DIDの真偽と筆跡。
今回は、俺たちの筆跡とDIDの真偽について綴ろうと思う。
DIDはカミングアウトをした時に真偽を疑われる事が多い疾患だ。ネット上でも、なにかと「〇〇ならDIDではない。」なんて言葉が飛び交っている。その中で俺が気になったのが「筆跡が変わらなければ、DIDではない。」というものだ。俺はこれをとある心理士の動画で聞いた。正直、驚いた。医療関係者が断言してしまっていたからだ。
確かにDID当事者で人格によって筆跡が変わると言う人は多い。人格によって筆記具の持ち方も変わるので、筆跡が変わる事も珍しくない。一方で、筆跡が変わらないDID当事者もいるようだ。
俺たちの場合は、少し変わる程度だ。ただそれは、麻痺によって出来る動きが限られている所為もあるかもしれない。俺たちの書いた日記を見比べると和より俺の方が細長く角張った字を書く。あとは俺の方が字が小さく、右上がり。しかし、見比べなければわからない程度だろう。しかも、人格が混ざっていると和の横長の丸みのある大きめな文字に近づく事もある。
俺たちは解離性障害の専門医からDIDと診断を受けているが、筆跡の確認などされていないし、診断基準にも筆跡について言及はされていない。つまり、筆跡の変化は症状の一つに過ぎず、DIDの真偽を確かめる手段とは言い切れないのだ。
そもそも、DIDの真偽を一般人が確かめようとして何になるのだろうか。診断できるのは医師だけだ。一般の人間にわかる事は、『本人が症状を訴えているという事実がそこにある』という事だけ。
だが、DIDは詐病だと言われる事も多い。疑いたくなる背景には、恐らく2つの要因があると思う。一つは、DIDでない人にとってあまりに非現実的な症状である事。二つ目は、メディアで取り上げられる事は多い一方で、医学的な知識や情報が広まっていない事だ。
確かにDIDは、普通に考えたらあり得ない事が起こる。脳内に空間があったり、別人が存在し会話をしたりする。簡単には信じられないような不思議な事が多く起こる。
またDIDという疾患自体、臨床経験のある医師が少なく精神科医でさえ診断が難しいと言われている。しかし、診断できる医師がいない訳ではない。専門でなくとも、精神科医の中には臨床経験があり診断や治療を行っている事例も聞いた事がある。ただし、解明されていない部分が多い疾患であることにに加えて、当事者は極力DIDを隠している場合が多い。それ故に情報も広まりづらくなってしまうのだ。一方で、ドラマや映画では凶悪犯などとして描かれる事が多い。そのイメージが独り歩きしている部分もあるだろう。
DIDである事を周囲にカミングアウトするのは、かなりの勇気が必要だ。疑いの目や敵意を向けられる可能性があるからだ。そんな中、最近は動画サイトなどで発信する当事者もいる。俺のこのエッセイも発信の一つだろう。
今後少しでもDIDについての正しい知識が広まり、当事者たちが委縮する事なく生きられる場が増える事を祈っている。




