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桃田太郎の奇妙な一日  作者: アキラ
14/14

二日目4

「これが……僕?」


鏡の中に美少年が映っている。思わず自分の顔を触ると、鏡の中の美少年も同じ動きをする。


僕だ!!


華奢な体に繊細な細面は新雪のような白さ。対比するかの艶やかな黒髪に切れ長の目が色っぽい。

左右対称の線を引くように中心を形の良い鼻がすっと通り

紅を引いたような唇をほころばせれば、歯並びまで小顔に収まるよう計算しつくされたように整っている。


絶世の美少年である!!


この黒白赤で構成された美がとても心に響く。白雪姫かの美しさに鏡の中の自分に惚れそうである。

いや、むしろ生まれた時から僕ってこうだったよね?そんな気がしてきた。うっとり…

まるで初めて鏡を見た人のように張り付いていると、恰幅の良い靴屋の店主が「息子さん?…大丈夫かね?」

思いきり不審者を見る目である。美形のキイチ先生の血縁者に思われるなんて!

背も伸びないかな~鏡のふちを撫でたら嫌な顔をされた。あっ指紋ついちゃうか、すみません。

「手縫いでいくつか仕立てていただきたいのですが」

その一言で不審者から上客へとジョブチェンジされ、奥の部屋へと通される。

通されたのは豪奢な部屋…ではなく、たくさんの木型や工具類がある職人の工房といった部屋だ。


奥の作業机でエルフの長老風の痩せた老人が作業していた。

僕らに気づくと作業の手を止め

「おや、新規のお客様かね」

「ええ。神父になる方ですので合わせた靴をお願いしたいのです。タロウ、ローブを脱いで大丈夫ですよ」

言われた通り脱ぐとキイチ先生はローブを預かり閉められた扉の前に移動する。

ローブを脱いだことで魔法が解けたのだろう。老人がメガネを外してはまたかけ、自分の目を疑っている。

「……では、採寸しようかね。靴を脱いで足をこの上へ乗せてくれるかい」

スポーツサンダルの紐を緩めて脱ぐと興味深そうに靴を観察する眼光の鋭さにぎくりとする。

「……こういった靴は初めてかね?」

「……はい」

通学もスニーカーだよ。革靴って手入れが大変だし痛そうだし…

プロの職人らしく、あくまで靴づくりのための質問で詮索ではないのが救いである。


採寸されている自分の足をじっと見下ろしてみる。

先ほどの華奢な美少年の面影はない、ずんぐりむっくりとした足である。

「扱ったことがないくらい小さい足だ…成人しているんだろう?」

「17です」

子供用と大人用、メンズとレディースって靴のサイズ同じでも幅が違ったり靴底の固さが違うから代用できないんだって。

小さくてサイズ選びで困ること多いから嫌になっちゃうよ。大きい人も大変みたいだけど男としては大きすぎて困っちゃうよ~

とか言ってみたい。

「既製品では合わないでしょうから、数足お願いしたいのですが納品はいつ頃になりますか」

「最低でも一年はかかるね。表の靴で履けそうなものを候補に出すから、その間はそれを試すといい。納品までに調整で最低一度は来店をお願いするよ。」

キイチ先生と職人さんとで、とんとん拍子に話が進む。…それでも一時間くらいはあれこれ数値を測られただろうか。

オーダーメイドってすごい。紳士のお買い物って感じだ。

ようやく終わった頃には気疲れからクタクタで、のろのろとローブを着込む。

前金です、とキイチ先生が机にコインを置く。


ききき、金貨だ!!

異世界に来て一番テンションが上がった瞬間である!


やっばい。オーダーメイドたっかい。そりゃそうか職人の完全手作業!金貨一枚いくらかわかんないけど!

え…でもこれ僕の買い物だから僕が払わなきゃいけないものじゃない?

動揺が伝わったのだろう

「お若いの、相手に恥をかかせるもんじゃない」

ほっほと好々爺然と笑われる。

さっきの僕の真の姿を見たでしょ!他人なんですよ~僕たち!

「どれ、私からも贈らせておくれ。調整してやれば、既製品でも合うものがあるだろう」

何故!?会ったばかりの客に!?

そういう風習でもあるの?下手なこと言わない方が良い?


支払うことになったとしても、無い袖は振れない。

僕の生活これまで全部おごりである。

「あ…ありがとうございます」

もう疑心暗鬼になるのもおこがましい貢がれぶりに総額いくらだって話だ。

これ異世界の人みんな善人でニート疑惑の僕の就職を全力応援してるってオチ?

福祉と教会…そうか、そういう見方もある。

中世っぽいから異端疑惑からの処刑コースかと思ったが

近代っぽい福祉精神から社会復帰を促されているのか?

いずれにしても神父に就職して立派に働くことが恩返しにも保身にもなるわけだ!

そして前歴の空白に頭を悩ませるわけだが、結局ずっと同じ問題なんだよね。


異世界から来ました って言わないで済む身の上話を考えろ。


「「「ありがとうございました~」」」

職人さんおすすめの既成靴を更にいくつか購入すると、店を出る時従業員一同でのお見送りをされる。

やっぱこの買い物普通じゃないんだ。セレブの買い物なんだ。


レンガ造りのお店が立ち並ぶ一画を抜けて広場のような場所に出る。ここには屋台のような簡易的な出店で賑わっている。


「両替になって丁度良かったですね。お昼には少し過ぎてしまいましたが、食べたいものを買ってください」

…大人の対応である。お礼を言ってコインを受け取る。

わ~銀貨だ。…大きさが違う。二種類…大きい方が高いんだろう、大判小判的に。

いくらかわからないが、日本でも馴染みあるクレープ屋みたいな店で試してみよう…

甘いタイプはない…肉系のおかずクレープ。あ、ケンタのアレっぽい。なら数百円くらいかな?

指さしながら、これ下さいと小さい銀貨を見せてみる。

「2つで丁度だよ~!」

「じゃあ、2つお願いします」

う~ん…2つでキリ良く小さい銀貨分か。小さい銀貨が安いのか、屋台価格が高いのかわからないな。

お金を渡し、お礼を言って品物を受け取る

「…一番人気はこっちなんだ。おまけ」

こそっとチャーシューみたいな薄切り肉を味見させてくれた。

「おいしい!」

「ふふっまた来てね」

愛想よく手を振るお兄さんに両手がふさがっているので笑顔で会釈して返す。



初めてのお使いを終わらせ、キイチ先生に余ったお金と品物を渡す

「変装の効果は低いですね」

苦笑いしている。何故だ。

ああ、ローブを着ている僕は絶世の美少年なのだった。…特にキャーキャー騒がれるでもなくスルーされたな

でも同性相手ならそんなもんだよね。

どうせならヌイさんみたいな変装の方が同性受けも良さそう。強面で筋肉質で男なら一度は憧れる。


そういえば女の人がいない?宗教上の理由か?ローブ姿に紛れているのかな?

ベンチに座り食べながら広場を観察してみる。

村に美形ばかりだから、あれがこの世界基準なのかと思ったが親近感を覚える風貌の者もちらほら見える。

ザ・お金持ちのボンボンといった小太りの子供の周りには取り巻きが気を引こうとチヤホヤしている。

そのうちの一人に

「食べ終わったんなら、そこ空けろよ」

…他にもベンチはあるのだが、わざわざ絡まれる。

「タロウ、宿は教会の正面です。行きましょうか」

にこやかに手を取られ、誘導される。喧嘩になったら嫌だもんね。

相手にされなかった取り巻きたちが負け惜しみのようにぼやくのを尻目にさっさとその場を離れる。


…手を離すタイミングを逃した。

というか人が増えてきて気を付けていないと、はぐれる。

夕方の、昼型と夜型の人間の入れ替わる時間帯なのかごった返している。

男同士で手をつないで歩いていても変な目で見られることがないのは救いだが…

人混みの前方がササっと左右に割れ、中央を世紀末ヒャッハーな盗賊風の男たちが我が物顔でお通りだ。


全員真っ赤なモヒカンを揺らし…まさに鶏のトサカ。威嚇のための髪型だっけ。

僕らも横に寄るが、運悪くよけた方向へ男たちは用があったらしく

「デートですかぁ~?うらやましぃねぇ~」

「新婚旅行かなぁ~」

つないだ手をゲラゲラ小ばかにして路地裏へと入っていく男たち。なんかやたら絡まれるな…

最後の一人がすれ違いざまにキイチ先生が持っていたトランクを奪い走り去る。

「あっ」

思わず動きそうになる僕を

「深追いしない方がいいでしょう」

つないだ手が引き留める。

一瞬のトラブルは雑踏に紛れ、何事もなかったかのように周囲の時間は流れる。

男たちが消えていった路地裏を覗くと薄暗い奥は行き止まり…いや、レンガの壁が二枚位置をずらして配置されて間の入り口をカモフラージュをしている。人通りの多い通りの一つ向こうはヤバい世界へつながる階段とか…超怖い…都会の闇

「に…荷物、どうしたら」

あのトランクの中には買った物も、数々の不思議アイテムも入っているのだ。

警察?法律とかはどうなっているのだろうか…

「ああ、大丈夫です。ここにありますから」

そう言うと懐からお薬ケースのような箱を取り出し、中を見せてくれる。

…カプセルの薬が個別に入っている?

「トランクの中に入れたものはこの中に収納されるので、問題ありません。予備を出しましょうか」

つないでいた手が離され、カプセルを一つ割るとポンっとトランクが出てきた。

「こちらでも正しい開け方をすれば出し入れ自由ですが、誤ると…」


ドカンと下から凄い振動が伝わってきた。男たちが消えていった路地裏から黒煙が上がる…

悲鳴が上がり、にわかに騒然となる大通りから抜ける僕はフードが外れないよう両手でしっかり握りしめた。

「爆発…するんですね」

「世の中物騒ですから」

悪びれずトランク片手に立ち去る姿は荒事への対処に手慣れていて…

「また出荷業者か」「赤髪組はガラが悪すぎる!」

…運び屋の隠語でなく?

異世界の常識についていけない。これだけのトラブルも雑踏に紛れ、何事もなかったかのように周囲の時間は流れる。

おかげで捕まることなく宿屋に着いた。


神様、僕を日本に帰してください…


宿の窓から正面の、石造りの教会を見上げながらお願いしてみる。

そういえばお城はどこだろう?

教会は町のどこからでも見える巨大さだが、それに匹敵する建造物なんてない。

ボコボコした岩石が山のようにそびえるばかりである。

この世界の人って健脚だね…街中の移動は基本徒歩。牛や馬が荷車を運ぶことはあっても人は運ばないようだ。

まぁお金持ちは移動用の馬車を持ってるみたいだからヤクザのベンツ感覚で避けるように。

お金がない庶民は人力で荷車を引いている。貴族>牛馬>庶民くらいの価値観だ。

街の外なら人も運ぶけど…満員じゃないと出してくれないのか門のところで交渉してるのを見た。金次第ってことだ。


眼下を行きかう人々を見ながら

「村でとれた物も、この辺りに売られてるんですか?」

水質検査をしているキイチ先生に訪ねてみた。

ツイン部屋だが、入室してからずっと危険がないか様々なチェックが行われている。窓の前に立つときもフードを外さないように、宿泊を悟られないように身を隠してと…まるでスパイの潜伏のような指導を受け、治安の悪さがうかがえる。

「ここから村までだと大体二十日以上かかりますから…割に合わないと思いますよ。取り寄せる時も高くつきますし」

ああ…離島別料金みたいな。送料が高いんだよね…

その道を走って一日で辿り着くの?村長たち。まぁ空から数時間で来たことを考えると別ルートで突っ切ればってことなのか。

「村に戻るまでに必要なものがあったら言ってください。メガネも作ってもらわなければいけませんね」

メガネ?

「そこまで不自由はなさそうですが、低下した視力は回復しませんから」

………はっ

メガネを川に落としたって嘘のことか!

一つの嘘を守るためにいくつもの嘘が必要になり破綻する…うぇー、どうしよう。僕ウソつきの才能ない…ギブ

絶対メガネも高いもの!嘘の為に買ってもらえないよ!


窓から離れ、キイチ先生が作業している机まで行く。断頭台に上る気分だ…フードを外して大丈夫か確認をし、脱がせてもらう

「…嘘、つきました。…キスしてもらえば、しやすいと思って」

うなだれる僕は美少年の魔法が解け、丸々とした桃田太郎として「ごめんなさい」と告白した。


もう異世界人だと吐いてしまいたい!そして助けてと泣き付ければ楽になれるのに!


僕はしょっちゅうこの縋るような目をしていることだろう。

説教中の子供のように向かい合い、この身長差だ。自然と上目遣いにもなる。

キイチ先生は何度か言葉を飲み込むと、やがて苦しそうに

「……挨拶でキスをする風習は初耳でした。しかし、それが挨拶ならと、知ったかぶりを…しました。言い訳になりますが…私は父と過ごした期間も短く今日お会いしたのが成人以来ですから約20年ぶりになりますし、友人という関係にも縁がなく、…年齢的に流行にも疎い。そういう風習があるなら私も…と」

騙していたのは私の方ですと、静かに告白される

「それが、そんなに厳密なルールはないそうですよ。教会の子が言ってました。挨拶はノリだって」

「最近の若者は!!!」

朝仕入れた情報を教えてあげたら、逆鱗に触れた。

どうやらお互い知ったかぶりで己の首を絞めていたようで、告白したら気が楽になった。キイチ先生は怒っているが。

まあフィンガーボールの水飲んじゃった人がいたら恥をかかせないように飲み返したのが逆にマナーの鑑っていうし

結果オーライだよね。


20年前に成人ってキイチ先生35くらい?だから僕の事幼児のごとく世話してくれてたのか…って

「今日?お父さんに会ったんですか?」手を上げ、延々と続くお小言を止める。

「ああ、父は靴職人なんです。私は5つの時、国の研究所に住まいを移したので親子の感覚は希薄ですが」

エルフの長老!そうか全体的にとんがった印象は確かに似ている!僕の靴に興味を持った時の目も!

だからお金出してくれたのか~息子が初めて友達連れてきたイベントだったんだね。

「研究所で発明品を作ってたんですか~」

正直文明の利器万歳なのでもっと流通してくれないだろうか…どこでも扉で帰りたい。

「いえ…そんな無駄なものを作るのに時間を使うなと。…喧嘩別れする形で地方へ引っ越したんです」

大ブーイングですよ!

便利な道具以外に何を研究しろっていうんですか!


「一番売れたのは毛生え薬です」


全世界の男を救うお薬じゃ仕方がないね…


靴職人のお父さんの一日


20年ぶりに息子が訪ねてきた。

美しい恋人を連れて。

嬉しくなって最高級の靴を贈った。


「爺さん、それ詐欺じゃね」



屋台のお兄さんの一日


やっとピークが過ぎたか…

昼時の混雑を無事にさばき切り、トラブルなく一日を終えられそうだと胸をなでおろす。

空腹で気がたっているのか、横柄な態度をとられたり、怒鳴られたり…客商売は楽ではない。


この後の客層で気を付けるのは作ってから時間がたった商品を値切って買いたたこうとする客や雑談を仕掛けてくるナンパ客だ。

俺は普段そこまで見た目がいいわけではないが、思い切り笑うと一気に顔の印象が丸く美しくなると接客に向いた顔立ちらしい。

見た目の悪さを馬鹿にされるよりは、褒められて悪い気はしない…が、それだけだ。

恋愛して子供を作る自分というのがいまいち想像できないからな。

俺も親父同様、時期を見て自分の跡継ぎ申請をして子供が成人するまで俺と子供の二人で生活することになるのだろう。

目の保養なら神父様がいるのだし、ただでさえ中央は色々な面で恵まれている人間が集まる場所だ。

わざわざ他人と人生共にして楽しいか?とんでもなく金持ちとか綺麗な相手だったらわからなくもないけど。


そんな相手はこんな広場に現れないのさ。

「これ下さい」

おっと、お客様だ。ずいぶん細いな…ひとつだけか?

「2つで丁度だよ~!」

「じゃあ、2つお願いします」

うん。いいお客様だ。値切らないし、言葉も丁寧でちゃんとこちらを対等の人として見てくれている。

冷めてるから作り直せとも言わない…お金も本物だし、お礼を言って受け取るなんて育ちが良いな。

…また来てくれないかな

「…一番人気はこっちなんだ。おまけ」

上客への先行投資で、下心なんかないさ。

両手がふさがってるから食べさせただけで、下心じゃない。

「おいしい!」


かわいいな


「ふふっまた来てね」

めっちゃ癒される。雰囲気がいい。まろやかな空気のお客様。

顔がにやける…変な顔になっていないだろうか。少しでもいい印象を残したい。

後ろ姿を見送っていると、陰気な男と目が合った。キツイ目つきに、思わず顔を顰めてしまう。

……親子だろうか?親子であってほしい…

髪の色なんて今時いくらでも変えられるのだから…


「タロウ、宿は教会の正面です。行きましょうか」

あのクソ野郎!!エロ親父!!


広場にコロコロした美しい少年が現れたと思ったら、取り巻きの男どもがよりにもよって俺の可愛いお客様に絡みにいった。

おそらく自慢のつもりだったのだろう。

美しい少年と一緒の自分、少年にかっこいいところを見せたかったのかもしれない。

結果は最悪だ!

教会のある大通りなんて一等地の宿に泊まれる金持ち!なんで広場になんて来るんだよ!

モテなさそうな金持ちの中年が、若い少年の手を引くなんて、親子じゃなかったら…なかったら…


美しい少年よりも、金持ちの男よりも、あのお客様が気になるなんて、なんて日だ!

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