総大将メルル
ガタガタガタガタ
人族軍の後方……小高い丘の上から戦況を見守る男の苛立ちを表すように、激しく動かされる右足。
「報告致します! 我が軍及びサイクロプスたち、共にドワーフたちとの戦闘により劣勢であります」
バンッ!!
「そんなのは見ればわかるッ!! まったくどいつもこいつも使えないグズが!!」
報告に来た部下に手に持つワイグラスを投げつけ悪態を付ける。
自分の思い通りに運ばない戦況にイライラは増すばかりだ。
「特殊部隊を出しなさい! 煩わしいドワーフ共を駆逐してやるのです!」
「ハッ!! 直ちにッ!!」
命令を聞き直ちにその場を後にする部下の後ろ姿を爪を噛みながら睨みつける男。
髪は乱れ、目は血走り、暴れたせいでついた汚れをそのままにした乱れた服と相まって異常な雰囲気を醸し出している。
その姿は戦闘開始前よりかなり酷いものになっており、普段の病的なまでの潔癖症な彼を知るものからしたら有り得ない状態なのは一目瞭然だった。
しかし、この場にそれを指摘出来る者は誰もいない。
ヤマト王国の上級貴族の一人息子として生まれた彼は、両親から溺愛され、自分は上に立つ者だと言われ育ってきた。
逆に言えば、周りの人間は自分の命令通りに動く駒でしかなく、気に入らない者、思い通りにならない者、逆らう者は駒として役立たずであり、全て排除してきた。
上級貴族である彼にはその権力があった、そして悪い事に、その能力も。
そうして育った彼は、軍に入隊してからその権力と自らの能力を使い一気に上へと出世すると共に、周りをただ自分の命令を聞くだけの都合の良い者達で固め、邪魔な者は物理的に排除してきた。
そうして出来上がった自ら指揮する軍に、間違った判断をした彼を咎められる者は誰もいなくなった。
国内でならそれでも良かった。
溺愛する両親が何かあればカバーしてくれていたから……。
しかしここは彼の権力も、両親の力も……そして、人より優れたその能力でさえ及ばない魔族領だ。
その結果が今のこの状況を作り出した。
そしてこれからこの男に訪れる最後の時も、その傲慢で自分本位な自らの性格が招いた結果なのだから、正に因果応報であろう。
こうしてワッフル公国侵攻部隊、人族軍総大将メルルの最後の時は刻一刻と近づいて行くのだった。
*****
戦場に動きがあったのは突然だった。
それまで有利に戦闘を行っていたワッフル軍が急に押し返され始めたのだ。
よく見ると押し返されている場所には数人の普通の兵士とは事なら鎧を着た異常な強さを持つ兵士がいた。
どうやら狂戦士ことドワーフたちすら易々と打ち倒すコイツらが原因で人族軍の前線が勢いを増し押し始めているようだった。
おそらく彼らが敵の主力部隊なのだろう。
そしてそれぞれが何らかのスキルを有しているようで、その一撃で地面を陥没させる者や、異常に素早く動き回る者など、いずれも高い戦闘能力を持っていた。
アイツらは早めに倒さないと戦況を持っていかれそうだな。
俺が早々に第一目標を彼らに設定すると、更に戦場に動きが見られた。
歓声と共に急に人族軍の士気が上がり始めたのだ。
そんな彼らが揃って指さす先……そこには人族軍と同じ鎧を身に付けた千人に及ぶ軍隊がこの戦場に向かって駆けて来るのが見えた。
どうやら味方の援軍が来た事で兵士たちが勝機を感じ士気が上昇したようだった。
士気が上がった兵士たちは目覚ましい活躍をする主力部隊に続けとばかりに、今までのボロボロの戦闘が嘘のように盛り返してくる。
人間希望が芽生えればこんなにも結果が変わってくるのだな……。
でも……その希望が実は希望ではなく、絶望だったなら……いったいどうなるんだろうね?
もし俺に表情があれば、この時の俺はきっと魔王らしい恐ろしい笑顔になっていただろう。
現にそんな俺の雰囲気を察してか、周りにいるルカやルナーレ、ミルカの顔が赤くなり、ウットリと俺の事を見つめてきていた。
人族軍の援軍が残り数百メートルで合流できると言う所まで来た時、一番近い位置に居た兵士たちが、駆けてくる援軍の小さな異変に気付く。
隊列がかなり崩れていて、縦長に伸びているのだ。
初めはよっぽど救援に急いでくれているせいで兵士の走るスピードに差が出たからだろうと思った。
しかし、よく見ると走ってくる兵士たちの中に妙にカクカクしたり、通常とは事なら変な動きで駆けてくるおかしい者たちがいるのだ。
疑問に思いそういった者を更に良く目を凝らして見てみる。
そして距離が近付くにつれ、その原因が何なのかが判明した。
彼らには無いのだ。
腕が……。
そして頭が……。
よく見るとおかしい動きをしていない者たちも、鎧や武器がボロボロで、とても正常な状態には見えなかった。
そう、彼らは人族軍の援軍などではない。
彼らは俺がスキルで使役した、昨日ジンにやられた千人の元人族軍兵士たちなのだ。
援軍だと思っていた者達が異形の集団だった事に気付き、それまでの歓待の表情からみるみる内に青ざめていく兵士たち。
最初は事実を受け入れられずに、ただ固まっているだけだった兵士たちも、次第に現実に戻り悲鳴を上げて逃げ出す者たちが現れる。
逃げ出す兵士たちにようやく奥にいた兵士たちも異変に気付き横を振り返るが……その時には既に手遅れだった。
目の前まで迫る異形の集団から繰り出される一撃。
ようやく見られた勝機と思われた存在によって、訳もわからず次々と倒れていく人族兵たち。
それは先程まで猛威を振るっていた人族軍の主力部隊も例外ではない。
例え地面を陥没させる程のスキルを持っていても……。
例え目にも止まらぬ速さで動けたとしても……。
所詮はアルスやジンの下位互換。
二人を倒した俺の分体が千体もいるのだ。
その時よりも強くなり、更にスキルも進化して千体の骸骨を操れるようになった俺の、敵ではない。
混乱する人族軍は、前方のワッフル軍と横の俺の千の分体たちによって瞬く間にその数を減らしていったのだった。
*****
「報告致しますッ!! 東より進軍してきた援軍と思われた人族軍の部隊ですが、突然東の我らの軍に攻撃を仕掛けてきました!」
「報告致しますッ! 先程我らが軍に攻撃を仕掛けてきた部隊ですが、昨夜黒騎士により壊滅させられた部隊のようです! おそらく魔族によって操られているものと思われるます!」
次々と報告される悪い知らせ。
援軍が来たと報告された時は、近くの砦で我が軍の状態を知った者が気を利かせたのかと思ったが……蓋を開けてみればどうだ。
その正体は黒騎士にやられて敵に操られた元部下たちだと言うではないか。
またアイツか……。
あの人族……どれだけ私を苛立たせれば気が済むと言うのだ!!
「報告致しますッ! サイクロプス軍団は依然劣勢! サリーも突然出現した黄金の巨人により押されているようです」
再び舞い込む悪い知らせ。
その知らせを聞き、メルルは地面を向き震え出した。
この地に来てからいっこうに自分の思い通りにならない現実に……。
ドワーフにすら倒されてしまう部下の不甲斐なさに激怒して、負の感情が溢れ出すように体全体を震わせていた。
最初はあの国宝たち。
せっかくこちらが提案してやった内容を受け入れるどころか、いつまでも返事を延長して、あろう事か馬鹿騒ぎをして遊んでやがった……。
あの鍛治師国宝もそうだ。
猶予を与えてやったのに、それを感謝するどころか、単身乗り込み、我が軍に損害まで与えてきやがった……。
そしてあの忌々しい黒騎士だ!!
ヤツは、人族でありながら穢らわしい魔族に肩入れしただけでなく……この私の……この私の顔を殴りやがった!!
その上、我が軍に甚大な被害まで与えて……終いにはその倒した部隊を操って卑怯にも援軍だと偽り我が軍に攻撃を仕掛けてきた……。
ヤツだけは……ヤツだけはこの私の手で、惨たらしく殺してやらないと収まりがつかないッ!!
なのにどうしてだ?
我が軍の方が圧倒的数の有利だった……。
サイクロプスにその親玉のサリーと言う隠し玉もあった……。
それなのにその全てがことごとく破れ去った。
どうしてだ……どうしてこうなった……。
どうして私の思い通りにならない……。
私の言う通りに動いていれば勝つのは私だった筈なのに……どうして……?
そうか……私が負けたのは全て役立たずの部下たちのせいだ。
私の言う通りに動かず……力もなく……役に立たない……全てはあのゴミ共のせい……。
ゴミの癖に……ゴミの癖に……。
そうだ……ゴミならゴミらしく、朽ちるまで私の役に立つべきじゃないか?
そうだ……。
例え弱かくても……。
傷付いても……。
動けなくても……。
私の命令を聞き、その命を持って……。
私の役に立てば良いじゃないか。
それで奴らが死のうがどうでも良い。
私さえ勝てれば……。
だって私以外は全て……。
ゴミなのだから。
そこで私の何かが吹っ切れた。
それと共に自分の内から新たな力が湧いて出てくるのを感じた。
「ふふふ……良いでしょう、アナタたちがそのつもりなら、こちらもそれなりの対応をしなくちゃいけませんね……ふふふふふ」
その不気味に笑うメルルに報告に来た部下たちは何も言う事が出来ず、ただ生唾を飲み込むしかなかった。
そして言い渡される非道な命令。
それにより戦場はまた新たな局面を迎えるのだった。




