだよ」

「……ううん、なんでもないわ。少し驚いただけよ」


 だがそれも、訝しんで尋ねた瞬間には霧散して、元の笑顔に戻っている。


「よろしくね、ルーキ」


 そうっと存外丁寧に包み込んできた手は小さく、柔らかい。喜色の滲む嬉しげな顔を見下ろして、ルーキは心中で舌を出す。



 誰がよろしくなんてしてやるか。

 


 

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