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承認欲求の芽

厳しい寒さの冬が明け、春。6年生になった私はある決心をした。誰かの記憶に残るような事がしたい、と。そこで私はあることを思い立った。最近流行りの動画投稿サイトに、私もなにか投稿してみよう。思い立つと早いもので、私はすぐに希夜や他の子を集めて一緒にやろうと呼びかけた。当時の流行りは踊ってみた、というやつで、一番興味をひかれた。私は早速みんなに提案して動画を撮ることにした。色んないざこざもあったけれど、何とか上げた一本の動画。次の日には1000回再生までいき、一時期学校で話題にまでなった。けれど、みんなで毎日集まるうちに段々意見が合わなくなっていった。やりたくないと思う人が増えていったのだ。そこでグループ内に亀裂ができた。結局、やりたくない人と続けたい人、この二つのグループにわかれて続けたい人達だけで練習をするようになった。途中でやっぱり続けたいと言ってくれる人もいたが、そんなに続かなかった。ここで私は、みんなが動画を撮ることを義務だといつの間にか思い込んでしまっていたことに気がついた。毎日放課後に踊りの練習ばかりでは、飽きてしまうのも無理はない。気づけなかった自分を酷く恨んだ。私は、これ以上亀裂が入ることを恐れて、動画から離れることにした。その時丁度野球部の友達からお前も入ってみれば、とお誘いを受けていたので、せっかくの機会だから入部をすることにした。これで少しは気分転換ができるかと思っていたけれど、私が野球部に入ったというのはグループ内にすぐに知れ渡り、やりたくないと言っていた人たちから沢山の批判を受けた。動画はどうするの、意志が弱い、残された人が可哀想。そんなこと自分でわかっている。けれど、私も少し疲れてしまった。大体、やりたくないと言っておいて、人のすることに文句を言うのはどうかと思う。人に言える立場では無いはずだ。私は疲れきって、遂に動画を全て削除した。みんなに相談してからの方がいいかと思ったけれど、みんなとはしばらく話したくなかったから相談はしなかった。結局私は何者にもなれず、あっさりと動画投稿を辞めてしまった。夢が叶う人達が羨ましい、なんて思ってしまう。ただ私の努力が足らなかっただけなのに。夢を叶えた人達は、私の何十倍もの努力をしているはずなのに。沢山批判されて、沢山悩んで苦しんでいたはずなのに。しばらくして、心に余裕が出来た頃、私はみんなに動画を削除したことを話した。最初は不満を抱えていた人も、最後には理解をしてくれたのでありがたかった。けれど、動画を消しても、私達が動画投稿をしていたという事実はどうやっても消えなくて。まだみんなの中には私達が残っていて。これがデジタルタトゥーというやつなのだと痛感した。やっぱりやめておけばよかったと思った。やっている最中はとても楽しかった。踊ること自体が好きだったから、みんなと一緒にやれることがとても楽しかった。なのに、それなのに。どうして苦しいんだろう。私の動画投稿のことをよく思っていなかったのは、大半がバスケ部だった。それもそうだ。部活を急に辞めたと思ったら、今度は動画投稿を始めたのだから。でも、私もみんなと楽しくなにかに一生懸命になってみたかった。そう思うのはいけないことなのだろうか。

動画投稿をやめてしばらくした頃、野球部に新しく女子部員が入部してきた。それは、五年生の時に希夜と三人仲良くしていた花だった。私は五年生の途中から、花が私を嫌っていることに気づき始めていた。それなのに私のいる野球部に入ってきたのだから訳が分からなかった。けれど、今はわかる。野球部には、女子部員が彼女を含め三人しかいなかった。だから、私が男子と仲良くなることが気に食わなかったのだろう。花は部活には最初の二回しか来なかった。けれどその二回は、私にとってとても濃いものだった。最初の一回目、初めて来た時に彼女が放った一言目、私はよく覚えている。

「女子が少ない野球部にわざわざ入るなんて、陽夜ってやっぱり男にチヤホヤされたいぶりっ子なんだね。流石に見てられないから私も入っちゃった」

許せなかった。そういう理由で入った訳では無いのに。確かに動機は不純だった。今いる苦しい場所から逃げ出したい一心で、私を受け入れてくれる場所ならどこでも良かった。それなのに、お前が来たら意味ないじゃないか。もう一人の女子部員の前で恥をかかされた私は、涙目になりながらその日の部活を終えた。

次の日は、とても日差しが強い暑い日だった。彼女は私よりも早く着替えて遊具広場へと駆けて行った。私も遊具広場横の野球部の倉庫へと向かうと、花がニヤリとして言った。

「陽夜!こっちこっち!ちょっとここ触ってみて」

私はとりあえず花の言うことに従い、タイヤの遊具の上に手を置いた。すると彼女は私の手をタイヤに押さえつけ始めた。ぎゅっと押された私の手は、強い日差しで熱されたタイヤによって焼肉でも焼いているかのようにじゅうじゅうと焼かれた。


「熱い熱い熱い熱い!!」


私が必死に叫んでも、花はその手を離してはくれなかった。それどころか、花の押さえつけている手がもっと力強くなった気さえした。それが十秒ほど続いた時、私たちの背後から男子の声がした。彼女は声を聞くと、ハッとしたかのようにわたしの手を離し、その男子の方を向いた。


「何してるの」


涙目になりながら手のひらをさする私を見ながら男子がこちらへ近づいてくる。それに焦りを感じた花は


「何もしてないよ、ただ、このタイヤが熱いってはなしてただけだよねー」


と言って、倉庫の中へと入って行った。涙目の私をただ事ではないと思った男子は、私をすぐに保健室へ連れて行ってくれた。彼は休み時間になるといつも私にちょっかいをかけてきていた。けれど、私はそれが嫌な訳ではなく、少し心地よかった。そんな彼にだからこそ、何をされたか正直に話すことが出来た。彼は大変だったねと言ってくれた。そして、男子に見られてしまったという気まずさからなのか、次の日から彼女は部活にも、学校にも来なくなった。けれど、希夜や他の人とは学校が終わってからよく遊んでいたらしく、私の耳に度々遊んだという話が入ってきた。夏頃、流しそうめんや花火を花の家でやろうという話になった時、何故か私だけ人数がいっぱいだから来ないで欲しいと言われていた。私に断りを入れた後にたくさんの人を誘っていたのを知っているから余計腹立たしかったが、それよりも一番腹立たしかったのは、みんなで水族館に行こうという話になった時だった。一人の男子に陽夜を誘えと言われた彼女は、わかったと言ってその場を収めてはいたけれど、結局私にお誘いが来ることはなかったのだ。当日、私が来ないことを疑問に思った男子達が彼女に聞いたら、陽夜は来れなくなったと言っていたらしく、ドタキャンなんて最低だな、と知らないところで不信感を抱かれていた。次の日の放課後、私は男子数名に公園に呼び出され、なぜ昨日ドタキャンしたのかと問い詰められた。けれど、私は水族館に行くという話すらも聞かされていなかったので


「みんなで水族館に行ったの?いいなあ私も行きたかった」


と言うと、彼らの誤解は解けたようで、そこからは彼女に対する悪口が始まった。

そんな出来事から数ヶ月。卒業も間近だという頃、私のクラスで大きな事件が起こった。いや、前からあった事が浮き彫りになったと言うべきだろう。四年の頃に転校してきた羽流がみんなから酷いいじめを受けていることが先生の耳に入ったそうだった。これを聞いた先生は酷く怒り、それから二週間ほど、クラスの雰囲気はとても最悪だった。休み時間中は先生がずっと教卓に居座り、私達は席を立つことも、廊下に出ることも許されないような、そんな空気だった。彼女と一番仲がいいと思われていた私は、どうして気づかなかったのか、なんで相談しなかったのかなど沢山先生に問い詰められた。何故こんなに先生がいじめ問題に対して重く受け止めて行動しているのかというと、彼女の親が動いていたからだ。学校に乗り込んで先生に罵詈雑言を浴びせ、いじめの主犯格だった男子数名を自宅に呼び出し、玄関の前で土下座させた。それでも飽き足らず、警察や弁護士に相談するとまで言い出した。確かにいじめはする側が悪いし、良くないものだと自分も身をもって知っている。けれど、このいじめの原因は誰がなんと言おうと羽流だった。みんなの前で、私は髪の毛は毎日洗わないと公言し、何かあればストレスのはけ口として私に暴力を振るう。こんなことまでしておいて、嫌われない方がおかしいだろう。私もみんなに嫌われていたけれど、ストレスのはけ口として私に暴力を振るうという行動をおかしいと咎める人は少なからずいた。それなのにやめなかった彼女にも、悪いところはある。彼女だけが被害者ぶるのは、どこか違う気がしたけれど、私は何も言うことが出来なかった。それから、私と彼女の間には亀裂が入り、あまり話さなくなってしまった。

それから数週間後、私は卒業式を迎えた。私が袴を着て学校へ行くと、みんなが寄ってきて口々に似合ってるだとか可愛いだとか沢山褒めてくれる。私自身も正直なところ、この袴が一番自分に似合うと思っていたので余計に嬉しかった。思い返せば、私はみんなに好かれていただろうか。ワガママなことばかり言っていたし、太ってたし、可愛くないし、勉強もできないし、運動もできない。みんな、嫌々私と一緒にいたのではないか。きっと、私がいないところでみんなは沢山沢山私の悪口を言っていて、本当は私と話もしたくないのではないか。そう思うと、みんなが袴を褒めてくれたことも、全く信じられなくなっていた。式典の最中、私は泣かなかった。泣けなかった。この学校を離れるという実感がない訳では無い。ただ、少しもいい思い出が思いつかなかった。楽しかった思い出は幾つかあったはずなのに、それを全て消し去るかのように辛い思い出ばかりが頭の中に残り続けていて、私の中から楽しい思い出だけがすっぽりと抜けていた。こんな苦しい思い出しか残してくれないヤツらが中学も一緒だなんて耐えられないけれど、死ぬのはこわいから生きていくしかないのだと、小学生ながらに思った。

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