表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/38

達成度25:覗き穴から見えるモノ

 翌日。


「……おい伊織、もうちょっと離れてくれないか?」


「穴が小さいので仕方がありません。先輩が離れてください」


「いや、しょうがないのはわかってるけどさ……それにしても近すぎるっていうか。せめてもうちょいどうにかならない? この距離感」


「なんですか? これしきのことでドキドキしてるんですか? 先輩はやはり臆病である────と、わたしは思いました」


「こいつ……」


 旧生徒会室の隣にある空き教室。その壁に小さく空いた穴を覗き込み、僕と伊織は文句を言い合いながら壁に張り付いて中の様子を伺っていた。


 直径数センチにも満たない小さな覗き穴から見えるのは、旧生徒会室のほぼ全体である。


 そこでは鏡野がいつもの椅子に腰掛けて読書をしている姿があった。

 彼女は時折こちらに目配せしながら、『まだ来ない』と両手でバッテンを作って首を左右に振る。

 そんな鏡野を見ながら僕はふと、昨日の鏡野とのやり取りを思い返す。


『いいかい二人共? この旧生徒会室の隣は空き教室になっていてね。各部活及び同好会の備品なんかが置かれて最近はもっぱら倉庫として利用されているわけだが、実はここの壁には小さな穴が空いている』


『穴、ですか?』


『ああ。本当に小さな穴で、普段は机で塞いでいるんだけどね。その穴を覗き込むとなんと空き教室から旧生徒会の中が見えるようになっているんだ。言わば秘密の覗き穴、というわけさ』


『なんで生徒会室の隣にそんな穴が空いてんだ?』


『さぁ? 詳しくは私にもわからない。先輩方の中にも我々と志を同じくする先駆者がいたのかもしれないね』


『どういう学校なんだよウチは……んで、その穴がどうしたんだ?』


『ああ、伊織君と塩江君は明日、この旧生徒会室じゃなくて覗き穴のある隣の空き教室に来てほしい。そして空き教室にある覗き穴を使ってここの様子を見ていてほしいんだ』


『覗き穴を使って?』


『そう。今までの流れから行くと、明日来るのは伊織君の姉……香織君だろう? だから、まず私がこの旧生徒会室で香織君から話を聞き出す。そして伊織君と塩江君は』


『……なるほど、隣の教室で待機して姉の話を聞けと』


『そういうことだ、話が早くて助かるよ。伊織君と香織君でいきなり話し合おうとしても、なかなか互いに言い出しづらいこともあるだろう? 故に私が先に香織君から話を聞く。そうして彼女の本音を聞いてから、改めて姉妹二人で話し合いをすればいい。どうかな?』


『OK、わかった。でも、そこはかとなく事件性を感じるんだが使ってもいいのか? その覗き穴』


『まぁ今は使われていない、というより私が塞いでしまっている覗き穴からね。別に悪用するわけじゃない、ありがたく使わせてもらおうじゃないか』


 と、いうわけで。

 僕と伊織は直径数センチもない小さな穴を二人で覗き込んでいるのだが────まぁ、伊織の顔が近い。

 開け放たれた教室の壁から風に乗ってふわっと伊織のいい香りが漂ってきて、僕はついドキドキしてしまう。


 男の子的に大変おいしいナイスでグッドでワンダフルなイベントであることは疑う余地もないのだが、それよりも僕はドクンドクンと早鐘を打つ心臓の音が彼女に聞こえてしまわないか心配だった。


「それにしても小さい覗き穴ですね……よく見えません。先輩、もう少ししゃがんでもらえますか?」


「ん、ああ、悪い。これで見えるか?」


「ありがとうございます。姉はまだ来ないですね」


「多分そろそろ来る頃だと思うけどな……っと、噂をすればだな」


 コンコン、と旧生徒会室に軽いノックの音が響く。


 鏡野が「どうぞ」という前に「こんにちは」と開け放たれた扉の前には、伊織と全く同じ見た目をした少女が立っていた。


 少し眠そうな目に、ツインテールのように長い二つ分けにされた髪。

 ミステリアスながらまるで妖精の如く神秘的な雰囲気を纏っている少女は、教室に入るなりぺこりと頭を下げた。


 ────霧島香織。伊織の名前を騙って妹になりすましている双子の姉で、最初にこの旧生徒会室の扉を叩いた人間だ。


「あれが姉です」


「こうして見ると本当にそっくりなんだな……同じ人間が二人いるようにしか見えない。まるでドッペルゲンガーだ」


「よく言われます」


 僕の隣で伊織は少し自慢げに鼻を鳴らす。なんで自慢げなんだ?


「おや、よく来たね霧島君」


 旧生徒会室では鏡野が彼女────霧島もとい香織を歓迎する。香織はきょろきょろと辺りを見回していた。どうやらいつもいる僕がいないことに気づいたらしい。


「こんにちは、暫定会長。本日は塩江先輩の姿が見当たりませんが、お休みなのでしょうか?」


「ああ、塩江君ならつい先日暫定生徒会から逃げ出したよ。何でも新しく彼女が出来たから、そちらに時間を使いたいだとか何だとか」


 おい鏡野、適当言うんじゃねぇ。香織はわずかに眉をひそめる。


「彼女? あの人にですか?」


「そうだとも」


 香織はますます不審げな表情になる。そしてかくんと首を傾げて言った。


「……その女性、もしかして家族を人質に取られていませんか?」


「そうだとも」


 おい、お前ら後で全員ボコボコにするぞ。

 すると隣の伊織が真顔でくいっと袖を引っ張ってきた。


「先輩、さすがに犯罪はやめたほうがいいと思います」


「やってるわけないだろ!? あれは鏡野の適当な嘘だ!! ていうか僕に彼女が出来るわけないだろ!」


「そっか、それもそうでしたね。失礼しました」


「あれ、なんで僕泣いてるんだろう……」


「玉ねぎでも切ったんじゃないですか」


「違う、お前らに不当なディスりを受けたからだ……」


 と、なぜか三人から精神攻撃を受けて心の傷を抉られていた僕だが慌てて視線を穴に戻す。

 違う違う、今重要なのはこっちだ。鏡野が香織から、彼女の本心を聞き出してくれるのを聞かなければ。

 再び穴を覗き込む。


「では先輩の件はあとで然るべき機関に相談するとして」


 やめてくれそんなこと。やってないから。香織はつかつかと鏡野に歩み寄ると、懐から白い封筒を取り出して鏡野に差し出した。


「暫定会長、これを」


「これは?」


「入部届です。昨日はすみませんでした。私はこの部活に入らせていただきたいです」


「────っ」


 ふと、隣で伊織が拳を握りしめる音が聞こえてきた。


「やっぱり、香織はわたしを入部させようと……っ」


「……」


 鏡野は彼女から入部届を受け取ると、微笑を浮かべてそれを見る。


「うん、やっぱりよく書けているな。君が暫定生徒会に加入したいというのがよくわかる」


「ありがとうございます。では」


「────だが、この入部届を受け取ることはできないよ」


 と、鏡野はそっと入部届を机の上に置いた。思ってもみなかった鏡野の行動に霧島は目を丸くする。


「……どうしてですか? いえ、わかります。すみませんでした。一日おきに入部届を提出して、それを破り捨てていく。そんなことを繰り返していれば、入部を拒否されるのは当然……」


「そうじゃないさ。暫定生徒会は深刻な人員不足だからね。加入希望者はいつでも誰でも大歓迎だ」


「では、なぜ?」


「入部届────いや、加入届は本人の書いたものでなれば受理されない、とでも言えばわかるかな」


「……仰られている意味がよくわからないのですが」


「君は霧島伊織じゃない。双子の姉の、霧島香織だろう?」


「────」


 鏡野がそう言い放った途端、香織の動きがピタリと止まる。


「ふ、ふふふ、面白いことを言いますね暫定会長。小説家にでもなったらどうですか」


「それは探偵モノの犯人しか使わない台詞だよ、霧島君……おっと、香織君」


「はぁ、わかりました降参です。私の負けです。どうぞ、煮るなり焼くなり泣かせてひん剥いて吊るしあげて恥辱の限りを尽くすなり、お好きにしてください」


「泣かせてひん剥いて吊るし上げて恥辱の限りを尽くすような趣味は私にはないのだけれどね」


 妹と全く同じ台詞じゃねぇか。やっぱり双子なんだな、と伊織を見る。伊織は「なんですか」と少し不機嫌そうな声音でこっちを睨んできた。


「随分あっさり認めるんだな。やっぱり君は霧島香織だったか」


「ええ、その通りです暫定会長。ここまで知られているようなら隠し通す意味もありませんので白状しますが、私は霧島伊織ではありません。姉の香織です。今まで嘘をついて、申し訳ありませんでした」


 香織はやはり伊織と全く同じように頭を下げた。


「なぜ君は妹の伊織君になりすまして、ウチに入部届を?」


「少し前に伊織と喧嘩をしたからです」


「ふむ。ではその当てつけ、というわけかい?」


「たしかにそれもあります。……ですが、それだけではありません」


「ほう? せっかくだ、この教室には我々以外に誰もいない。聞かせてもらえるかい? 君はどうして妹になりすまして暫定生徒会に加入したのか────その理由を」


「……」


 香織は再びきょろきょろと周囲の様子を伺う。

 そして誰もいないことを確認した後、しばし考えた末に語りだした。


「わかりました。私が妹としてこの部活に入部したのは────端的に言えば、彼女に私とは違う経験をさせたかったからです」


 そしてようやく、霧島香織は語りだした。


 奇行の裏に秘められた、彼女の姉としての真意を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ