犬猿雉の奇妙な一日
「僕の名前、シャルだから」
痩せぎすな少年が居丈高に言い放つ。
「興味ありませんよ。それで?タロウのあの有様は?事件ですか?」
神経質そうな眼鏡の男が円盤状の何かをいじりながら、そっけなく言う。
前半と後半の言葉の温度差は室内に風が吹き荒れそうなほどだ。
円盤の物体を床に置くと、くるくると生き物のように動き出し部屋の中をはい回る。
「川で溺れていた。連れとはぐれて荷も行先も不明。…泣いて眠りに落ちた」
水を滴らせている大男が端的に答える。
眉をしかめながら眼鏡の男が毛布のようなものを投げてくる
「人体用ではないので擦らないよう拭いてください。連れがいたと?」
一瞬で水を吸い取る毛布に牧場作業に使えないかと無表情で感動しながら大男は答える
「近くに人の気配はなかった」
足元を這う円盤は水を欲しているのか、大男の周りに水がなくなると水の跡を辿るように廊下へとでていった。
「ふむ、水分仕様に正確に切り替わってますね。…結局タロウについて何もわかってないと?」
満足そうに呟き、不満げにねめあげる。
「あのさぁ!アンタらが僕の名前を覚えてないとタロウに(シャルって嫌われてる?性格悪い?)みたいに思われんじゃん!外見勝負できるツラじゃないんだから、顔はアレだけどやっぱり付き合っていくなら人柄だよねって路線でいきたいわけ!!僕もヌイとキイチ先生って頼りになる~って演技するからさぁ!ちゃんとしてよ!」
「取り引きになっていませんよ。私が頼りになるのは事実ですから」
癇癪を起こす少年ことシャルを鼻で笑う大人げない眼鏡の男ことキイチ
「うっわー…自分ってもんをわかってないね。結婚適齢期すぎてんだからとっとと教会に跡継ぎ作成申請しなよ!30までに行うのが義務でしょ!僕はタロウと結婚申請するから!」
「教会に神父不在なんですから仕方がないでしょう!!働いてもいない青二才が結婚!?笑っちゃいますね!タロウにそんな苦労をさせる気ですか?結局最後にものをいうのは経済力!生活を守り、子供を育てていくにはお金がかかるんですよ。私ならタロウに苦労はさせません!」
「年の差考えろよ!僕から見てもおっさんなのに、タロウは成人前でしょ!ないよ、ない!対象外!介護の…うわっ」
ばさぁっと毛布を頭に被せシャルの首根っこをつかみ二人を引きはがす、大男ことヌイ。
興奮した動物はさっさと引きはがすに限る。
「今はタロウのことだ」
地を這う低音に落ち着いたのか、もそもそ毛布から顔を出しながら
「わかってる。…普通に箱入り坊ちゃんなんじゃない?手も足も労働の痕なんかないし、履物なんてグニグニしてて触ったことない感触だったよ。足を痛めないよう最高級の素材っぽい?けど…あれでこんな山奥まで来れるとは思えないから誰かに連れられてたってのは本当だと思う」
シャルの見解に一同頷く
「でも変なこと言ってたよね。大人の男と関わってこなかったとか、なんとか」
「?ありえないでしょう、それは。子供だけの場は孤児院くらいですが必ず教会に併設されてます。何よりあの美貌です。教会が放っておくわけがない」
「僕に言うなよ。でもなんか浮世離れしてるし…ヌイを見ても泣きわめかないでニコニコしてるし、僕が顔を近づけても恥ずかしそうにはにかむばっかりで、されるがままだし…」
そこまで聞いてキイチは少年から視線を外し、ちらりと男を見る。
わずかに頷かれる。
大人の男二人の意見は一致した。それをこの少年に伝えるべきか…
「もしかしてさ、」
少年は続ける
「貴族の愛息で大事に育てられてたのに、偶然タロウを見初めた成金親父が汚い手で結婚するしかないよう追い込んで…騎士みたいな従者に守られながら逃げてるんじゃない?」
「そうですね、そんなところでしょう、それでいきます。では!タロウの存在は大々的には知らせず、明日村長に保護を求めましょうか。今日は念のため病院の方へ泊めて様子を見ましょう。それで構いませんね?お二人とも」
全力で乗っかり話を打ち切る。
少年がそのあとも毛布を握りしめながら夢物語を熱く語るのを大雑把な大男が相手をする。
飲み物の準備をすると言い、その場を離れる。
少年に気づかれないように、キイチはため息をついた。
あの子供は私たちのような容姿の者に向けられる悪意は知っていても、美しい容姿の者に向けられる悪意を知らないのだ。
そもそも疑問に思ったことはないのだろうか。子供を作るには、教会に申請する必要がある。
ひとり身の者は自分の跡継ぎ作成を申請し、愛し合う二人は互いの遺伝情報を掛け合わせた子供作成を申請する。
子供を作り、親元へ引き渡すのは教会の仕事。
それが女性だけが神のもとへ招かれ、男性は取り残された地上での人間という種の保存方法である。
では何故、親の顔を知らない孤児が多いのか。
より美しい者を作る、その副産物が孤児なのだ。
それが教会主導なのか、流出した技術を悪用している組織があるのかはわからないが
闇から生まれ、闇へと消えていく子供の実数は把握できない。
神父は見目の良い者の花形職であるが、飼い主が変わるだけともいえる。
そんな伏魔殿に保護を求めることがタロウに良いこととは思えない。
犬の群れで育った人間が、己を犬と信じ込んだように
例えば鏡を与えず、美醜の概念を植え付けずに
たったひとり隔離して育てれば醜い者を忌憚しない美しい者が育つのではないか
自分の美しさを知らぬまま、醜い客を相手させられる
そんな倒錯的な世界へ堕とされる道中だったのではないか?
この村の周囲は過酷な環境だが、それ故人目につかずに済むのだ
腕に自信のある裏社会の人間なら、取り引き場所に選んでもおかしくはない。
女性を取り上げられても、なお懲りず性欲に生きるとは。地上から人間が滅びる日も近いのではないか
視線を感じ、目を向ける。
咎めるような目でヌイがこちらを見ていた。
牧場主だけあってこの男は庇護欲が旺盛なのだ。
…わかっている
教会に育てられた子供の前で、する話ではない。
教会の孤児院をでた子供たちは、そのまま教会の雑用をこなす職に就くことが多い。
見目の良い神父を支える、かつての孤児たち…
その構図はまるで食物連鎖や虫の生態に似ていて
この醜さが人間という種の本質なのかと
キイチは人生に疲れた老人のように目を閉じ、美しいものに逃避する
村長のもとへ連れていくのに患者衣ではまずいですね。今晩のうちに洗濯をしてしまいましょう
いまだ熱に浮かされたように話す若者に
「タロウがでてきたら、この飲み物を飲ませて下さい。私は洗濯を済ませたいので、その間タロウの様子を見ていて下さい。そのタオルも洗いますからこちらに。ああ、タロウの下着は別にして手洗いしなくては。それからくれぐれもタロウを刺激しないように。問い詰めるような真似は…」
「──────は!?」
シャルの驚愕を無視してキイチはこれからのことを話し続ける。それがさらに怒りを煽る
「変態!!!!しんっじらんない!!!この変態!変態!まじ変態!!!」
「……は?」
あまりの剣幕に流石のキイチも口を閉ざす。
しかし唐突な罵声にふつふつと怒りが沸き、互いに剣呑な雰囲気が漂う
「……流石に口が過ぎるのではないですか?品性を疑います。」
「こっちのセリフだよ!なにタロウの下着に狙いを付けてんだよ!気持ち悪い!!」
「意味が分からない。何を興奮しているんです、あなた。ただの洗濯ではありませんか。そういうことばかり考えていると過剰に反応してしまうものです。私の家ででた洗濯物を私が洗濯するだけのこと。これのどこが変態ですか」
「わざわざタロウのパンツだけ選り分けて!?」
「だから、何を興奮しているんですか!?いい加減にしてください!!」
キイチは気づかない。販売数から自動洗濯桶が普及したと思い込んでいるが、実際は宿屋や飲食店、病院が複数購入しているだけ。さらに洗濯屋という新しい職業による爆発的な需要で売り上げを伸ばしているだけの現実。
そんな高級品、一般家庭には全然普及していないのだ。
シャルの孤児院も洗濯は全て桶での手洗いで行われている。
下着だけ傷まないように手洗いして、他は自動洗濯桶というイメージが庶民にはない。
シャルが自動洗濯桶の存在を知れば、冬の水の冷たさから救う夢のアイテムを作った救世主と称賛するだろうが。
今は男の子の下着をつけ狙う変態にしか見えないのである。
一方、ヌイにとって衣類などトウモロコシの皮程度の興味しかなく
廊下から
「うわっルンバ?」
と聞こえた時点で、飲み物の準備をして茹で上がった果実を待つ。
明日、村長のところに連れていくと結論は出たのだ。
人知れず、口の端を上げる。
「お風呂、ありがとうございました」
ほこほこと湯気を立てコロコロと笑う、美しい生き物に水を渡す。
「温めた方が良かったか?」
「あ、いえ、助かります。暑かったので。ありがとうございます」
受け答えはしっかりしている、弱った生き物の気配は感じられない。
水を飲むタロウを見ながら、この生き物を探す者の抹殺を誓う。
タロウの存在を知る外部の者を消せば、手に入れることができるのだ。
川から神が生まれたかと錯覚するほどの美しさだが、人間なら俺が手にしたって許されるはず
明日、村長のところに行きさえすれば、俺のものにできる。
拾った者の好きにしろ
あの村長ならば、そう言うだろう。
大事にする。この命は俺が拾ったものだ。一生面倒をみるのが当然だ。
そっと柔らかい頬に触れる。
小さく、か弱い生き物。力加減が難しい。
「怪我は?」
「特にありませんでした。ちょっとおなかが赤くなってたくらいですかね」
「あるじゃないですか!何を言ってるんですか、あなたは!」
あっさり奪われる。しかし腹部打撲はあとから死ぬこともあるのだ。
邪魔はできない。
「いいですか?医者は患者を救うのが仕事であり、そこに私情は持ち込みません。ですから恥ずかしがったりせず、患部を診せてください」
売られる瀬戸際だったのだ。
医者が慎重に自分は無害であると主張する。ただ、癒したいのだと。
「えっと…でもこんなもんですよ?」
はらりと紐がほどかれる。
思わず無言で男たちの視線が集中する
「…………医者は患者を救うのが仕事でありそこに私情はモチコミマセン」
「嘘つけ!」
「ん゛っん゛っ。ここでは患者のプライバシーが守れませんね!タロウ、こちらへ」
慌てた医者に服の前を掻き合わせられてきょとんとしているタロウ。
男の欲望を理解できていないのだろう。
無垢な赤ん坊をそのまま大きくしたかの珠玉の肉体に、性に無知な心。
奇跡の調教
必ず変態どもを見つけ出して根絶やしにしてやる。
患者を診て良いのは医者だけ
わかっていても仕切りがこちらとあちらを分けることが不満だ。
場所を医院に移し、診察の間ずっと隣から恨み言が吐き出される
「タロウは孤児院で預かった方が良いんじゃないの?同じくらいの子供と一緒の方が安心するでしょ」
「…医者が必要になった時、遠すぎる」
ここと教会は村の中心部をはさんで対極に位置しているのだ。
昔は教会の近くにあったはずなのだが、いつの間にか引っ越していた。
そもそもタロウはいくつなのだろうか。
俺が30になる前に成人してくれると嬉しいのだが…
「あ、はい。17歳です」
「「「じゅうなな!?」」」
早く結婚しなくては!!!
考えることは皆同じ、我先にとアピールをする。
ダメだ、タロウは俺のものだ。
俺と……口下手な自分が恨めしい
こうしている間にも医者が立場を悪用して、丸め込みにかかっているというのに…!
「不束者ですが!よろしくお願いいたします!!!精一杯頑張ります!!!」
「では、では私と…!必要な書類を教会で発行してもらいましょう!」
「はい!!」
騙されやすいにもほどがある!
思わず履物を手に仕切りの向こうに踏み込むと、今まさに不埒な医者がタロウを手籠めにしようとしていた。
ズッパアアン!!!!!
言葉などいらん。
色ぼけした頭に思いっきり振り下ろす。タロウが怯えた目でこちらを見ていた。
可哀そうに…怖かったな、もう大丈夫だ。
「……馬鹿じゃないの?自称17に何はしゃいでるわけ…?」
水周りに出没する虫を見る目で応戦に来る。そのまま自分のものだとばかりにタロウを抱き込んだ。
このガキも敵だ。
「タロウは明日、村長の元へ連れていくと決めただろう」
拾ったのは俺なのだ。奪われるくらいなら…思わずこぶしを強く握る。
医者は先ほど白衣を脱ぎ仕込み武器のありかをさらす失態を犯している。
不意を付けない仕込み武器など武器ではない。
ガキは話にならん。嫉妬の矛先をタロウにむけて甘えている。
「大した役者ぶりだよ。こんなことされても悲鳴一つ上げないんだからさ」
…またか。
優しくして拒まれるより、嫌われるべくして拒まれた方が傷が浅い。
わざと嫌われてやろうと顔を近づけていくガキ。
拒まないタロウ
口づけてしまいそうな距離だ
「────────ねぇ、ぼくらとキスできる?」
「──っシャル!」
いい加減にしろ。怒りを込めて名を呼ぶ。
お前が拒まれるのは勝手だが、こちらを巻き込むな。
「──……でき……ます」
願望が、幻聴を呼んだのかと思った…
俺とも…できるのか?
思わぬ僥倖。思わずそわそわと体をゆすってしまう。
じっと目の前のタロウを見ていると、椅子の上でタロウがくるりと体を反転させてしまった。
表情が見えなくなると、とたん不安になる。
その表情が嫌悪感に歪んでいるのではないか、悲しみに染まっているのではないか
好意には、下心があったのだと
軽蔑されてたら
「あのですね、実は僕、普段はメガネなんです。川で溺れたときにメガネが流されてしまったようで…距離感がつかみにくいので、シャルさんからキスしていただけませんか?」
な ん て 恐ろしい手練手管…!
タロウの調教を行ったものは人間兵器でも作ろうとしているのか…!
至近距離で直撃くらったバカなガキは何の経験値ももっていないのだろう。
手の置き場に迷い…肩に触れようとしては止まり、頬に触れようとしては止まり
無様な醜態をさらしている。
覚悟を決めて、身をかがめていく…邪魔してやりたいが、機会が流れては困る…
そんな葛藤は杞憂に終わる
ふぃっ
顔の軌道が逸れ、一瞬の接触で距離をとり、泣きそうになっている
…失敗したな
隣も同意見だったのか、鼻で笑っている。
あわただしく邪魔者が一人減った。
残る一人に横やりを入れられないように、さっさと仕掛けるか
「俺も戻る。明日また来る」
「あっはい!今日は本当にありがとうございました!」
タロウは、笑っている。
そのまま笑っていてくれるだろうか。
明日になれば、俺の命だ
その肩に手を置き、動くなと制す
碌な経験がないのは俺も同じ。しかし慣れていると思われたい見栄もある。
何年も、何年も、繰り返してきた動きをなぞる。
待ち望んだ収穫期、瑞々しい果実を手に取り
「ふふっ」
こぼれる吐息ごと食す
「おやすみ」
ぺろりと口元を舐めながら、別れを告げる。
思わず長居した病院をあとにすると
この時間に山で動く人間は敵だろう
医者からもらったナイフをくるりと手の中で回しながら、狩りへと向かう。
同時刻、村では異変が起こっていた。
自宅で村長が晩酌を楽しんでいると闖入者がけたたましくドアを破り大声で叫ぶ
「好きな人できた!キスした!!責任取って結婚する!!!」
シャルのこの一言がタロウの明日を大きく変えることとなる




