ああ、サブタイトルってそういう意味か!の2
川を睨み付け続ける強面美青年と妖しい美少年。濡れ鼠の僕。
夕焼けがそのすべてを赤く染める。
奇妙な沈黙が場を支配していたのは数秒か、数分か。
このままではいられないことは傾き続ける陽光からもあきらかだ。山で日が暮れたら動けなくなる。
意を決して口を開いた。
「あの、僕は太郎といいます。危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。ヌイさんは僕の命の恩人です。」
立ち上がりヌイさんに近づき頭を下げる。背が高いな。
僕が低すぎるとはいえ190あるんじゃないか?バスケ部の友人と比較して算出してみる。
腰まである黒い髪に黒い瞳。目は鋭く一重だ。しかし彫りは深い。日本人とは思えない風貌。かといって外国人とも違う。
キャラメイクで作った…そう、キャラクターのようだ。
暗殺者とか忍者とか物騒な響きが似合う非現実的な気配がする。
「タロウ。俺が勝手にやったことだ。…怖いんだろ。無理するな」
暗殺者とか忍者とか僕の命の恩人になんて失礼なことを!!僕のバカ者!!それなら心を読むなんて朝飯前だろ!!このうつけ!!
「いえっその、大人の男性と話す機会があまりなくて、緊張してですね!」
これは本当だ。関わる成人男性なんて教師くらいだが、部活にも委員会にも所属せず授業で積極的に発言するタイプでもないから
おそらく30歳くらいのヌイさんにどういうテンションで接したら正解なのかよくわからない。
ガテン系とび職のような格好なのも緊張を煽る。日焼けした肌も働く男という堂々とした風格を与えており
かっこいいのだが、怖いのだ。
腕組みしている腕なんてぶっとくてヒグマと相撲を取っていても見劣りしないだろう。
声めっちゃ低かったけど怒ってないよね?
地を這うような声で感情の起伏が感じられないから、ちらりとその表情を伺う。
二人は驚愕の表情でこちらを見ている。
えっ!? 今変なところあった!? 何が失敗だった!?
「あ…っと、ハンカチ、も、ありがとうございました。お名前を伺ってもよろしいでしょう…か?」
心の中で滝汗を掻きながらも女優は顔に汗を搔かない。笑顔を張り付け話を変える
「……シャル」
「シャルさん!本当にありがとう。洗ってお返ししても良いですか」
この年頃らしいぶっきらぼうさで、わずかに頷いたのか髪がサラリときらめく。
新しいものを買って返すのは現時点で不可能だろう。
お金も持ち物も何もない。完全身一つだ。
シャルは中高生くらいだろうか。
シャツにスラックスというシンプルないで立ちだが、顔の良さと相まって貴族の坊ちゃんのようだ。
しかしサイズが合っていないのか微妙に大きい。
すぐ大きくなることを見越しているのだろうか?それともこれが流行なのか?
オーバーサイズのシャツをズボンにインすることで彼をより華奢に儚げに見せている。
この時期の少年尊い。僕にはこんな時期なかったが。
同い年より少し下の15前後とみた。しかし敬語を使っておこう。
この世界の常識が僕にはわからないのだから。
名前だけを名乗ったのはとりあえず正解のようだ。二人とも名前呼びに抵抗がなく、呼び名の訂正もない。
庶民は名前だけで家名があるのは貴族という世界かもしれない。
「あの、お世話になってばかりで恐縮なんですが…実は連れとはぐれたようでして」
ここで 「信じてもらえないかもしれないけど、実は僕、異世界から来ました!」 なんて言うわけにはいかない!
頭おかしいから関わりたくないと思われたら詰む。
それどころか邪教の民か!とか悪魔憑きめ!とか宗教関係で過激に火あぶりなんてこともある。
計算高く生きろ
大丈夫、日本でさえ僕は中学生かと思われるスタイルだったんだ。
今日なんてキャンプだし、汚れても惜しくないように中学時代の小豆色の芋ジャージ上下だ。
サイズがぴったりだったことに絶望した!大きくなったら自然と背が伸びて痩せてモテモテになれると思ってたのに!
僕は白鳥にはなれないのか!?まん丸のこのフォルム!!
彼らからしたら保護者がいて当然の子供に見えるはず。現にシャルのほうが背が高いしね。ちょっとだけ。
「恥ずかしながら、荷物も経路も任せきりでしたので。近くの集落まで連れて行っていただけないでしょうか」
完璧だ。現状を伝え、なおかつ次につなげる完璧のセリフまわし。
目には涙の膜が張り、不安で声が震えて消えていくさまなど迷子の子供が必死に強がっているソレである。
体までぶるぶると震えて泣き出す寸前の完璧な演技に僕自身これが素だと騙されそうだ!
僕のどんぐり眼が表面張力の限界を訴え、塩辛い水が零れ落ちそうになった正にその時
体が重力とさよならをした。
「うっわあぁぁぁぁぁ!!!」
片手で僕を肩へと担いだヌイさんが森の中を駆け抜ける。
整えられてもいない獣道を、獣以上のスピードでビュンビュン駆け抜け息一つ乱していない人間離れしたその姿に
怒っているのか違うのかわからない僕は恐慌状態に陥り悲鳴を上げるが猛スピードで駆けながら
軽い荷物を持ち直すように僕を腕の中へと抱えなおしたヌイさんに口をふさがれ
「声を出すな」
うなるように押し殺した低い声。
殺されるのかもしれません。
意識が薄れる中ハンカチを握りしめていた手から力が抜ける。
車の窓から飛ばしてしまったような速さで後ろに流れるハンカチをシャルが優雅に受け止め、畳みなおしてからポケットへ仕舞う。
一連の動作が木の上を駆けながら行われたものでなければ王子然とした姿に見惚れていただろう。
バトル漫画界での礼儀作法かな
絶望的な気持ちで目を閉じた。