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桃田太郎の奇妙な一日  作者: アキラ
8/14

シャル(15)の一日

 あーーー…ご飯作らなきゃ


シャルの一日はスープの仕込みから始まる

朝だけで昼と夜の支度もまかなえるのだ。自分を含め六名分、大鍋いっぱいに作る


朝は葉野菜のコンソメスープ、昼にトマトと豆を足しミネストローネ、夜はチーズと固くなったパンを更に足せば腹が膨れるだろう

具材に変化を持たせるが基本これの繰り返し。品数を増やすのは余裕があるときで良い。文句があるなら自分でやれ。


神父に逃げられてからの数年 シャルはそうしてこの孤児院を切り盛りしてきた。

働いてはいない。教会と孤児院は寄付で成り立っている


今日も他人の着古した衣類を身に着け、舌打ちをする


 中央の15歳ってこんなでかいわけ?このシャツに見合った体格ってことは……このくらい丸みがあって……モテるんだろうなぁ


同い年の者の服が寄こされているはずなのに、服の中を泳ぐみすぼらしい鳥ガラのような自分


しかし、そもそも年の近い人間がこの村にはいないのだ。容姿の良し悪しなどあまり関係がない。

ズボンは不便だからウエストや幅を詰めたが、シャツにそこまで時間をかける意味が見いだせない

細い腰の隙間を埋めるようにシャツの裾を詰めこむ。

袖をまくり紐でくくると教会内の掃除に取り掛かった。そろそろ板も張り替えなくては。


家事と子供の世話、教会の維持管理に追われながら、村の外の世界に思いをはせる。

 僕の次に年長なのはまだ11歳…神父様に出て行かれた僕と同じ年だ。…同じ思いはさせたくないしなぁ


          神父様はとにかく美しい人だった

柔和な笑みを浮かべる丸顔も、ふくよかで柔らかい体形も見ていると幸せな気持ちになった。

幼い時分は一日中まとわりついて、村への用事も必ずついていった。

結婚制度を知った頃、神父様を村の大人にとられるんじゃないかと心配になり

村へ下りる用事は自分がやると申し出た時の 嬉しそうな笑顔が忘れられない

笑顔の意味を知ったのは11歳になる少し前のこと…

通り雨に降られ、教会に戻った僕をタオルを持って出迎えてくれた優しい神父様

顔を拭いていると、ふと神父様の前髪も濡れているのに気付いた。だから僕は拭いてあげようと


そのタオルを彼の顔に近づけた


汚いものが迫ってきたかの 反射的に歪んだ顔


それは一瞬で笑みに隠されたが、理解するには充分だった。


          神父様もこの村の住人は醜いと嫌悪していたのだ。


…別にそう感じることを否定はしない

僕が神父様を(美しい)と感じるのと同じだから


       神父様がこの村に耐えられず出ていったのは その少し後のこと


あ゛ーーーー…教会にいるとどうしてもあの時のこと思い出して、沈む…

最近やたらとイライラする!ガキ共はまっすぐ帰ってこないし!

遊んでドロドロになった服洗うの僕なんだけど!


むしゃくしゃした気持ちで表へ迎えに出る

まだ川で遊んでたら中に叩き込んで

 風呂も洗濯も済んで良かったじゃない

ってバカにしてやる!バカバカバーッカ!


荒々しくドアを開くと、大男に出くわした。

「ああ、ヌイ。この時間に会うのは珍しいね」

坂の上の牧場主のヌイだ。

相変わらずおおざっぱで、お前絶対僕の名前覚えてないだろ!


雑談というより、僕が一方的にしゃべりながら

子供達が森に仕掛けた罠を片っ端から作動させていく。

飛び交うナイフ、斧、鎌の嵐

そのすべてを受けとめ回収していくヌイ。

親切心ではないな。拾ったそれらをどうしようとヌイの自由なのだ。

きっと数日後には農具へと生まれ変わっているだろう。

子供達には遊んだおもちゃはちゃんと片付けろという良い教訓になる。



誰にも会わず川まで着いてしまう。

 入れ違ったかな

まぁいいや。ヌイのお手伝いをして魚を分けてもらおうっと。

ここにくるまでの戦利品で手がふさがっているヌイに

「僕がやりたい」

と声をかけ、しゃがみ込んだ刹那

ガッシャン

金属がこすれる嫌な音が響き耳をふさぐ

猛然と川上へと駆けていく金属の塊、いやヌイに

 只事ではない。

魚に未練を残しつつ、後を追う


川上にはずぶ濡れのヌイと、…小さく丸くなっている布の塊?

ああ、そういうこと…

「ヌイ。溺れてたマヌケは誰だった?」

修業がしたいと濡らした布の塊を一太刀で切断しようと遊ぶ子供たちの姿が目に浮かぶ…

布の塊がのそりと動く、そこにいたのは



神父様…



いや、違う。僕と同じ人間だ。

ふくふくとした美しいラインを描く…美しい人だ。

まだ成人前だろうか、人間は大人と子供の境にいるこの時期が一番魅力的と聞く。

…僕にはそんな時期なかったけどね。


おもわず妬みがでてしまう。

嫌だな、悟られたら屈辱だ…どれだけ憧れたか…どれだけ好きだったか…どれだけ…僕が…


「ハンカチ使う?」


嬉しそうに微笑む、美しい人


「顔拭くのに使ったものでごめんねー?」


その表情も歪めばいい

特等席で見てやろうと嫌らしく顔を近づける。


「あなたが嫌でなければ、充分です。助かります、ありがとう」


美しく笑い、美しい顔を僕のハンカチで覆う 美しい人

このままでは血が逆流して、死ぬ。

僕は慌てて立ち上がり、美しい人から距離をとる


   川で溺れたマヌケは僕ではないのに鼻の奥がツンと痛むんだ


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