国宝の力
ジンが千人の人族軍と死闘を開始した時を同じくして、ワッフル公国の二つの入り口に向かった人族軍も包囲を完了し、今まさに突入を開始しようとしていた。
「各部隊、配置完了しました!」
「ふむ、見張りの兵士は洞穴に逃げ込み、他のドワーフ達も未だ顔を出しませんか……予想通り自分達のホームたる地理的に有利な洞穴に我らを誘き寄せ戦うつもりらしいですね……実に愚かな事です」
ここまでの間に落ち着きを取り戻したメルルが、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる。
「作戦通り地下に巣食うゴミどもを殲滅致しましょう。……魔術師隊、前へ!」
メルルの合図にそれまで入り口を固めていた兵士達の後ろから、ローブを纏った魔術師の集団が前に出てきた。
これは……やはり……。
俺の嫌な予感が的中し、魔法使い達は一斉に呪文を唱え始めると、入り口に向かいその手に持つ杖を向けた。
次の瞬間、杖の先から一斉に射出される高音の炎の玉たち。
無数の炎弾が向かうのは、ドワーフたちの住むワッフル公国への入り口である洞穴だ。
コイツらはあろう事が、ワッフル公国ごと住民を燃やすつもりなのだ。
まさに非道の所業。
あのメルルとか言う総大将が考えそうな事である。
数百人の魔術師達により、人族領側と魔族領側の両方の入り口から絶え間なく撃ち続けられる炎弾。
中には、より火力を上げる為に風魔法を送っている者までいる用意周到ぶりだ。
その結果、中で勢いよく炎が燃えているのか、次第に入り口からは炎が噴き出してくる。
「そろそろですね……フェーズ2へ移行しなさい!」
数分間炎弾を撃ち続けたあと、洞穴から噴き出す炎を見たメルルの指示で一斉に炎弾の射出が止められると、フェーズ2とやらの為か、再度魔術師たちは先程と事なら呪文を唱え、杖を入り口へと向けた。
次の瞬間、地響きとともに入り口を塞ぐように巨大な壁が地面から出現し、完全に入り口を塞いでしまったではないか。
これは……例え中の住民が炎を逃れてたとしてもその燃え盛る炎が発する高熱で中の住民を蒸し焼きにし、更には炎の燃焼で洞窟内を一酸化炭素で満たし殺すつもりなのだろう。
例え自分の部下の被害を最小限に抑える方法だとしても、同じ意思を持ち会話も出来るドワーフにここまで惨たらしい方法が取れるなんて……。
奴らこそ俺の世界で言う所の残虐非道な魔王なのではないだろうか……。
「お兄様……」
隣で一緒に人族の所業を見守っていたミルカも、思わず俺の腕に捕まりその小さな体を震わせている。
「こんな……こんな事をする種族が……私と同じだなんて……」
そう呟くルナーレは口を両手で押さえ、震えながら恐怖の表情でその光景を見ている。
優しく責任感の強い女性であるルナーレだ。
もともと王族として彼らを導く存在だった自分の立場が、彼らの行為を自らの過ちと捉えてもしまっているのだろう……。
俺はミルカに優しく大丈夫だと語りかけ、ルナーレには空いている方の手でソッと肩を抱き、身を寄せさせる。
そしてルナーレにも出来るだけ優しく語りかけた。
「ルナーレはルナーレだ。アイツらとは全く違うし、それは俺たちが一番わかってる。だから……自分を嫌悪するな」
俺の言葉に思わず涙がこぼれ落ちるが、その瞳にはしっかりと意思を抱いているのが見受けられる。
「……はい!」
先程の考えを訂正しよう。
彼女は優しく責任感が強いだけでなく、敵である魔族の元に自ら感じた感覚を信じて飛び込んでくる程自分の意思をしっかり持った女性だ。
だから、この程度の事で潰れるような女性ではない。
……ついでに言えば、これ幸いと俺の胸に抱き付き、まるで猫のように全身を擦り付けてくるような女性だ。
その表情は先程の恐怖はどこへやら、緩み切って涎まで垂らしており、もはや人族達に聖女と呼ばれた面影はない。
……うん、この子には忘れずに変態性も付け加えなくちゃいけないね。
そんな事をやっている内に時間は過ぎ、十分に火が回り中で生きている者は居ないと判断したメルルの命令で入り口の壁が解除され、魔法で中に新鮮な空気が送られ始めた。
そのまましばらくその行為が続き、進軍しても問題ないと判断したのか兵士達に突撃命令が下される。
動き出す人族軍。
進軍をする兵士達の表情に、先程までの緊張感はない。
既に洞窟内のドワーフは全滅していると考えているのだろう。
その為武器を構えず下ろしている者や、隣の兵士と談笑している者さえいて、皆一様にウキウキした表情をしている。
自分たちがこれから行うのは戦いではなく、生きている者が居ないかの、確認と言う名の略奪だからだ。
他の種族には作れない強力な武具を作るドワーフの国だ。
剣の一本でも持って帰ればかなりの値段で売る事が出来る。
そんな下衆な考えが透けて見える表情だった。
先陣で進軍する者たちは皆、自分のその幸運に歓喜し、洞穴が天国への入り口にでも見えているんだろうなぁ……。
それが天国への入り口ではなく……地獄への招待状だとも知らずに。
「それじゃ、こちらもそろそろ仕掛けますか」
俺の言葉に頷く仲間。
そしてその言葉は分体を通してこちらの陣営にも伝えられる。
次の瞬間、人族軍が今まさに突入しようとしたワッフル公国への入り口が突如として消え去り、ただの壁へと変わる。
目の前が突然壁に変わっても、軍隊の歩みはそう簡単には止まる事はなく、先頭が立ち止まっても、後から後からくる仲間の兵士達がぶつかり後ろに押され、先頭は壁と仲間に挟まれ大変な事になっていた。
そこへ間髪入れずに降り注ぐ数々の巨大な岩による落石。
入り口があった場所で折り重なりぎゅうぎゅう詰め状態になった兵士達にその落石を避ける事は叶わず、次々と岩の下敷きになる。
巨大な岩の下敷きになった者はトマトのように弾け、運良く降ってくる落石に当たらなかった者も、落ちただけでは勢いを止まらずに転がってくる岩に下敷きにされたり吹き飛ばされたりし、悲惨な光景が広がっていた。
「ガハハハ! どうだ人族共! これこそ美しき筋肉の力だ! 恐れ慄くがいい!」
ようやく落石が落ち着いたその時、山の中腹辺りから誰かの大声が響いた。
自分たちの悲惨な惨状に訳もわからず放心状態になった人族軍が見上げると、そこには大岩を持った一際ムキムキのドワーフの集団が立っており、その中でも一人、自らの黒光りする自慢の筋肉を見せびらかすように次々とポーズをとっている者がいた。
「この国は我々、マッスル・エンジェルが守る!!」
マッスル・エンジェルなる訳のわからない名乗りを上げながら一人ポーズをとっている人物こそ、何を隠そうこの国の筋肉国宝、ローソ・ワッフルだ。
そのまま一通りさまざまなポーズをとり、ある程度満足したのか、部下に命じて再び大岩が投げられる。
ローソも後ろにあった一際大きな大岩を軽々と片手で持ち上げると下の人族軍に向かい放り投げた。
その大岩は山肌を転がり落ち、今も下で固まっている人族軍へと次々と降り注いで行く。
その光景を見た人族軍の兵士達は、降り注ぐ大岩に恐怖し、途端に逃げ惑う。
先程まで自分たちの有利を確信し、全能感にも似た感情で満たされていたのに、今目の前には、転がり落ちる大岩から必死に逃げ惑う仲間や、岩に体の半分を潰されうめくように助けを求める者、必死に潰れた仲間を助ける為に岩をどかそうとする者や、体の一部を失いただただ放心する者など地獄絵図が広がっているのだ。
落石の被害の無い場所では、まともな者程その光景を受け入れる事が出来ず、訳もわからず立ち尽くす者ばかりだったが、この状況においてその時間は命取りとなる。
どこからか轟く大勢の人の雄叫び。
それは段々と大きくなり、次の瞬間、先程まで入り口が空いていた数十メートル先のただの壁だった場所に突然大穴が現れ、そこから武装したドワーフたちが飛び出し、放心状態の人族軍に突撃を仕掛けてきたのだ。
混乱する人族軍。
必死に上官が指示を出し立て直そうとするが、先程の落石で恐怖状態に陥っていた多くの兵士たちにその言葉は届かず、次々と突撃してくるドワーフ達にやられ倒れていく。
そして、そんな突撃してきた部隊の中で、一際異彩を放っている集団がいた。
その者達は艶やかながら独特なデザインの髭を自在に操り、周りの兵士達を絡め取り締め殺しているのだ。
モジャモジャと色とりどりの髭が動き周り人間を締め殺していく光景……俺から見ても化け物である。
中でも一際真っ赤でド派手な髭を持つ人物は、周りの髭よりも明らかに広く、無数にその髭を広げ、あろう事が、絡め取った兵士を髭で持ち上げ他の兵士にぶん投げている。
その人物こそ、言わずも知れた髭国宝、カロッソ・ワッフルだ。
髭国宝のその姿に、元々恐怖で混乱していた人族軍は更に恐怖し逃げ惑う。
「ほほほ、わたくしのこの姿を拝めるなんて、アナタたち、とても光栄ですわよ。ですから……もっとこちらへ、いらっしゃいな」
右手に持った扇子を口に当て優雅に歩きながらそのような事をのたまう髭国宝。
髭の化け物みたいなアナタに近付きたい人なんていないから。
「はあ〜、カロッソ様素敵です〜。わたしもその髭で締められたいわ」
「そのお髭で締め殺されるなら本望ですぅ〜」
しかし取り巻きの髭を操るドワーフたちはそんな言葉を漏らす。
……。
どこにも変態はいるものだね。
こうして髭の化け物の力もあり、ドワーフにより蹂躙されていく人族軍。
「クッ……このままでは……」
「メルル様! 我が軍への被害は甚大です!! ご指示を!!」
自分たちの軍の慘状に狼狽える部下たち。
「……わかっています。……全軍に伝えなさい、やむを得ませんが、一度撤退致します。殿は……奴らに任せましょう」
「「「ハッ!」」」
メルルのその命令により、各所に散っていく部下としばらくして鳴らされる撤退の銅鑼。
恐怖状態の兵士達は銅鑼の音を聞いて我先にと走り出し戦場を離脱する。
追撃の為、人族軍を追いかけようとするドワーフの兵士達。
しかしその時、そんな人族軍とドワーフ軍との間の地面が大きく揺れた。
そして飛び出してくる大きな腕。
飛び出した腕は一本だけでなくいくつもあり、次第に腕の持ち主が地面の中からその正体を表す。
それは奴隷の首輪を付けた二十人のサイクロプスたちだった。
サイクロプスたちは逃げる人族軍を背に、ドワーフたちの前に立ちはだかり、追撃を阻止する。
その存在を予め聞いていた俺は、慌てる事なく各部隊長や国宝に渡しておいた分体を通してそれ以上の追撃をやめさせる。
サイクロプスたちも退却する人族軍の殿を務めるのが命令だったようで、近付かなければ攻撃をしてくる事は無かった。
こうして、この戦いは撤退する人族軍を背に、人族軍によるワッフル公国進軍の阻止に成功した俺たちの大勝利に終わったのだった。




