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桃田太郎の奇妙な一日  作者: アキラ
9/14

キイチ(34)の一日

キイチの起床時間にはコーヒーの香りが漂い、音楽が流れていなくてはならない


今朝も時間通りに作動したことに満足しながら、コーヒーの味を確かめる。


 ふむ。完璧ですね。


自分で淹れずとも決まった時間に自動でコーヒーを淹れてくれる発明品を発表しようかと考え、却下する


世の中には説明書を読まない人間、注意書きを守らない人間が多すぎる

私の作品をまた爆発させられては堪らない

何故…ゆで卵を作ろうとしたのか…理解に苦しむ

世に発表するなら完璧な安全性を追求しなくては…

子供が扱っても火傷することがないように…

清潔さが保ちにくい形状もよくないな…

そうだ、球体にすれば美しさに丁寧に扱うだろう…外側を…


優雅な音楽を聴きながら思考を巡らせ、ゆっくり身支度を整える

この音楽をいつでも聴けるようにした箱も、世間に理解されることはなかった


金持ちにとって音楽とは名のある楽団を呼び楽しむものであり、箱から流れる過去の演奏などお呼びでない。

庶民にとっての音楽とは夜の酒場で楽しく騒ぐものであり、己が参加できない過去の演奏などお呼びでない。


そんな玩具を作る暇があれば、あの薬を!この薬を!


                    それが人に物を頼む態度ですかッ


勤務時間ならともかく!プライベートの時間をどう使うかまで指図される筋合いありませんよ!

若かったころの自分はとにかく干渉を嫌い、国の研究所と喧嘩別れの末 この村へと越してきた。


それでもこの国一の頭脳の持ち主がキイチであることは引き篭もって十数年になるというのに中央からの依頼がひっきりなしに舞い込む事実が物語っている。


話せば話しただけ他人が遠ざかる 今日も独り世界の最先端を爆走する


ガチャリ

二階の自室兼実験室から階下の医院へとつながる扉を開く

すぐに四方を壁に囲まれ行き止まりとなる小部屋

仕掛けを知らない者にとって謎の空間でしかないそこへ足を踏み入れ

扉を閉め、横にあるつまみを目的地に合わせ

扉を開ける


それだけで扉の先は一階の医院へとつながるのだ


 …これだけ素晴らしいものが、悪用を恐れて発表することさえ叶わないとは…


便利なものとは悪事を働くのにも便利なものである

心のよどみを吐き出すように、深くため息をつく。生きていくのが、息苦しいのだ

家の中は日の目を見なかった発明品であふれている。


玄関を開錠し、受付中の札を表にだしておく

正直この小さな村で医者の仕事はないに等しいのだが、傷病人がいないにこしたことはない。

 私はこの生活に不満なんてありませんよ

的外れであった甘言を思い出し、鼻を鳴らす。


数年前に教会の神父が姿を消して、雑音に煩わされることがなくなった。

彼は姿かたちは美しかったが、あまり好ましい人物ではなかった。

 

中央の貴族とも教会ともコネクションがあるキイチにやたら秋波をおくってきたのだ

 先生ほどの人がこんな不便なところで暮らすだなんて

 先生ほどの人は中央にもいない

 先生ほどの人がこの村で埋もれるだなんて、もったいない


醜い男たちの集落から逃れるために 醜い男に言い寄る滑稽さ

美しい者の誘いを、醜い者が拒むはずがないという傲慢さ


中央の教会が、宝石をドブに捨てるわけがないでしょう?その程度なんですよ、あなたも


神父共もそれがわかっているから、この村への配属を嫌がるのだ。

神父は見目の良い者の花形職、都落ちはごめんとね。

数年も神父不在の村、見捨てられた子供達

 バカバカしい

容姿の良し悪しなど仕事において関係ない。そういうのはプライベートでどうぞ。


 ピーッピーッピーッ


奥の浴室から予約通り自動洗濯桶の終了音が響く。昼休みの時間だ。

表の受け付け中の札を仕舞い、浴室へと急ぐ。

 この発明品はだいぶ普及しましたね。娯楽より生活に密着したもののほうが受けがいいのでしょう。

 購入のおまけに洗剤をつけたのも功を奏しました。衛生面の意識改善にもつながりましたし

 あとは下着類を手洗いしなくてはいけない問題を改善しなくては…

 繊細な衣類だけ別の器に入れて、それごと洗濯桶の中に入れれば摩擦軽減につながるか…

 

今日も今日とて独りきりの世界に没頭する


 


ダンダンダン!「ーーー!ーーー!」


激しい殴打音に怒声。世界は唐突に破られる。

診療時間終了とともに二階の実験室へと引き上げていたキイチは咄嗟に袖口に隠した武器の感触を確かめる。

 下は陽動かもしれない

こういった荒事は研究所にいたころから多かった。

私が欲しい敵、邪魔な敵、金目当ての敵

窓の防犯設備に目をやり、悪用されてはマズイ品々を金庫へと片づける。

決まった手順で開かなければ、爆発する仕組みである。

窓の仕掛けを五体満足で破れるとは思わないが、念のため

 

この村は人嫌いの村長が放浪の末、開拓した理想郷だけあって

たどり着くのは至難の業なのだ。出ていく場合もまたしかり

強さがなければ到達できない村 厭世者の墓場

 村の者か、刺客か


ピンポーン


間の抜けた音色が響く

 ああ、この仕掛けを知っているなら村の人ですか。急患ですかね

ピポピポピポピポピポピンポーン!

 ……嫌がらせですかね?


再度、袖口の武器を撫でると階下へと足を向ける


玄関を開けると教会の子供が癇癪を起こしている

子供と私は相性が悪い

早々に意識を大人だけに向け、説明を求める

「先に風呂を貸せ。子供が溺れて震えがとまらん」

言われて初めて腕の中の子供に意識が向く。私は油断していたのだ



刺客だ




美とはある種の暴力である

鍛えようがない体の内側に直接衝撃を与えてくるのだから


心臓が握りつぶされたのかと思う衝撃に動揺した私は

思わず眼鏡をあげ、髪を撫でつけるという動作を行っていた

 なんて恥ずかしいッ

容姿の良し悪しなどうんぬん言っておいて!

今私が行ったことはなんだ…!

己のコンプレックスがこんな形で露呈するとは…!


尖った鼻も!吊り上がった細目も!鋭利な輪郭も!


本当はずっと、大嫌いだった!!



        あなたの瞳に映る私から醜いところを消し去ってしまいたい





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