咳をしてもひとり
実家近くの病院から、祖母の危篤の知らせが届いた。
もともとステージ4の肺がんを患っていた彼女は、治療に明け暮れる日々を送っていた。医者からの説明で完治はしないと言われていたので、いつかこの時がやってくると覚悟していたつもりではいたが、それでもやはり、電話越しの宣告にはかなり堪えるものがあった 。
早速、私は上司にその旨を伝えたのだが、上司からはあまり急ぎすぎるなよという変なアドバイスを貰った。
「前にもおまえと同じように、『ばあちゃんが死にそうだ』って言って早上がりしたやつがいたんだが、そいつ、急ぎ過ぎて駅の階段で転げ落ちて、骨折でそこの病院に帰って来ちまったんだよ。そんで、松葉杖突いて会いに行ったらしいんだけど、死にそうなのに無駄な心配さすんじゃないよって怒られたらそうだ。……まあ、おまえさんに限ってそんなことないだろうけど、まあ、とにかく、気ぃつけて」
今更ながら、いい上司だなと思った。話は長いが、彼なりに気を紛らわしてくれているのだろう。
家に帰って、帰省の支度をしようと思ったが、あまり持っていくものがないことに気がついた。とりあえず、財布とスマホと下着が数枚あれば大丈夫だと思い、それらを仕事用のバッグに放り込んで、アパートを飛び出す。最寄り駅まで走って行って、駅構内では転ばないように早歩きで急ぐ。電車に乗り込んですぐ、新幹線のチケットを購入して、その直後、新幹線の時間がギリギリなことに気づく。予定到着時刻と、新幹線の出発時刻の差が、わずか二分しかなかった。
新幹線への乗り換えの駅に着くと、私はドアが開くのと同時に駆け出した。
そして――
「ふぅ」
滑り込むように新幹線に乗って、一息ついた。そして、席について、息を整えているうちに、ゆっくりと車体が動き出した。後ろに流れていく景色を見て、漸く一安心する。
私は、上京する前の出来事を思い返していた。
二月の合格発表で上京が決まった時、家族に報告すべきなのはわかっていたのだが、やっぱりこういうのは全員揃った時にするべきだと思って、あえてそのことを誰にも話さなかった。しかし、両親は共働きで出張も多かったため、タイミングがなかなか噛み合わず、三月に突入した頃には、私の中で合格の嬉しさより焦りが勝っていた。
そんなある日、偶然、両親が同じ日に早上がりをして、四人揃っての夕食を食べることになった。私は今しかないと思い、箸を止めて、一言、「春先から、上京する」と呟いた。
三人が、同時にこちらを見て、固まった。父親と、母親と、祖母。それから、発せられたそれぞれの一言目。
「はぁ」
「国立?」
「ほんと?」
祖母だけが唯一、嬉しそうな顔をしていた。あとの二人は、どうせ、自分らの金銭的負担でも考え始めていたのだろう。父親は考えてはため息を繰り返し、母親は大学関係のありとあらゆる質問をしてきた。
九時になっても、十時になっても、母親の質問攻めは止まらなかった。ちなみに、誰も終わらせようとしなかったのは、割って入るとヒステリックになるのを知っているからだ。十一時になって、漸く父親がおもむろに部屋に帰り始めると、それにつられるようにして母親も帰って行って、食卓の場には祖母と私、二人だけになった。
沈黙の中、時計の針の音だけが、軽やかに刻まれていて、それが嫌なほど耳障りだった。
祖母と、目が合った。
「頑張ったね」
掠れ声だったはずなのに、その一言から、私はとてつもない厚みを感じた。その声に包まれて安心した私は、そこで初めて、泣き出してしまった。祖母の膝に蹲って、ジーンズがびしゃびしゃになるほど、泣いた。濡らしてごめんと思ってても、涙は溢れ続け、止まる気配すらなかった。
三月下旬になり、新幹線で私は上京することになった。祖母の温かい「頑張ったね」が、未だに耳に残っていた。
後ろに流れていく景色を見ながら、私は、精一杯、頑張ろうと思った。
祖母にもう一度、頑張ったねと言って貰えるように。そして、祖母のように、他人の頑張りをきちんと見てあげれるように。
一度だけ、入院した祖母の様子を訪れたことがあったが、その時はまだ、彼女は依然として、強かさを兼ね備えたままだった。
抗がん剤の副作用で味覚障害や吐き気に悩まされていた時も、
「こんなの、人生で初めて二日酔いした時の方がきつかったよー」
なんて言って、ヘラヘラ笑っていたりした。そのタフさに驚いた若い担当医の方が、こっそり私に、「あなたのおばあちゃん、すごいっすね」と伝えてきたほどなので、彼女はよほど凄いのだと私は改めて感心していたのだ。
もちろん、今回はその時と比べて重症であるのは、十分に理解していたつもりだ。
でも――
それでも、彼女が衰弱しきったところなど、私は到底想像出来なかったのだ。ベッドの上でにこにこしながら、以前のように出迎えてくれるのだろうと、そう、多分、勝手に期待していたのだ。
「ばあちゃん」
今、私の前で寝ているのは、間違いなく私の祖母で、そしてその姿は――
「俺だよ、航平だよ」
彼女の小さな目が少し笑って、そして、人工呼吸器の中が少し曇った。
担当医が言うには、昨晩体調が悪化して、一時は生死の境をさまよっていたのだが、今朝、なんとか持ち堪えて元気になったのだそう。それを聞いた私は、咄嗟に、どこが元気なんだ、と言って彼を殴りそうになった。いくら相対的に見て元気なのだとしても、これ以上の体調の悪化を想像することが出来なかった。
私は、彼女の手をとったみた。やせ細った、青白い、ガイコツのような手。零れそうな涙を辛うじてこらえながら、私はそれを両の手でぎゅっと、力強く握った。
彼女と目が合った。
「頑張ったんだね」
それは、この一言を言うために、私の今までの人生はあったのではないかと思うほど、濃縮した瞬間だった。
「頑張った。頑張ったよ」
彼女の人生を褒め称えるには、あまりにも少ない文字数だと思いつつ、私はいつまでも「頑張った」としか言えなかった。
そのあと、彼女がこの世を去るまで、そう長くはなかった。
彼女と居る間、こちら側が永遠と喋っているだけだったのだが、意外にも話題は尽きなかった。職場の上司と部下の話、勉強中の資格の話、両親と久しぶりに再会した時の話、夜になって看護師さんに怒られるまで、私は休むことなく喋った。
彼女は、今思えば、ほとんど寝ていたのだろう。目を瞑っていたことが多かったし、何より、会った瞬間からずっと疲れきった顔をしていた。
それから、消灯して間もなくして私はその場で寝てしまい、気づいた時には、もう、担当医やその他大勢が集まっていて、病室全体が深い悲しみに包まれていた。
私はそっと病室を抜け出して、喫煙所へと向かった。湿っぽいのは、やっぱり、好きになれないのだ。
葬式は、身内だけで素早く終わらせて、特に会話もなく、そのままお開きとなった。仲が悪い訳ではなくて、ただ、コミュニケーションをしたくない理由がそれぞれにあるから、自然とこういう関係になってしまったのだろう。
そして今、私はとある場所に向かっていた。祖母との思い出の詰まった、大切な場所に。
「着いた」
ここは、私の実家。平屋建てで、かなり豪華な方だと思う。
私は庭に生えた桜の木に思わず見惚れた。満開だった。
いつ見ても、綺麗だな。小さい頃、あそこから落ちて、ばあちゃんにめっちゃ怒られたんだっけ。
まあ、いいや。
久しぶりの実家に高揚する気持ちを抑え、私は鍵の掛かっていない玄関を勢いよく開けた。
入る前から見て分かるほど、家中が埃っぽかった。それもそのはず、両親はお互い職場近くのアパートに住んでいて、祖母は病院暮しだったのだ。家に誰もいなければ、埃っぽくもなるだろう。
「お邪魔しまーす」
癖でそう言ってしまったが、もちろん、誰かが居るはずもなく、私の声はそのまま壁に吸い込まれていった。
けほっ。
足を踏み入れた瞬間、咳き込んだ。
けほけほ、けほっ。
いやいや、埃っぽすぎるわ。
心の中でツッコミを入れた。それから――
「……ん?」
なにか。
なにか、違和感があった。
家の中は相変わらず埃っぽいが、寧ろ家具などは不気味なほど何一つ変わっていなかった。となれば一体――
「けほっ」
咳払いがまた始まった。
けほっ、けほっ、げほげほ。っげほっげほ。
いくら五月蝿く咳をしようと、その音は家中に響いて、消えていくだけだった。そして、次第に咳が治まっていき、それにつられて反響音も無くなっていく。
あぁ。
そうか。
俺は、祖母を、あの人を、失ったのか。
この部屋から、彼女が欠けると、こんなにも寂しいのか。咳を心配してくれる人が居ないと、こんなにも不安なのか。
これが、ひとり、ってことなのか。
「…………うっ、うぐっ、うっ」
私は、その場に蹲って、近くに置いてあった木製のステップに寄りかかった。
時計の針が刻む音が、鋭く、いつまでも頭に残り続けた。