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ボーンライフ  作者: ユキ
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敗者の末路

「ありえない……こんな事あっていい筈がない……」


 人族軍の本陣、ミイラ化した沢山の兵士たちに囲まれた中央。


 そこで死神のように濃厚な死の気配を漂わせたメルルが、椅子に座り虚な瞳で戦場を見ながら呟き続ける。


「私の力は最強だ……それなのにどうして私の力で強化された我が軍が負けるんだ……どうしてだ……」



「この戦いは人族軍の負けです……」


 その時いつの間にか横に立っていた1人の人族兵がメルルにそう囁く。


 兵士の言葉に奥歯を噛み締め言い換えそうとするメルルだが、次に兵士から発せられた言葉でその口をつぐむ。



「しかし、この敗北はメルル様のせいではありません。……全ては、偉大なるメルル様のスキルで強化されても魔族に負ける……弱い兵士たちが悪いのです」


 メルルの耳元で囁かれたその甘い言葉は、自らの敗北を認められず、それでも何とか自らのプライドを保とうとする、弱く……脆くなった心の隙間に何の抵抗もなくスーッと溶け込んでいく。



「そうだ……全ては弱かった兵士たちが悪い……そうだ……私は何も、悪くない……」


 先程まで虚だったメルルの目にドス黒い光が灯る。


 その目を見てニヤリと笑った兵士は更にメルルの耳元で囁く。



「メルル様……此度は一度お引き下さい。この場は一旦引き、王国で強靭な兵士を募って……改めて、ドワーフ共を倒すのです」


「……そうだな。この特別な力に目覚めた私の能力と、上級貴族としての地位を持ってすれば、国王を説得する事も、今より強靭な兵士を集める事も容易い事だ。……口惜しいが、この場は一旦引こう」


 例え強力なスキルを所持していても、上級貴族だとしても、この戦いでこれだけの損害を出した軍の総大将であるメルルを国が許すわけがない。


 しかし、自分が特別だと疑う事もなく、更に今のメルルの精神状態ではそこまでの考えに及ぶ筈もなく、兵士の甘い囁きを疑う事なく信じ、撤退すべく立ち上がる。


 しかし、再び兵士からメルルにとって悪魔の囁きとなる言葉が囁かれる。



「お待ち下さい。このままドワーフ共がメルル様の撤退をみすみす許してくれるとは思えません……」


「……確かにそうだな……なら何か案があるのか?」


 たった数分でメルルの兵士への信頼は上がり、これまで人の意見など聞くことのなかったあのメルルが、その兵士へ意見を求めるまでに至った。


 それだけメルルの精神はこの戦いで打ちのめされ、追い込まれていると言う事だろう。


 それがメルルにとって、最悪の結果になるとも知らずに。



「私に……サイクロプスたちの主導権を譲渡して下さい。奴らと共にこの命をもって、メルル様の撤退の時間を稼いで見せましょう」


 自らの命を捨ててでもメルルを助けると言う言葉。


 その言葉に心打たれたメルルは、いつの間にか先程までの不安定だった心が落ち着くのを感じた。


 これが……信頼と言うものなのか。


「ほぅ……その忠義、賞賛に値しますね……良いでしょう。アナタに全てのサイクロプスたちの主導権を譲渡します」


 今まで他人を道具としてしか考えて来なかったら人生の中では感じた事のなかった初めての感情。


 その感情はとても暖かかなもので、自然と荒い口調になっていたメルルの口調をいつもの口調に戻してくれた。


 それと共に、これから自分の為に命をかけようとするこの部下に、何か出来ないかと思い至る。


「もし生きて私の元へ戻ってこれたのなら……この私の右腕として一生仕えなさい」


 メルルが今言えるその兵士に対する最高の言葉だった。



「有難き幸せ」


 その言葉と共にその場に片足で跪く兵士。


 そこらの貴族よりも余程洗礼されたその動きに、メルルは更にその兵士の株を上げ、満足気に頷く。


 出来ればこの者とはもっと早く出会いたかった……いやしかし、今の私だからこそ、これほどこの者に信頼を寄せることが出来たのだろう……。


 それならこの状況にも感謝しなくちゃいけないな。


 それほどの境地にまで至ったメルルだが……すぐにそれが間違いだったと気付く。



 兵士に自らの右手を向け、何やら小さな声で呟く。


 一瞬兵士に向けられたメルルの手が光り、サイクロプスたちの主導権が兵士に移行された……次の瞬間。



「ウッ!? グァァ……」


 メルルは突然苦しみだし、床に倒れ込んだ。


「グゥゥ……これは……もしやお前が!? 私に……何を……したぁ」


 自分に突然起きた事に心当たりのないメルルは、この場で唯一存在している目の前の兵士の仕業と思い至り、胸を抑えて苦しみながらも睨みつけて問いただす。


 あれ程信頼していたのに何故かと言う思いと共に。



「ふむ……どうやらスキルが暴走しているみたいだな」


 そんなメルルを冷めた目で見ながら先程までとは全く違う声、喋り方で冷静にそんな事を呟く兵士。


「暴走……だと?」


 兵士の変化に気付く余裕すらないメルルは、兵士の呟いた今の自分に起きている異変の原因と思わる言葉を聞き返す。



「君のスキルは見たところ、君の支配化にある他者の体力……すなわち生命力を代償に発動しているのだろう? だが、連れてきた人族兵たちは全て死に……最後に残ったサイクロプスたちも支配権は私に移った。本来なら対象を失ったスキルは自然と解除されるのだが……君のスキルは暴走し、スキル使用者本人さえも対象にして発動し続けているのだよ」


「お前の仕業ではないのか……、しかし……そんな……バカな……この私が……自分のスキルにやられると……言うのか」


 兵士の説明に一瞬安堵しつつも、自らのスキルが原因だと言われ信じられない表情で呟くメルル。



「いやいや、それは勿体無い。



 せっかくいい経験値になりそうな獲物を、みすみす自滅される訳がないだろう?」


 メルルは兵士が何を言っているのかわからなかった。


 一度は疑ってしまったが、この苦しみは兵士の仕業ではなかったのだ。


 それなのに……私が……獲物?



 困惑する私に更なる衝撃が襲う。


 突然兵士の姿がボヤけて消え、兵士が立っていた場所には一匹の小さな黒い赤ちゃんドラゴンが羽を羽ばたかせて浮かんでいたのだ。


「なっ!?」



 ベビードラゴンは人を丸呑みしてしまえそうな程大きく口を開く。


 可愛らしい見た目に反して口の中に覗かせるいくつもの鋭く尖った歯が、小さくとも彼が人を捕食する生物、ドラゴンである事が否応なしにメルルに伝える。


 自らの死を実感したメルル。


 それにより先程までの困惑や絶望など吹き飛んでいく。


 今のメルルの頭の中にあるのはただ死を回避する事ただ一つだけだ。


 それにより一気に頭が鮮明になり、仕事を始める。


 何とかこの死を回避しなくては……だが、例えこのベビードラゴンが見逃してくれたとしても、このままスキルが暴走し続ければいずれ自分は死ぬ。


 そこでメルルはある事を思い出した。


 以前王立図書館で読んだ文献に龍について書かれている書物があったのだが、そこには目の前のベビードラゴンのような龍に連なる者たちについても記入されていた。


 龍種は強大な力を有しているが、滅多に人前に姿を表さず、殆どの個体が人里離れた深い谷や山で人知れず生き、知識の探究にその生涯を費やす聡明な種族だと。


 聡明さを証明するように、このベビードラゴンは私の状態も一目で看破して見せた。



 それならば、このスキルの暴走を止める方法も知っているのではないか?


 その考えに至ったメルルの行動は早かった。


 全身に襲う痛みに耐え、体を起こして土下座の姿勢をとると、今まさに自分を食べようと口を開き迫るベビードラゴンに懇願し出したのだ。


 

「お、お願いだ……いや、お願いします! どうか私を助けて下さい!! もし助けて頂けるのでしたらあなた様の奴隷でもなんでも致します! そうです! 此度人族軍の指揮を任されていた程の私ですから、人族軍の内情にも詳しく、きっと魔族にとって有益な情報ももたらせると思います。あれでしたらその後、私自ら魔族のスパイとして人族軍の情報を提供し続けましょう! 私は殆どの人族よりも命の尊い上級貴族ですから、得られる情報も貴重な物ばかりです! ですからどうか……どうか! 私をお助け下さい!!」


 メルルの言葉にベビードラゴンは口を開けたまま動きを止める。


 その行動が自分の願いを聞き入れたのだと感じたメルルはすかさず言葉をたたみかける。


「ああ、助けて頂けるのですね! なんと慈悲深いお方だ! このメルル、他の人族とは比べものにならない程有能で高貴な生まれですので、必ずやアナタ様のお役に立てるでしょう!」


 メルルの言葉にゆっくりと閉じられるベビードラゴンの口。


 メルルは内心ほくそ笑んでいた。


 聡明なドラゴンとは言え、所詮は赤ちゃん。


 先程は混乱していた為、うまい具合にヤツの口車に乗ってしまったが……本来の私ならばこのように逆に奴を手玉にとる事も容易なのだ。


 そして、コイツもちょっと自分にとって有益な言葉を与えてやれば簡単になびくバカな魔族と一緒。


 スキルの暴走さえ収まれば、ベビードラゴンなど容姿や頭脳だけでなく、実力も備わったエリートである私の敵ではないのだよ……と。


 しかしメルルのその考えは間違いだった。


 何故ならこのベビードラゴンは、見た目は赤ちゃんドラゴンだが、その中身は千年以上生きる……元魔王様なのだから。


 

 

「……君は、殆どの人族よりも命が尊いと言ったが……私にしてみれば君は他の人族と変わらない……いや、むしろ今までの行いを見れば、どの人族にも劣るゴミ以下の存在だよ」


 メルルは元魔王ミュートの思いもよらない言葉に意味を理解出来ずにその場に固まる。



「そして君から得られる情報も、君と言う存在も私には不要なゴミでしかない。それは君と言う存在がゴミ以下の存在だからだ」


 珍しくミュートの言葉がトゲトゲしい。


 見た目はいつも通りに見えるが、その内ではよっぽど今回メルルのした行いに激怒していたのだろう。



「な……こ……この私が……ゴミ、以下だと……」


 ミュートの言葉にそれまで固まっていたメルルだったが、次第にその言葉の意味を理解する。


 このベビードラゴンは、自分が今までゴミだと言っていた者達よりもこの私が劣る存在だと言っているのだと。


 その意味に一気に怒りに支配されたメルルはすぐさま言い換えそうと口を開くが、目の前に浮くベビードラゴンから突然とんでもない威圧が放たれた事で言葉に詰まり、自分がまだ死の瀬戸際にいるのだと無理やり思い出させられた。



「ゴミ以下の君には、この戦争を指揮した責任者として……その力は私の糧とし……その魂は、私の中で永遠に苦しむ地獄を味わってもらう」


「ヒィ!? た、たすけ……」


 再び命乞いをしようとするメルルだったが、その時間を与えられる事はなかった。


 約1万の人族軍全てが戦死もしくは行方不明となったこの地獄のような戦争を起こしたメルルと言う存在は、死体すら残さず綺麗に無くなり、永遠にも近いドラゴンの寿命を持つミュートの中で永遠に続く苦しみを味わい続ける事となったのだった。

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