黒騎士
「そこの鳥籠に入れておきなさい」
人族軍のキャンプ地に設置された一際大きなテントに連れて行かれた僕たちはメルルと呼ばれる人族の指示で天井の柱から吊るされた鉄製の鳥籠に優しく入れられた。
その際サリー様から小さな声で「……すまない」と謝られた。
その表情はとても辛さそうで、よく見ると身体中傷だらけで前に会った時よりやつれて見える。
サリー様の首の鉄の首輪……前に本で見た事がある。
確か……そう、あれは奴隷の首輪だ。
あの優しかったサリー様がこんな事するなんて変だと思ってたけど……あの首輪で無理やり命令されてやらされてるんだ。
アレを外すことが出来れば自由になる筈だけど……でも、あの首輪は確か装着した者にしか外せなかった筈。
無理やり外そうとすれば、その時は首輪に内蔵された毒が注入されて付けられた者を殺すようになってるって書いてあったし、どうすれば……。
「心配しないでヒカル……きっと私が、ヒカルだけでも逃してみせるから……」
奴隷の首輪に付いての記述を思い出そうと難しい顔をしていた僕を、怖がっていると勘違いしたアカリがいつものように優しく慰めてくれた。
アカリの中で僕はまだ、怖がりでいつもアカリの後ろに隠れていた小さな頃の僕のままだ。
……実際今の状況がとても怖くて、今もアカリの腕にしがみ付いているから事実なんだけど……。
でも……怖いのは僕だけじゃない。
今もしがみ付くアカリの腕から、恐怖で震えるアカリの震えが伝わったくる。
いつだってそうだ。
いつも自分も怖いのに……僕を守ろうと震えながらも前に立ち、庇ってくれる。
僕が……弱いから……。
僕は、そんな自分が嫌いだ。
こんか時、お父さんがいつも話してくれた勇者様の世界に出てくる物語のヒーローだったら、勇敢に戦って、アカリも……国のみんなも全員守れるのに……。
僕が……ヒーローだったら。
*****
「なぁ、寄り道してないで、早くアカリたんとヒカルたんを助けに行こうぜ」
ここはゴンズの屋敷。
既にクリスたちは人族と戦う為、先に準備に向かっている。
俺の話を聞いたゴンズが「お主が気に入った!」と言って、何やら渡したい物があるからと言われ俺だけここまで付れてこられたのだ。
去り際クリスに「お前はムキムキのオッサンによく好かれるな」と言わらたが心外である。
……そんな筈、ないよね?
「心配するな、あれを見つけたらすぐに向かう。確かここにしまった筈じゃがどこじゃったかなぁ……」
倉庫であろう棚の奥をゴソゴソと漁るお爺ちゃんの姿を見ながら思わず身震いして肩を抱きしめた。
「おっ、あった! これじゃこれじゃ! ……ん? どうしたんじゃ」
棚から何やら等身大の大きな箱を出してきたゴンズだが、そんな俺の反応を見て小首を傾げる。
小首を傾げるお爺ちゃんとか誰得だよ。
「い、いや……なんでも無い。それで俺に渡したい物ってそれか?」
自分と同じ位の大きさの箱の割に片手で軽々と持っている事から、重さは殆どないのだろうその箱……ホントに何か入ってるのか?
見つけた箱を俺の目の前に持ってくると徐に蓋を開けたゴンズは中の物を取り出した。
「そうじゃ、前に趣味で作った物だが……お主たちの事情や、お主のスキルの話を聞いてコイツならきっと役に立つと思ったんじゃよ」
そう言って箱の中身を手渡される。
それは用途からしたらあり得ない程軽く、本当に役に立つのか不安になるような物だった。
「これは……本当に役に立つのか?」
「当たり前じゃろ? なんたって鍛治師国宝であるこのワシが丹精込めて作った代物じゃからな!」
そう胸を張って自慢するゴンズ。
先程から動作がちょいちょい女性の可愛い所作の代表的なものに感じるのは、クリスがあんな事言ったせいだろう。
クソッ、俺にそんな趣味はないのに! あとで何か仕返ししてやるからな!
そう決意を固めた俺は、渡されたそれを持ちクリスたちの元へと向かうのだった。
*****
目の前には一万の人族軍と先陣には一人佇むサリー様。
俺たちはその圧倒的な戦力をワッフル公国がある山の上から隠れて覗き見ていた。
こちらの戦力は俺たち五人と、ワッフル公国の兵士と国民から名乗りを上げた一般市民のドワーフたちを合わせても千人程。
単純な戦力だけでもその差は約十倍だ。
例え守りに徹した所で、この戦力差なら簡単に打ち破られ、ワッフル公国は壊滅させられてしまうだろう。
更にアチラにはトゥライトと言う人質までいる以上、下手にこちらから攻撃を仕掛ける事も出来ない。
絶望的な状況……。
だが、俺たちに諦めた表情をする者は誰一人いなかった。
ある男が必ずトゥライトを救ってみせると言ったから。
最大の懸念事項であるトゥライトさえ救出出来れば、ドワーフたちには俺たち魔王軍がついている。
別に慢心ではない。
この国へ来る前に、予め内情は調査され報告は受けている。
そしてゴンズを四天王に勧誘する為の条件として、俺たち魔王軍がワッフル公国の後ろ盾としてこの戦いに協力する事は決まっていたのだ。
その為の万全の準備もしてある。
兵たちの気合いも十分。
後は作戦通り動くだけだ。
すると麓の洞窟から一人のドワーフが出てきて人族軍へと歩いていく。
その姿を見つけた人族軍はまるで蟻のように兵士たちが慌ただしく動き出す。
人族軍の動きなど気にした素振りも見せずに歩を進めるドワーフは、サリー様の目の前まで行くと立ち止まりサリー様へ語りかけた。
「サリーよ、ウチの孫たちは無事か?」
「ん、怪我はさせてない」
「そうか……」
一人人族軍へと向かったのは鍛治師国宝であるゴンズだ。
二人の会話はゴンズのポケットに入っている俺の分体てあるネズミの骸骨を通して見守っている。
最初はゴンズではなく俺の分体を行かせる予定だったが、本人の強い希望を断る事が出来ず、ゴンズを行かせる事にしたのだ。
なんでもサリー様とは古い友達なんだそうだ。
「その首輪……やはり奴隷の首輪か……」
武具や魔道具に精通したゴンズはサリーの首輪を見てそう呟く。
やはり奴隷の首輪だったか。
「その通りです。サリーはこの首輪で私の言う事は何でも聞く……大きな傀儡人形なんですよ」
ゴンズの呟きに答えた人物は後ろで待機する兵士たちの間を悠々と歩いてきたメルルだった。
そしてメルルの手には鳥籠に入れられたトゥライトの二人の姿も見える。
「お爺ちゃん!!」「……お爺ちゃん」
ゴンズの姿を見た二人は鳥籠の格子に捕まり必死に叫ぶ。
「アカリ、ヒカル……」
「ゴンズさん、わざわざ鍛治師国宝一人でこちらへいらしたと言う事は、ワッフル公国は投降すると言う事で宜しいのですね?」
手に持つ鳥籠を人撫でしてからニコニコと不快な笑みを浮かべるメルルはそう語りかけた。
「……ワシらが投降したら、二人を解放してくれるのか?」
「それはもちろん! ちゃんと二人は解放致しますよ」
更にその不快な笑顔を深めたメルルは大袈裟に両手を広げて見せた。
そんなメルルに向かってゴンズは言い放つ。
「……嘘じゃな」
その言葉に一瞬固まったメルルだが、再び動き出すと少し笑顔を崩して答えた。
「いえいえ、そんなまさか。ちゃんと解放致しますよ。……まぁ、その場合はアナタたちが下手な事しないようにサリーと同じく奴隷の首輪をしてもらいますけどね」
それじゃ解放されても人質であり続ける事に変わりないじゃないか……。
「やはりか……お前たち人族の話は当てにならんな。特にお主の武器はうわべばかり着飾っているが、その内からは他人を人と思わぬ残虐性が滲み出ておる。……そんなお主を、ワシらは信用出来ん!」
「…と、言いますと?」
少し訝しげな表情になり質問するメルル。
「ワッフル公国は、この時をもってお前たちに宣戦布告させてもらう!!」
ゴンズの宣戦布告にそれまで浮かべていた胡散臭い笑みが消えたメルル。
「サリー……このゴミの孫を目の前で潰せ!」
「きゃっ!?」「うっ……」
突然口調が変わったメルルは、その言葉と共にサリー様に向かいトゥライトが閉じ込められた鳥籠を放り投げた。
サリー様は必死な表情で抵抗しようとするが、言う事を聞かないその体は無情にも両腕を広げ、目の前に飛んできた鳥籠に向かい勢いよく両手を打ちつけた。
「あ……あぁ……」
粉々なり地面へとパラパラと落ちる破片。
自らの閉じられた両手を声にならない声を漏らしながら涙を流して見つめるサリー様。
その光景をゴミでも見るような目で見つめるメルル。
「まったく……やはりゴミはゴミらしく綺麗に掃除するしかないな……全軍!! 進軍準備!!」
ドドドドドドドドドドドドッ!!!
メルルの掛け声で先程までの会話の間に準備を終えた人族軍の兵士達が、自らの鎧を打ち鳴らし互いを鼓舞し合う。
「サリー、いつまで惚けてる! お前はそこの邪魔なゴミを片付けるんだよ!」
メルルの命令により未だ両目から大量の涙を流しているサリー様だが、体は自動で動きゴンズへと向き直った。
「うぅ……ゴンズ、すまない」
ゆっくりとゴンズに向かい歩き出すサリー様。
「ゴンズ……俺を、殺してくれ」
その瞳は絶望と後悔に満ちており、その言葉は生きる事すら諦め、ゴンズに自らの死を懇願する。
そんなサリー様を他所に、命令を出したメルルはそのまま本陣へ下がろうと後ろを向き歩き出した。
「サリー……自分を責める必要はない。何故なら二人は……」
「「お爺ちゃん!!!」」
どこからか聞こえる双子の声。
「なっ!? まさか!?」
その声に反応し、本陣へと向かう足を止め必死に周りを探すメルル。
「ゴンズさん!! 約束通りアカリたんとヒカルたんはちゃんと救い出したぜ!!」
その声は遠く離れた洞窟の出口辺りから聞こえた。
「いつの間にあんな所に!? 確かに鳥籠ごと潰した筈!!」
「ぁぁ……良かった……良がっだぁぁ」
そこにはジンの両手に掲げられたアカリたんとヒカルたんが、元気に両手を振っていた。
「クソッ! 何をしやがった!?」
怒鳴るメルル。
ジンはそんなメルルを他所に、入り口で待機していた兵士に双子を預けると、メルルに向かい話し始めた。
「特別な事は何も……ただ」
遠く離れたメルルにジンのその呟くような声は聞こえる事はない。
だが、次の言葉はしっかりと聞こえただろう。
「俺の動きが早くて見えなかっただけだよ」
何故なら。
「グバァァァアア!?」
汚い叫び声と共に人族軍が待機する場所へと吹き飛ぶメルル。
そしてメルルが先程まで立っていた場所。
そこには黒い全身プレートアーマーに包まれた風にはためくこれまた黒いマントを付けた黒い騎士が、拳を振り抜いた状態で立っていた。
先程の声からして、その全身黒ずくめの騎士こそ、ジン・ウォレットその人だった。




